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高校生の私が中学生になった理由(わけ)  作者: 一色 舞
第四章 答え合わせ
21/27

3

 神社に戻り、缶詰タイプの餌を空ける。

 とたん漂う香りに、どうかユキちゃんが反応してくれますようにと祈る。さすがにお社の下、奥まで潜り込むことはできないからね。


「ユキちゃん、ご飯だよ~」

「なんだ、もう名前を付けてるのか?」

「あ! えっと、うん、そう! ほら、白い子猫だし……!」

「ふぅん……」


 わりと安易な名前だったので、私はそのまま恭介に伝える。「それにほら、雪が降ってるから」ピッタリじゃない? そう言うと納得したように恭介も頷いた。


 よし、恭介問題はオールオッケー!

 あとはユキちゃんをどうにか無事に保護すれば安心だ。夜間開いている動物病院だってちゃんと覚えてるし、必要なものも今コンビニで揃えたから。


「ずっと近くにいたら、近づいてこないんじゃないか?」

「あ、そうか……」


 私が餌の前で待機していると、確かにユキちゃんが餌を食べに来にくいよね。恭介と二人でいったん離れることにして、お社の端から餌を見守ることにした。




「くるかなぁ、食べてくれるかなぁ……」

「静かにしてないと出で来れないぞ」

「あ、そうだね……」


 早く食べて! そう声をあげたら恭介に怒られた。

 野良猫だから、人間への警戒心が強いんだろう。でも、早くユキちゃんを保護して抱っこしてあげたい! だから早くと、私の心がせぐ。


 もちろん慌てたらいけないことはわかっているけど、目の前にユキちゃんがいるのだから仕方がない。今も辛い思いをしながらお社の下にいるかと思うと、ひどく焦る。


「とはいえ、あんまり出てこないと子猫の体力が心配だな」

「……うん」


 恭介の声を聞きながらも、私の視線は猫缶から離れることはない。早く出て来いと祈るも、お社の下でユキちゃんが動く気配はない。

 けれどめげずに見つめ続けていると、小さく砂利を踏む音が耳に届く。


「なぁ、おやつ」

「うん? ……あ、なんか影が動いた!」

「お前は――誰だ?」


 ――え?


 ユキちゃんが来たかも!

 なんて喜んだ頭は一瞬でフリーズして、何度か目をぱちぱちする。

 ……誰だ?


「やだなぁ、恭介。誰も何も、菓子ひまりだよ。恭介の幼馴染、忘れちゃったの?」


 突然の記憶喪失? なんて告げてみるけど、恭介の瞳は今までみたことがないくらい真剣みを帯びていた。

 私に誰だと問われても、菓子ひまりという答え以外を返すことはできない。

 例え未来からきたとしても、私が私であることに変わりはないから。


「まぁ、確かにおやつがおやつじゃないっていうのは変な話だよな」

「そうだよ……」

「だから最初は、何かを隠してるんだと思った。……いや、きっとそれは違わないんだろうけど、なんていうか……いつものおやつとは違う」


「…………」


 恭介の言葉を聞いて、なるほどねと理解する。

 今の私は、ひどく不自然なんだ。


 恭介が大好きだということは変わらない。

 今までの私は、恭介と一緒に生きる未来を描いていた。でも、今の私は……恭介が一人でも幸せに生きてくれる未来だけを描いている。

 それが裏目に出てしまうことが多いけれど、恭介にはそれが異質だったんだろう。


 ――でも、なんて言えばいい?

 頭ではそう考えたけれど、私の行動は思考と同じようには動かなかった。


「私は〝おやつ〟じゃなくて、恭介に名前で呼ばれてる〝ひまり〟だよ」

「……?」


 私がそう告げると、恭介はいったい何のことかわからない顔をしている。


「おやつもひまりも、お前だろ?」


 いったいその違いは何だと、恭介が言う。

 もっともだけど、私にとってこの違いは何よりも大事な証だった。私が恭介の特別、っていう。


「私はね、未来からきたんだ」

「……は?」


 私の言葉に、恭介がぽかんと口を開ける。

 そうだよね、そういう反応になっちゃうよね。その様子がなんだか可愛くて、私は思わずわらってしまう。いけないとは思いつつも、可愛いのだから仕方がない。

 もう恭介をだますのは止めてしまおう。

 だって、私と恭介の二人が苦しいんじゃ――なにもいいことがないから。


「未来って、いつの?」

「高校二年生」

「……だから、か」

「え?」


 妙に納得した顔になり、恭介は「なるほどな」と頷いた。


「学校に行こうとしたのに、一回違う方にいっただろ? その日から、なんかおやつに違和感があった」

「!」


 初日からばれてた……っ!?

 恭介の言葉を聞き、私はがくりと肩を落とす。だってまさか、最近じゃなくてそんな前から怪しまれてたとは思わなかったから。

 私の様子を見て、「やっぱり」と笑う。


「それにさっき、白い猫だからユキって言った。あんな暗いお社の下、しかも汚れてる猫がどうして白だってわかったんだ? 元々おやつが知ってたからとしか、思えない」

「……その通り」

「でもさ、納得できないことはある」

「?」


 ……未来から来たって、信じてくれた?

 まさかこうも簡単に受け入れられるとは思いつつも、少し厳しくなった恭介の目つきに焦る。なんだか少し、怒ってる……?

 とはいえ、私だって気付いたら過去にいた。もし今のおやつじゃないと――そう怒られるのは、なんだか嫌だ。


「なに? 私だって、こようと思って過去に来たわけじゃないよ」

「たった数年で未来から過去にこれるようになるとは、俺だって思ってない」

「……それもそっか」


 じゃあ一体何なんだと、私は恭介へ問う。


「そんなの、おやつの俺への態度に決まってるだろ。なんで俺を避けたりしたんだ? 未来の俺は、おやつに冷たくされるような酷いことを……したのか?」

「あ……っ」


 私を悪いと責めるわけじゃなく、自分がいけなかったのかと――恭介が眉を下げる。

 その考えは、まったく思い浮かばなかった。恭介に悪いところなんて、ひとつもない。むしろ、悪いのは病気になってしまった私だ。


 ……これは、なんて言ったらいいんだろう。

 もしここで私がイエスと告げたのならば――恭介は、いったいどんな反応をするだろう。私から離れてくれるだろうか? なんて考えが脳裏をよぎる。


 ――ああ、でも駄目だ。

 数年後に私が死んでしまったら、恭介は察しがいいから私の嘘に気付いちゃうだろう。そしてひどく後悔して、自分のことを責めてしまうかもしれない。

 うん、それは駄目だね、許容できない。


「未来の恭介はねぇ……私の、彼氏だったんだよ」

「え……」


 静かにそう告げると、恭介の驚いた声。

 手で口元を抑えながら、「まじで?」と顔を赤くしたのがわかった。でもすぐに、「なら……」と言葉を続ける。


「どうして、俺を避けるようなことしたんだ? やっぱ、嫌いになった?」


 付き合う未来を変えたかったのか? と、ズバリ確信をついてくる。


「半分だけ正解」

「……半分?」

「うん」


 頷くと、恭介は考え込むようにして、しかしすぐに口を開く。


「何があった?」

「え」

「うぬぼれだけど、俺は自分がおやつに嫌われるとは思えない。だから、何かよくないことがあって、おやつは自分から俺を遠ざけようとした。……違うか?」

「…………」


 まさかこの一瞬で、そこまで予想されてしまうとは思いもしなかった。苦笑する私を見て、恭介は「やっぱりか」と言った。


「だっておやつ、俺のことを嫌ってるようには見えなかったから。そう考えると、逆に――そう、俺を助けようとしてくれてるのかなって。どうだ、正解か?」

「うん……」


 完璧すぎるほどの、正解だよ。


「私は病気になって、あと数年で死ぬんだよ」

「――ッ!?」


 そう告げた私の声は、ひどく落ち着いていた。

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