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◆ ◆ ◆
スカートさんと別れた後、私は無事アルフェンへと続く入り口を通過することができました。理魔法を唱えて生じたマジックカードは財布としてだけでなく、身分証としての役割も併せ持っているためすんなりと通ることができたのです。……あんなに悩んでいたのがアホらしくなりますね。
因みにマジックカードの表示は周りの人から見ると名前や年齢、罪科の有無しか見えないそうです。私の場合は名前がマオで年齢が十八歳と表示されていました。勿論、罪科はなかったためこうして無事に通ることができた訳ですが、偽名なのは良いのでしょうか? 後ほど詐称罪に問われたりしないですよね?
懸念事項が残り不安ではありますが、そのことは一先ず置いておき改めて町の景観を眺めることにします。
入り口を抜けた直ぐのところは宿屋などが多いようで、ところどころに露店がちらほらと見受けられます。入り口付近に露店があるのは恐らく旅人向けに商売をしているのでしょう。回復薬やら食料はいらんかねという野太い声が聞こえてくるため強ち間違いではない気がします。
続いて建物の造りですがどの建物も全体的に中世的といいますか、近代的な街並みに慣れている身としては耐震構造は大丈夫なのかと問いたくなります。まぁ、異世界で地震被害というのは聞いたことがありませんけど。……土魔法による地震はあるかもしれませんが人災でしょうし。
不吉なことを考えるのは止め視線を建物から行き交う人々に向けます。流石異世界と言いますか、あちらだったらコスプレと言われるような格好の人が多く、鎧を纏った人や帯剣している人をよく見かけます。中にはローブを着た人や槍を背負った人などもいますが少数のようです。……人気の問題ではなく扱いの難しさの違いでしょうね。
「あれ、あなたこの町に来たのは初めてなのかにゃん?」
流れ行く人ごみを初めて都会に出てきた田舎者のように眺めていると突然後ろから声を掛けられ振り向きます。そこにはあちらではほぼ見かけない緑色の瞳をしたピンク髪の少女がいました。
思わぬ光景に呆けているとピンク髪の少女が口の端を上げからかうように言います。
「むぅ。ミャオを見詰めたまま固まっちゃって、もしかしてミャオのあまりの可愛らしさに惚れちゃったかにゃん?」
「あっ、いえ。その……珍しかったもので」
しどろもどろながらも返答しますが視線はピンク髪の少女の頭上に固定されたまま動かせません。何故ならば彼女の頭部にはくせっ毛とは違うでっぱりが二つあるのですから。これはもしかして……。
「これのことかにゃん? う~ん、ただの耳なんだけどにゃ。あっ、もしかして獣人に会うのは初めてだったりするかにゃん?」
「はい、聞いたことはありましたが初めて見ました」
納得した表情を見せる彼女の頭部では獣耳がぴょこぴょこと忙しなく動いています。こいつ、動きます!?
興奮も冷めないうちにさらにあれもあるのではと視線を下ろすと獣耳と連動しているかのように左右に楽しげにしっぽを発見しました。視線がしっぽに向った瞬間、一瞬、しっぽが硬直しましたがその後小刻みに動き出します。そのあまりの小動物のような可愛らしさに興奮が上限に達し欲望がふつふつと湧いてきました。
猫耳と猫しっぽです! ぜひ、にぎにぎしたいです!
異世界とは切っても切り離せない獣耳と猫しっぽの登場に心がこれでもかというくらいに弾んでいます。今にも飛びつきにぎにぎしたい衝動に駆られますが初対面の女性にいきなり頼むことではないので流石に自重します。……仲良くなったら触らせてくれませんかね?
穴が開くほど凝視しつつ内心で血反吐を吐くような葛藤を終え、内側から湧き上がり漏れ出していた衝動を抑えることになんとか成功しました。漸く心穏やかになった私は改めてピンク髪の少女の顔を見ます。しかし、何故か彼女は顔を青白くして引きつった表情をしていました。まるで蛇に睨まれた蛙、いえライオンに睨まれた兎ですかね? ……まぁ、彼女は猫獣人のようなので立場が逆ですけど。
っと、こんなこと考えている場合ではありませんでした。兎に角大丈夫そうか声を掛けてみましょう。
「顔色が優れないようですが大丈夫ですか?」
「ひゃっ!? だ、大丈夫よ、ええ」
私に声を掛けられるまで上の空だったようで声をかけた瞬間に飛び跳ねて驚いていました。比喩でなく本当に飛び跳ねましたよ。
まぁ、顔色はまだ戻っていませんが大丈夫と彼女自身も言っていますし飛び跳ねるほどの元気があるのなら問題ないでしょう。……あれ、何か違和感があったような気が。
「あっ。えっと、今語尾が……」
「そ、そんなことよりアルフェンに来たのが初めてだったにゃんね」
「え、ええ」
「だったらミャオが案内してあげるにゃん。感謝するといいにゃん」
慌てた様子で捲くし立てるように言われ気圧されて違和感の切っ掛けを最後まで尋ねられませんでした。……やはり気のせいだったのでしょうか?
改めて聞くのも悪い気がしますので彼女の提案について考えを巡らせます。彼女はこの町を詳しく知っているのでしょうし、なんだか好感が持てる人柄ということが判明していますので断る理由がありませんね。できればこのまま仲良くなってお触りの許可が欲しいですけど、それは高望みしすぎですかね。
「ありがとうございます。ぜひお願いします」
「任せるにゃん。そういえばまだ自己紹介していなかったにゃね。ミャオの名前はミャオにゃん。よろしくにゃん」
「私の名前はマオです。改めましてこちらこそよろしくお願いしますね」
この世界にも握手の習慣があったようで差し出された右手を同じく右手で握り返し友好を深め合います。しかし、スカートさんに続いてこんなにも直ぐに友達ができて思わず頬が緩みます。ミャオさんは可愛らしい方ですし長い付き合いをしていきたいですね。
離れ行くミャオさんの右手を名残惜しく見送り視線を彼女へと向けます。すると何故か彼女はほんのりと赤く染まった顔をあらぬ方向へと背けてしまいました。……握手して照れているのですかね? やはり可愛らしい方のようです。
そんなミャオさんの初々しい反応に笑みを浮かべていると、こちらに気がついた彼女に怒られてしまいました。でも、笑顔がズルいとか反則って何の話ですか? 笑顔にズルも反則もないと思いますが。
頭を傾げ考えますが答えは出ず、それから暫くの間、茹でタコのようになったミャオさんに小言を言われ続けるのでした。
◆ ◆ ◆
あれから落ち着きを取り戻したミャオさんの案内で町をあらかた回ることができました。異世界でお馴染みな武器屋や防具屋、道具屋は勿論のこと彼女お勧めの宿まで教えてもらいました。宿については手続きを済ませてありますが他のお店はまだ店内まで見ていませんので明日にでも訪ねてみましょう。
後はあまり心地の良いものではありませんでしたが奴隷商や貧困街、その他にもその……いかがわしいお店についても話してくれました。何でも知っておいて損はないそうで、あまり近寄らないようにと注意も一緒にされました。まぁ、好き好んで近寄ろうとは思いませんけどね。
他には途中の屋台で摘み食いをしてミャオさんに奢ったことくらいしか特に話すことはないですかね。男? の甲斐性の見せ場として奮発してしまいました。レディーに割り勘なんてさせませんよ。……あれ、今の私ってレディーなのでは? ……気にしたら負けです。
因みにミャオさんは語尾からも分るように猫の獣人で合っており、猫らしく猫舌でした。熱々の串焼きを涙目で食べる様子だけでごちそうさまって感じです。……まぁ、私も人のことは言えなく舌を火傷しましたけどね。ついでに耐火の守護を手に入れたのは言うまでもありません。
「そろそろ暗くなってきましたね」
「そうだにゃんね。それじゃあ最後にミャオの職場を紹介するにゃん」
「ミャオさんの職場ですか? なんだか楽しみです」
暗くなってきたということで次の場所が最後ということになり締めはミャオさんの職場見学ということになりました。仕事は大丈夫ですかと尋ねたところ今日は非番らしく町をふらついていたところを私と出会ったそうです。
話ついでにどんな仕事をしているのかも尋ねてみましたが、着いてからのお楽しみとのことではぐらかされてしまいました。なんでも私にも関係ある建物とのことですが、はて、他に何か関係のある建物はありましたっけ?
疑問でいっぱいになった頭を駆使しても答えは出ず、大人しくミャオさんのあとを付いていきます。暫く案内を聞きながら歩くと大きな建物の前に到達しました。どうやらここが彼女の職場のようです。
建物には筋肉もりもりな腕同士ががっしりと組み合っている看板がかかっており中からは賑やかな声が聞こえてきます。えっと、プロレス場?
「着いたにゃん」
「ここは……」
「ここは組合アルフェン支部にゃん。ようこそ、上位組合員のマオ。アルフェン支部はあなたを歓迎するにゃん」
「……はい?」
ギルドの入り口で振り返ってにこやかな笑顔で歓迎を示すミャオさんですが、私の頭は混乱しており間の抜けた返事が漏れます。上位組合員? 誰が? えっ、私ですか!?
一方困惑した様子の私を見たミャオさんは期待していた反応と違ってあれ? と呟やくと同時に首を傾げていました。
二者ともに同様な状態というおかしな状況はいつまでも続かず、沈黙を破ったのは恐る恐るといった様子のミャオさんの言葉でした。
「えっと、もしかして、違った……なんてことはないにゃよね?」
「その、……なんてことはあるにゃんです」
おどけて答えてみるとミャオさんの乾いた笑いが返ってきました。なんというか信じられないものを見たかのような様子で、口から魂でも抜けていると言われてもおかしくない状態です。まるで私が男の娘と知ったときの周りの人たちの反応みたいですね。
「えっと、まぁ勘違いなんてよくあることですよ」
「そうだけどにゃん。……あんな濃い殺気を放っていたのに信じられないにゃん。本当に上位組合員じゃないにゃん?」
「ええ、違いますよ。そもそも組合員ですらありませんし」
「にゃっ、にゃんだってーーーっ!?」
耳としっぽを逆立たせたミャオさんは大声を上げて驚愕します。そんなにおかしなことなんですかね?
その後、壊れたおもちゃのようににゃーにゃーと喧しい状態になったミャオさんをなんだかんだで落ち着かせることに成功し、案内を再開してもらい早速組合内へと入っていきます。……はぁ、一気に疲れました。
「マオは初めてみたいだから説明するにゃん。組合の主な仕事は依頼人と組合員の間に入って仕事を円滑にこなせるようにすることにゃん。組合が間に入ることで依頼人は仕事に必要な人材が手に入り、組合員は身の丈にあった仕事ができるって訳なんだにゃん」
「そうなんですか」
仕事モードに入ったのか饒舌で語り出すミャオさんに力なく相槌をうちつつ話を纏めてみます。
組合は簡単に言うとハ○ーワークみたいな感じのようです。依頼人が仕事を組合で登録しそれを組合が仕事に見合った組合員に卸すことで人材を確保するという流れですね。
その際に仕事によっては資格や経験が必要だったりする場合があるため、仕事によってランクを決めているそうです。それに合わせて人材の方もランクで表すことで相応しいかを基準にしているらしいです。
ランクにはDからAまであり、その上にはさらに伝説と呼ばれるSランクがあるとのことです。現在Sランクは二人しかいないが、Sランクの仕事は滅多に発注されないため問題はなく、低ランクの仕事を請けることもできないこともあり平時は仕事がないとか。……それもなんだかなぁと思いますが決まりのため仕方がないとSランクの二人も諦めているそうです。
ということもあって一般的な組合員はAランクを目標に頑張っているらしいです。Aランクは超一流、Bランクで一流と呼ばれており、Cランクあれば一人前と認識されるため初心者はまずはCランクになることを目指して頑張るといいとも言っていましたね。私の場合はAランクは余裕だとミャオさんから根拠のない太鼓判を押されましたけど。
一先ずの目標は村人CらしくCランクですかね。ミャオさんを信じていない訳ではないのですが、無駄に目立って厄介事に巻き込まれたくないですから。
「それじゃあ、早速登録するかにゃん?」
「はい」
「じゃあ登録料として100イェンかかるにゃん」
登録料がかかるとのことなのでマジックカードを呼び出しミャオさんのマジックカード――個人用ではなくギルド用らしいです――と交差させます。
「どうぞ」
「無詠唱も使えるのかにゃん。全く、初心者とは思えないにゃん」
ん、そういえばスカートさんに理魔法を教えてもらったときもそんなこと言われたような気がします。
「無詠唱ってそんなに難しいのですか?」
「う~ん。誰にでも使える理魔法なら練習次第では可能かもしれないけど、他の魔法を無詠唱で唱えられるのはAランクくらいだにゃん」
「でしたら理魔法であるマジックカードを無詠唱で唱えてもおかしくないのではないですか?」
「おかしくはないけど、一言で済む理魔法を態々無詠唱で唱えられるようになるまで練習する酔狂な人なんていないにゃん。……まぁ、ここに一人いたけどにゃん」
「は、はは」
ジト目で見詰められ誤魔化すために乾いた笑みを浮かべます。これで練習なんてしておらず今日覚えたばかりだと伝えたらどうなるのでしょうね。先程以上ににゃーにゃー小言を言われるに違いありません。
スイミングしていた目を元に戻し、手続きの続きをしてもらいます。渋々といった様子ですがなんとか納得してもらえたようです。
「まぁ、いいにゃん。それじゃあこの紙に必要事項を記入してにゃん。あっ、字の読み書きができないのなら代筆も可能だけどどうするにゃん?」
「問題ないようです。ありがとうございます」
チートのお陰なのか特に問題はないようで気を使ってくれたことにお礼をして用紙に記入を始めます。
氏名はマオ、年齢は十八歳で職業は……村人? 村人って職業なんですかね?
「ミャオさん。職業って何でもいいのですか?」
「何でもいいといえば何でもいいけど、依頼人からの個人依頼を受けるときやパーティを組むときの参考にするから、勇者とか身の丈に合わない職業を記入するのは避けたほうがいいにゃん」
「そうですか、ありがとうございます」
勇者って職業なのですね。それにしても身の丈に合った職業ですか。やはりここは村人でいい気がします。剣は持ったことがありませんし魔法は覚えてはいますが使えませんので剣士でも魔法使いでもありませんしね。
さらさらと職業欄に村人、ついでにCまで記入し最後の蘭に移ります。最後の蘭には注意事項と責任を持って組合員となるかを問う内容が書いてありました。
「内容を承諾したら右下にある枠内に指を置いて魔力を少量流すんだにゃん。そうすれば魔力が登録されてギルドカードがマジックカードの要領で取り出せるようになるにゃん」
ミャオさんに促されるままに魔力を流すと脳内にいつものメッセージが流れます。
『技能を覚えました。
証魔法』
理魔法と同じでレベル表示のない魔法のようです。試しにギルドカードを呼び出してみます。
『名前 マオ
年齢 十八歳
職業 村人C
ランク D
称号
なし』
マジックカードに似たような表示ですが所持金がない代わりに職業とランク、称号が表示されるようです。なるほど、魔法のため持ち歩く必要もなく身分証として直ぐに掲示できるため便利ですね。
そういえば、強さで表示される称号とは違い異世界人やらの表記がないことに気がつきました。ギルドカードに表示される称号というのはギルドに関する称号のみなのかもしれませんね。
称号についての考察をしていると呆れるような声とため息で意識が戻されます。どうやら夢中になっていたようです。
「ってまた無詠唱にゃん、はぁ。……でどうにゃん? 因みにランクと称号の項目以外の内容はギルドカードを更新するときに変えることができるから、変えたいときはギルドにくるといいにゃん」
「はい、覚えておきます」
「よろしいにゃん」
仕事を一通りやり遂げ満足げな様子を見せるミャオさんに改めてお礼を伝え、晴れて組合員になれた私は色々とあって疲れた身体を休めるために彼女お勧めの宿屋へと向かうのでした。
名前 只野真央
レベル 1
職業 学生
HP 100/100(0)
MP 50/50(0)
攻撃力 2(0)
防御力 4(2)
知力 1(0)
精神力 1(0)
素早さ 3(0)
運 1(0)
BP 0/10
称号
異世界人、楽する者、Dランク組合員
技能
システムメニュー、闘魂注入Lv1、身軽Lv4、受身Lv1、剣術Lv1、気配遮断Lv4、気配察知Lv5、咆哮Lv1、音撃Lv1、閃駆Lv1、高跳躍Lv1、闘術Lv1、投擲Lv1、採取Lv1、鑑定Lv1、鑑定眼Lv1、探索Lv1、索敵Lv1、直感Lv1、危機感知Lv1、予知Lv1、耐硬の守護Lv5、耐恐の守護Lv5、威圧Lv5、耐混の守護Lv1、耐光の守護Lv4、光魔法Lv4、耐痛の守護Lv1、魔導回路Lv1、理魔法、耐火の守護Lv1、証魔法、
SP 0/10
装備
武器
右 木の枝
種類 片手剣
攻撃力+0
左 なし
防具
頭 なし
体 異世界の服
防御力+0
魔修繕のクローク
防御力+2
自動修繕
足 異世界の靴
防御力+0
装飾
足 異世界のニーソックス
防御力+0、魅力+2
真央「(にぎにぎしたいです。ジ~ッ)」
ミャオ「っ!? (これは殺気!? 何なのこの娘。こんな殺気を放てるなんてAランク並じゃない)」
真央「顔色が優れないようですが大丈夫ですか?」
ミャオ「ひゃん!?(はっ!? 軽く意識が飛んでいたわ)だ、大丈夫よ、ええ」
真央「(ほっ。……あれ、違和感が……)あっ。えっと、今語尾が……」
ミャオ「(はっ、まずい)そ、そんなことよりアルフェンに来たのが初めてだったにゃんね」
真央「え、ええ」
ミャオ「だったらミャオが案内してあげるにゃん。感謝するといいにゃん(それにしても、こんな実力者が田舎町に来てくれるなんて。これはぜひこの町に滞在してもらって拠点にしてもらわないと。ふっふっふ)」
威圧の発生条件は意志――にぎにぎしたいという欲望――を込め睨みつける――がん見する――ことだったりする。因みにしっぽに対して威圧していたためミャオ自身は余波を受けただけであった。まぁ、余波だけでも十分脅威であり対象のしっぽは震え上がっていたりするが(真央には元気に動いているように見えていた)。
何はともあれ、果たしてミャオの野望は成就するのか。気になる続きはWebで。