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高校生の私が中学生になった理由(わけ)  作者: 一色 舞
第一章 私の決意と君の強さ
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3

 学校から最寄りの駅まで歩いて、そこから家には帰らないで――私の足は、つい先日検査を受けた病院へと向かっていた。

 お母さんからスマホに来た、病院へ行くよという連絡。それは嫌な予感しかまったくなくて、私はどうしたらいいのかわからないまま足を動かした。否、動かすことしかできなかった。


 そして私の嫌な予感は、的中した。

 まるで恭介の放った矢みたいだ、なんて考えて苦笑する。


 どうやら私は、かなりよくない状態らしい。



「ひまりが検査、ですか……」

「ええ。詳しいご説明などは、結果が出てから改めてお話させていただきます」


 消毒液のような、病院独特の匂いは好きになれない。

 白色は清潔でいいなと思うけれど、ずっといたい場所だとはどうしても思えなくて。何度もきたくないと思えば思うほど、なんだか引き寄せられているような気がしてしまう。


 診察室で話すお母さんとお医者さんを見て、私は何か言うことはない。というか、何を言えばいいかわからないのでお母さんたちの言葉を聞くことしかできない。

 真剣にカルテを見る先生に、お母さんが普段の私の様子を伝えていく。本人がいるのにお母さんが伝えるんだと思わず笑ってしまうけれど、私はただただ肯定の返事だけをした。




 ◇ ◇ ◇



「すぐに戻ってくるから、大人しくしているのよ?」

「……うん」


 どうにか笑みを作ろうとして、けれど失敗した母さんを見送りながら私はため息をついた。

 スマホをぎゅっと握りしめ、少しだけ深呼吸。アプリを開くと、恭介や杏から大丈夫だった? という旨のメッセージが何件か入っていた。

 既読をつけてしまったけれど、なんて返事をしたらいいのかわからない。


「まったく大丈夫じゃないよ……」


 そんな呟きが、自然と私の口から零れた。

 白いシーツの上にスマホを投げるように置いて、窓から外を見る。どんよりした私の心とは正反対で、快晴。じりじりと暑そうな日差しを見て、外にいたくないと思う。


 でも、それ以上にここにいたくないと思う。


「入院、かぁ」


 私が今いるのは、宛がわれた個室の病室。

 すぐに入院をして、もっと細かい検査をしましょうと言われてひどく驚いた。だって、ほんの少し痺れがあったくらいで、ほかは健康そのものだったから。

 まさか検査入院するほどだとは思わなかった。


 ベッドの上に座りながら、漠然とどうしようという思いが浮かぶ。

 本当に、何を考えてどう行動すればいいのかわからない。だからきっと、私は言われるがままに検査を受けて時間が流れるのを待つんだろう。


 私の着替えなどを取りに行ったお母さんの表情は、あまりよくなかった。というよりも、私がお医者さんから聞いたこと以上のことを聞いているんじゃないだろうかと考える。

 そうでなければ、検査入院であそこまでお母さんが動揺するとは思えない。


 ピロンと、スマホがメッセージの受信を告げる。

 時計を見ればちょうどお昼休みくらいだから、恭介あたりがまた送ってきたんだろうということがすぐにわかった。画面を見ると、予想通りに恭介からのメッセージ。


 ▼ ひまり~! 呼び出しって、結局なんだったんだよ! おばさんに何かあったのか?


 私に何かあったというよりも、家族に何かあったんじゃないかと心配してくれている。まあ、今日の朝は元気に恭介と登校したから、そう思うのも当たり前だよね。

 さすがにこれ以上既読スルーをしたら、可哀相かな……。私は仕方なく、スマホの上に指を走らせて返事をしていく。


 ▽ いや、なんか私が精密検査をしなきゃいけないみたいで……入院することになっちゃったよてへぺろ!

 ▼ は? え? マジで言ってるのか??

 ▽ もちろん。個室で入院だから、贅沢だね!


 軽い感じに返事をしてみたら、すぐに恭介のメッセージが返ってくる。焦った顔をするスタンプのキャラが可愛くて、ちょっとだけ荒んでいたこころが落ち着いたかもしれない。

 あまり心配させてしまうのも申し訳ないので、大丈夫だよっていうのを伝えていく。


 ▽ あ、お見舞いにくるならメロン持ってきてよね!

 ▼ お見舞いって、そんなに……いや、待て、何時まで面会できるんだ?

 ▽ ええと……?

 ▼ ああもういい、学校が終わったらすぐ行くから病院と部屋番号だけ教えろ!


「面会時間を覚えてる余裕まではなかったなぁ……」


 お母さんか看護師さんに聞けばわかると思うけど、あいにく今は私一人。病院の案内みたいなパンフは机の上に置いてあるにはあるけれど、面倒だから読みたくない。

 それに、きっと面会時間は夜まで。そんなに長時間いるわけじゃないだろうから、きっと大丈夫だろう。部活終わりに来て間に合うかと言われたら、そこはちょっとわからないけれど。


「学校からこの病院までは、一時間くらいだよね? うへあ、結構遠いね。ここから家まで帰るのだって、だいたい三十分くらいはかかるし……」


 間違いなく、お見舞いに来る恭介には負担になるだろう時間だ。

 とはいえ、一日程度なら問題ないか。そんなことを思いながら、私はスマホのアプリゲームを起動して遊ぶことにした。


「……っと、病院名教えるの忘れてた」


 もう一度メッセージアプリを起動して、病院と部屋の番号を送る。もう授業が始まる時間だというのに、すぐに既読がついた。

 そして大人しくしてろというメッセージが返ってくる。


「わかってるよ、まったく。ちゃんと勉強するようにっと……」


 こちらも速攻で返事をすると、さらに速攻で可愛いスタンプが返ってくる。まったくこの一年生は授業をなんだと思っているのか!

 私より成績がいいからって!!


 返事はしないでゲームアプリを起動させ、私はしばらく何かを考えるのをやめた。

 恭介が来たら、なんて言えばいいんだろう。私は自分のことをまだ何もしらないけど、検査結果が出たらちゃんと教えてもらえるのかな。



 ガラっと病室のドアが開いたのは、窓の外がオレンジ色になってからだった。

 旅行バッグに私の荷物を詰めたらしいお母さんと、緊張した様子の恭介。


「遅くなってごめんね、ひまり。病院の前で、恭介くんと会ったのよ。お見舞いにって、メロンのケーキを買ってきてくれたんですって」

「え……」

「ひまりがメロンって言ったんぞ? 丸ごと……っていうんじゃ、おばさんも困るだろうし」


 だからメロンの実物ではなくケーキにしたと、恭介からケーキの入った箱を渡された。あっけにとられつつも、「ありがとう」とお礼を伝える。


「まさか本当に買ってきてくれるとは思わなかったよ……」

「なんだよ、いらないんなら俺が食うぞ?」

「嘘! いるよ、いる! ありがとう恭介愛してる!!」

「それほど愛のこもってない愛してるなんて初めて聞いたわ」


 突っ込みを入れるように、やれやれと恭介が息をつく。

 ベッドのすぐ横にある丸椅子に座って、じっとこちらを見る恭介と目が合った。ちょっと気まずくて、視線を誤魔化すようにもらったケーキをお母さんに渡す。


 しばらく沈黙してから、恭介がゆっくり口を開いた。


「……体調は、大丈夫なのか? 少し痺れるって言ってたやつだろ?」

「うん。一応体調は問題ないし、痺れも今はないんだよ」


 だから本当に検査だけしておくみたいと、恭介に告げる。


「そっか」

「学校からここまでは遠かったでしょ? 恭介が買ってきてくれたケーキ、一緒に食べよう。お母さん、お茶とかあるかな?」

「あるわよ、待ってて。あ、でもお皿がないわね……ちょっと病院に入ってるコンビニで紙皿を買ってくるから、待ってて」

「はーい」


 お母さんが簡単に荷物をまとめてから、病室を後にする。手を振りながら見送って、早くケーキが食べたいなとそわそわする。


「最近、チョコも食べてなかったからケーキ嬉しい!」

「ニキビ対策って言ってたもんな。ケーキはいいのか?」

「オッケーオーケー! たぶん大丈夫」

「たぶんとか」


 恭介が笑いながら、私の頭をぽんと撫でる。そしてそのまま前髪をぺろっとめくりあげられて――って!


「今はニキビないからね!?」


 甘やかしてくれると見せかけてニキビあるかなチェックとか残酷すぎるでしょう! 私がすぐにそう叫ぶと、恭介は声に出してもっと笑った。


 ああもう、大丈夫だよ元気だよって笑おうとしてのに、これじゃあ恭介のペースだよ! きっと私が落ち込まないように、元気付けてくれたんだろうな。

 恭介は年下のくせに、いつからこんなに頼りがいのある男になっていたんだろう。とりあえず一緒にケーキを食べて、面会時間の終わる二十時まで一緒にいてくれた。

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