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高校生の私が中学生になった理由(わけ)  作者: 一色 舞
第一章 私の決意と君の強さ
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 検査をしながら、私の担当医だという山下先生と話す機会が多くなった。そしてその話の流れで渡されたのは、一枚のアンケート用紙。

 ――担当医って、こんなつきっきりになるものなのかな?

 病院生活といえば、ベッドの上で暇にダラダラすごすものだと勝手に思い込んでいた。私の場合は元気だから、病院内にあるコンビニへ行ったり中庭で散歩をしたりすることはできるけれど。

 ただ、それとなく聞いてみたけれど……外出はやっぱり許可されなかった。検査入院なのにね。


「アンケート、かぁ……」


 いったいどんな内容だろうと、ボールペンを片手に内容を読んでいく。


「病室の居心地に、病院食の味……、日々の体調、排便の有無に眠気」


 なんて幅の広いアンケートなんだろうと、苦笑する。

 暇つぶしの方法まで調べて、いったいどうするというのだろうか? 医者と患者のコミュニケーション? まさか、そこまで手厚い看護はちょっといらない。


 とはいえ、山下先生は優しく穏やかでいい先生だと思う。

 担当医に関する項目もあるので、とてもよくしてくれていますと書いておく。だからこそこまめに様子を見にきてくれるのかと思いつつ、やっぱり病室に一人というのは不安なのでありがたい。


 そしてアンケートも残りわずかになったとき、ピタリと私の手が止まる。


「……自分の余命を知りたいですか?」


 軽く考えていたアンケートで、こんなことを聞かれるとは思ってもみなかった。……いや、もしかしたらこれが本命の質問なのかもしれない。

 病院の指針か山下先生の気遣いで作られたアンケートかはわからないけれど、私の答えなんて決まってる。


 迷わず、〝はい〟にまるをつけた。


「はぁ……なんか緊張してやばい」


 ボールペンを持つ手に汗がにじんでいて、苦笑する。心なしか震えている気もして、だけど自分にはどうすることもできなくて。

 ……もどかしいなぁ。

 本当なら、こんな項目なんてなければいいのに。でも、なければないで、私はきっと不安になるんだ。


 誰しも死ぬのだから、死ぬのは怖くない……なんて、今までは思ってた。

 でも、いざ――いざ、大切な人がいるときにその現実を突きつけられると、ただただ怖いという感情が私の中を支配した。


「恭介、部活が終わったら今日もくるのかな……」




 ◇ ◇ ◇



「まったく、ひまりったら……きっと夜遅くまでゲームでもしていたのね。家だといつも私が注意するんだけど、ここじゃそうそう注意する人もいないでしょう?」


 看護師さんだって忙しいだろうし……と、ひまりのおばさんが苦笑しながらお茶菓子を出してくれた。

 俺もつられて苦笑してから、「ありがとうございます」とそれを受け取る。


 病院に来るのはいいけど、部活はちゃんと出て! そうひまりに言われた俺は、律儀に部活をしてから病院にやって来た。のはいいのだけれど――ひまりは爆睡、お昼寝中だった。

 すぴすぴと寝息を立てて眠る姿を見ることなんてあまりないから、ちょっと役得だなんて不謹慎なことまで思ってしまう。


「ひまりは、アプリゲームが好きですからね」

「ええ、本当。いっつもスマホばっかりで、嫌になっちゃうわ。入院してもそればっかりなんて、将来どうなるのかしら」

「あはは……」

「あら……なにかしら、これ」

「?」


 俺とおばさんがいる反対側、窓際にある小さなサイドテーブルの上に一枚の紙が置かれていた。その上にボールペンもあるから、ひまりが何か書いていたことがわかる。

 首を傾げつつ紙を見たおばさんが、一通り目を通して、ほんのわずかだけど沈黙する。


「おばさん?」


 いったいどうしたのかと呼びかけると、すぐに「病院内のアンケートみたい」と答えが返ってきた。


「ひまりったら、酷いわね。病院食のところ、あんまり美味しくないにまるがしてあるわ……」

「ぶっ、正直すぎる」


 おばさんの言葉に、思わず吹き出してしまった。

 チョコも食べないようにしていたし、せめてご飯くらい美味しいものを食べたいという願望なんだろう。ひまりは食事制限なんてないけれど、ニキビができるからとまだお菓子は食べていない。

 検査が終わって退院したら、美味しいスイーツのお店にでも連れて行こう。


 おばさんがやれやれと肩を落とし、ドアへと向かう。


「ちょっと看護師さんに渡してくるわね。ひまりだと、ずっと忘れて置きっぱなしにしそうだもの」

「はい」


 ドアが閉まる音を聞きながら、俺は立ち上がって少しだけ窓を開ける。

 病室は空調が効いているけれど、涼しい風で空気を入れ替えるのもいいだろう。病院の匂いは、きっとひまりは好きじゃないと思うから。


「にしても……気持ちよさそうに寝てるな」


 どうせなら何か喋りたいと思ったけれど、起こすのも可哀想だ。いつも見れないひまりの寝顔をのんびり見ながら、初夏の風にあたる。

 とはいえ、外はもうだいぶ暗くなっている。時計を見れば十九時を回っていた。


「面会時間が二十時までって、早いなぁ」


 時間の縛りなんてなければいいのにと、思う。

 とはいえ、一週間の検査入院だから少しの我慢で済むけれど。退院まであと数日、明日は何か暇つぶしになる本でも持ってこようかなと考える。

 でも、ひまりはあんまり本を読まないからなぁ。漫画ならまだいいかと、何かよさそうなのを見繕うことにしよう。


「……んぅ」

「お? 起きたか?」

「うぅん、ん? きょうすけ?」


 寝ぼけまなこのひまりが眼を擦って、ぼうっとした声で俺の名前を呼ぶ。


「…………」

「ひまり?」

「………………恭介っ!」


 どうやら覚醒までにタイムラグがあったらしく、肩がぴゃっと跳ねる。


「はは、豪快に寝てたな」

「嘘! どうして起こしてくれなかったの……!?」


 慌てふためきながら、ひまりが手ぐしで髪を整える。少しはねた髪が、なんだか可愛いけど、きっとそれを言ったら頬を膨らませて怒るんだろうな。

 備え付けの洗面所に入っていったひまりを見ながら、そういえば杏先輩かたノートのコピーを預かってきたことを思い出す。

 来週の小テストに出る場所らしいから、ちゃんと勉強するよう伝えてーと、軽く言われたのを思い出す。数学と英語のコピーを見て、英語はひまりの嫌いな長文だと苦笑する。


「きょーふけ、何しょれ」

「歯を磨き終わってから喋れ」

「ふぁい」


 顔を洗って髪を整えたひまりが、歯磨きをしながら俺の持っているコピーを覗き込む。黙ればいいというわけじゃなくて、ちゃんと洗面台の前で磨けっていう意味だったんだけどな……。

 でも、ひまりはすぐに見るのをやめた。

 顔をしかめていたから、やりたくないという思考が働いたんだろう。すぐに洗面所から戻ってきたひまりは、しょんぼりしつつも「ありがとう」とコピーを受け取った。


「来週、小テストだって」

「うへぁ……退院してすぐそれは鬼畜だ」

「入院中は暇なんだろ? たっぷり勉強でもしてろよ」


 幸い、おばさんがちゃんと教科書など一式を病院に持ってきてくれている。……まあ、それに手をつけた気配がまったくないのは残念だけど。


「……あれ?」

「ん?」

「恭介、ここに置いてあった紙がないんだけど……」


 室内を見回しながら、ひまりが「ない」と声をあげる。

 さっきおばさんが見ていたアンケートだとすぐにわかり、持って行ったことを教える。


「え! 恭介も見たの?」

「いや? おばさんがちょっと見てたくらいで、俺は見てない。病院食がまずいって書いたんだって?」

「ちょ、そこまで酷くは書いてないよ!」


 ほっとしたようなひまりを見て、よっぽど酷評をしたのかと逆にこっちが焦ってしまう。


「もー、お母さんも勝手なんだから!」

「まあまあ。おばさんも気を使ってくれたんだろ、な?」

「んー……」


 ベッドにぼふんと座りながら、「早く帰りたいな」とひまりが小さな声で呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

感想などいただきありがとうございます!

こういった話は初めてなので、とっても励みになりました……!

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