初日
処女作&初投稿。至らない点が多々見受けられると思いますが、よろしくお願いします。
大晦日。世間では暖かい家の中で年越しそばを食べたり、紅と白の合戦を観たりする一日。
だというのに、日差しが窓から部屋に射し込み、ぽかぽかした陽気に包まれている。外の気温自体はそこまで高くないはずだけど、日のおかげで部屋はそれなりに暖かく感じられた。学生の一人暮らしの部屋だから、さすがに炬燵を付けずに過ごせるほどではないけれど。
それにしても、昼食を食べ終えた身体にこの空気。これらがもたらす微睡みから抜け出せる人は、一体どれだけいるのだろう。少なくとも、私にはできないみたいだ。
ちらりと時間を確認すると、針が丁度頂点で重なる頃。幸い、あの子がやってくるまでまだまだ時間はあるようだから、一眠りしよう。決めるやいなや炬燵に突っ伏し、そのまま意識を手放した。
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ーーピンポーン
インターホンが鳴る音が耳に届く。重い瞼をうっすら開き、壁掛け時計を見ると、午後三時を示したばかり。彼女が来るはずの時間より二時間も早い。それならきっと宅配便か何かだろうし、このぬるま湯のような心地よい微睡みから抜け出す気力もないため、狸寝入りを決め込んで再び意識を手放そうとする。
ーープルルル、プルルル
意識を手放す間もなく、今度は耳元で携帯電話が鳴り響いた。目を開けるのも億劫で、手探りで音の在りかを探す。
「……もしもし」
「あ、真理先輩ですか?三咲です」
親類や友人であれば、文句の一つでも言ってやろうと電話をとったものの、聞こえてきた声に荒んだ心が一瞬で消え去り、暖かい優しい気持ちで満たされてきた。起きてすぐに聴こえてきたのが愛しい人の声というのは、とても幸せなことだと思う。どんどん思考がピンク色に染まりそうだったが、彼女がこの時間に電話してきた理由が気になる。約束の時間にはまだなっていないし、もしかしたら来られなくなってしまったのだろうか。だとしたら切ないけれども、何はともあれ、聞いてみないことには何もわからない。
「え、三咲ちゃん、どうしたの。何かあった?」
「えっと……えへへ、もう来ちゃいました」
「ふぇっ!?」
悲しみや不安を圧し殺しながら聞くと、返ってきたのは到着の言葉と照れの入った小さな笑い声。驚きと喜びが入り雑じり、思わず変な声を上げてしまった。
「ち、ちょっと待ってて。すぐ開けるから!」
返事も聞かずに電話を切り、慌てて玄関に向かう。そしてそのままの勢いで扉を開けると、そこには満面の笑みを浮かべた、私の彼女がたたずんでいた。
「おはようございます、真理先輩」
どうやらさっきまで寝入っていたのはばればれらしい。
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彼女の着ていたベージュのダッフルコートを受け取り、クローゼットにかける。
「外寒くなかった?」
「いえ、普段よりは暖かいですよ」
「本当にー?」
少し赤くなっている頬に手を触れると、思っていたほどではないが、冷たくなっていた。
「とりあえず炬燵にでも入っといて、お茶いれてくるから」
「あ、ありがとうございます!」
キッチンに行き、彼女の好きな紅茶を二人分入れ、彼女のため にミルクを多目に用意する。お茶請けを探すと、この間衝動買いしたマシュマロがあった。
これらを載せたお盆を持ってリビングに戻り、目に入るのはすっかりこたつむりになった彼女。炬燵に突っ伏し、顔をこちらに向けている。苦笑しながらお盆ごと炬燵に置き、同じ一辺に並んで座った。
「それにしても、随分早く来たねー」
「真理先輩に早く会いたかったんで……。迷惑でした?」
私の肩に頭をもたれかけながら、そんなことを言われた。手を伸ばし、柔らかな髪を努めて優しく撫でる。
「迷惑なんかじゃないよ。ただ、寝起きでごめんね?」
「なんかもう慣れたんで大丈夫です!」
「それは、私が大丈夫じゃないかなー……」
そんなに寝起きで出迎えることが多かっただろうか。頭を抱えて、今までのことを思い返していると、彼女に尋ねられた。
「そういえば真理先輩、早く来ちゃった私が言うのもなんですが、これからどうします?」
「うーん、どうしよっか」
うっすらとオレンジになった空を窓ガラス越しに眺めながら考える。年が明けたら、そのまま二人で初詣に行くって決めてたからなあ。だとすると今のうちに仮眠をとった方がいいかもしれない。
「そうだなー。……美咲ちゃん、一緒に寝る?」
「……。……っ!」
返事がないことを不思議に感じて目線を向けると、リンゴなんか目じゃないほど顔を真っ赤にした彼女がいた。一体私の言葉から何を想像したのだろうか。
「三咲ちゃん、落ち着いて。変な意味じゃないから」
「そ、そうです、よね!」
私の言葉に、彼女は私の肩から頭を跳ね上げ、慌てて肯定する。赤を通り越して朱ともとれる色に染まった彼女。果たして今以上に朱くなるのだろうか。
「ねえ、私はどっちでもいいけど……。三咲ちゃんはどうしたい?」
試しとばかりに少し意地悪な質問を投げ掛けてみる。浮かぶのは、答えが出ずにしどろもどろになる彼女の姿。想像するだけでも可愛らしい姿に、実際はどうなってしまうのかわくわくしてしまう。
「え、えっと……。私は、その、真理先輩と一緒にいられるだけで十分ですから」
小首を傾げ、はにかみながらそう言われた。真っ直ぐに向けられた眼差しと言葉に、自分の頬が熱を持ち始めたのがはっきりと感じられる。さっきまでの幼稚な自分の考えが恥ずかしく感じて、このまま彼女を直視することができず、顔を背ける。
するとすぐに、何かが手に重ねられた。思わずそちらに目を向けると、載っているのは私より少し小さな同じもの。それと一緒に、彼女の顔も目に写ってしまった。惚けたような表情。ほんの少し細められた瞳は先程よりも熱を帯び、まるでそれが放つ熱に耐えられなかったかのように蕩けてしまっている。注がれる熱のせいか、どんどん私の顔が熱くなっているのがわかる。頭の中も湯だっているかのようで、やがて羞恥も熱も感じられなくなり、磁石のように彼女の唇に吸い寄せられていった。
「んっ……」
行き場のない口から漏れ出た声が、どちらのものかを判断する余裕なんてない。時間も、音も忘れて、ただひたすらにお互いの感触を確かめあっていた。
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気が付くと、そこは月明かりに照らされた真っ暗な自分の部屋。いつの間にかベッドに潜り込んでいたようだ。左腕の柔らかな感触に導かれ手を伸ばすと、少し小さな二つのふくらみがあった。ふと隣の首を向けると、可愛らしい寝顔が見える。
「あうっ…………んっ……」
眠気覚ましにそれをつつくと、閉じられた瞳とは反対に、開いている口から微かに声が聞こえてきた。このまま続けて起こしてしまうのも申し訳ないし、弄ぶ手を止める。眠っている姿を確認してゆっくりと起き上がり、脱ぎ散らかされた衣服を横目に、炬燵に置いてあった携帯電話で時間を確認する。
「やばっ、もう年越しちゃうじゃん」
年を跨ぐまでおよそ十分。慌てて彼女を起こす。
「三咲ちゃん、起きて。もうすぐ年越しちゃう!」
「んぅー……」
起きようとしたのか腕が微かに上げられるも、そのまま力尽きてしまう。
……そういえば寝起き悪かったなー、少し強引に起こすしかないか。
緩んだ頬に手を添えて顔を近づけ、唇を軽く触れあわせる。一度離して、もう一度触れる。これを繰り返し、触れさせる度にどんどん激しくしていくと、それに比例するように彼女の目も開かれていった。最後にそのまま口内まで侵入し、軽く歯をなぞったところで口を離す。
「っふう……。……目、覚めた?」
「…………ふぁい、さめました」
少し舌ったらずな幼い口調で返事が返ってきた。寝起きには衝撃が強すぎたかもしれない。
一先ず彼女のことは置いておき、カーテンを閉める。
「電気つけるよー?」
注意を促してから電気をつけると、暗闇に慣れかけた目がチカチカした。それに耐えて、壁掛け時計を確認する。
「はあ、寝たまま年越しじゃなくてよかったー……」
「あはははは……」
年越しまであと一分強。なんとか間に合ったことに安堵の溜め息が漏れた。ベッドに並んで腰かけ、互いに手を繋ぎ黙って秒針を眺める。秒を刻む針の音だけが聞こえてくる中、少し退屈を感じていると、いきなり手をさらに強く握られた。驚きに身体を震わせると、少し悪戯な笑みを浮かべている彼女が横目に写る。……悪戯する子にはお仕置きしないと。
年の終わりまで残り十秒を切り、心の中でカウントダウンを始める。そして零になる瞬間、手を引き彼女を引き寄せた。
「んぅっ……!」
突然引っ張られ口付けされた状況の彼女。驚きからか声が漏れている。
「あけましておめでとう」
「おめでとうございます……」
なにもなかったかのようにしれっと新年の挨拶をすると、恨めしそうに赤い顔で挨拶を返してきた。
「今年も色々とよろしくね」
「……お、お手柔らかに……」
色々に含まれた意味を理解したのか、苦笑しながらお願いされた。それに対する返答として、黙ってキスをする。優しく、触れるくらいのを。
「……とりあえず、服着よっか」
「……?」
さすがに裸のままで居続けるのは不味いだろうと提案すると、首をかしげられてしまった。どうやら彼女は今になるまで自分の状態に気付いていないようだ。冗談で裸族なのかと尋ねてみると、みるみる真っ赤になって、涙目でペシペシ叩かれてしまった。
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新年を迎えたということで、予定していた通り近所にある割りと有名な神社へと向かうために、シャワーを浴びて身仕度をささっと済ませる。
「準備できたー?」
「はい、できましたー!」
鍵を開け外に一歩踏み出すと、こんこんと降り注ぐ真っ白な雪が、街灯や家から漏れ出た明かりに照らされた幻想的な風景があった。ただ、一つだけ。
「寒っ!」
深夜だということも忘れ、思わず叫んでしまうぐらいに寒い。半日前はそれなりに暖かかったはずなのに。歩いていれば少しはましになるだろうと思ったけれど、悲しいことに大して変わらなかった。
「手袋してくればよかったなー」
「片方使いますか?」
「ありがたいけど、いいの?寒くない?」
「まあ、寒いですけどね。でも……」
左の手袋を渡され、それに包まれていたまだ温かな手に、今度は私の右手が包まれる。そして、指という指を丁寧に一本ずつ絡め取られた。
「こうすれば大分温かいですし」
「……違う意味で熱くなりそうなんだけど」
「たまには私の気持ちを味わってください」
ツンとした表情の彼女を見てると、顔を真っ赤にして、蕩けた瞳をしていた彼女の姿が目に浮かぶ。やっぱりやり過ぎたのだろうか。最中にも僅かながらあった理性に少しは従うべきだったのかもしれない。
良くも悪くも、それによって今の彼女は普段ではあり得ないくらいの積極性を見せてしまっていた。新年なだけあり、深夜にも関わらずそれなりに人の姿が見える。だというのに、まるで周りなど見えていないかのようだ。
「私たちって周りからどんなふうに見えるんだろうねー」
「仲の良い姉妹とかじゃないですか?」
仲の良い姉妹か。確かにさっきまでならそう見えたかもしれない。でも流石に今の私たちを見て、そう思ってくれる人はほとんどいないだろう。
「手袋シェアして恋人繋ぎしてるのに?」
「……中にはそんな姉妹もいますよ、多分」
それが分かっているのか、目を逸らしつつ答える彼女。それでも繋がれた手を緩めるどころかさらにきつくする辺り、放す気は欠片もないらしい。彼女をじっと見つめると、逃げるように首ごと反対側を向かれた。
「……まあ、嫌じゃないから別に良いけどね」
呟きが聞こえていたのか、こちらを向き直った彼女は木漏れ日のような笑顔を浮かべていた。思わず笑みがこぼれ、繋いでいない手で軽く頭を撫でる。
それからは他愛のない話をしながら神社へ向かった。人影が徐々に増えていき、鳥居の前まで来たときには、手を繋いでいないとはぐれてしまいそうなほどである。
「人すごっ……」
「手を繋いでてよかったです」
「本当にね」
互いに顔を見合わせて苦笑する。
家族連れやカップル、学生たちで構成された人込みの中、二人揃って石畳の上を進んでいく。しばらくするといくつか並んだ鈴が見え始めた。
「もうすぐですね」
「お賽銭用意した?」
「……手、繋いでるんで無理です」
「放せばいいんじゃ……」
「嫌です」
まるで子供になってしまったかのように愚図る彼女をなんとか説き伏せる。拝み終わったら再び繋ぐ約束をし、参拝の直前になってようやく用意ができた。
「じゃ、お賽銭投げるよー。せーの」
合図と同時にお賽銭を投げ入れ、一緒に鈴をならす。二礼二拍手。そして手を合わせ、心から願う。
ーー彼女がずっと幸せでいられますように。そして、できることなら自分がその隣にいられますように。
そしてまた一礼。隣を見ると同時に終わったのか、彼女と目が合った。どちらからともなく手を繋ぎ、最後にもう一度正面に向き直る。
これから先は、色々なことがあるだろう。きっと楽しいことだけじゃない、辛いことや悲しいことの方が多いはず。いずれお互いの両親にも言わなければならないし、きちんと彼女と結ばれたいとも思う。数えきれないほどの不安もあるけど、この関係になったとき、すでに覚悟も決意もしてある。
ーー何があろうと絶対に、この温もりを手放したりはしない。
「私って重いのかもなー……」
「とっくに知ってますよそんなこと」
この喧騒では誰にも聞かれないだろうと思っていたのに、隣から聞こえた答えに体が飛び上がった。
「でも、私はそんな先輩が好きなんですよ?」
「……そっか」
私が気付いていなかった私を既に知られていて、そして受け入れられていた。その事実が少し照れ臭くて、彼女の手を引くように歩き出す。
「よし、お腹も空いたし屋台でも回ろっか!」
「そういえば昼から何も食べてませんねー。私リンゴ飴食べたいです!」
「相変わらず甘いもの好きだねえ……」
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屋台巡りを満喫し、帰り道の途中。リンゴ飴を片手に上機嫌な彼女に尋ねられた。
「そういえば何のお願い事をしたんですか?」
「誰かに教えると叶わなくなるんじゃなかったっけ……」
真っ先にしたお願いはある。けれど彼女に答えるのは別のこと。
「風邪を引きませんように、かな?」
「……帰ったら温かくして寝ましょうね」
「看病してね?」
「風邪引くの前提ですか……って他にはないんですか?」
「内緒」
本当のお願いも、決意も絶対に口にはしない。万が一にも、叶わなくなってしまわないように。
その代わり、想いよ届けと言わんばかりに力強く手を握る。本当に届いたかはわからない。ただ、このときに彼女が見せた笑顔を、私は忘れることはないだろう。
ちょうど登り始めた太陽と同じか、それ以上に輝いた陰り一つ無い笑顔。その暖かさに、これから先の不安が溶けて消えたかのようで。彼女と一緒なら大丈夫だと、心からそう思える。
「……大好きだよ」
聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで呟いた言葉。返ってきたのは私と同じくらいの温かさの手が、力強く握る感触だった。