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私の予想が当たったのかなんなのか、受けたアンケートの本題はやっぱり私の病気に関することだった。余命を知りたいと書いた私は、担当医の山下先生に呼び出された。
病院に来たお母さんと一緒に話を聞くんだけど、さっきから心臓が嫌な音を立てている。
「……聞きたくない、なぁ」
でも聞きたい。
ぽつりと呟いた私の声は、前を歩くお母さんにはきっと聞こえていない。
そんな矛盾めいた思いを胸に秘めて、私は診察室へと足を踏み入れる。そこには検査結果を見る山下先生がいて、開口一番に「検査、お疲れ様です」と告げた。
「とりあえずの検査は終わって、結果も出ました」
「ありがとうございます、先生」
お母さんが頭を下げて、私は椅子に座る。
軽い問診などを行ってから、「さて」と真剣みを帯びた山下先生の声が私の耳に届く。
「……ひまりさんのアンケート結果、見ましたよ。率直に、正直に意見を書いてくれて嬉しいです」
「あはは……」
主に食事面を……と言わないのは、先生の優しさだろうか。
「なので、私もひまりさんの思いにしっかりお答えしたいと思います。何か疑問や聞きたいこと、そういったことは遠慮なく聞いてくださいね」
「はい」
私は小さく頷いて、先生の言葉を聞いた。
主に相槌を打った疑問を問いかけるのはお母さんだったけど、今の私はそれを聞くだけで精一杯だったから。
「ひまりさんは、脳腫瘍です――」
先生の話を聞くと、私の脳腫瘍はどうもやっかいな場所にできているらしい。奥まったところで、どうにも手術をするには困難だという。
現れる症状は、主に体の痺れ。
ああ、だから私は倒れちゃったんだね。痺れはこれからもっと酷くなるでしょうと告げられて、うんざりした気持ちになる。
普通に歩いていて、いきなり倒れるのは……なんか嫌だな。
でも、それよりも大事なことがある。
アンケートにあった、一番最後の項目。今の私にとって、一番重要なところ。
手術が困難っていうけど、それは実質することができないっていうことに似ているよね。なんて、思ってしまう。
お母さんの手が震えていて、逆に私の気持ちが少し落ち着いた。
思わず苦笑してから、私は先生に目を向ける。
「私は……あと、どれくらい生きられるんですか?」
「ひまり……っ!」
私の言葉を聞いて、真っ先にお母さんが私を見る。
空気の読めない娘でごめんねと思いながらも、視線は先生から逸らさない。本当は聞きたくない、けど、聞かないときっと私は最期に後悔しちゃうと思うから。
先生も、まっすぐ、逸らさずに私の目を見てくれた。
それだけで、なんて告げられても大丈夫だ――なんて、安堵に似たようなものを感じる。この先生についていこうって、私は思えた。
「ひまりさんの余命は、一年弱……でしょうか。卒業式に出るのは、難しいかもしれません」
「いちねん……」
それを聞いて、お母さんがひゅっと息を呑む。
私は逆に冷静になってしまって、思わず「そうですか」なんて言ってしまった。
「あんた、ひまり……! そうですかじゃないでしょう、もう」
「いや、だってお母さんが動揺しまくってて……私の分も含まれてそうだからさ」
「もう馬鹿なんだから、もう!」
ずっと我慢してくれようとしてたんだろうね。私がそう言うと、お母さんの目から涙が零れた。私の分も泣いてくれてありがとう、そう思ったんだけど――。
あれ?
……おかしいね。
「まったく、これ使いなさいひまり」
「……うん」
お母さんが、可愛いレースのハンカチを渡しに差し出してくれた。
◇ ◇ ◇
山下先生から私の病状を詳しく聞いて、結果――入院が伸びた。
まあ、余命一年ですって言われてほいほい家に帰れるわけもないよね。落ち着けば、自宅療養も可能らしいから、いずれは家に帰るとは思うけれど。
ただ……。
「恭介に、なんて言おうかなあ……?」
幼馴染だから、私たちは小さいころからずっと一緒にいた。付き合い始めたのはつい最近だけど、二人してずっと片想いをしてたんだから笑えない。
幼馴染で、互いが初恋で、それで――世界で一番大切なひと。
「私が死ぬって言ったら、泣いちゃうね」
そういえば恭介の泣いた顔なんて、小さなとき以来見ていない。私は映画とかでもよく泣くから、向こうは私の泣き顔なんて見飽きてるかもしれないけど。
……でも、恭介は私が明日退院すると思ってる。部活が終わってからお見舞いにきて、面会時間ギリギリまで一緒にいてくれる。
電話は……駄目だ、声が震えちゃいそう。
スマホのメッセージアプリを起動して、私は文字を入力していく。なんて書こうかなと悩んでは決して、たった一文を書くだけなのにかなりの時間がかかってしまった。
▽ ちょっと検査結果が微妙で、もう少し入院することになっちゃった!
窓の外を見ると、もう暗い。
今日は先生の話があるから、お見舞いにきても会えないと恭介には伝えてあった。にもかかわらず、彼は来てくれたらしい。
病室に戻ったとき、暇つぶし用の漫画と、授業のノートのコピーが置いてあったから。杏のノートは見やすくてとっても助かるんだけど、もう必要なくなっちゃったね。
ピロンとスマホがメッセージの受信音を告げた。
相変わらず、恭介は返事が早すぎるよ。……もしかしたら、私からの連絡を寝ないで待っていてくれたのかもしれないけど。
▼ 伸びたって、大丈夫なのか? どこか、悪かったのか?
▽ ちょっと厄介な場所だから、もう少し詳しく見てみるんだって! とりあえず私は元気だし、そんなに気にしないで~!
▼ いやいや、気にするから!!
すぐにメッセージが返ってきて、とても心配してくれているということがわかる。
▼ 退院したら、いっぱいデートして甘いものを食べるんだろ?
▽ もちろん! 恭介はお財布を潤わせておいた方がいいね、間違いないよ!
▼ お前な……思ったより元気で、ちょっと安心した。
▽ だから元気だって言ったのに!
退院だって、できないわけじゃない。
正確には自宅療養になるだけだけど、私のことを大好きだと思ってくれている恭介には、どうしても詳しい病気のことを告げることができなかった。
再びスマホがメッセージの受信を知らせるけれど、私はそれを無視する。
今はまだちょっと、長時間もメッセージのやりとりをする余裕がない。
「私は一年後には、もういない」
だったら、どうするのがいいんだろう。
恭介を一人にしてしまう。
――一緒に死んで、なんて。
言いたいけど、そんなことを言えるわけもなくて。
私がいなくなったら、恭介はどうするんだろう。もっと可愛い彼女を作って、結婚して、幸せな家庭を築くんだろうか。
それはとっても素敵だけど、その隣に自分がいないという事実を突きつけられて――どうしたらいいのか、わからなくなる。
その日、私は泣きながら眠りについた。