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◆ ◆ ◆
翌日、ミャオさんお勧めの宿『竜の胃袋』で目を覚ました私は大きく腕を伸ばすと眠気を飛ばします。
「ふぅ、よく眠れました」
流石はそれなりに値が張る宿なだけあってベッドもふかふかであり、お陰で身体に疲れが残っておらずそのことを確かめつつ立ち上がります。最初は竜の胃袋という物騒な名前から不安で一杯でしたが、警備もしっかりしておりその名前の通り竜のお腹の中に居るかのように安心して? 安眠できました。竜の名前は伊達じゃないってことですね。
他愛のないことをつらつらと考えつつ身支度を軽く整え、未だに覚束ない足取りで一階にある食堂へと向います。どうやら食堂は既に賑わっているようで人の気配がちらほらと感じられました。現代人に比べて異世界の人たちというものは朝の活動時刻が早いようですね。やはり、娯楽が少なく夜にすることがないので早寝だからでしょうか?
まぁ、混雑した空間には慣れ親しんでいるので特に困ることはなく、素早く空いていた席を確保して宿の給仕係の少女を呼び止めます。それに気がつくと朝の忙しい時間だというのに彼女は笑顔で返事をして近寄り用件を尋ねてきました。時間を取る訳にもいかず手早く朝食と飲み物をお願いして、ついでに少しでも励みになるよう頑張ってねと声をかけておきましょう。
すると、嬉しそうに微笑みありがとうと答えキッチンへと向かって行きました。その去り行く後姿を惜しむように眺めていましたが、いつまでもこうしていられないと本日の予定を組み立てることにします。
まず、生活に必要なものを揃えることが第一ですね。主に服とかその他の小物類や日用品のことです。その後は旅というかギルドの仕事をする上で必要なものを買いましょう。昨日遠目から確認した武器屋や防具屋、あとは収集したものを入れる大きめのバックや携帯食料、それに野営の道具とかも必要かもしれませんね。
あ、ただシステムメニューの道具に収納できるため、バックに入れておくのはある程度でいいのでした。なんとバックに入れるのと異なり道具に仕舞うと状態を維持できるということが判明したのです。それによっていつでも熱々な料理が食べられることですし、誰にも見られていないときはそちらを利用することにします。流石はシステムメニュー、便利です。
システムメニューが便利なことを改めて再認識すると同時に、便利さに頼り過ぎないように自分に釘を刺しておき話を戻します。
装備を整えた後は早速組合で依頼を受けて見ましょう。昼間はミャオさんは依頼カウンターにいるとのことなので彼女に手ほどきを受け、初心者である私にあった依頼を見繕ってもらいましょう。恐らく初心者ということで採取とかが当てられると思いますので、漸く技能の採取が日の目をみることになりそうです。
見せてもらいましょうか、技能の採取の恩恵とやらを。鮮度が違うのです、鮮度が!
イメージします。ここはあちらとは異なる世界。ここでは実力がものをいう弱肉強食が常という厳しい世界なのです。そんな地に降り立った私はひよっこと組合でバカにされ、最低ランクの依頼である採取へと向うのでした。そこで採取というチート技能を駆使し、ついでに襲ってきた変異種で高ランクでも苦戦する魔物を討伐するのです。そして組合へと戻った私はミャオさんと先ほどからかってきた組合員たちの度肝を抜きギルド長へと面会することになるのでした。
小説のテンプレにありそうな展開をイメージし、妄想の果てにミャオさんがみゃーみゃー驚く姿を頭に思い浮かべます。あぁ、猫耳と猫しっぽをパタパタさせあたふたと慌てている姿が可愛らしいです。
私の勝手なイメージを押し付けた邪な映像にだらしないであろう笑みを零していると、いつの間にか先ほどの少女が隣にいました。その左手には料理を乗せたお盆が乗っており、何故か顔を赤くして硬直しているのです。
彼女の接近に気がつかないほど妄想に没頭していたようで自重するよう反省し、妙にのぼせたように赤くなって硬直している少女が心配になり声をかけます。
「すみません、ぼうっとしていました。ありがとうございます。それよりもお顔が赤いようですが、大丈夫ですか?」
「ひゃっ! だ、だいじょうぶでしゅ。あっ」
焦って早口になったことで言葉を噛んでしまい恥ずかしくなり、余計に赤く染まってしまった彼女はお盆で顔半分を隠すとごゆっくりと残し疾風のごとく去っていきます。……なんだか小動物みたいな娘で癒されました。
それにしても風邪でないようで安心しました。忙しくて疲れでも出たのでしょうか? 無理はしないで欲しいですね。
『ぐぅ~』
それはさて置き、妄想上のミャオさんと少女から元気を貰い心が潤った私は催促してくるお腹の声に従って料理を口に運ぶのでした。……うん、おいしいです。
◆ ◆ ◆
朝食でお腹を満たした私はまずは服飾屋を回り、慣れた手つきで数着の替えの服を購入しました。その辺の手際のよさは伊達に男の娘をやっていませんので何の問題もありませんでした。でも、ブラだけはまだ心の準備が……。まぁ、いずれ必要になるかもしれませんしそのときまでに覚悟を決めなくてはいけませんね。
それはともかく購入した服は既に人気のない路地で道具リストに収納済みなので手荷物はなく次の買い物の邪魔になることはありません。仮に先ほど買い物をしていた光景を覚えている人がいたとしても、途中の道具屋で購入したこの肩掛け鞄をアイテムボックス的な魔法の鞄ということにすれば問題ないでしょう。それでもいちゃもんをつけてきた場合は、……いやらしいことをされたと叫んでやります。そうすれば流石に注目を浴びて手を出せなくなりますし、それでも手を出すのなら衛兵の方にお節介になるでしょうし。……まぁ、本当は無罪なのですが証明する術はありませんし、女の子にしつこくした罰が当たったと諦めてもらいましょう。
偶発的に出た腹黒い思考は一先ず置いておき、続いて生活用品を揃えることにします。
必要なのはタオルなどの布類やその他の小物類、野営用の道具一式、あとは薬とかですかね? 他にもある気がしますがそれはお店を回りながら思いついたら購入することにします。
そうと決まればまずは、……あそこの年季の入った道具屋に寄ってみましょう。
気の向くままに店内へと入り中を確認して見ます。見て解る範囲だとどうやら回復薬という傷が治る飲み薬を扱っているお店のようです。
その他にも店内には色々な用途が不明な道具やら薬が陳列されていますが何がなんやら理解できませんでした。試しに調べるを使用してみましたが?だらけで役に立ちそうにないようでしたし。ついでに鑑定を試してみても同じ結果に終わりました。……役に立たないのはレベルが低いからで調べるの下位互換ではないですよね、きっと。
ただ、店内で唯一回復薬のみに説明書きが載っているのは親切なのかそうじゃないのか判断しかねます。因みに傷口にかけても効果があるそうです。本当なのか調べるで確認してみましたが事実でした。塗り薬のように傷口から染み込むのでしょうか、不思議です。こちらも鑑定したところ調べるよりも少ない情報しか表示されませんでした。……れ、レベルが低いからであってうんぬんです。
鑑定の件は一先ず置いておきましょう。説明書きの内容を読み進め、回復薬が飲み薬なのかそれとも塗り薬なのか気になるところですが、それよりも面白い注意書きを発見しました。
回復薬の注意書きの一番下の欄には※でビンごと投げつけるのは止めようと書いてあるのです。よく考えれば判ることですがもしかして前例でもあったのでしょうか? もしかするとその人は転生者でゲーム感覚で投げてみたなんてことはないですよね? そういうゲームとかありましたよね、確か。
色々と気になることはありましたし、そろそろ誰かに話を聞きたいのですが。そう思い辺りを見渡してみますが人らしき影はありませんでした。誰もいないのでしょうか? もしかして無人販売?
「おい、だれもいないからって盗むなよ」
「ひゃい! って、え?」
辺りをキョロキョロと物珍しそうに眺めていると突然声をかけられ思わず声が上がりました。恥ずかしい気持ちを隠し声をしたほうを向きますがそこには誰もおらず、まさか幽霊ではと一瞬で顔色が赤から青へと変わります。
「こっちだよ。ったく、失礼にも程があるだろ」
背筋がゾッと冷え身震いをしていると何故か視線の下のほうから声が聞こえました。子供の幽霊!? 慌てて視線を下に下ろすとそこには小柄な私よりもさらに背の低い男の子がいました。
「っ!?」
ひゃっぁぅ……ふぅ。よく見たら足があるのでどうやら幽霊ではなかったようです。
幽霊でないと判明したことで今にも喉から出掛かっていた悲鳴をなんとか押し戻し、代わりに安堵のため息を吐き出します。……それにしてもこの子はお店の子でしょうか?
一人百面相をしていると男の子の呆れたようなため息の音で漸く意識が戻されました。同時にあまりに失礼な態度だったのではと気がつき急いで頭を下げます。
「すみません、子供だとは思わず気がつきませんでした。あと、泥棒ではないので盗む気はありません。お金もありますしね。そういえば、お店の子ですか?」
「違えよ、オレは客だ」
「そうなのですか? 失礼でなければ因みにどのような用件でこのお店に? もしかしてどこか怪我でもしているのですか?」
「……違えよ。回復薬を売りにきたんだよ」
不機嫌そうに答える男の子に情報収集も兼ねて尋ねてみると、煩わしそうな態度を取りつつも教えてくれました。乱暴な言葉遣いですが親切でいい子みたいですね。
一時的な反抗期なのかと思うと微笑ましく感じつい頬が緩み笑みを浮かべてしまいます。そんな私の様子に笑われたと怒ったのか彼は顔を紅潮させそっぽを向いてしまいました。
あぁ、怒らせてしまいました。やはり子供の扱いは難しいです。
昔からこのように子供を怒らせてしまうことが多く子供の世話は苦手でしたが、こちらでも同様なようです。若干残念に思いますが、苦手だからといってまだ諦めるには早いですよね。折角の出会いを無駄にしたくありませんしここは汚名返上してみせます。マオ、いきま~すっ!
「すみません。でも、その年で売り買いができるとは立派ですね」
「……うるせぃ」
素っ気なく呟いた声には若干ですが照れが篭っているようでした。何とか嫌われずに済んだようで安心します。ですがこれ以上は深く聞いたら駄目だと直感が囁き閉口しないといけないような気になりました。
子供が商売をしているということはつまり訳あり、ということなのでしょう。なんとなくですが察すると話題を変えることにします。
「ところでこのお店の店員はどちらにいるのでしょうか? 知っていますか、えっと」
「オレはフェルだ、呼び捨てでいい。てか、この店に来たの初めてなのか?」
「はい、今回が初めてですね」
「なら知らないかもしれないけど、この店の店長はいつもこの時間になると店番を放って部屋に篭って調合しているんだよ。だから、この時間になるとオレが態々来てやって恩を売ってるって訳なんだよ、分ったか」
つまりは恩を売ることで売り値に嵩増し分のオマケをつけてもらおうということなのですね。なにやらやり手の商人みたいです。
小さな商人さんに感心していると店の奥から一人のおばあさんが出てきました。
「おや、お客さんかい? すまないねぇ。フェル坊も呼んでくれたらよかったのに、変に気をつかうんだから。全く、店番のこともあるし本当にお人好しだねぇ」
「う、うるせぃ。オレはただ、声をかけると調合の邪魔になって、それで失敗したときに材料費を取られたくないだけだし。それに店番は売り値交渉を有利に進めるための作戦なんだからな!」
大切な孫を見ているかのような微笑みで見詰められ男の子は後ずさると、捲くし立てるように早口で言い残して店を出て行った。その際に、年季の入っているお店の戸が傷まないようにゆっくり開け閉めしていたのは微笑ましいものである。
おばあさんも同様に感じたのか暖かい視線で男の子を見送るとこちらに気がつき申し訳なさそうに頭を下げた。
「騒がしくってすまないねぇ、お嬢ちゃん。それで、うちの店に何のようなんだい?」
「えっと、町の外に出る際に必要な薬とかってありますか?」
「町の外というと組合の仕事かい?」
「はい。まぁ、昨日組合に入ったばかりのランクDですけどね」
初心者だと素直に告げるとおばあさんは近くの棚から一本の回復薬を手に取りこちらに差し出しました。それを買えということだと判断した私はそのまま受け取りマジックカードを出そうとします。しかし、おばあさんが手でそれを制して首を横に振ります。
「初心者なんだろう? まだ活動資金も碌にないだろうし、お守り代わりに回復薬を一本持っていきなさい」
「そうですけどお金ならありますし購入しますよ。それに理由もなくただで貰う訳には……」
「う~ん、それじゃあさっきの迷惑料だと思ってさ。まぁ、それでも罪悪感を抱くっていうのなら今後もご贔屓にしておくれ」
優しげな面持ちで微笑まれ反論できなくなった私はおばあさんの厚意を素直に受け取ることにします。優しさに包まれた回復薬はなんだか本当にお守りのように感じられました。でも、同時におばあさんになんだか申し訳なくも感じます。……そうです!
「分りました、ありがとうございます。ただ、お礼はさせてください。何か調合に必要な素材とかありませんか? これから採取系の依頼を受ける予定ですのでついでに採ってきますよ」
「……そうだねぇ、それじゃあお願いしようかね」
困ったような様子で渋っていたおばあさんでしたが私が折れるつもりがないことを察して提案を受けてくれました。少し強引だったかもしれませんが、ギブ&テイクです。厚意には厚意をお返ししないと。
こうしておばあさんからの個人依頼を強引にもぎ取った私は困り笑いを浮かべるおばあさんの見送りを背に店をあとにするのでした。
◆ ◆ ◆
おばあさんと別れたあと、露天のいい匂いにつられて小腹の空いた私は露天巡りへと移行していました。……大丈夫です、食べた分だけこれから動きますから。
自分に言い訳をしつつ露天を眺めていると珍しいというか独特な商品を扱っている露天を見つけました。その露天は端のほうで陰になっている位置で店を開いており、だれの目にも留まっていないのか見物するお客が一人もいないようです。
それだというのに何故だか導かれるように私の足取りはその露天へと向かいとうとう目の前まで来てしまいました。
「きのこ屋さん、ですか?」
露天には一面にズラッと様々な種類のきのこが並んでおり、中には一アップやら巨大化などと大きな売り文句の書かれたポップ広告が張り出されている怪しげなものまであります。……それにしてもそんな怪しげなきのこを購入するのは赤い帽子を被ったひげのおじさんだけだと思うのですが。そもそもそれって本当にきのこですか?
「やぁ。お客さんかい? 珍しいこともあるもんだね」
訝しげな視線を向けていると露天の主と思われる声がきのこの山の向こうから聞こえてきました。一瞬きのこが話し出したのかと驚きましたが、どうやら違うようです。
きのこを避けてたけのこのようにニョキっと出てきたのは赤い帽子にひげを生やしたちんまりとした男性でした。……え、本物ですか?
「あぁ、もしかしてドワーフを見るのは初めてなのかな?」
「ぁ、すみません。初めてで驚いてしまいました」
まさかゲームのキャラクターに似ていると本当のことは言えず、男性に少しだけ話しを合わせることにします。因みに彼は子供のような体型をしているので私の男性恐怖症もどきが発症することはありませんでした。でも、ドワーフということは年齢的におじさんなのでしょうね、恐らく。異世界では外見で判断できないから困惑しそうです。
「僕はドワーフのモルド。世界の不思議なきのこを収集する旅をしてはそれを売って回る変わり者さ」
嘘が若干混ざっているとは露知らず、男性は朗らかに笑うと改めて自己紹介してくれました。でも、自分で変わり者というのはどうなのでしょう。まぁ、実際きのこの収集家というのは聞いたことありませんので変わり者なのかもしれませんね。
「私はマオです。一応組合員でランクはDですね」
「ランクD? ってことはまだ駆け出しか。いやぁ~、それはちょっと残念だなー」
「残念?」
額を押さえて残念そうに嘆くモルドに首を傾げて尋ねます。すると彼はいそいそと何かの作業を始め、片手間に答えます。
「いや、それがさ。と~っても珍しいきのこがあってさ。もし金持ちっていうカモがいたら押しつけて金を巻き上げてやろうかと思っていたんだよ。いや~、残念だな~」
「えっと、それは」
さらっとあくどいことを漏らしたモルドに軽く引き、何と言って良いのか言葉に詰まります。しかし、そのような反応に慣れているのか彼は無邪気な子供のように朗らかに笑っていました。
「あぁ、別に気にしないよ。いつものことだしね。まぁ、きのこを売るだけじゃ旅費は稼げないからね。きのこのためなら悪いことも仕方ないさ」
「モルドさん……。決めました」
「え、何を?」
きのこのためと悪びれた様子のないモルドさんを見て覚悟を決めると、お金がないと判り私に興味を失った彼に対して突きつけるように宣言します。
「モルドさんのきのこ、私に買わせてください!」
「は、ぇ?」
町中に響くよう宣言に理解が追いつかないのか呆けるモルドさん。突然響いた声に周囲の視線が刺さりますが、そんなことはお構い無しに私は指を突きつけて捲くし立てるように続けます。
「私がモルドさんのきのこを全て受け入れることであなたを治療してみせます。さぁ、どんなきのこを見せてくれるのですか? 黒光りしたものですか。それとも大きくて太くてごついものですか」
「え、っちょっと、何?」
「あっ、どんな胞子があろうと私は大丈夫です。こう見えて身体は頑丈なのですよ。それにもう子供ではないのでどんなに中に入れても平気です、任せてください」
お腹をさすって胃袋が頑丈なことをアピールします。これで危険な胞子をばら撒くきのこや食べきれない量のきのこでも買ってもらえるとモルドさんも理解してくれるに違いありません。実際、毒類は技能で無効にできると思いますし耐性も得られて一石二鳥です。
一生懸命に催促していると周囲がざわざわと慌ただしくなっていました。はて、何か事件でも起こったのでしょうか? まぁ、今はモルドさんを更生させることが優先です。
一方、猛アプローチを受けているモルドさんは周囲を見渡して青白い顔になると慌てた様子で口を開きます。
「ち、違う。そうじゃない。僕は何もしてないしするつもりもないんだ」
何もしてないしするつもりもないって、もしかして売る気がないし更生するつもりもないってことですか! まずいです、これほどまでに頑固だとは思いませんでした。それとも私が一文無しだとまだ疑っているのかもしれません。こうなったらアレを出すしかありませんね。
「でもカモがいたら押し付けるって話していたではないですか。私はカモ、なのですよね?」
「え、はぁぁぁあ!? え、何でそんなものを。ちょ~カモじゃん! ……あ」
周囲に見えないように取り出した五百円硬貨を見てモルドさんは驚愕し興奮したように声を上げました。ふっ、計画通りです。
予想通りの反応に思わず口角をにやりと上げて笑います。私の策略で言葉に出して私をカモ宣言したのですからもう逃げ場はないですよ。証人はたくさんいますし言い逃れはできませんしね。ふっふっふ、さぁ骨の髄までしゃぶらせて上げます。
「ちゃんと責任、取ってくださいね」
「ぇ、ぁぁあ」
最後の一押しに女の最大の武器といわれている上目遣い、それも目を潤ませた強烈な一撃をお見舞いしてノックアウトです。これでモルドさんは私に貢がれるヒモとなり、その結果お金が必要なくなりもう悪いことをしなくなることでしょう。新生モルドさん、すなわちヒモルドさんの誕生です。
しかし、ヒモルドさんは喜ぶことなく逆に声にならない音を出し、顔をまるで死刑宣告でも受けたかのように真っ青へと変化させました。そんなに私のヒモになるのが嫌なのですか。全く、失礼なヒモルドさんですね。
「通して。ほら、通すんだ」
そんなに私に魅力がないのかと心の中で落ち込んでいると人ごみを裂くように誰かが走ってきました。どうやらこの辺りを担当している衛兵のようですが何かあったのでしょうか? もしかして、この人ごみが多いことに関係しているのですかね。
そうこう考えているうちに衛兵は若干本当にうるうるとした瞳でヒモになれ光線を出し続けている私の隣を通り過ぎていき、何故かモルドさんの元へと駆けつけました。そしてそのまま優しげな笑みを浮かべるとモルドさんの肩を叩きます。
「解っているよね」
「ぇ、ちが、ごかい」
何やら支離滅裂なことを衛兵さんに告げているようですが伝わっていないようです。どうやら疑われて困っているようなので仕方なく私が代わりに誤解を解いて上げましょう。全く、貸し一ですよヒモルドさん。
「衛兵さん。彼は何も悪いことをしていませんよ」
「……本当かい?」
「はい。ただ、彼自慢のきのこを私が買わせてもらい、彼を満足させることで治療しようとしていただけなのです。だから彼は何も悪いことはしていません。ですよね?」
彼の性格を治すためにきのこを売買しようとしただけだと自信満々に答えヒモルドさんへと視線を移して同意を促します。頷くだけなら今の彼にだってできるだろうし、これで無実も一緒にいた私の証言によって証明されるに違いありません。
しかし、そんな私のナイスフォローも虚しくヒモルドさんは犬が身体の水を払うかのように勢いよくこれでもかというくらい左右に振りました。えぇ~。
そうなると当然衛兵さんへの誤解が解けるはずもなく、彼は鋭い目つきになった衛兵さんに拘束されるのでした。あぁ、これはもう手の施しようがありませんね。ご愁傷様です、南無。
全身をこれでもかと使い暴れることで拘束を逃れようとするヒモルドさんでしたが、いつの間にか駆けつけて二人になっていた衛兵さんには敵わず事情を聞くために詰め所へと連れて行かれてしまいます。
……はぁ、だから先ほど頷いてくれれば誤解が解けたというのに。
誤解だと叫び無実を証言しつつ連れて行かれるヒモルドさんが無事無罪になるように心の中で祈ると、注目を浴びてしまい居心地の悪いその場をあとにするのでした。
無事誤解が解けるよう頑張ってくださいね、ヒモルドさん。
名前 只野真央
レベル 1
職業 学生
HP 100/100(0)
MP 50/50(0)
攻撃力 2(0)
防御力 4(2)
知力 1(0)
精神力 1(0)
素早さ 3(0)
運 1(0)
BP 0/10
称号
異世界人、楽する者、Dランク組合員
技能
システムメニュー、闘魂注入Lv1、身軽Lv4、受身Lv1、剣術Lv1、気配遮断Lv4、気配察知Lv5、咆哮Lv1、音撃Lv1、閃駆Lv1、高跳躍Lv1、闘術Lv1、投擲Lv1、採取Lv1、鑑定Lv1、鑑定眼Lv1、探索Lv1、索敵Lv1、直感Lv1、危機感知Lv1、予知Lv1、耐硬の守護Lv5、耐恐の守護Lv5、威圧Lv5、耐混の守護Lv1、耐光の守護Lv4、光魔法Lv4、耐痛の守護Lv1、魔導回路Lv1、理魔法、耐火の守護Lv1、証魔法、
SP 0/10
装備
武器
右 木の枝
種類 片手剣
攻撃力+0
左 なし
防具
頭 なし
体 異世界の服
防御力+0
魔修繕のクローク
防御力+2
自動修繕
足 異世界の靴
防御力+0
装飾
足 異世界のニーソックス
防御力+0、魅力+2
衛兵A「あの少女にいかがわしいことをしようとしたんだろ、白状しろ!」
モルド「違う、誤解なんだ。僕はそんなつもりはない! 彼女が勝手に言っているだけなんだ、信じてくれ」
衛兵B「はぁ。どうせキミにしかできない治療だとか言って心優しい無垢な少女を言葉巧みに騙し、自分のぶつのことを新種のきのこだとか偽って交わせようとしていたんだろ。いい加減に認めろよな。証人はたくさんいるんだぞ」
モルド「ぇ、ちが」
衛兵A「全く、これだから犯罪者はたちが悪い。あの少女は未だにお前があそこから新種のきのこが生えた可哀想な病人だと信じているんだぞ。騙されたと知らないとはいえ彼女はそれを健気にも治療してくれようとしたっていうのに、お前は少しは反省したらどうなんだ!」
モルド「違う、違うんだ。僕は……無実なんだよぉ。…………はっはは、こんな身近にまだ収集していないきのこがあったなんてな、もっと早く気がつくべきだったよ。……くそぉぉぉおっ!!!」
衛兵A「おい、止めるんだ!」
衛兵B「早まるな! おい、誰か! 衛生兵、衛生兵ーーーっ!」
この日を境にモルドは生まれ変わったとかなんとか。後にきのこ収集の第一人者となったモルドは語ったそうな。
マオ「(ヒモルドさん、早く誤解が解けるといいですね。私、待っています)」
めでたし、めでたし?