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1.園芸部に強制入部

初投稿になります。よろしくお願いします。



頭だけは異常に良い同い年の従妹いとこが、通常より二年早く王立学院の高等部に進学し、三年掛けて卒業すべきところを二年で卒業した。


マクシミリアンが主に貴族の子女が入学する王立学院の初等部から国王に仕える者の教育を主眼とした高等部に進学した時、従妹は彼の先生になっていた。

比喩では無い。

必修科目の基礎薬学、農地経営学のほか幾つかの選択科目を担当する教員として、彼の従妹は教鞭をとっているのだ。

その日授業が終わり廊下に出たところで、マクシミリアンはレオノーラを呼び止めた。


「レオナ」

「はい。何ですか?」


赤みがかった茶色を短髪に揃えた少年が進み出て、そのチョコレート色の瞳で従妹を見下ろしていた。背は平均より少し高い程度だが一本芯が通ったようなすっと伸びた姿勢で、見る者が見れば彼が相当鍛錬を重ねているのだとその足捌きから読み取ることができるだろう。


ちんまりとした彼女は、彼を見上げてキョトンとしている。彼女はマクシミリアンと比べて随分と小柄だった。加えて童顔であるため十六歳という成人年齢に達していながら、初等部の生徒と見間違えられる事が多かった。つまり、教師らしい威厳は全く見受けられない。


例えば九割が男子生徒の当高等部で、農業実習を行うとする。生徒が彼女を囲んでしまうと、二列目以降の生徒は埋もれる彼女の頭の先さえ視認する事は出来ない。そこで彼女がいつも持ち歩いているのが、折り畳み式の足台だった。小脇に抱えた足台を地面に置きその上に乗ると、ようやく後ろの者にも彼女の頭位は拝めるようになる。手をいっぱいに伸ばして苗などを掲げれば、説明している内容も何とか伝わるのだ。


これでは威厳の持ちようが無い。


初等部で『紳士たれ』と教育を受けた貴族の子弟が侯爵家令嬢であるレオノーラ=アンガーマンに失礼な物謂いをする事は、滅多に無い。それでも少し大人に成りきれない素行の悪い生徒が、聞こえるか聞こえないか微妙な大きさの声音で彼女を揶揄する場面もあった。

だからマクシミリアンは生徒として従妹の授業を受ける時、しばしばハラハラした落ち着かない気持ちになる。


しかしマクシミリアンの心配を余所よそに、当の本人はどこ吹く風とマイペースだ。


「その恰好は何?」


放課後、彼女はだぼだぼの作業着を着用し廊下をスタスタと歩いていた。見慣れない衣装にぎょっとして、思わず腕を掴んでいた。


「何って……今から薬草園の世話をするので、作業着に着替えたのです。」


マクシミリアンは物陰に彼女を引っ張って行き、声を潜めて言った。


「レオナ、今日の夜会に出るって言ってなかったか?」

「あ。……すっかり忘れていました。マックス、お父様に体調が悪くて欠席すると伝えてください。もう仕度の時間を考えると、間に合いませんので」

「はぁ?!やだよ!第一お前、ぴんぴんしているだろ」


マクシミリアンは目を瞠り、思わず素に戻って声を荒げた。


「嘘も方便です」


しれっと言い切る彼女に、溜息をつく。


「年頃の娘が嘆かわしい……侍女をまた落胆させるぞ。それに俺をパシリに使うな!自分で使者を出せよ」







** ** **







シュバルツ王国では十六歳から成人と見なされ、女性の適齢期はそれ以降二十歳頃まで、というのが一般的な常識だ。貴族の子女は通常十四、五歳から社交界にデビューし、家を通して縁談を纏め一~二年の婚約期間を経て婚姻を行う。当主の判断により、多少当人同士の意向も考慮される。このため、令息・令嬢達は少しでも好ましい相手、少なくとも嫌悪感の無い相手を見極める材料を少しでも多く得ようと夜会での交流に精を出すのだ。実物を見て趣味嗜好や話し方を知れば、運が良ければ政略結婚だとしても好ましい相手と婚姻する可能性も拡がる。それが叶わず、望まぬ相手との結婚を命じられたとしても、その前に一時でも恋の真似事を経験できるかもしれない。

婚姻相手に人生の殆どを制限され依存せねばならない貴族の令嬢にとっては、社交界は幸福な未来を自らの手で掴むチャンスを得られる可能性を秘めた、唯一の闘技場だ。……勿論、惨敗して涙に濡れる者も多いのが現実だが。


レオノーラも侯爵家の長女であるため、十四歳で社交界デビューを果たしている。多少幼く見えるといっても整った顔立ちと均整の取れた肢体を持ち、長年宰相や文官を輩出し権勢を誇るアンガーマン侯爵家令嬢であるレオノーラの存在は、耳目を集めた。

しかし最初の夜会以降、義務を果たしたとばかりにレオノーラは社交界に顔を出さず仕事三昧の日々を送っている。そのうち変わり者との噂が流れ、一瞬起こった社交界での熱病のような盛り上がりは鳴りを潜めた。侯爵がなんとかアレンジした今日の様な機会も、日々の業務に夢中になる余りこのように無駄にしてしまう。そのうえ王立学院創立以来の才女であり、飛び級で十六歳にして既に教職に就いているという異例の経歴を持つ彼女は、縁談相手としては次第に敬遠されるようになっていた。







** ** **







マクシミリアンに使いっぱしりを固辞されたレオノーラは、すぐに父親へ『夜会ドタキャン』の伝令を手配した。そしてくるりと振り返り、彼を見上げたる。


「マックスは、今日の夜会に出席しないのですか?」

「うん。今日の姉達のお守りは、兄に任せた」


マクシミリアンはニヤリとした。姉達のエスコートは、彼にとって苦行そのものなのである。


マクシミリアンは子爵家の次男だ。といっても、六人兄弟の末っ子。立派で親子ほども年が離れている長兄がいて、彼との間に四人の姦しい姉達がいた。上の二人は既に嫁いだが、二十歳と十八歳の姉が未婚で婚活に忙しい。二人にエスコートを命じられると、やれ『飲み物を持って来い』だの、『素敵な殿方が居たから、お近づきになる為のきっかけを作れ』など、パシリとして酷使される。しまいに事が首尾良く進まなければ、帰りの馬車の中で八つ当たりされるのでかなり鬱陶しい。


マクシミリアンは考える。多分、彼女達は自分達が振り撒いている威圧感に気付いていない。夜会に出席せず顔を合わせないまま縁談を進めた方が、おそらくコトが上手く進むだろう。見てくれだけは楚々とした令嬢に見えるからだ。(いっそ絵姿だけ送れば成功率は格段に良くなるのに)と思う。しかし、それはついぞ口に出される事は無かった。


何故ならば、単に『怖いから』。


コリント家は古くから剣技の道場を開いている。そのため、体の弱かった長女以外の兄姉弟きょうだいは、幼少の頃から男女の別無く厳しく鍛え上げられた。その成果として姉二人から発される凄まじい殺気に、貴族の男性は殆ど無意識に怖気付いてしまうのだろうと彼は確信している。


「では、今日は空いているのですね。薬草園を手伝って下さい!」

「えー!俺これから、道場で鍛錬をするつもりで……」


「……この間の赤点……」


レオノーラの声が低くなった。


「!」


「薬草実習のレポートで穴埋めして下さいね」


にっこり。レオノーラは教師の表情かおで、優しく微笑んだ。







** ** **







妙な迫力に押されて大人しく小さな背中に着いて行くと、裏庭に出る扉の前に設置された土間造りの作業スペースに辿り着いた。レオノーラは園芸鋏などを下げたエプロン状の道具入れと籐で編まれた籠を腰に下げ、壁に吊るしてある男性用の作業着を指さした。


「学生服が汚れるから、着替えてくれる?」


と言って、扉から裏庭に出て行った。マクシミリアンは溜息をついて作業着を見る。子爵家の跡継ぎになれない次男坊である彼は、王立騎士団に仕官する予定だった。しかし必修科目の単位を落として留年しては、仕官試験の結果に影響してしまう。軍史や武術、剣術等は趣味と言っても良いぐらい得意だが、興味の湧かない農地経営の授業も教科書の文字も、全く頭に残らないのだ。そして元々四人の姉の強権的な紳士指導を受け続けた彼は、何だかんだ言いながらも女性の頼みを断れない体質に育ってしまった。そのうえ教師であるレオノーラに弱みを握られてしまい、彼に逆らうという選択肢は残されていない。

作業着に着替えて外に出ると、道具入れと籠を渡された。腰に装着するとレオノーラは満足そうに頷いて、彼をしゃがませた。その頭にポスッと麦わら帽子を被らせる。


「園芸部へようこそ」


どうやら、強制的に入部が決まったようだ。







先ずは草取りから始める事になった。

朝行う草取りを実行できなかったようで、随分背の高い雑草があちこちから顔を出していた。ブチ、ブチ、ブチ……と草取り作業に没頭する。


マクシミリアンはふと、顔を上げた。


それにしても広い畑だ。奥には雨風を凌げるような温室もある。南方で育つ薬草などを育てているそうだ。そういった事をつらつら考えていると、手元が少しおろそかになった。


「あ、それ!育てている苗よ!抜かないで!そっちが雑草!!」


素人には見分けが着かない。時々注意を受けながら草を取り、一通り雑草を抜き終わった後井戸から汲んで来た水を撒いて、作業から解放された。

水桶を作業場に戻して腰を叩いていると、水筒からカップに茶を注いでレオノーラが彼の労をねぎらった。


「ありがとう、助かったわ」


ふんわりと見上げて笑う笑顔は綿菓子みたいだ、と思う。

マクシミリアンはちょっとドキリとして、


(レオナはズルイな)


と同い年の従妹の、可憐な笑顔に目を細めてしまう。

地味な苦労を笑顔一つで帳消しにしやがって。

微かな照れを誤魔化すように視線を野草に移した。


「どんな薬草を育てているんだ?」


小さな紫色の花をチョン、と人差し指で触りながら聞くと、鈴が転がるような爽やかな口調で従妹は答えた。


「ん?そうねぇ……色々だけど、例えば『ダチュラ』……これは気持ちが高ぶって眠れない時に飲むと良く眠れるわね。量を間違えると自白剤になるから、自分の恥ずかしい過去を話したくないって時は飲まない方が良いわよ。あ、それから、マックスが今、触っているその紫の可愛い花は『フォックスグロウブ』切り傷とか心不全に効くけど、こちらも摂る量を間違えると心臓が止まってしまうから、気を付けてね」


マクシミリアンはびくっと思わず手を引いた。

レオノーラは楽しそうに無垢な笑顔を見せた。その小さな唇から放たれる物騒な台詞せりふは、彼に戦慄を与えた。


(そうだ、こういう奴だった……)


マクシミリアンはその笑顔の中に鬼姉達と連なる血脈を見出だし、身震いを覚えた。


「じゃあ、明日、講義の一刻半前に裏庭に集合ね」

「え!朝もやるのか?!」


彼の肩は、一気に重くなった。



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