目覚め
心地良い微睡みの中で眼を開けた少女の目に入ったのは、開け放たれた窓から入る風にふわりと揺れる淡い色のカーテン。
柔らかい陽射しと風が入り込む窓からは、鮮やかに染まった紅葉がちらりと見える。
空の色が眩しい青だからまだ午前中なのだろう。
少女はゆるりと意識を起こし、周りを眺めながらそっと体を起こす。
そして少女は、ここは自分の部屋だと思い出した。
殺風景な部屋だけれど、だからこそ少女にとっては落ち着く場所。
着ている服は柔らかい白のワンピース。
どうやら春用の服のようで、今の時期には似つかわしくない。
少女は、ふと違和感を感じた。
物を動かすことが出来ない。
それに、寒さも何も感じない。
少女は驚いたように、小さく瞬きをした。
そして気づく。
記憶がない。
少女は戸惑い、瞳を揺らしながら恐る恐るベッドを降りる。
床にそっと足をつけた少女は、感覚がないことを再確認した。
物を動かせないのだから、これもきっと当たり前なのだと思った。
ふらりふらりと勉強机に近寄る少女。
ベッドも机もカーテンも何も変わらずそのままのようだ。
余分な物が何もない机の上には、破られぼろぼろになった教科書とノート。
名前が書いてあったが、苗字の部分は様々な筆跡の罵詈雑言に埋もれてしまっていて読めなかった。
かろうじて読める名前を見た途端、少女はこれは確かに自分の名前だと悟った。
この世界に、自分に似合わないこの名前が少女は大嫌いだった。
少女は教科書とノートを眺めたまま立ち尽くしていた。
物に触れることが出来ないから、引き出しを開けることは出来ない。
名前以外を思い出すことは出来ないだろう。
そんな事を考えながら、ふと下の方に眼を向けると淡い色をした花柄の可愛らしい封筒が落ちていた。
封筒の側に屈んだ少女は、封筒に書いてある言葉を目にした。
其処には小さな文字で「遺書」と記されていた。
少女は動きを失い、フローリングの床にへたり込んでしまった。
少しして動きを取り戻した少女は、開いたままの窓に近づき迷いなく飛び降りる。
白いワンピースの柔らかな生地がふんわりと持ち上がり、青空に映えて美しい。
落ちると思っていた体はふわりと柔らかく降りていき、固そうなコンクリートの地面にそっと足をつけた。
少女のことを太陽が眩しく暖かい光で照らしている。
物に触れることが出来ないのは不便だけれど、感覚がないのは好都合。
太陽を睨みつけた少女はそう考えて、自分の記憶を探しに行く。