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高校生の私が中学生になった理由(わけ)  作者: 一色 舞
第二章 過去の世界
11/27

3

「おはよーおやつ」

「おやつ、ちゃんと調理実習の準備してきたかー?」

「おはよう、もちろんバッチリ」


 違和感を覚えながらも、中学の教室に入った。そこには懐かしい同級生の顔があって、なんだか不思議な気分になる。

 ざわざわと賑やかな感じは、高校の教室と大差ない。結構成長していると思っていたけれど、中学と高校ではあまり変化がないのかもしれない。


「…………あれ?」


 教室に入って席に着こうとして――自分の席がどこだったか、思い出せない。

 いや、たった二年前のことなんだから……とも思うけれど、席替えをどのタイミングでしていたかまでは覚えてないし……。

 どちらかというと、窓際の席が多かったんだけどなという記憶があるくらい。


 とりあえず、窓際へと歩いていく。

 後ろ、最後の二つの席には誰も座っていない。おそらく、どちらかが私の席なんじゃないかと考えるけど――どっちだろう。

 頭の中から記憶を引っ張り出すようにして、どっちが自分の席だったのかなと考えていると……ほかの人が一番後ろの席へと座った。


 なるほど、私の席は後ろの一つ前だったのか。

 ほっと安堵して、私は自分の席に腰を下ろす。するとすぐに、後ろから「おやつ何やってんの?」と声をかけられた。


「え?」

「あんたの席は、もう一個前じゃん……ああ、木島が座ってるから避難したのか」

「う、うん。そうそう、とりあえずここに座っておこうと思って!」


 なんと私の席はもう一個前だった!

 そういえば、そこの席になったこともあったなと思い出す。……席替えなんて、そうそうしなくていいよねと今更ながらに思う。

 席を変えるときはとてつもなく盛り上がるのに。誰の隣がいいとか、そんな話題を出す女子たちは今思えばちょっと可愛かった。


 そんなことを思いながら、私は自分の席が空いてから座り、久しぶりの中学校生活を過ごした。




 ◇ ◇ ◇



 やばい。


 やばいやばい、やばい!



 私、今、全力で走ってる。

 五十メートルという短距離を、足を上げて、腕を振って、駆け抜ける。まったく体に痺れがない、体が動く、その事実だけで、私の体が歓喜に震える。


 走り切ったあとの解放感と達成感に、大きく息をはく。


「なんだ菓子、調子いいじゃないか」

「はいっ!」


 顧問の安村先生が声をかけてきてくれて、私もそれに笑顔で返す。

 私が記憶している中学のタイムよりも、ほんのちょっと上がってるね。高校に入って見直した走り方のフォームをちょっと意識しただけで、私の体は今までよりももっともっと速く走ってくれた。


「これなら、夏の大会も菓子に任せておけば問題はないな」

「……あ」

「うん?」


 安村先生の言葉を聞いて、そういえば夏の大会があるということを思い出した。

 出たい。すごく出たい。実際、私はその大会に出て、三位になって銅メダルをもらうことができたことを覚えている。嬉しかった。


 でも、未来からきてる私が出てもいいんだろうか?

 正確には――死んでしまう自分が、貴重な大会枠を取ってしまうのはよくないんじゃないかという思い。だって、ここで活躍すれば実績にだってなる。

 将来的に選手を目指す子も多く、誰もが必死に大会へ出ようとしていることは私が一番よく知っている。


 だから、気付いたときにはもう口にしていた。


「私、大会には出ません」

「菓子?」


 いったいどうしたんだと、安村先生が眉をひそめる。

 そうだよね、こんな走りをしたあとにそんなことを言っても説得力がまったくないですよね。でも、死ぬから私の枠はほかの子に譲ります……なんて、馬鹿正直に言えるわけもない。


 安村先生の「どうしてだ」という真剣な瞳を直視できなくて、きつく拳を握り込んで思わず俯く。地面に私の汗がぽたりとたれて、すぐに蒸発する。

 ああ、夏なんだなぁ。本当に中学生なんだなぁ。そんな気持ちが私の中にこみ上げて、けれど本当の私は高校生の私だ。ある意味後輩にあたる子たちのことを、ちゃんと考えてあげたい。


 大会、出たかったなぁ……。


「何かあったのか? いつもやめろと言うまで走り続ける菓子がそんなことを言うなんて、俺には信じられないが……」


 薄くなった頭をかきながら、相談に乗るぞと安村先生が私に言う。

 安村先生は、数学を受け持っている先生だ。厳しく叱るからと、苦手にしている生徒も多い。でも、それは生徒のことを大切に思っているからだってことを私はちゃんと知っている。


 安村先生になら、相談をしてもいいのかもしれない……なんて、思ってしまう。

 というよりも、誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。ずっと自分の心に溜め込んでいたものは、もうすぐ蓋が壊れてあふれ出す直前になっていたから。


「先生は……」

「ん?」

「もし、自分のせいで大切な人が幸せじゃなくなったら嫌じゃないですか?」


 唐突な私の質問に、安村先生は首を傾げる。


「そんなの、嫌に決まってるだろう」

「なら……」


 私は地面から顔を上げて、安村先生を見る。


「自分が少し我慢すれば、大切な人が幸せになる。……そうしたら、安村先生は我慢しますか?」

「俺の我慢でいいのか? ……どんな我慢かにもよるが、多少はそうするだろうな」

「ですよね」


 私が過去であるここにきて、したいことは陸上じゃない。

 恭介が苦しまないように、これ以上私のことを好きにならないように――付き合わない未来を作るため。


「なんだ菓子、変な質問だな。だがなぁ、俺からすれば教え子のお前も幸せにならんといけない対象なんだがな?」

「!」


 だから変な無茶をするもんじゃないと、安村先生が告げる。


「……私が幸せに? 無理」

「いやいや、なんで無理なんだ。まずは幸せになる努力をしてくれ」


 無理だって口にすると、本当にできなくなっちまうぞと安村先生が私を励ますように言う。

 ……とはいえ、私が幸せになれないのは確定事項なわけで。高校を卒業できない私が幸せになることなんて、できるんだろうか?


「そもそも、私の幸せってなんだろう……?」

「そこからか?」

「だって、ぱっと思い浮かばなくて」

「俺なら、家で飯を食ってるときが幸せだな」


 ぽんと手を叩いて、安村先生が笑う。

 ……確かにその幸せなら、私も経験できるし今までも毎日経験してきた。退院してから家で食べたご飯は、確かに格別に美味しかった。


 そこに恭介がいたら、きっともっと美味しかったのに。


「確かに、私もご飯を食べてるときは幸せです! でも、おかずがもう一品あったらもっと幸せになるじゃないですか。それが私にとって、最上級の幸せ! なのに、私がそうすると大切な人が幸せじゃなくなっちゃうんですよ……」

「なんだ、またややこしいことを言ってくるな……」


 安村先生は「うぅーん」と唸りながら、私の意味不明な質問を真剣に考えてくれている。


「……なら、その大切な人と話し合うしかないんじゃないか? 二人で妥協案を見つけるんだ。互いに気遣い気遣われるっていう関係も、いいと思うぞ」

「話し合い……」


 別れたい私と、別れたくない恭介。

 その話し合いなら、まったくと言っていいほど上手くいっていない。


 だからこそ、私は奇跡のように過去へくることができれいるのかもしれないけれど。


「そうですね……今から、頑張ってみます!」

「何かあれば、いつでも俺んとこにこい」

「ありがとう、やっすん先生!」

「そのあだ名で呼ぶなって言ってるだろうこの阿呆が!」


 私は安村先生の怒鳴り声を聞きながら、部室まで全力で走ったのだった。

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