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高校生の私が中学生になった理由(わけ)  作者: 一色 舞
第一章 私の決意と君の強さ
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7

 朝の騒がしさに意識が浮上して、今日も一日が始まるのかとぼんやり考える。

 独特であまり好きではなかった病院のにおいも、もう慣れてしまった。消毒のにおいとか、慌ただしい看護師さんとか、お見舞いに飽きて暇そうにしている子供とか。


「はふ……暑い」


 気付けば、セミの鳴き声が外から聞こえてくる。

 もうすっかり夏だね。


 朝目が覚めて、私が真っ先にすることはスマホのチェックだ。何かメッセージがきてないかとか、ゲームでイベントがないかとか。

 基本的にベッドから出ない私の娯楽は、スマホゲーム。さすがにガチャをたくさん回すことはできないけれど、時間はたくさんある。ほかの人が財力で勝負をしてくるならば、私は事案で勝負に出るよ!

 とはいえ、ずっとやってるとそれも飽きてしまうけれど。


「今日は何しようかなぁ……」


 私の体を襲う痺れは結構な頻度でくるようになっていて、それをお見舞いにきてくれるお母さんや恭介たちに見せないように頑張る毎日。

 ああ、本当に私は死んでしまうんだ……と、一番強く思う時間が朝だった。




 ◇ ◇ ◇


 山下先生は、午前中と午後の二回検診に来てくれる。

 今日も白衣に袖を通し、お洒落なネクタイを締めている。先生はカルテを見て、私の最近の変化を見ながら静かに告げた。


「……自宅療養に切り替えましょうか」

「え」


 その言葉を聞いて、思わず声をあげてしまった。

 そんな私を見て、先生は笑う。


 丸椅子に座っている先生と、お母さん。それからベッドに横たわっている私。今日も変わらない一日になるのだろうと思っていたけれど、どうやら劇的に変化の起こる一日だったらしい。

 呆けてしまっていたら、お母さんに「退院よ!」と嬉しそうに告げられる。その表情は涙ぐんでいて、退院という事実が本当に本当のことなんだと実感できた。


「ありがとうございます、先生!」

「まだ様子見ではありますよ」

「それでも、ひまりが家に帰ってきてくれるのは嬉しいんです」


 お母さんが頭を下げるのを見て、私も「ありがとうございます」と同じように頭を下げる。


「とはいえ、学校に通うのは少し待ちましょう。家で無理なく生活ができて、ひまりさんがどうしても学校に行きたい……そう思うようであれば、相談してください。一緒に学校へ行く方法を、探します」

「はい」

「外出は体調を見て、誰か大人と一緒ならば問題ありません。ですが、少しでも異変を感じたら出かけることはしないでくださいね」

「わかりました」


 先生の言葉を頭の中で反芻しながらも、私は一生懸命頷く。

 ……そっか、家に帰れるんだ。

 でもそれは同時に、これ以上病院にいてもどうしようもないということなんだろうな。仕方のないことだけれど、その現実は結構重たく私にのしかかる。


「先生、食事の制限はありますか?」

「いいえ、ありません。何を食べても問題ありませんよ」

「そうですか……。なら、退院の日はひまりの好物をたくさん作らないと」


 張り切る様子のお母さんに苦笑しつつも、それは正直嬉しかった。

 別にすごく不味い――というわけではないけれど、病院食は味気ないから。お母さんは料理が上手だから、またたくさん食べれるのは正直嬉しい。

 病院食がお母さんの手料理だったらいいのにと、毎回頭の片隅で考えてしまったほどだ。


 よかったと喜びつつも、心から手放しには喜べない。


 入院中は何度も検査をしたりしたけれど、やっぱり私の脳腫瘍は手術困難な場所にあるらしい。

 まだ高校二年生なのに……神様って、ヒドイんだね。




 山下先生との話が終わった私は、病室で一人ぼおっとしていた。

 退院の日取りは、三日後。

 お母さんは私を迎え入れる準備などをしないといけないと言って、すぐさま家へ帰って行った。すっごくすっごーく嬉しそうだったから、今夜はお父さんと飲み明かすんじゃないかと別の意味で心配だよ。

 簡単に想像することができて、思わず笑いがこぼれる。


「そうだ、恭介に連絡しておこう」


 退院が決まったら、まっさきに恭介に伝える。

 ……でもそれと同時に、本当にこのままでいいのだろうかという思いが私の中にある。だって、このまま私は死んでしまうんだから。

 病院にいるのに、体はよくならない。それどころか、少しずつ、少しずつ悪化していく。家に帰ってそれが改善することは絶対にないと言い切れる。


 メッセージアプリを立ち上げて、恭介の名前を見る。

 文字を入力しなければいけないのに、私の指はうまく動いてくれなくて。


「……きょうすけぇ、死にたくないよぅ」


 ぽたりと、スマホの画面に私の涙が落ちる。

 すでに打った退院決まったよ、三日後! という文章がぼんやり涙でにじんでよく見えない。


「うぅぅ」


 目をごしごしと服の袖で擦り、泣いてたら駄目だと自分を叱咤する。一応これはいい報告なのだから、明るく楽しく文字を打ちたいじゃないか。

 そう思ったんだけど――私の指先は、勝手に動いてスマホに文章を打ち込んでいく。


 ▽ ごめん、別れたい。……別れよう?


 送信ボタンをタップしてしまったけれど、どうしようもない。嬉しい退院のお知らせだったのに、いつの間にか私の心の中はぐちゃぐちゃになっていた。

 すぐにピロンと音がして、恭介からの返事がきたことを伝えてくる。


「……早すぎだよ、授業中じゃないの?」


 両手でスマホを持って、恭介からの返事を見る。

 笑っちゃうことに、私はイエスという返事だけはまったく想像できていなかった。案の定、恭介から返ってきたのはノーというシンプルなもの。


 ▼ 絶対嫌だ。

 ▼ 病院で何かあったのか? 今すぐ、そっちに行きたい。


「来て、今すぐ来てよ恭介……」


 ▽ 何言ってるの、学校でしょ! 駄目に決まってる!!

 ▼ ひまりがいきなりそんなこと言うからだろ! ひまりがそんなこと言うわけないって、お前よりも俺の方が知ってるんだからな!


「なに、言ってるのかなぁ、恭介は」


 ▽ そんなことないもん。自分のことは、自分が一番わかってるもん。

 ▼ いいや、わかってないね。ひまりはまったくわかってない。


 次は何を打ち込めばいいかわからなくて、手が震える。ひまりはもう涙でぼろぼろになっていて、恭介からのメッセージもにじんで見えない。

 ああもう、どうしてこんな突然……別れようなんて送っちゃったんだろう。

 きっと別れた方がいいとは思っていたけど、こんな安易にメッセージを送ろうとはまったく考えていなかったのに。


 ああ、そうか……本当だ。


「恭介の方が、私のことわかってるね……」


 思わず笑ってしまう。

 感情のままメッセージを送ってしまった不安定の私よりも、恭介の方がずっとずっと私のことを見ててくれていたんだから。


 涙でぬれたスマホが、手から滑り落ちて床へと落ちる。


「いけない、落としたら画面が割れちゃうかもしれないね」


 大丈夫かな?

 そう思って手を伸ばそうとしてみたけれど――私の体は、痺れて動かなかった。

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