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第16話 忘却の曲
勇者は治癒魔法を皆に施すと、あの酷い怪我が瞬時に治ってしまった。
万能に見える魔法だが、失った血液は戻せないという。
一度失われた命も・・・。
一行は、体力の回復も待たずに先を急ぐ事にした。
同行が決まった朔夜は世界有数の資産家であり、珍しい乗り物も所有していた為、乗り物での移動に切り替えたのだ。
急かされるように街を出る。
皆の気を他所に、勇者は街に向かって美しい竪琴を奏でた。
仲間達には聞き慣れた曲。
勇者はいつも町や村を去る時、この曲を弾く。
「これが”忘却の曲”か・・・。」
乗り物で待機していた朔夜が呟いた。
隣にいた戦士(男)が、驚きの表情で振り向く。
「仲間なのに知らないのか。おめでたい奴等だな。」
気に障る言い方だったが、朔夜は勇者の後姿を見ながら続けた。
「奴は自分の形跡だけを、ああして悉く消していく。
そのせいで、組織は勇者の容姿さえ知らない。
俺が覚えているのは・・・、偶然が重なっただけに過ぎない。」
伝記にある”勇者”の存在。
しかし実際に彼を知るのは、この場にいる仲間だけだった。
(続く)




