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高校生の私が中学生になった理由(わけ)  作者: 一色 舞
第一章 私の決意と君の強さ
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1

 しとしとと降る雨が、なんだか気持ち悪い。

 着ている袴は湿気を含んでじめじめしてくるし、早く家に帰りたい気持ちこみあげてくる。理由をあげるのならば、雨だからの一言で十分だ。


 弓のしなる音を聞きながら、俺はまっすぐ見据えた(まと)にめがけ矢を放った。瞬間的に目を閉じて、視界に入ってきていた雨をシャットアウトする。

 パアンと気持ちのいい音がして、皆中(かいちゅう)したことに気付く。四本すべての矢が刺さった的を見て、心の中で小さくガッツポーズ。


 春に入学して、そのまま弓道部に入った。

 最初はなかなか的に当たらなかったけれど、少しずつ当たるようになってきた。しかも皆中になったのは、これが初めて。

 嫌な気分も吹き飛びそうだ――なんて考えてしまうほど嬉しい。が、的前で声をあげるわけにはいかない。


 すぐに礼をし的前から離れると、弓道場に似つかわしくないバタバタという足音と大声が響き渡った。


「おい、恭介(きょうすけ)! 大変だ、おやつ先輩が倒れて保健室に運ばれたって!!」

「……はぁっ!?」


 この道場は、本校舎から少し離れたところにある。

 いつもはのんびり歩きながら、ちょっと遠いくらいがいいなんて思っていたのに、今はこの距離がひどくもどかしい。全力で走れば、校舎までは三分程度。


 俺はみんながざわつくのを無視して、伝えにきた同級生の話もろくに聞かず保健室へと走りだした。水たまりを踏むのも躊躇せず、下駄箱にも行かず一番保健室に近い渡り廊下からサンダルを脱ぎ捨て校舎に入った。




 ◇ ◇ ◇



「ひまりっ!?」


 保健室の引き扉が勢いよく開いて、続けざまに叫ばれる私の名前に肩がぴゃっと跳ねる。雨に濡れた恭介だということはすぐにわかって、心配して来てくれたことがすぐにわかった。

 ……でも、さすがにその登場はちょっと恥ずかしいよ。主に、私が。


「あらあら、彼氏のご登場ね。菓子さんなら、そこのベッドに座ってるわよ」

「はぁ、はっ……先生、っと、ひまり。よかった、倒れたって聞いたから焦った」


 保健室の先生が恭介にタオルを渡すけれど、恭介は受け取るだけで拭かずに私のところまでやってきた。私のことを気にしてくれるのは嬉しい。でも、自分のこともちゃんと気にしてほしいんだけどなぁ。

 私は寝てるベッドの縁をポンポンと叩き、恭介を座らせてタオルを取り上げる。そのまま柔らかい黒髪をガシガシと拭いていく。


「恭介ってば、道場から走ってきたの? びしょ濡れだし、あ、上履きも履いてないじゃん……!」

「渡り廊下から入ってきた」

「えぇぇ~!? まったく。……でも、ありがと」


 私の名前を叫んで保健室に入ってきたこの男の名前は、(もり)恭介きょうすけ

 家が隣同士の、いわゆる幼馴染。恭介の方が一学年下だけど、しっかりしていて頭もいいからどっちが年上だかわからないわねと笑われることもたまにある。

 私の方がお姉さんなのになぁ。


 そしてそれから、先生が言った通り……私の彼氏。


「んで、ひまりは何で倒れたんだ? もう元気そう――でも、顔色はあんまりよくないな」

「そう? なんか痺れた感覚がして、倒れちゃったんだよね。今日は五十メートルのタイムを更新したかったのに」

「さすがは陸上部期待のエース。でも、体の痺れって……今は大丈夫でも、病院に行っといた方がいいだろ。付き添うから、このまま行くか?」


 少し隈もあるんじゃないかと、恭介が私の目元をじっと見つめてくる。


「恭介、その格好で病院は無理だよ! ちゃんとお母さんに連れてってもらうから、大丈夫。恭介だって、弓道の大会が近いって言ってたじゃん」

「そりゃあ、そうだけど」

「応援に行くから、ちゃんと練習しといてよ?」

「……わかった。まかせろよ」


 私がちょっと煽るとうに言うと、恭介は胸を張ってまかせろよって言う。私は、「まかせたよ!」って笑い返す。

 恭介にばれないように、タオルケットの下に潜り込ませた手をグーにしたりパーにしたりして動かしてみる。もう大丈夫と告げはしたけれど、実は少しだけまだ痺れが残っていた。


 ……でも、今は手だけだしすぐに取れるかな?

 今日はもう遅いから、明日になったら一応病院に行こう。

 そんなことを考えていると、保健室のドアが開いて杏がひょこりと顔を出す。その手には私のスクールバックがあり、鞄を持ってきてくれたことがすぐにわかった。


「お、旦那は来るのが早いねー」

「杏先輩、それってひまりの鞄……俺すぐに帰り支度してきます! ひまり、俺が用意してくるまでちゃんと寝てろよ」

「うん……」


 恭介がびしっと私に告げてから、杏に「ひまりをお願いします」とお辞儀をしてから保健室を出て行った。とりあえず「シャワ浴びてくるんだよ!」と叫んでみたけれど、ちゃんと聞こえていたかは謎。


「おやつは愛されてるねー」

「あはは……」


 恭介を見送った杏がベッド横の丸椅子に座って、足を組む。


「んで?」

「?」

「あんたね、倒れたんでしょーもう。体調はいいのかってこと」


 私の鞄をベッドの上に置いてから、スポーツドリンクを差し出される。私が最近よく飲んでいる、学校の自販機で売ってるやつ。

 それから、ぽんっとお菓子を膝の上に載せられた。これまた私が気に入っている、ぱくチョコ。ぱくぱく何個でも食べられる! っていう売り文句の通り、いつも食べ過ぎちゃうミルクチョコレート。


「ありがと」

「いいよ。おやつはおやつっていうあだ名の通り、楽しくお菓子でも食べてて」

「こーら、ここでお菓子は禁止よ?」

「先生ってばケチだなー」


 苗字が菓子ということで、お菓子……おやつ! っていうのが、私の小さなころからのあだ名として定着している。

 あんまり好きじゃないあだ名だったんだけど、最近はこのあだ名も気に入っていたりする。思わずにやけると、杏に「やっぱり頭も打った?」と怪訝な顔をされた。


 机に向かって書類仕事をしている先生まで、「あら大変」なんて私を見てくる。しかしすぐにくすりと笑って、私が持つお菓子の袋を指さしてきた。


「菓子さんてば、チョコばっかり食べるとニキビができちゃうわよ~?」

「うっ……! それは、わかってますけど」


 でも、食べちゃうんです。


「そういえばおやつ、ついこの間までニキビできてたねー。何、その原因ってぱくチョコだったの?」

「…………おっしゃる通りです」

「どんだけ食べてるのよー」


 杏はアハハと笑って、鞄から取り出したウチワであおぎ始める。そのウチワの絵柄がぱくチョコなもんだから、思わず私も笑ってしまう。


「そのウチワ、私も持ってる!」

「ぱくチョコ買ったらもらった。おそろいじゃんー」


 家にあるから、今はもってないけどね。杏みたいなクール系美女がぱくチョコのウチワであおいでるのを見ると、なんだか同じ人間なんだなあとしみじみ思う。


 杏が綺麗なストレートヘアーをかきあげて、「暑いねー」と言葉を零す。もうすぐ夏休みに入るこの時期は、気温だけで言えば夏本番。

 早く夏休みになってほしいねと笑いあいながら、遊びに行く計画も立てなきゃと意気込む。あとはバイトをして、遊ぶためのお金を貯めないといけない。夏休みはやりたいことがたくさんある。

 部活も毎日あるし、もしかしたら夏休みの方が忙しいんじゃないだろうか。


「でも、おやつは旦那とデートで忙しいんでしょ?」

「……っ! そりゃあ、いっぱい遊びたいけどっ」

「家も隣だし、あんな毎日一緒にいて飽きないのもすごいねー」

「杏は飽きっぽすぎだと思う」


 それに、恭介とだったら毎日会っても飽きないよ。

 ……とは、さすがに恥ずかしいから言えないけどね。


 ベッドの上で体育座りをして、自分の膝に顔を埋める。なんとなくだけど、今の私は顔が赤いような気がしたから……。


「心配して、すぐ駆けつけてくれるんだから。おやつは飛び切り愛されてるね」

「もう。恥ずかしい!」

「嬉しいくせに」

「そうだけどっ!!」


 言いあうような私たちを見た先生が、「もう元気ね」と笑っている。私も、自分が倒れたとはとてもじゃないくらい信じられない。

 暑さにやられただけかもしれないな……なんて、ぼんやり考える。だったら、冷たいものを食べるのもいい。恭介とアイスを食べながら帰ろうかと考えたところで、保健室のドアが開き恭介が顔を見せた。


 よっぽど急いでいたみたいで、髪が濡れてる。でもきっと、これは雨じゃない。


「シャワーをちゃんと浴びてきたのは褒めるけど、髪の毛もちゃんと乾かしてきてよ……」

「すぐ乾くって」


 呆れながら告げると、恭介が大丈夫だと笑う。先生も、「元気ねぇ」と笑っているし、誰も恭介の風邪の心配ははしていないようだ。


「さ、帰るぞ」

「はーい」


 私の鞄を軽々持ち上げて、恭介が先生に挨拶をする。私の体調のことを確認してくれているようで、なんだか嬉しいな。


「もう元気そうだけど、倒れたんだから気をつけなよー?」

「うん。恭介も一緒だし、大丈夫」


 杏にも別れの挨拶をして、私たちは帰路に着いた。

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