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魔王な勇者~勘違いから始まる魔王たん~  作者: 大野かな恵
第1譚 魔王と半身~約束された勝利の○○こ~
6/15

 新章突入

◆ ◆ ◆






 アルフェンという町の中心地には大きな建物が建てられてあった。筋肉質な腕同士ががっしりと組み合っている様子が描かれた看板が掛けられたそこは俗に言う組合(ギルド)と呼ばれる場所であり、組合に寄せられ承認された依頼を組合員(ギルダー)に下ろして仕事を与えるための組織である。


 そんな組合の中で普段から経営させている酒場の席の一角に、酒で顔を赤く染めつつも未だに飲んだ暮れている一人の男性がいた。


「お客さま。そろそろ閉店ですにゃん」


「ん、あぁ」


 ピンク色の毛並みをした猫耳の店員が声を掛けるも反応は著しくなく曖昧な返事が返ってくるだけであった。少女は面倒くさそうにため息を吐くも慣れた手つきで男性を起こしにかかる。


「もう、いい加減にするにゃん。会計もしないで何時までもグダグダと、シャンとしなさいにゃん」


「……あぁ、そうだな。……ほらよ」


「全く。確かに受け取った……ってこんな高価なものどうしたの!? ……にゃん」


 代金の代わりとして男性から渡されたものに驚き、思わず語尾を付け忘れ慌てて付け直す。閉店間際ということもあってたまたま彼以外の人がいなかったから良かったものの、折角築き上げてきたイメージを最悪崩すところであり少女は内心安堵しながらも受け取ったものを魔導具の明かりに翳した。


「きれいにゃん」


 少女は光に照らされた繊細な文様をうっとりとした表情で眺める。そんな様子を机に項垂れた状態でおぼろげに横目を使って眺めていた男性は唐突に語り出す。


「聖剣の勇者様に貰ったんだよ」


「聖剣の勇者様!? ……にゃん」


 二度目の驚愕の事実にまたしても語尾を付け直しつつ、少女は男性の話の真偽を疑う。


 嘗て魔王に挑み魔王を滅ぼしたと言われている勇者。平和の象徴、国の象徴、御伽噺の英雄。捉え方は違えど子供からお年寄りまで全ての種族がその存在の偉大さを理解していた。


 しかし、現在ではその存在は確認されておらず、今は無き存在として認識されているのである。まぁ、魔王がいないのだからそれも当然であるのだが憧れの対象には違いない。その血筋を引いていると言われている王家の者も同様ではあるが本物と比べると些か劣るのは仕方のないことであった。


 そんな中、組合内のみならず町や村中でまことしやかに噂されている話があった。曰く、魔王の復活に伴い三人の勇者様が流星と共に降り立った、と。


 曰く、一人は優れた英知を携えているとか。一人は膨大な魔力と未曾有の魔法を行使するとか。そして一人は光輝く聖なる剣――初代勇者が魔王に止めを刺したと言われている国宝の剣――に選ばれ、初代勇者の再来ではないかと。


 そういった噂を酒場ということもあり多く仕入れる機会があった少女は憧れの存在である勇者についての情報を誰よりも所持していると自負していた。だからこそ男性の話に興味を抱き、同時に疑念を抱いていたのだった。


「その勇者様って本当に勇者様だったのかにゃん?」


「あぁ、本物だったよ」


「どうしてにゃん?」


「確かシェクスカリバー、いやエクスカリバーったかな? そんな名前の聖剣を持っていたのさ。だから負けた、とは言わねぇが俺があんな達人もどきの小娘に差しで負けるかよ」


「エクスカリバーだって!? ……にゃん。それにBランクのあんたが負けたのかにゃん。信じられないにゃん!?」


 男性の言葉に少女は目を見開いて驚きを露にする。今彼女の目の前にいる男性は組合の中では上位に入る能力の持ち主で二つ名を付けられてもおかしくないほどの存在なのである。その男性が一対一で、しかも女の子に負けたというのだから驚くなというほうが無理な話であった。


 加えて国宝の剣であり聖なる剣でもあるエクスカリバーときたのだから驚きを通り越してもはや呆れるほどである。同時に嘘にしては彼女が得ていた情報と一致するし、もしかしたら本当に彼が出会った少女が勇者だったのかもと羨ましくも思い悔しい気持ちが湧き出てくる。どうせなら髪の毛の一本くらいお土産として持ってきてくれてもいいのに、と理解しがたい怒りを抱いていたりもするが。


 一方男性はというと負けたというのにどこか清々しいといった様子だった。吹っ切れたというか改心したとかそんな感じだ。これまでの普段の彼を知っている者からすれば、あまりの変わりように頭を心配して教会を勧めるほどと言えばその程度が分るはずである。


「まぁ、色々あって……な。そんなこんなで心を入れ替えて精進することにしたって訳だ」


「……その割には今日も飲んだ暮れていたにゃん」


 心意気には感心するが行動が伴っていない男性に少女は思わずジト目を向ける。彼はそんな視線を気にすることなく椅子から立ち上がると大きく背伸びした。


「今夜が最後の酒だよ。なんせ俺は最強にならなきゃいけねぇからな。……ふっ、それに約束を守んねぇとまた怒られちまうしな」


「約束、にゃん? あっ?」


 可愛らしく小首を傾げた少女からすれ違い様に先程渡した代金を抜き取ると男性は出入り口へと向う。咄嗟のことに理解が追いつかなかった彼女は軽くなった自分の手を見詰め、漸く無銭飲食をされたことに気がつく。そして慌てて男性を呼び止めるために声を上げた。


「こらーっ! 代金払えにゃん!」


「悪い、やっぱツケで頼むわ。これはやっぱり手放せねぇしな」


「って、待つにゃん! ってうにゃん!?」


 少女の焦った声と食器が割れる音を背に男性は夜道を歩き出す。空には綺麗な月が浮かんでおり、彼は徐に少女から取り返したものを光に翳した。


「約束、……だからな」


 微かに綻んだ口元から漏れた言葉の内容を知るのは彼自身と彼を見守る月。そして……約束の相手だけであった。


「食い逃げすんじゃねー、このく○ったれがーーーっ!」


 少女の咆哮は近隣に知れ渡ったとかいないとか。それは明日、彼女の元を訪ねれば自ずと分ることであろう。兎も角、ご愁傷様とだけ言っておく。






◆ ◆ ◆






 所変わってアルフェンの外れにある小さな小屋のような家。ボロボロで草臥れているそこでは一人の少女がすり鉢の中に入れた薬草をすり棒で懸命にすりつぶしていた。


 少女がしているのは所謂調合と呼ばれるものでその入門とされている回復薬を作る作業であった。回復薬は飲んだり或いは傷にかけたりすることで傷を治す効果がある薬である。特に戦闘を生業にしている組合員には重宝されており常に品薄状態だったりする。


 そのためどこの商店でも買い取りを行っており、材料が薬草と澄んだ水という安価なこともあって非組合員(コモナー)の小遣い稼ぎには打って付けなのである。まぁ、品質によっては売れないこともあるので誰でも売れるという訳ではないのだが。


 少女の場合は近所に住んでいた調合士のお婆さんから簡単な手ほどきを受けていたこともありその問題はなかったりする。加えて品質もそこそこ良い物であり彼女の行き着けの店ではそれなりの評価を貰っているのだった。


「ふぅ。ただいま」


「あっ、おかえりお兄ちゃん」


 作業が一段落ついた頃、戸口から入ってきたのは彼女の兄である少年だった。彼は普段近くにある森で彼女の調合に必要な薬草を採取してきたり、手ごろな食材を採取したりしている。そのためこうして遅くなることが多いのだが、最近は違う理由で遅くに帰ってきている。


 どうやら最近始めた鍛錬――とは言っても木剣を振ったり体力づくりしたりする程度――を今日もしていたようだ。


 彼女としては一人しかいない家族の兄にはあまり無理をして欲しくないという思いもありあまり良い顔はできないのだが、兄の気持ちを考えると強く言えないのだった。とはいえ釘を刺すことをしない訳ではないので心配げな表情で声をかける。


「今日も鍛錬してきたの?」


「もちろん。早くあの人みたいになるためにも今は一に鍛錬、二に鍛錬ってな」


「ん~、でも鍛錬はいいけどあんまり無茶しちゃ嫌だよ」


「分っているよ。三・四にお前なんだから当然だろ」


 大切な妹に心配され反論することもできず、きまりが悪そうに左手で頭をかくと本音を吐露する。そんな兄の照れた様子に妹は思わず笑みをこぼし、同時に自分のことを大切に思ってくれていることを嬉しく思った。


 だからか、彼女も照れくさくなって少し意地悪をしたくなった。


「ふふっ。それじゃあ五はお姉ちゃんなの? 鍛錬を始めた切っ掛けだしお兄ちゃんの憧れだもんね」


「なっ!? ち、違うし。五はその……飯だよ飯。丁度腹も減ったし飯にするか」


「もう。素直じゃないんだから。ふふふっ」


 先程以上に顔を真っ赤に染め反論する兄を余所に彼女はしてやったりといった表情で晩御飯の用意を始める。その傍らでは妹には一生勝てる気がしないと諦めた様子の兄の小さくなった姿があった。


 そんなことはお構いなく妹は晩御飯の用意を滞りなく終える。本日の晩御飯は近くの森で採れた食用の雑草と少しのお米の雑炊だった。贅沢な料理ではないがこれでも子供二人にとっては十分なご馳走だったりする。何故なら大陸の中には食事にありつけないほど貧相な暮らしをしている者も多いと聞くし、食べられるだけ文句は言えないのだ。


 大した量はない、といっても大目に見ても三人前はあるそれを彼女は二人分装いながら、そういえば初めて出会った日も雑炊を食べたっけとふと思い出す。世間知らずで抜けているが見た目も性格も可愛らしく、でもどこか御伽噺に出てくる勇者のようにかっこいい少女の姿が昨日のことのように思い浮かび自然と頬が緩み微笑んだ。


「どうしたんだ?」


「ふふ、何でもないよ」


 不思議そうに首を傾げて問う兄に上機嫌に答えると彼女はいただきますと口にした。遅れて聞こえる兄の声を聞きながら、また会えるよねとお姉ちゃんと慕う一人の少女との短くとも濃い思い出を噛み締めるのだった。





客たち「ひそひそ」


猫耳少女「……(ず~ん)」


Bランクの男「ん、どうしたんだ?」


猫耳少女「ムキーーーっ! あんたのせいよ、このスカポンタン!」


Bランクの男「お、おう(困惑)」


客たち「噂は本当だったのか(ひそひそ)」


猫耳少女「っ!? うぁぁあん(泣きながら駆けて行く)」


少年「うわぁ! なんだ急に?」


少女「今ぶつかりそうになったあの人泣いていたよ?」


少年「よく分らないけど組合も大変なんだな(しみじみ)」


少女「そうだね。あっ、早く回復薬を売りに行こうお兄ちゃん」


少年「そうだな」


Bランクの男「えっと、青春だなぁ(遠い目)」


 今日もアルフェンの町は平和です(猫耳少女を除く)


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