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高校生の私が中学生になった理由(わけ)  作者: 一色 舞
第五章 最後の告白
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3

 温かいタオルで体を拭いて、お母さんが届けておいてくれたパジャマに着替える。

 一息ついて、何か飲もうかと冷蔵庫を開けると――私の好きなぱくチョコがたくさんはいっていて、思わず笑ってしまった。だって、五箱も入ってるとは思わないから!


「限度があるでしょ……」


 別に、なくなったらまた買いにいけばいいのにさ。私が喜ぶと思ったんだろうけど、さすがにこれは……。なんて、考えてしまう。

 そしてぱくチョコのパッケージを見たら……食べたくなってしまうというのが私なわけで。夜中のチョコレートほどよろしくないものがあろうか、ない。でも夜中だからこそ食べたくなるのに!!


「今は若くないから、ニキビもできやすいもんね……」


 はぁとため息を一つついて、私はペットボトルのお茶一本を取り出して冷蔵庫をしめた。


 そういえば恭介、大丈夫かな。

 夜の病院は廊下が暗いので、怖がってないだろうかと心配してしまう。……まあ、それを恭介に言ったら馬鹿にするなと怒られてしまいそうだけど。

 ロビーの自販機あたりで待っててくれてるのかな?


「とりあえず、スマホでメッセージを送っておこう」


 もう終わったから戻って来て大丈夫だよ、っと。

 それから冷蔵庫にぱくチョコがいっぱいあったという報告も忘れない。すぐに食えばと返事がきて、私の食べないという決意を揺さぶってくる。

 ひとつくらいなら……いや、でも! どうせなら、明日のおやつにしよう。


 冷たいお茶で喉を潤してから、恭介が戻ってくるのを待つ。

 なかなか戻ってこなくて、もしかして自販機で何か飲んでるのかもしれない。返事が来たから、椅子に座ってうたた寝してるってことはないと思うんだけど……。

 そんな風に首を傾げたところで、控えめなノックの音が室内に響く。


「どうぞ。おかえり、恭介」

「……ただいま」

「? どうかしたの?」

「いや、別に……」


 病室に入って来た恭介を見て、私は違和感を覚える。どこかそわそわしている様子の恭介に、何かあったのかなと思う。


「……誰かに会ったりした? 夜中にうろつくなって、注意されちゃったとか」

「いや、大丈夫」

「そ?」


 一応もう消灯時間なので、無暗に病室から出ると看護師さんに叱られてしまう。夜勤で大変ななか、お仕事を増やすわけにはいかないからね。


「ひまり」

「うん?」


 恭介が私のベッドに腰かけて、「具合は?」と問いかける。


「大丈夫って言ったのに、心配性だね」

「ひまりの大丈夫は、あんまりあてにならないからな」

「ひどっ!」


 笑いながらそう言う恭介だけど、どこか緊張しているらしい。ほんのわずかに、その手が震えているのがわかる。

 私はゆっくりその手を取って、「ごめんね」と告げた。


「心配ばっかかけちゃってるね」

「別に、ひまりが悪い訳じゃない」


 ぽんと、恭介の大きな手が私の頭を撫でる。

 そして唐突に、声をあげる。


「これから俺が言うことは決定事項なので、ひまりに拒否権はありあせん」

「うぇっ!?」


 何それ、横暴じゃないだろうか!!

 すぐに私は「却下!」と告げるけれど、恭介はすました顔で首を横に振る。私が何を言っても聞き入れないつもりだということが、すぐにわかった。


「部活は止めて、ひまりと一緒にいる時間を増やすから」

「――ッ! 何それ、だめに――」

「駄目じゃない」


 恭介の言葉を聞き、私がすぐに否定しようとすると、言葉をかぶせてさらに否定される。


「俺は、少しでも長い時間ひまりと一緒に過ごしたい。……それは、弓道よりもずっと、俺にとって大切なことなんだ」

「恭介……」


 だからどうか、否定しないでくれと懇願するかのように見つめられる。

 でも、未来のない私と一緒にいることで、高校生という恭介の時間を無駄にしてほしくないと思っている。私が死んだあと、大人になってから後悔してほしくない。


 私は首を振って、もう一度駄目だと告げる。


「駄目だよ、何度もメッセージ送ったじゃん。……別れようって」

「嫌だって、俺は何度も返したけど」

「それはそうだけど……付き合うって、互いが同意してなきゃ駄目じゃん」


 とはいえ、私の気持ちが恭介に向いていることはバレバレだけど。


「過去の神社で、聞いたでしょ? 私の残り時間。だから、私に構わないでよ」

「なおさら構うに決まってるだろ」

「……わかれてよ」


 何度か同じやり取りを繰り返して、最後の方は私の声が消え入りそうになっていた。それでも恭介の耳はちゃんとそれを捉えて、駄目だと告げる。


「ひまり」

「!」


 頑なに駄目だと告げていた固い恭介の声が、ふいに柔らかさ――甘さを含んで私を呼ぶ。


「俺の人生はさ、ほとんどひまりでできあがってるんだよ。小さい頃から、何をするにも一緒で……恋人になれたときは死ぬほど嬉しかった」


 誰にもとられないようにしないとって、そう思ったのだと恭介が言う。


「だから、お願いだから……俺からひまりを取り上げないでくれよ」

「恭介……」

「好きだ、好きなんだよ……ひまりだけが」


 ほかには何もいらないから。そう、言って――。


「ひまりの残りの時間を全部、俺に頂戴」

「……っ!」

「欲張りだから、足りないくらい」

「恭介、私……っ」

「素直になって、ひまりの本心がほしい」


 今まで感じたことのないようなほどの、独占欲。

 まるで「はい」とだけ言ってと、そう言われているようで。

 恭介の腕が伸びてきて、私を優しく抱き寄せる。背中をあやすように撫でられ、耳元で「教えて」とささやかれる。いつもより低い恭介の声に、私の体が震える。


「……その聞き方は、ずるいよ」

「そう。俺ってずるいんだよ」


 今頃気付いた? と、恭介が言う。


「……ううん、しってた」

「それは光栄だ」


 くすりと嬉しそうに笑い、恭介の手が私の頬に触れる。そのまま包み込むように撫でられ、額に優しい触れるだけのキス。


「私も、恭介と一緒にいたい。少ししかない時間だけど、その全部を恭介でいっぱいにしたい……っ」

「……ああ、やっとひまりの本音が聞けた」


 嬉しいと、恭介の目から涙が零れる。


「私だって、嬉しいよ」

「うん……」


 別れたいわけがない。

 生きて、ずっとずーっと一緒にいたい。


「ひまり」

「え……?」


 私の名前を呼んで、恭介が真っ白のシーツを私の頭にかぶせる。いったい何をするんだと思い外そうとすると、「だめ」とストップがかかる。


「まだ俺がちょっと足りないんだよな……だから」

「え?」

「……今はこれしか用意できなかったんだけど、ちゃんとしたのも渡すからさ」


 そう言って、恭介が取り出したのは、可愛らしいピンクの花で作った指輪。

 ――これをつくってたから、もどってくるのが遅かった?

 すぐそうだろうと気付き、私の脈が速くなる。


 だって、これじゃあまるで――結婚式みたいだ。


「……俺は、今も、昔も、そしてこれからも。ひまりと一緒に生きて老いていきたい。ずっと支えたい。健やかな時も、病める時も、お前の隣にいるのは俺でありたい」

「……っ!」


 恭介の瞳が私を捉え、返事は? と、そう問いかけられる。


「私も。……たとえ自分に残った時間が少しであったとしても、恭介と一緒にいたい。……健やかな時も、病める時も、ずっと一緒にいてください」

「はい」


 私がたどたどしくも言葉を告げると、恭介が嬉しそうに微笑んだ。

 持っていた花の指輪を私の左手――薬指に、はめてくれる。


「ひまり、愛してる。ずっと」

「私も愛してる、恭介」


 二人で泣きながら笑い、シーツで隠れるように……そっと、誓いのキスをした。

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