第六話〜孤独〜
「十一時に電話をかけるわ。君の番号はもう知ってるから大丈夫」
その言葉を残して宮野は教室を後にした。
何故十一時だの何故俺の番号をだのとかの疑問はとりあえず放っておいて、その後一時間で反省文を書き終え、担任に提出した。
家に帰って、十一時になるのを待っているといつの間にかその時刻になっていた。
親に聞かれるとまずいと思ったので「ちょっと出かける」とだけ言って外で電話に出ることにした。
……高本にだってこんな対応したことないのに。
ブーッ、ブーッ。
シンプルなバイブ音が宮野を知らせた。
「もしもし」
「守谷くん?宮野だけど」
……うっわ〜、無感情……。
「……何で電話なんだよ」
「あなたも言ったじゃない。あなたは前科持ちの劣等生、私は才色兼備の優等生よ」
……自分で言って恥ずかしくないのか?
「何?イヤ?じゃ、彼女さんに変な誤解をされたくないってことにしておくわ」
「……高本のことか?」
「他に誰がいるの?もしかして二股かけてる?よくないよ」
……そういうことじゃねぇよ。
「俺のこと、どれだけ知ってるんだよ」
「……そんなこと、訊いてどうするの」
「いや……お前、いろいろとあることないこと知ってるようだし……」
でなきゃ今までのこいつの行動に説明がつくかよ。
「じゃぁ、ちょっと長くなるけど、言うね」
……え?長く?
「名前は守谷雄大。生まれはこの街だけど、三歳から五歳までは父親の仕事の都合でオーストラリアにいたらしい。父親の名前は雄馬、県庁勤めで、去年めでたく課長に就任。母親は厚子、今は主婦に専念してるけど結婚するまでは美容師。最近でも君の髪は切ってるそうね。市立の南小学校から南中学校を経てこの学校に入学。小学生の時のあだなはユー。剣道は小学校の四年生から。現在二段。中学のころは三年とも県大会ベスト16。中学の時に一度つき合ってた人がいたらしいわね。三ヶ月であなたから別れを切り出したらしいけど。中学の時は雄大って呼ばれることが多かったらしいね。小、中ではそれなりに明るかったのに高校に来ていきなり暗くなったようね。中学の成績は家庭科で4をとったことをのぞいてほぼオール5。高校入試は総合二位で合格。一位は私。また文系の割に数学が得意で一年のテストで一位を逃したことはなかった。総合順位も一桁を逃したことはなかったそうね。でも、二年で成績は激減、三桁突入で世界史と生物で追試をそれぞれ二回ほど受けたそうね。国語は文章力はあるのに古典を勉強してないから成績としては芳しくない。英語はさすが帰国子女ってところかしら?今の彼女は高本真紀、追試の常連。弓道部だってね。格技場で剣道をしている君に一目惚れ、一年の秋の……十月二十一日の放課後だったかしら?体育館裏に君を呼びだして告白した。手紙なんて古典よね。確か……ストレートに『好きです』だったかしら?君は『いいよ、つき合おうか』なんて淡泊な言葉で承諾。初デートは駅前のショッピングモールでお買い物。君は高本さんにフリフリの……」
「もう充分です……」
ここまでくるとストーカーとか思えるくらいだ。つか、告白の現場とかまで知ってるとか有り得ないだろぅ……。
「私には情報は不可欠なのよ。ほぼ全員の普段を知って変化にも敏感にならなきゃいけないから。教師にも詳しいのよ?」
「……んじゃ、一つ質問しようじゃないか。俺らのクラスの男子の体育担当、奥さんとは何歳差?」
……こんなの、男子でも知ってるのは俺くらいだろ。
「……十三歳、先生の方が年上。あの人、前の奥さんに死別されて、絶望してるときに今の奥さんに人生助けられたんですってね」
……う、うそだぁ……。
「わかった?本題に入ってもいいかな?」
「どうぞ……」
ここまでで、そうとう疲れた気がする。
「それじゃ、今度こそ長くなるからね」
「私が目指すのはクラス棟の屋上。時間帯は関係ないから、いつでもいいわ。問題はこの学校の管理体制。今日の君のことでも確認できたけど、どうやら一度でも問題のある時間、場所に写っても危ないようね。監視カメラは相当な数がばらまかれているわ。まず一階はほぼ全ての場所に張り巡らされている。君が昨日確認した通り、外から丸見えの廊下や教室でさえ監視されてる。一階から侵入しようとするのはほぼ無理な話だわ」
「……侵入?普通に屋上に通じる扉とかがあるんじゃないのか?」
「あるわ。でも、無理だと考えるのが妥当。番号でセキュリティがかかっててとてもじゃないけど開けられない。続けるよ。他も同じだわ。あと、一番監視が厳しいのが非常階段。曲がり角の度についてるわ。他の棟はクラス棟よりは警備が緩くなってるけど、それでも窓が見えるところにはついてるわ。あと、体育館とか格技場もついてるわ」
「ちょっと待てよ。それって」
「難攻不落の城より堅い、とでも?」
……その通りです。
「でも、必ず穴があるはずなのよ。私はそれを見つけたい」
「わかった。でも、具体的に何をすればいい」
「とりあえず、君には監視カメラに慣れてもらいたいの」
……は?慣れる?
「明日の放課後、一階の監視カメラの数を数えてもらうわ。廊下と教室だけでいいわ、非常階段とかトイレはいいから」
「そんなこと、しなくてもいいだろ?」
「……行けばわかるわ。それと、最後に確認ね」
俺は納得は出来なかったが、話を聞くことにした。
「私と君の今までの関係はあくまでクラスメート。あいさつする程度の関係。それが君が呼び出しを受けた今日あたりから急に仲良くなったら、疑われるわ。だから、学校では気軽に話しかけないで」
……なるほど。
「別に構わねぇけど、明日から俺だってその穴とやらを探すんだぞ。どうやって連絡取り合えばいいんだよ」
協力するなら、情報交換くらい必要だろう。
「それもそうね。それじゃ、今からメールを送るからそっちに連絡して。でも、登録は何か適当な名前で。私の名前は絶対入れないで」
「何でだよ。クラスメートならメルアドくらい問題ないだろ」
「……君の携帯、女子のアドレスないでしょ?高本さん以外で。彼女さんに勘違いされたくはないわ」
……。
「それじゃ」
ブツッ。
ブーッ、ブーッ。
メールが届いた。
件名も本文もないメール。アドレスからおそらく宮野だろうということはわかった。
それにしても、わざわざ偽名で登録させるとは思わなかった。あいつ、頭の回転おかしいんじゃねぇのか?わざわざ前科持ちなんて捕まえなくたって、あいつ一人でも屋上くらい軽く行けるんじゃないのか?
俺はとりあえず、偽名の王道『田中』を使って宮野のアドレスと番号を登録した。
放課後。
俺は宮野に言われた通り、変化を感じさせない生活、まあ要は日常を日常のままに過ごすことにした。
珍しく早起きして、高本の家まで行って謝って、一緒に登校したことを除いて。これも、日常を過ごす上で重要なポイントだ。それに喧嘩したまま過ごすのは正直俺だってつらい。高本は、最初はそっぽ向いて俺の話も聞いてくれなかったけど、昼休みくらいから許してくれて一緒にお昼を食べた。高本の弁当のたこさんウインナーを「あ〜ん」してもらった時は正直うれしかった。
日常は取り戻したどころか、いくらか輝きを増すものとなった。
でも、これが日常となっても、俺と宮野が気づいていることもまた日常で、現実。それに変わりはない。
だから、俺は行動を開始する。
既に教室には人はいなくなっていて、野球部のかけ声と剣道部の竹刀の音が響くようになっていた。
確か、「一階の監視カメラの数、それも廊下と教室の、を数える」のが俺の今回の調査だったな。楽勝楽勝。木に備えられた監視カメラだって俺は見つけられたんだ、数くらい余裕だ。でも、ひょっとしたら、俺って頼りにされてないのかもな。協力じゃなくて、これじゃ訓練だ。いてもいなくても変わらない人間、みたいな。
俺は二階から中央階段を使って一階に下りた。
ここには生徒の下駄箱もあってなかなか死角が多い。昨日の話を聞いた限り、かなりの数がここにはあるだろう。
「……と」
階段を下りて後ろを見たとき、それはさっそくあった。階段脇の掃除道具入れ、その上に一つ。
しかし、監視カメラとはこんなにも露骨な形でいいのかと思う。完全にカメラとわかっては、不審者だって警戒するだろうに。
一階には玄関が三つ。真ん中と、左右。下駄箱は左右に分かれてついている。
俺はまず自分も使っている右の下駄箱を調べることにした。
……ない?
俺は下駄箱を見てまわったが、それらしいものは見あたらなかった。
こんなに入り組んだところに一つもないなんて、おかしいだろ。
俺は上を向いて、ため息をついた。
「……ん?」
そういえば、一階は天井が高い。
それに、俺の頭の上の、あの黒丸は何だ?
「も〜り〜や〜……」
ん?……うわっ!
「太田……部活はどうしたんだよ」
「今日はトレーニングだから早く終わったんだよ……守谷……今日は逃がさんぞ」
……うっわ〜、やっかいだなぁ……待てよ?
「太田、あれ何?」
「その作戦にはかからないぞ」
……「あ、UFOだ」じゃあるまいし……。
「逃げないからいいっての。それより、あの黒丸だよ」
こいつなら、何かくらいわかるだろ。
「ああ、防犯カメラ」
……!
「それ、本当か!」
俺はつい大声を出してしまった。まさか、あんなものが監視カメラだったなんて。
「ああ、ガラスの中にカメラが入ってるんだ。お前、そんなことも知らないのか」
そうだったのか。いや、待てよ?
「お前さ、あれ、変だと思わないのか?」
本当に、俺と宮野しか気づいてないのか?
「変って……防犯だぞ。最近は何があるかわからないから、常識だ。この学校は、俺たち生徒のことを大事にしてるってことだ」
……気づいて、ない。
「それより、逃がさないぞ」
何で、こいつらは何の疑問も持たないでここにいられるんだ?
「……おい、聞いてんのか」
この学校は、こんな現実に包まれていながら、さも普通であるように日常が展開している。
これが何のせいなのか、誰のさいなのかはわからないが、俺たちはその何かに飲み込まれている。
逃げだそうとしてもがいてるのが、俺と宮野だけなんだ。
宮野は、俺がわからなかったら、ずっと一人だった。
だからあいつは俺を見つけて、二人で屋上に行こうって言ったんだ。
俺は宮野に頼りにされてないわけじゃない。確かに今はだめだし、屋上を目指すには力不足だ。
でも、事実に気づけたのは一人じゃないんだって、現実から逃げてるんじゃないんだって、俺がいるって、宮野が思えるように俺が張り切らないと。
妙にこの話だけ長くなってしまいました。本当に文章力ないです。