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高校生の私が中学生になった理由(わけ)  作者: 一色 舞
第一章 私の決意と君の強さ
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6

 余命を知ってしまった私はというと、病院で穏やかな毎日を送っていた。特に病状が悪化するような気配もなくて、検査ミスじゃないの? なんて思ってしまうほど。

 ただ、やっぱり時折……痺れが私を襲う。そういうときはぎゅっと目をつぶってベッドの中で丸くなる。


 そんなとき、コンコンというノックの音が病室に響く。

 時計を見ると、針が十九時を指していた。ちょうど、部活終わりの恭介が病院にやってくる時間だった。


「どうぞ~」


 私は極力明るい声で、入室を促す。

 顔を見せたのは予想した通り恭介で、私はへろりと頬をほころばせる。


「ひまり、体調はどうだ? 今日の分のコピー、杏先輩から預かってきたぞ」

「ありがと~」


 ノートのコピーを受け取り、さっと目を通す。

 数学や社会はまだいいけれど……やっぱり英語が意味不明過ぎた。杏が丁寧に解説をつけてくれているけれど、それでわかれば苦労はしない。


 私が表情をしかめながらコピーを見ていると、恭介がくすりと笑う。


「ぱくチョコ買ってきたぞ?」

「えっっ!?」


 ニキビになるから我慢していると言った私の言葉を忘れたの!? そう思い恭介の顔を見るけれど、にんまり笑っている。


「病院にいるのに、ストレスばっかりためるのもよくないだろう? たまには好きなお菓子くらい、食べたらいい。おやつなだけに、な?」

「ああ、そのあだ名で呼ばないでよー」

「結構気に入ってるくせに」


 ははっと、恭介が笑う。

 違うよ、みんなにおやつって呼ばれて嬉しいのは、私のことをひまりって呼ぶのが恭介だけになるからだよ。まったく、にぶちんだなぁ。


 恭介がぱくチョコの包みを開けて、中身をつまんで私に近づけてくる。


「ほら、あーん」

「……っ!」


 な、な、なんて恥ずかしいことをするんだ!!

 私は焦るけれど、恭介はけろり涼しい顔をしている。なんでこうも私ばかりが緊張しているのかと悔しくなって、私は大きく口を開けて恭介の指にぱくチョコごとかぶりついた。


「うわっ、こら! なんで指まで食うんだよ……!」

「ふふん、年下のくせに余裕ぶってるから!」

「まったくー」


 ぽりぽりと頭をかきながら、恭介は苦笑する。

 そのままもう一つぱくチョコを手に取って、懲りずに私の口元へ運んでくる。……いつもはこんなことしないのに、変な恭介。


「……あーん」


 今度は素直に口を開けて、恭介がぱくチョコを入れてくれるのを待つ。

 なんだか顔を見るのが恥ずかしくて目を閉じたけれど、逆に自分の心臓の音が体に響いて落ち着かなくなる。でも、今更目を開けるのなんて、もっと恥ずかしいよ。

 恭介の指先が私の唇に触れて、ふにっとした感触。


 チョコ、そう思った瞬間に――がらりと、ドアの開いた音がした。


「おやつ~、お見舞いにきたよー……って、お邪魔だった?」

「――――ッ!!」


 思わず目を開いて、ばっと入り口を見る。

 制服姿の杏が笑いながら立っていて、その表情はにやにやしている。


「な、な、なんで!? 杏がくるのにどうして恭介にノートのコピーを渡すの!!」

「あははー」

「笑い事じゃないよばか!」


 恥ずかしいよばかばか!

 杏がお見舞いに来てくれる日は、たいてい恭介と一緒か恭介よりも早くくる。だから今日はこないと思っていたのに、ああもう、私はきっとゆでだこのように真っ赤だろう。


「……杏先輩、ああもう」

「あはは、二人とも顔真っ赤だねー」


 長椅子に座りながら、杏は「そうそう」と話を始める。


「なんか、近いうちに担任が来るって言ってたよー」

「え、先生が? なんだか悪いなぁ……」

「まあ、担任だから仕事のうちでしょ。それより、おやつの体調はどうなの? もう入院して三週間じゃん」


 杏の言葉を聞いて、苦笑する。

 もうしばらく落ち着いたまま過ごせたら、一度自宅に戻れることになっている。病院生活はあと少しの辛抱なんだけど、体がよくなるわけじゃない。


「あんまり体を動かせないみたいなんだけどね、もう少ししたら退院できると思う」

「そうなの? よかった」


 私の言葉を聞いて、杏がほっとした表情をする。


「みんな心配してたから、早く学校で元気な姿を見せてよね。旦那なんて、毎日おやつがいなくて泣きそうになってるよー」

「ちょ、杏先輩!! そういうことは言わなくていいんです!」

「きょーすけ……」


 まさか泣きそうになっているなんて、思ってもみなかったよ。

 ちょっと嬉しくなって、恭介の頭をわしゃわしゃとかき混ぜてやる。すぐに「ちょ、まっ」と声をあげて防御態勢に入られる。


「やめろよ、部活で汗かいてるんだから!」

「ええっ? 恭介、いつもシャワー浴びてるじゃん」


 浴びるの忘れたの――と言おうとして、ハッとする。

 ……もしかして、少しでも私に早く会うためにシャワーを浴びないで来てくれてた? 今はが頑張って面会時間が一時間あるけど、きっとシャワーを浴びたりしてたら三十分ちょっとしかとれないよね。


 ああ、こんなこと言わなきゃよかった。

 ――気付かなきゃ、よかった。


 助け船を出すように、杏がパンと手を叩いて「そういえば」と話題をすり替えてくれた。


「そこに飾ってある写真って、おやつの家の猫?」

「え? ああ、これは恭介の家の猫で、ユキちゃんっていうんだよ。寂しいといけないからとか言って、お母さんが飾っていったんだよね」


 小さな棚の上にある写真立てを手に取り、杏が可愛いねぇと頬を緩ませる。

 雪の日に神社に捨てられていた、白い子猫。もう成長して立派になっているけれど、私が恭介の家に遊びに行くと真っ先にすり寄ってきてくれる可愛い子だ。


 あーあ、ユキに会いたい!

 退院したら絶対一番に会いに行こうと決めて、ふんとガッツポーズをする。


「何やってんだよ、ひまり。ユキも会いたがってるから、速く元気になってくれよな」

「もちろんだよ! 奮発して超高級猫缶を買っていくまである」

「ユキの舌を高級味に慣れさせないでくれ」


 恭介の返事を聞いて、私と杏で声を出して笑う。

 確かに、高級な猫缶ばかりを食べるようになったら困っちゃうね。


 そんなたわいない話をしていると、あっという間に一時間が経ち――面会終了時間の二十時がきてしまった。

 にぎやかな時間は、もう終わりだ。

 一瞬の沈黙が流れてから、杏が「今日は帰るね」と席を立った。


「うん。次は学校で会えるといいんだけどなぁ」

「だねー。じゃあ、またね」

「明日もくるからな。ユキの写真、撮ってきてやるよ」

「ありがと、二人とも。写真楽しみにしてるね!」


 私は笑顔で手を振り、ベッドに寝たまま二人を見送る。

 本当は病院の出口まで送りたいんだけど――さっきから足が痺れて、動けそうになかった。


「あーあ、どうしよう」


 私はぼふんとベッドに倒れ込んで、恭介のことを考える。

 ……もしも私が別れようって言ったら、恭介はなんて返事をするだろう?

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