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私が自分の未来を告げると、恭介が小さく「ばか」と呟いた。
思わず目を瞬いて、だってしょうがないじゃんと心の中で思う。私だって、自分を馬鹿だと思ってるよ。でもね、それ以上に恭介が大好きなんだよ。
私のことを全部話したのに、恭介はやっぱり「ばか」って言う。
「おやつのばか、バカ、馬鹿……」
「そんなに連呼しないでよ……」
「それで、今はどうなんだ?」
「?」
今?
恭介の言った意味が分からなくて、私は首を傾げる。すると恭介が大きく目を見開いて、「嘘だろ」と頭を抱えて見せる。
「今って言ったら、今の体調と病気に決まってるだろ! ……まさか、検査もしてないのか?」
「!」
なるほど早期治療!
いわれてみれば、私は自分の病気を治すという考えがまったく思い浮かんでいなかったことに気付く。これは覆せない運命のようなものだと、どこかで思い込んでいたのかもしれない。
その割には、恭介の未来は変えてやろうと奮闘したりしていたけれど。
「……あはは」
「笑って誤魔化そうとするな」
ぎろりと涙目になっている恭介に睨まれて、「明日は病院だからな」と告げられる。私はそれに苦笑して、曖昧に頷くしかできない。
……もう手遅れですって、言われたら怖いな。
そんなことが脳裏をよぎるけれど――同じなんだなと思うと心が軽くなる。
「一緒だねぇ」
「何がだ?」
「私は恭介のために頑張ろうとしたけど、恭介は私のために頑張ろうとしてくれてる」
その気持ちが、すっごく嬉しいと思う。
例えもう奇跡が起きなかったとしても、私はそれだけで十分満たされるよ。
「くっそ、大きい病院ってどこがいいんだ……」
「…………」
恭介がスマホですぐ病院を探し始めたので、思わずせっかちだなぁと呟いたら怒られた。
「行くなら、私がお世話になる予定の病院に行こう。……家から少し離れてるけど、大きいから」
「そうだな。でも、セカンドオピニオンだって必要だろうから」
「…………」
そう言って、スマホを見るのをやめない。
これは私が何を言ってもこのままだなと思ったところで、小さく猫の鳴く声が耳に届いた。
「あ、ユキちゃんだ……!」
猫缶を置いていたところを見ると、よろよろ歩いてユキちゃんが出てきていた。よっぽどお腹が空いていたんだろうと思いながら、食べるのをお社の影からそっと見守る。
食べ終わったらタオルで包んで、動物病院へ連れて行こう。
「エサが食べられるなら、とりあえずは大丈夫そうだな」
「うん」
恭介もスマホから顔を上げて、ほっとしながらユキちゃんを見る。そしてそのまますぐに、私に「どこの病院に行くんだ?」と聞いてきた。
私はスマホのマップを見ながら、行く予定の病院を指でさす。個人の先生がやってる小さな病院で、今日はたまたま書類整理をしている先生が深夜にも残ってくれている……はずだ。
「ここか、なるほどな。歩いてだいたい二十分ってとこだな」
「うん。開いてる時間じゃないんだけど、今日はたまたま先生がいてくれてるんだ」
「なるほどな」
未来のことがわかるのは便利だなと、恭介は笑う。
「過去をちゃんと覚えてることが大前提だけどね」
「ああ、どうせおやつのことだから教室で自分の席が思い出せなかったんだろ」
「なんでわかるかな……」
あの場には恭介いなかったのに。
ぷくっと頬を膨らませて拗ねると、ほっぺたを恭介につっつかれる。
「そんな顔してないで、行くぞ。餌、ほとんど食べたみたいだ」
「あ、本当だ。よかった、ユキちゃん……」
「とりあえず俺が抱き上げるから、おやつは道案内してくれ」
「まかせて」
恭介がタオルを持って近づくと、ユキちゃんが警戒するように小さく唸り声をあげる。未来ではあんなに懐いてくれているのに。
……二度も、初対面を経験するのは寂しいものだね。
そう思うと、恭介との初めましてまで過去へ飛んでしまわなくてよかったと思った。その方が恭介としてはいいかもしれないけれど、さすがに私が耐えられないよ。
「ほらほら、あんまり唸るな。体力が減るぞ?」
『にゃう』
指先で撫でながら、恭介がひょいっとユキちゃんを抱き上げる。何度も「大丈夫」だぞと言いながら、あやすと、疲れ切っていたためか次第に大人しくなった。
それにほっとしながら、私も恭介が抱きかかえたユキちゃんを優しく撫でる。いつもはふわふわだけれど、今は泥だらけになってしまっていてべっとりしている。
「早くお風呂に入れてあげないとだね」
「そうだな。とりあえず、まずは診察してもらってからだ」
「うん」
◇ ◇ ◇
走って病院まで行きたい気持ちをぐっと押さえて、私たちは病院へと歩いた。ユキちゃんを落ち着かせるようにしながらだったため、予想以上に時間がかかってしまった。
辿り着いた先は、玄関の照明は付いていないが、奥の部屋はうっすら明かりが見えた。
本当にいたと、ほっとする。
いるのはわかっいたけど、実際この目で見るまでは安心できなかった。
私は動物病院の玄関を叩き、「急患ですー!」と告げた。
「おやつ、こっちにインターホンがある」
「本当!?」
インターホンの存在を知らず、めっちゃドアを叩いてしまっていた。恥ずかしくなって顔を伏せた方けれど、今はそんなのを気にしている場合ではない。
しばらくすると先生が出てきて、「子供?」と首を傾げつつも、抱きかかえたユキちゃんを見てすぐ中へと入れてくれた。
私たちも診察室へついて行き、ユキちゃんの様子を見守る。
「かなり衰弱しているね……」
「神社にいた、野良猫なんです。先生、ユキちゃんは大丈夫ですか?」
白衣に袖を通してから、先生は頷き診察を開始する。
「なるほどね……これ以上遅かったら危なかったかもしれないが、命に別状はないようだ」
「よかったぁ」
私と恭介の安堵した声に、先生が笑う。
「名前も決めて、よっぽど心配だったんだね」
「とっても。ユキちゃんはもう、家族みたいなものですから」
「そうか」
薬を飲みすやすや眠ったユキちゃんを見て、今日は一晩預かってもらうことになった。
幸いなことに怪我はなく、栄養をとって安静にすれば問題なく回復すると先生が説明してくれた。
「とりあえず、一安心だな。おやつ、今日はもう帰ろう」
「……うん」
ユキちゃんをもう少し見ていたいけれど、そっと休ませてあげたいし、仕事をしている先生の邪魔をしては申し訳ない。
「あ! 猫缶のゴミを置きっぱなしだ」
「そういえば……帰りに回収していくか」
「うん」
服も汚れが酷いし、家に帰ったらすぐお風呂だ。下手をしたら、ユキちゃんより汚れてるかもしれないね。
「もう遅い時間だから、タクシーを呼ぼうか」
「いえ、そんな遠くないから大丈夫です。神社にもちょっと寄るんで……」
「そうかい? 気を付けて帰るんだよ」
「ありがとうございます、先生」
二人で深く頭を下げて、治療代は明日持ってきますと約束して病院を後にした。
神社へ向かいながら話すのは、ユキちゃんのこと。
「未来では、うちでユキを飼ってるのか? てっきりおやつが飼ってるのかと思った」
「飼えたら嬉しかったんだけどね。でも、恭介の家にたくさん遊びに行ってるから、すごく懐いてくれてるんだよ」
だから大丈夫!
そう告げると、恭介は「ふぅん」と言いながらユキちゃんを飼うことをあっさり了承してくれた。
「ええと、でも、おばさんに聞いたりしないとじゃやい?」
「ユキは、未来でうちの家族なんだろ? だったら、大丈夫だ。母さんも父さんもオッケーしてくれるだろ」
のんきな恭介の言い方に、苦笑がもれる。あっさり未来から来た話を信じてくれるのなんて、きっと恭介だけだろうな。
神社の手前について、早くゴミを拾ってしまおうと私たちは階段を駆け足で登る。
というか、いざ冷静に考えてみて……この時間の神社は、ちょっと怖いよね。
何かが起こりそうで、あまり長いしたくはない。
なんて、どうして私はこんなフラグのようなことを思ってしまったんだろうか。