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8.火消しと火付け

マクシミリアン視点の一人称に変わります。



そもそも俺の計画では、サイラス王子に婚約者と名乗り出て彼が帰国した後できればバルツァー少尉とレオナとの仲を取り持ちたい、と考えていたのだ。

レオナに勝手な推測に基づいた少尉の『柔らかい男心』を事前に伝えるのはマナー違反かと思い、彼女を締め出してアンガーマン侯爵とあの晩餐の後二人きりで相談したのだ。


しかしその選択は間違いだったと、俺は後悔している。


その時面倒でもレオナを交えて話していれば、彼女の明後日の方向を向いた思い遣りによって、バルツァー少尉があのような『致命傷』を心に負うという悲劇は起こらなかった筈だ。

俺は学習して叔父上にアドラー公爵邸の夜会で起こった出来事の経緯を説明する際、レオナを同席させた。勿論その際、当国の二大人気近衛騎士が決闘寸前になったと言うエピソードについては―――描写を割愛させていただいた。


本心を言うと、レオナに次期バルツァー侯爵夫人が務まるか甚だ不安である。

しかし、そちらの教育は少尉ご本人にお任せする事にした。

―――というかもう知らん!これ以上バカップルの尻拭いなんかゴメンだ!と、俺は頭の中から懸念自体を、まるまる追い出す事にした。








アドラー公爵家の夜会で少々振り撒いてしまった、俺とレオナの婚約の噂の火消しはバルツァー侯爵家主催の夜会で行う事になった。

段取りはこうだ。

叔父と俺が、レオナをエスコートする。それからバルツァー少尉はレオナにダンスを申し込む。そして仲睦まじいところを披露。その後のエスコートは、バルツァー少尉にお任せする。俺は二人と一緒若しくは叔父上にくっついて、火消し活動と新たな火付け活動に勤しむ。叔父上はそれをニコニコ見守りたまに援護射撃をする……と言うもの。


俺達がカクタスの王子に宣言した内容は周囲で聞いていた数人の貴族から、一瞬で拡散したらしい。今後のアンガーマン家とバルツァー家の縁談の支障となると困るので、俺達は出来るだけ早くそれを修正しなくてはならない。

つまりそれをバルツァー少尉とレオナの関係に置き換える。俺達の台詞を実際聞いていたのは、遠巻きにしていたごく僅かの人間だった。サイラス殿下に宣言したのは、バルツァー少尉とレオナの婚約の事だったと噂を上書きしてしまえば、それが真相で前の噂は誤報なのだという情報がすぐ広まるだろう。

何せ今度の話題の中心は夜会で常に注目の的、超優良物件の出世頭『蒼の騎士』。一介の何処とも知らぬ学院生で、家督を継ぐ訳でも無い目立たない子爵家次男坊では無いのだから。


……う……改めて冷静に整理すると、自虐でかなり凹んでしまう……泣いても良いですか?







** ** **







叔父上と俺は、レオナと馬車に乗ってバルツァー侯爵家へ向かった。前回も思ったが、黙ってさえいればレオナはとっても可愛らしい。今日も口を開かずニコニコしているように言い含めているので「まあ、愛らしいお嬢様ですね」と事情を知らないご夫人達に受け取って貰えるに違いない。大変な誤解だが。


レオナをエスコートして、バルツァー侯爵夫妻にご挨拶に伺う。勿論アンガーマン侯爵家当主である叔父上も一緒だ。元騎士という奥方は、大変背の高い方だった。少尉は母親似なのだなと納得。とても精悍なお顔立ちの美人だ。そして並び立つバルツァー侯爵家現当主は柔和な雰囲気の落ち着いた方だった。

レオナのような変わり者を押し付けて、身内として本当に申し訳なく思う。だから自然に頭を下げる角度が深くなる。横を見ると、叔父上も身分は同格なのに深く頭を下げていた。俺達の気持ちは今、一つになったのかもしれない……。当のレオナと言えば俺達の心の内も知らず、優雅に挨拶をして、ニッコリ呑気に微笑んでいた。




「レオノーラ、踊っていただけますか?」




人垣を掻き分けて、バルツァー少尉がレオナの元へ現れた。


黒髪に蒼い瞳の美丈夫がカッチリと貴族の装いをしているのは、大変壮観だ。藍色の上着は濃紺の刺繍が施され、派手では無いのによく見ると手の込んだ上質な物だと判断できる。寡黙な少尉の人柄に相応しい装いだ。バルツァー侯爵家嫡男の彼は勿論今日の主役なのだが、幸福に輝いていつもより二割増しでキラキラと眩しく見える。男の俺でもその色気にてられて、クラクラしてしまう程だ。

レオナはこくりと頷いて小さな白い手を彼に差し伸べる。そして花が咲く様に微笑んだ。ダンスフロアの中央へ歩き出す二人の背中を見ながら、俺は肩の力が抜けていくのを感じた。




楽隊が美しい三拍子を奏で出すと、二人が曲に合わせて優雅に踊り出した。


「叔父上……良かったですね」


隣に立つ厳めしい現宰相に、踊る二人から目を離さずに言った。レオナをリードする少尉は、とろけそうに甘い顔で彼女を見つめている。しかし身長差があるので、兄が末の妹の相手をしてやっているような光景に見えなくもない。


「マクシミリアンには世話を掛けたな……本音を言うとお前にレオノーラと仲良くやって欲しかったのだが。こればっかりは、仕方が無いな」


なんと叔父上は、俺にレオナを押し付けようと虎視眈々と狙っていたらしい。レオナが幾ら変わり者であろうと、今更文句を言わない都合の良い男だと思われているのだろうか?ネックは身分が少々釣り合わない事だが、だからこそ叔父は陛下の勅命に、これ幸いと乗っかったのだという。冗談じゃない、あいつの面倒を一生みるなんて勘弁してほしい。


「しかし侯爵夫人の仕事を、レオナがこなせるのだろうか?現実を見たバルツァー少尉が目を覚ましたら……」

「……大丈夫だと思いますが」


務まらない事は明白だろうが、叔父上の心情を考えて敢えてそう言った。


「やはり不安だ。まだ間に合う。マクシミリアン、レオノーラを引き取ってくれないか?」

「絶対!大丈夫です……!!」


勘弁してくれ……!


俺はダンスフロアの『蒼の騎士』に祈った。

少尉。レオナの事……絶対、見捨てないで下さいね。

返品不可ですから!


通常は続けて同じ相手と踊らない。一曲ごと違う相手と踊るのがマナーだ。しかし、敢えて二人は数曲続けて踊った。これもシナリオ通り。周囲に二人の仲を印象付けるのが目的だから。

流石に息が上がったらしく、レオナも胸を抑えながら少尉にエスコートされて戻ってきた。叔父上はお偉方と仕事の話をしながら、今回の噂の仕上げをすべく別室に移動した。


俺達三人が話していると、ご夫人達が事の審議を確かめに突撃してきた。俺は事の次第を説明し少尉はうっとりとレオナを眺め、レオナはニコニコしている。ご婦人方は「まあぁ、そうでしたの……」と一通り聞き終えると新鮮な情報を値が下がらない内に売り捌こうと、あちらこちらへ散って行く。







あらかたお役目は終わったかな、と思ったところで少し休憩を挟もうと俺とレオナは食べ物を物色する事にした。腹が減っては戦はできない。少尉は采配に関するちょっとしたトラブルを解決するために、家令と連れ立って席を外した。この夜会はほぼ少尉が取り仕切っているらしい。近衛騎士団の仕事も忙しいのに公爵家の仕事も任されているとは、嫡男は本当に大変だ。加えてレオナの面倒も見なければならなくなるのだ。……少尉、大丈夫だろうか?

疲れ切った少尉が、今後万が一気の迷いを起こしたとしても、浮気の一つや二つくらい大きな心で許してやってくれ……と俺は口に出さずにレオナに念を送った。


そんな男の勝手な言い分について、呑気に考えていたバチが当たったのかもしれない。華を背負しょってラスボスが現れたのだ。




「ごきげんよう、私、クラリッサと申します」




 物憂げな表情の美女が嫣然と微笑んだ。


「イリーネです」

「エマと申します」


クラリッサと名乗った豪奢な美女を筆頭に、両側に侍女のように付き従うイリーネとエマと名乗る令嬢が優雅に淑女の礼をとった。ボンッキュッボーン!のグラマー美女軍団である。


大きく開いた胸の谷間を、思わず一瞬凝視してしまう。俺の理性はさっき食べた軽ーいマカロンよりさっくさっくに脆いのだ。免疫が無いので致し方ない。なけなしの理性では令嬢達が目を上げた時にさっと視線を背けるくらいの抵抗しかできなかった。比べて悪いが先日(結構あるな)と思った筈のレオナの胸が、控えめに見えてしまうくらいだ。こう言えば、そのボリュームを理解していただけるだろうか。


クラリッサ嬢は壮絶な色気を放つ垂れ目がちな美女で、目尻のホクロが更に艶やかだ。対してイリーネ嬢は清楚で儚げなタイプ、エマ嬢は金髪をクルクルと巻髪にしたお人形のような、大きな目をした女性だった。共通しているのはボンッキュッボーン!な所か。皆豪華な衣装で自分を引き立てるように、洗練された着こなしをしている。化粧は夜会で流行の派手なもので俺は姉達の勝負メイクで見慣れているが、レオナの割とナチュラルなメイクと比べると、かなり濃いように見えてしまう。

しかしとにかくすごく柔らかそうな体だ。年上美女たちの迫力にはたじろぐが、もし『ボウヤ……来なさい』なんて命令されたら、絶対フラフラついて行ってしまうだろうことは、断言できる。


「ごきげんよう、レオノーラです」


レオナも淑女の礼を取った。お、上手い上手い。形になってきたな。


シュバルツ国では男女が同席する場で初対面の時、女性は名を、男性は姓を名乗る作法となっている。『この国は、女性を商品と思っているからそうなるのだ』と、姉達は影で男の俺に八つ当たりをしていた。この時点でもう我が国の男尊女卑は幻想だと思う……と言う俺の反論は勿論、さっくり無視された。


「コリントです。麗しいお嬢様方、よろしくお願い致します」


アドラー少尉をちょっと真似て、お世辞を言ってみる。よくある簡単社交ワードだが、ホホホと口元を扇で覆って笑ってくれた。あ、ウケた。わーい。


「アンガーマン侯爵令嬢は滅多に社交の場に出られない、と伺っていたのだけれど、お会いできるなんて嬉しいわ。仲良くしてくださるかしら」


名乗らずとも相手はレオナの出自を把握していた。しかしレオナは驚く様子も無く、言い付けを守って挨拶以外は口を開かずにっこりと微笑んだ。


「可愛らしいお方なのですね、私、こういう可愛らしい方、とっても大好きなの。仲良くしていただきたいわ」

「羨ましいわ、こう言った場に慣れてらっしゃらない、初心うぶな所が素敵ね」

「そう、そういえばご存じかしら?ダンスは二曲以上続けて踊ってはいけないのよ。レオノーラ様は夜会に慣れてらっしゃらないから、ご存じ無かったのね。次からは気を付けたほうが……よろしいわよ」


と眉根を寄せたのは、儚げなイリーネ嬢。


「それに……ね?恋人を差し置いて、主催者のご嫡男に重ねてダンスを強請るなんて。しかも今日の最初のダンス!移り気な女性と噂されるかもしれませんわ……私、そういった噂、我慢なりませんの……噂が出たら否定しておきますわ、ただ社交に慣れていらっしゃらないだけの幼い方ですからって……」


ちらり、と金髪クルクル美女のエマ嬢が俺を流し目で見た。

美しく優しい言葉の中に小さなトゲを感じる。いつの間にか、手を引っ張られてリングに登らされてしまったような気分だ。エマ嬢の流し目に思わず、蛇に睨まれたように固まってしまう俺。―――お、女って、やっぱ怖い!

しかし、勇気を出して火消しをしなくては……。


「私はレオノーラの恋人ではありませんので、ご心配無く。仲が好いのでよく間違われますが、単なる従兄妹同士で兄妹のような関係なのです」


一瞬、沈黙が訪れる。


「……あら、そうですか」


言い放った声が、一瞬素になった。興味なさそうな冷たい声音。

しかしその直後、にっこりと笑って柔らかい声に戻った。


「でも、従兄妹同士ってご結婚できる間柄ですわよねぇ。親しい男性もいらっしゃってお相手も探されているなんて、余裕があって羨ましいですわ」


笑顔なのに、エマ嬢の目が笑っていない。鬼姉達より怖いかもしれない。ぶるる……。


「クロイツ様と最初のダンスを踊るのは、クラリッサ様と決まっておりますの。たまたま今日はレオノーラ様がお願いされたから、お優しいクロイツ様は応じて下さったのだと思いますけれど、次は遠慮していただけないかしら。……クロイツ様一筋のクラリッサ様がお労しいわ」


儚げなイレーネ嬢が、クラリッサ嬢を思いやるように眉を顰める。


「まあ!お二人とも!私を心配して下さるのは有り難いけれど、そんなおっしゃり方をされてはレオノーラ様が気にされてしまうわ。確かにクロイツ様は毎回私と最初に踊ってくださるし、とっても大事にしてくださるけれど……正式に公表した仲では無いのだから……誰と最初に踊ろうと自由なのよ?……ねぇ、レオノーラ様?」


色気美女クラリッサ嬢が、大御所らしく鷹揚に微笑んだ。

エマ嬢とイレーネ嬢は「クラリッサ様、お優しいわ……!」などと合いの手を入れている。


どうもレオナを牽制しているようだ。このクラリッサという令嬢は、バルツァー少尉のかつての恋人なのだろうか?……しかしこの言い振りだと、今でも付き合いがあるように聞こえる。バルツァー少尉が夜会で毎回、一番初めのダンスを踊る相手だというのは本当だろうか?後でしっかり少尉に確認しなければならない。少尉は信用できる人物だと思っていたが……返答によっては……


レオナはキョトンとしていたが、とりあえず決まり通りにニッコリと笑顔で答えた。


「……っ」


クラリッサ嬢が、一瞬怯む。


そうだろう。バルツァー少尉に恋心を寄せる普通の令嬢だったら、恐縮して蒼褪めるか涙を堪えて化粧室に駆け込むかもしれない。

レオナの場合はただ単に社交と恋愛経験が圧倒的に不足している為、具体的な嫌味に気が付いてないのだと思う。ホントここまで来ると、凄いスルースキルだな。




「これは、これは……ここは天上にあるという美女ばかりの楽園ですか?花のようにお美しい天女達を、マクシミリアン一人で独占してはいけないよ。……欲張りにも程がある」




そう言って、儚げ美女の背と金髪クルクル美女の腰に自然に触れるのは、『薔薇の騎士』アドラー少尉だ。その瞬間、二人の令嬢はあっと艶めいた溜息を吐いた。

スゴイ。一瞬でアドラー少尉は令嬢二人を攻略してしまった。……スゴイ威力だ。

アマゾネスの国の軍隊が攻めて来たとしよう。おそらく彼一人送り込むだけで、確実に壊滅することができるだろう。いや、逆に王として君臨してしまうかもしれない。


しかしクラリッサ嬢だけは、その色香に惑わされなかった。

ギロリとまるで汚い物を見るかのように、アドラー少尉を一睨みする。

なんと!『薔薇の騎士』は無敵では無かったらしい。

でも、あれ?この壮絶な『色気』VS『色気』の組み合わせは。

そしてどことなく似ている顔立ち、髪と瞳の色……。


「クラリッサ」


その時俺達の背後から、とっても素晴らしい低音バリトンが響いて来た。

その瞬間クラリッサ嬢が、ぱっと花が咲いたように可愛らしい表情を見せた。




それは、目を見張るほどの変化。


ぐわっ、これは破壊力が半端ない。




俺は彼女の笑顔にズキューンって撃ち抜かれた。我ながらなんてチョロいんだ。凶悪な嫌味攻撃をこの身でまるっと味わったばかりだと言うのに。

しかしこの体の抵抗力を全て奪い去る、破壊力のある笑顔……これはもしかして……。


「マクシミリアン、レオノーラ……紹介しよう。クラリッサ=アドラー、アドラー家のご令嬢でカーの妹君だ」


「い、妹ぉ……!」


あ、思わず声が。


「あ、失礼……余りに色気……いえ、落ち着いておられて、いや、その、あまりにお美しいので……ええと、少し驚いてしまいました」

「フフ……お上手ね……」


わあ、ぎりっとクラリッサ嬢の瞳が、一瞬鋭く光った。迫力に思わず身が竦む。


「クロイツ様。私、レオノーラ様とお友達になっていただきたくて、お願いに参りましたの。だってすっごく可愛らしい方なのだもの……ねっ、レオノーラ様!」


レオナは再びにっこりと笑った。

はい、馬鹿の一つ覚えですが、彼女の演技は順調なようです。本当に大人しいご令嬢に見えます。

バルツァー少尉は、レオナを見て優しく微笑んだ。


鼻の下、伸びていますよ~『蒼の騎士』さま。


デレデレの少尉をすっかり見慣れた俺は、無感動にそう心の中で囁いた。

バルツァー少尉のダダ漏れな浮かれた様子に、不穏な空気が漂って来た。悪意を孕んだ空気が、クラリッサ嬢からモクモクと瘴気のように立ち昇っている。ちなみにクラリッサ嬢以外のご令嬢はアドラー少尉が陥落してくれた為、今では無害化していた。アドラー少尉は、徐々にこちらと距離をとるように彼女らを誘導しプチハーレムを形成している。女性達は『薔薇の騎士』の色気に、すっかり中てられたようだ。


もう一方の色気の塊、クラリッサ嬢は、笑顔なのに剣呑な空気を発する―――という稀に見る芸当をやってのけていた。

けれども四年越しの恋が実って浮かれているバルツァー少尉は、その不穏な空気をまるで読めていなかったようだ。一応周囲を気遣う素振りで声を潜めたと思うと、悪気無くサラリと惚気のろけたのだった。


「それは、良かった。実は、私はここにいるレオノーラ嬢と婚約する事になったのだ。彼女は社交慣れしていなくてね……あまり参加できないかもしれないが、結婚すれば断れない夜会もある。夜会で私が傍にいられない状況もあるだろうし、クラリッサ、彼女が寂しそうにしていたら声を掛けてあげて欲しい……年は、クラリッサが一つ下かな?マクシミリアンもレオノーラ嬢も十六歳なのだ」


何ですと?

十五で、あのボリュームと色気!


はっ、驚きのあまりまた胸を見てしまった。俺は『おっぱい星人』なのかもしれない。きっとそうだ。胸ばかり見てはいかん……と目線を上げると。

……眉尻を下げて、懸命に何かを堪える表情かおに行き当たった。




(あ、泣く……)




そう思ったが次の瞬間、彼女は薔薇の花のように顔を綻ばせた。そして。


「喜んで。もちろんですわ」


と笑顔になった。それから、一拍置いてフイッと顔を背ける。


「あら、お兄様があんな所に。私、イレーネとエマにお兄様が悪さをしないか見張りに行かなくては。……では、失礼いたしますね、ごきげんよう」


着水する白鳥のように優雅な礼に、思わず見とれてしまった。彼女はさっと、踵を返してその場を去っていったのだった。







バルツァー少尉がクラリッサに接する態度は、言うならば優しい兄が妹に接するそれだ。少なくともクラリッサと取り巻きの二人に関しては、少尉に後ろ暗い所は無いのだろう。

あー良かった……レオナにあんな判りやすい意地悪をする女性と付き合っていたというなら、少尉の純情を疑ってしまう所だった……。

というか俺こそ一瞬で引っ掛かりそうだったな。意地悪な様子を目の当たりにしてさえ、見惚れちゃったし。我ながらチョロ過ぎる。

クラリッサ嬢、意地悪さえしなければ可愛いのにな……って、俺は本当に何を考えてる。




ふと見ると少尉は何事も無かったようにレオナに夢中で、この日の為に用意した食材の説明などに興じていた。「あれはモルテ地方で、特別に除草剤を減らして、できるだけ自然のままに育てたものなのだ。だから甘味が違う。あちらの蜂蜜は実は王都内に巣箱を設置して採取しているのだよ」「それ、ずっと気になっていたのです!養蜂場はどちらにあるのですか?」「今度、案内するよ!」と、何やら二人で楽しそうにオタク話に花を咲かせている。少尉はきっと、凝り性なんだな。で、農業オタクのレオナと趣味が合うのだろう。




あーあ、頬染めちゃって。稀代の色男が台無しですよー。




俺は少々やさぐれた気持ちで、手にしていたシュワっと爽やかなワインを飲み干したのだった。



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