流浪の魔導師と国落としの吸血鬼
ここは世界屈指の危険地帯——【グラム荒原】。冒険者界隈では“死の荒原”とも呼ばれている。
そんな世界屈指の危険地帯を平然と歩く二人組の男女がいた。
一人は見た目十八歳くらいの青年だ。175cmほどの上背に、肩のあたりでひとまとめにした長い黒髪。目は金色で、眼光鋭く前方を睥睨している。腰には二本のショートソードを差し、フード付きの黒いコートを着ている。
もう一人は見た目十五、六歳くらいの少女だ。150cmほどの上背に、肩甲骨の下あたりまで伸ばした銀髪。目は赤い。ゴシックドレスを着こなしたその姿は、あるべき場所にあれば高位貴族の令嬢にしか見えない。
そんな彼女は現在、青年をチラチラとせわしなく見ている。
「やっぱり怒ってる?」
少女が魔物に魔法を放ちながら青年に問いかけた。
「怒ってはいない」
そんな少女の問いに対し、青年は両手に持った剣で魔物を斬り裂きながら素っ気なく答える。
「えと、そのゴメンなさい……」
少女が謝りながら放った魔法は、今まさに彼女を食べんとして大口を開けた狼の魔物を消し炭にした。
「謝る必要はない」
青年はそう答えながら発動した魔法で、遠くから魔法を放とうとした魔物を消滅させる。
「それでもやっぱりゴメンなさい。もう料理なんてしないから……」
少女はそう言うと俯き、目に見えて落ち込んでしまった。
彼女が青年に謝っている理由。それは今朝にまで遡る。
彼女は今日珍しく青年より早く起きた。そこで彼を驚かせようと料理を作ってみたのだ。……生まれて初めて。
その結果、何かよく分からない禍々しいものが量産された上、大量の食材がこの世を去った。おまけに数多の鍋やフライパンもこの世を去った。
青年は起床後、その惨状を見、目を片手で覆って天を仰いだのはまだ記憶に新しい。
「終わったことは仕方がない。これからどうするかを考えろ。……料理がしたいならこれから練習していけばいい」
「ッ! うん! 分かった!」
少女は青年の不器用な優しさに、にぱーっと笑うのであった。
しかし、ここは世界屈指の危険地帯。そんな会話をしている最中にも強力な力を持った魔物が次々と襲い掛かってきている。
死の国の神や不死王、混沌の支配者、骨の龍、暗黒狼、etc……。
下手をすれば……いや下手をしなくても一体で村や町、都市を滅ぼすそんな魔物の数々を片手間で葬っていく二人の姿は、ハッキリ言って異様であった。何故なら、その一体一体が最高位の冒険者でも裸足で逃げ出すレベルの魔物たちだからだ。
「あった」
「アレが不死草だったっけ?」
「ああ」
「なんか……毒々しい」
「……」
彼らが【グラム荒原】にきていた理由。それはここにしか生えない薬草——不死草を採取するためであった。
不死草はとある薬の主原料となる薬草だ。
その薬の名は“エリクサー”。部位欠損や、通常なら完治不可能な病気ですら一瞬で治す妙薬だ。また、定期的に服用すれば老化ですら止め、若返ることさえ可能である。
青年が不死草を探していた理由は言わずもがなそのエリクサーを作るためだ。
彼はエリクサーを飲み続ける理由を決して言わないが、実は今現在隣にいる少女のためである。彼女は自らの種族特性として不老特性を持っている。対して、青年はただのヒューマン。寿命には限界がある。
そこで青年は少女を一人にしないためにエリクサーを飲み続けているのだ。かつて一人になるのは寂しいと、一人は嫌だと言った他でもない彼女のために……。
青年は不死草に近づき、根っこごと引き抜いた。
「ふふふ」
そんな青年を見て、少女はつい笑みをこぼす。
「なんだ?」
「なんでもない♪」
「……そうか」
少女は知っていた。青年が何かと理由をつけてはいるが、本当は自分のために不死草を採取し、エリクサーを作って飲み続けていることを。
だが、お礼は言わない。何故なら青年が決してそれを求めているわけではないからだ。
だから少女は今日も態度で示す。“ありがとう”の意を込めて。
「今日はもう帰る?」
「そうだな」
少女は青年の手を取って繋いだ。青年はそれを見て軽くため息をつきながらも、払うことはせずに歩き出す。だが、そんな態度とは裏腹に、その顔には少しの笑みが浮かんでいた。
♦︎♦︎♦︎
ケイオス・ヴォルガノフ。それが青年魔導師の名だ。
彼はかつて、とある国で筆頭宮廷魔導師として国に仕えていた。幼少の頃から、天才と持て囃され期待されて育った彼は順調にその才能を伸ばし、筆頭魔導師という高みにまで上り詰めた。しかし、周囲の人間は彼ではなく、彼の才能ばかりに目を向けていた。
また、周りの環境も良くなかった。
無理難題を命ずる国王。会うたびに嫌味を言ってくる同僚。要求ばかりする国民。etc……。
そんな状況にあった彼が、日々感じていたのは空虚感。
物心ついた時から只管に魔法に打ち込まされ、愛情を与えられない日々。彼の老成した内面もまた可愛げのない子供に映り、それに一役買っていたのだろう。
それは大人になっても変わることはなかった。そんな日々は青年から感情というものを奪い去っていった。いつしか、彼は命令されたことだけを無感情にこなす、ロボットのように日々を生きていた。
周囲の人間はそんな彼を見て、“怖い”や、“不気味”だと思われ、そして離れていった。上司の命令を一切の反論なく忠実にこなす、その姿を揶揄して付けられたあだ名が“国の狗”。
そんなある日。ケイオスにとっては人生の転換点とも呼べる事態に遭遇した。それはとある少女吸血鬼との出会いだ。
彼女との出会いは国からの任務を遂行し、帰国している時であった。
その少女は街道の道端に倒れていた。それも顔を青白くさせて熱を出しながら、だ。それらの症状は長らく吸血をしていなかったが故の禁断症状であった。
ケイオスは以前、仕事の一環で吸血鬼について調べる機会があったため、そのことを知っていた。
何故助けたのかは分からない。強いていうなら天命だろう。彼は自らの腕を少し切り、少女の口に腕を近づけた。
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吸血鬼の少女は名をフェイリス・エリオット。
彼女は吸血鬼の習性である吸血という行為に忌避感を感じていた。それは物心ついてからずっとだ。そのため、今まで吸血という行為をしてこなかった。
吸血という行為をしないことによる禁断症状が起こる期間は吸血鬼の爵位——公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵・騎士がある——によって変わる。
騎士なら二年。男爵なら四年。子爵なら六年。伯爵なら八年。侯爵なら十二年。公爵なら十六年だ。
フェイリスは公爵級の吸血鬼であった。だからこそ十六年もの間、吸血しなくても問題なかった。が、先刻、とうとう限界がきてしまった。
彼女とて死にたくはない。だが、それ以上に吸血をすることによる弊害が嫌だった。
吸血をすることによる弊害。それは彼女に血を吸われた者は基本的に死んでしまうということだ。
それは吸血という行為の性質に由来する。
吸血鬼が吸血をするのは魔力を補填するためだ。通常の生物なら空気中の魔力を吸収することができる。しかし、吸血鬼に限っては吸血でしか吸収できない。それは強い種族であるが故の枷とも言えるかもしれない。
そして、魔力を吸収する過程で自分が吸収できる以上の魔力量を相手が持っていなければ、魔力を吸収しつくして、死んでしまうのだ。
特に公爵級ともなれば、吸血すればほぼ確実に相手が死んでしまうのは目に見えていた。
それなら悪人の血を吸えばいいと思うかもしれないが、吸血鬼は業を積んでしまった魔力を吸うことはできない。それは吸血鬼がある意味高潔であるが故に汚い魔力は吸収できないのだ。
魔力とは魂の力だ。業を積むと魂が汚れてしまうのである。
フェイリスはとある建物の一室で目を覚ました。そして周囲を見、椅子に座って自分を見ている人物を見て悟った。“助けてくれたのはこの人だ”と。
「ありがとう」
彼女は心の底からお礼を言った。それは椅子に座っている人物が死の危険を知っていても尚、血を飲ませて救ってくれたからだ。
そして彼女は微笑んだ。
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「ッ!」
“ありがとう”。ケイオスはその言葉を心の底から言われたことがなかった。国が抱える魔導師なんだから助けて当たり前だろう? そんなことを言われたこともあった。また、彼の無表情な、無感情な面を見て礼も言わずに離れていく者も多かったのだ。故にそのたった一言の心からの礼に戸惑い、そして思わず涙を流した。
「え? え?! どうしたの?!」
フェイリスはそんな彼の内面など分かるわけもなく、突然泣き出した彼にアタフタとしだした。
「い、いやなんでもない。嬉しかっただけだ。その一言だけで報われた気がする。今までの人生に意味があったのだと、そう思えてくる」
「そ、そう。よかったら話聞こうか?」
「ああ。そうだな。話すことにする。君は今までの人とは違う。そんな気がする。君は……俺の運命の人……なのかもしれないな……」
「はにゃっ?!」
フェイリスは顔を赤くしながらもケイオスの話に耳を傾けた。
ケイオスはポツリポツリと語り出す。今までの人生について。自分の現在の状況について。
「……そう」
「……」
「……そうだ! これからは私があなたを見てあげる!」
「……えっ?」
「はい決定ね。これからよろしくお願いします」
「よろ……しく?」
こうして二人は共に暮らすことになった。
二人で暮らす新生活は互いに新鮮だった。ケイオスは今までの人生を取り戻すかのように毎日が楽しく生きられたし、フェイリスもまた恩人であり仄かな恋心を抱くケイオスとの生活に充足感を感じていた。
しかし、そんな幸せな日々は唐突に終わりを告げた。
「ケイオス・ヴォルガノフ。貴様に国家反逆罪の容疑がかけられている。お前ら! ひっ捕らえろ!」
ある日、突然身に覚えのない反逆罪の容疑をかけられ兵に拘束されたのだ。
ケイオスは倒そうと思えば楽に兵を倒せたし、逃げ出せもできたが、冤罪なのだから晴らせるだろうと思い直し、黙って拘束されることにした。
魔法を封じる拘束具を腕にはめられ王城に連れられていく。
彼にとって不幸中の幸いだったのはフェイリスが所用で家にいなかったことだ。吸血鬼は畏怖されている存在なので下手をすれば攻撃される恐れがあった。
そしてケイオスは謁見の間に連れていかれた。
謁見の間には国王を始め、宰相や各大臣、高位貴族がいた。また、同僚の宮廷魔導師や騎士団上層部も勢ぞろいであった。
ケイオスは同僚の宮廷魔導師の一人を見た時にやけにニヤニヤとしているのが目に止まった。
嫌な予感が彼の頭をよぎる。
「ケイオスよ。お主には国家反逆罪の容疑がかけられている。心当たりはあるか?」
宰相がケイオスに質問を投げかけた。
「いえ、ございません。私は日々の職務を忠実に全うしていただけでございます」
「そうか。……アレを」
宰相が催促すると、騎士の一人が何枚かの紙を持ってきた。
「これはお主が犯した罪の証拠だ。これを見ても尚、しらを切るつもりか?」
そこには国王を暗殺するために毒を取り寄せた、という証言が書き連ねてあった。
「ッ?! ありえない! 私は本当に何もしていない!」
「そうか。あくまで罪は認めぬつもりか。……陛下、処遇を」
「うむ。此度のことは非常に残念だ。我はお主には信頼を寄せていたのだがな。だが、致し方あるまい。ケイオス・ヴォルガノフ。お主を国家反逆罪として斬首の刑に処す。処刑の期日は明日。残りの短い生で犯した罪を反省することだ」
ケイオスは頭が真っ白になった。身に覚えのない罪。明日処刑されるという事実。
地下牢に入れられた後、彼は後悔した。拘束される前に何が何でも逃げるべきであったと。今になって両腕の魔法封じの拘束具を忌々しく思う。“これがなければ”と何度思ったことか。
だが、たらればの話をしても仕方がない。
それかといって、今更何ができるわけでもない。彼は今まで魔法しか訓練してこなかったからだ。武術が使えれば足掻くことくらいはできたかもしれないが……。
ケイオスは“もし来世があるなら魔法だけでなく剣術や武術も鍛えよう”。そう心に決めた。
♦︎♦︎♦︎
王城の敷地内の一角。王都の広場に面したその場所には断頭台が置かれていた。
ケイオスは一歩また一歩と断頭台につながる階段を登っていく。その一歩一歩は着実に死へとつながる一歩であった。
そしてケイオスは断頭台の前に立つ。自らの生の終わりを前にして彼は非常に落ち着いていた。ただひとつだけ気がかりがあった。それはフェイリスのことだ。“自分が居なくなってもやっていけるのか?”。そのことが甚く心配だった。
そして今になって気づく。彼女の存在が自分の中であまりにも大きいものになっていたことに。彼は今更気づくとは、と内心自嘲する。
そして、ケイオスは断頭台に固定された。
両手両足を鎖に縛られた彼が最後に考えたのも、やはり自分のことではなく、フェイリスのことであった。そして思う。“もし、輪廻転生があるのなら再びフェイリスに会い、気持ちを伝えよう”と。
そんな時だった。魔法が吹き荒れたのは。
魔法を使ったのはフェイリス・エリオット。彼女は所用からの帰宅後、沙汰を知り救いに来たのだ。
「ケイオスッ! 今助けるわッ!」
フェイリスはそう叫ぶと魔法を乱発した。怒れる彼女が使う魔法はケイオス以外の全てを焼き尽くし、灰にした。後に残ったのは断頭台とケイオス、そしてフェイリスだけであった。
「ケイオスの馬鹿ッ! 勝手に死ぬなんて許さないッ!」
「フェイリス……」
「行こう? その……家はもうないけど」
「全くやりすぎだ。俺の家まで燃やしてどうする」
そんな言葉と裏腹にケイオスの声音は非常に優しいものだった。
彼にとって王国は辛い場所でしかなかった。フェイリスに会った今だから分かる。
彼は柵を捨てることができた。他でもないフェイリスのおかげで。
ケイオスはフェイリスと旅に出た。終わりのない旅だ。彼には特定の居場所は必要ない。彼の居場所はフェイリスの横なのだから。
こうして、ケイオスは流浪の魔導師となり、フェイリスは国落としの吸血鬼となった。
♦︎♦︎♦︎
不死草を採取した【グラム荒原】から歩いて四時間。そこに現在、ケイオスとフェイリスの仮拠点がある。
ケイオスは帰宅すると早速調薬室へと向かった。言わずもがなエリクサーを作るためだ。
エリクサーの作製に必要な素材は四つ。
一つ目は不死草。不死草は決して枯れることがなく、強力なアンデットが出没するような死の気配漂う悪環境でしか育たない薬草だ。エリクサーの作製においては、この薬草の成分を抽出、濃縮した液体を使用する。
二つ目は治癒草。治癒草は森ならどこにでも生えているような薬草だ。エリクサー作製においては、この薬草をすり潰して使用する。
三つ目はマンドラゴラ。マンドラゴラは大変珍しい薬草で、入植が不可能な未開の地でしか見られない。この薬草の根は薬の作製時に使用すれば、その薬の薬効効果を大幅に高めるという効果がある。
四つ目はスライムゼリー。これはスライムを倒すと必ず手に入る代物だ。スライムとは核を破壊しなければ永遠に再生し続ける魔物だ。エリクサーにおいては体内細胞の再生を行うので、その効果をもたらすためにスライムゼリーの再生能力を使用する。
ケイオスはすべての材料の下ごしらえを終えると、それぞれを適切な分量で慎重に混ぜ合わせる。
不死草の濃縮液を鍋に入れ、そこにすり潰した治癒草を投入する。そして軽く混ぜ合わせた後、微塵切りにしたマンドラゴラの根を投入し、最後にスライムゼリーを投入する。
そしてすべての素材を入れた後、トロ火で熱しながら魔力を込めて混ぜ続けること約一時間。材料を入れた鍋から水蒸気が出てきた。このタイミングで火を止める。あとは只管冷めるのを待つだけだ。
「終わった?」
フェイリスが調薬室の扉を少し開けて頭だけをひょっこりと出した。
「ああ。あとは冷えるのを待つだけだ」
「それにしてもケイオスはすごいね。そんなすごい薬を作れるなんてさ」
「……別に。少し興味があっただけだ」
「ふうん」
「なんだ?」
「なんでも♪」
「……」
エリクサーは、ケイオスがフェイリスと共に生きるために作り出した妙薬だ。筆頭宮廷魔導師だった時の知識と、旅に出てから得た知識を総動員して三年で作り上げた。
三年という極めて短い期間で作り上げられたのは言ってしまえば運だ。確かにケイオスとて寝る間を惜しんで努力はしていたが、そもそも新薬というのは三年程度でできるものではない。それもエリクサークラスの代物ともなれば人が一生をかけても足りないだろう。つまり、彼は幸運の中の幸運を掴んだと言える。……いや、彼の執念ゆえかもしれない。
「それで何の用だ?」
「そろそろこの場所から移動するんでしょ?」
「ああ。そうだな」
「そろそろ準備して」
「……分かった」
フェイリスはケイオスと長い間共に暮らすようになって気づいたことがある。それはケイオスが片付けや、荷物を纏めるという行為が苦手だということだ。
五百年前に、ケイオスの自宅——宮廷筆頭魔導師だった頃の屋敷で一緒に生活していた時は、部屋が別々だったので気づくことはなかった。しかし、共に旅に出るようになってから使っている簡易自宅では同じ部屋に寝泊まりしているので、その事実に気づいてしまったのだ。
それ以来、ケイオスは移動前限定でフェイリスに若干尻に敷かれる形となる。
“片付けと荷造りは俺の敵”とはかつてケイオスがフェイリスに告げた言葉だ。言った直後にばっさり切り捨てられたが……。
何はともあれ荷造りはしなければならない。
ケイオスは重い腰を上げ、調薬室を後にした。
♦︎♦︎♦︎
「今日で丁度五百年か」
荷造りに悪戦苦闘するケイオスの横でフェイリスがしみじみと述べた。
「どうした?」
ケイオスは荷造りの手を止め、フェイリスを見た。
「ケイオスと旅に出てから五百年か、と思って」
「そうか。今日で俺が処刑されかかってから五百年経つのか……」
「あの時はホント頭の中が真っ白になったんだからね?」
「だからって国ひとつ滅ぼすのはやり過ぎだぞ?」
「それ言っちゃう?!」
「冗談だ。そのことは感謝している」
「むう」
「……もうあの時のようにはならない」
ケイオスは処刑されかけたあの日以来、時間を見つけては只管魔法と武術、剣術の訓練に励んでいた。今となっては両手を拘束された状態でも十分に戦えるし、なんなら両手両足を拘束された状態でもある程度は戦えるように鍛えてある。
また、当時苦しめられた魔法封じの拘束具も現在の彼には効かない。
魔法封じの拘束具はそれ自体が、装着者の発動しようとした魔法発動に使われるはずだった魔力を吸収する仕組みとなっている。そのため、莫大な魔力を注ぎ込み、吸収の限界量を越えさせることで破壊できるのだ。
これは当時では出来なかった芸当だが、莫大な魔力を手にした今のケイオスからすれば、その程度は些事だ。
「もしまた捕まっても私が助けてあげる」
フェイリスはおちゃらけた口調で告げた。
「もうそんなことにはならんよ。……それにしてもお前は人間を死なせたくないから吸血をしていなかったのではなかったか?」
「そうだけど……あなたがいない世界なんて、それ以上に嫌だったんだもん」
「そうか」
そんなフェイリスに対してケイオスは苦笑いしながらも、若干の嬉しさを滲ませて答えた。
その後は二人とも黙々と荷造りを済ませ、一時間もする頃には終了した。
旅立ちは明日の明朝。
次に目指すは、山か海か、はたまた森か。それは彼らにも分からない。ただひとつ言えることは何処に行こうとも二人は一緒だということだ。