タイムマシンとトモダチ
トンカントンカン
ヒデはリズミカルにハンマーを振り下ろしていた。ガラクタの塊のように見えるが、これでも一応タイムマシン、になる予定だ。
「本当にタイムスリップなんてできるのかな?」
背中から声をかけてきたのは、八重歯がかわいらしい女の子、のりだ。
「できるさ! のりちゃんも今のうちに、どこにタイムスリップしたいか考えておいたほうがいいよ。いざとなったときにどこに行きたいか悩まないようにね!」
手を休めないまま、ヒデが答えた。
「わたしはもちろん未来に行きたいな。将来のお婿さんが誰なのか見に行きたいの」
のりらしい答えで、ヒデの予想通りだった。
「みのはどこ行きたい?」
今度はちょっとぽっちゃりとした男の子、みのに話を振る。
「んー、ボクは過去かな。過去のボクにあって、もっとダイエットしろっていってやるんだ。そうすればボクも痩せられるよ」
これもみのらしい答えで、ヒデものりも思わず吹き出す。それにみのは口を尖らせて、
「なんだいなんだい! じゃあそういうヒデはどこに行きたいんだよ!」
「俺は、そうだなぁ。未来の街並みがどうなっているか、この目で見てみたいな。空飛ぶ車に乗ってみたいよ」
「あー! わたしも乗りたい!」
「ボクも!」
二人とも目を輝かせながらはしゃいだ。
「ああ、みんなで乗ろう。でもその前にこいつを完成させなきゃ。みの、ここの配線なんだけど、君の方が得意だろ? ちょっと見てくれないか?」
みのはちょっと見ただけですぐに理解し、手際よく作業を進めた。
このペースでいけば夏休み中には終わりそうだ。
西暦2045年、ヒデ、のり、みのの10回目の夏であった。
あくる日、いつもヒデの家の倉庫に集合する約束だったのに、二人はこなかった。
「二人とも遅いな。スイカの食べすぎでお腹でも壊したのかな」
ヒデは二人を心配しつつも、黙々と作業を続けた。幸い、材料については、父親の仕事の都合上、倉庫に使えそうなものがゴロゴロとあったし、どうしても必要なものがあれば、今まで貯めたお年玉を使った。
それでも一人での作業はどうにも時間ばかりかかって仕様がない。なにより、話し相手がいないのは寂しくてたまらない。
「なんだよ! 二人とも! 昨日まであんなに楽しそうにしてたのに、空飛ぶ車に乗ろうって約束したのに!」
振り下ろすハンマーには必要以上に力が入っていた。
額の汗を拭って空を見上げた時、すっかり日は落ちて暗くなっていた。
結局二人はこなかった。
なんなんだよ、まったく。
希望に満ちていたヒデの瞳にも、陰りが見えていた。
次の日も、そのまた次の日も、二人はこなかった。
もしや二人になにかあったんじゃ・・・。
心配になったヒデは二人の家に行くことにした。まずは近い、のりの家からだ。
ピンポーン
チャイムを鳴らして出てきたのは、のりの母だった。
「のりちゃんいますか?」
訪問客がヒデだと気づくと、彼女は見るからに不機嫌そうになり、のりはいませんと言って戸を閉めようとした。それを慌てて静止して、
「ま、待ってください。のりちゃん具合でも悪いんですか? いつも遊ぶ約束をしてるんです!」
しつこいヒデに、彼女は声を荒げた。
「この際はっきりいうけど、これ以上のりを危険な遊びに突き合せないでもらえる? 知ってるのよ。倉庫で大人の真似してヘンテコなおもちゃを作ってるのを。そこであなたがしょっちゅう怪我をして、のりが治療のために救急箱を持っていってるのもね。天才科学者の卵だかなんだか知らないけど、ウチの子を巻き込まないでよね!」
そこまで早口に告げると、戸は一方的に閉められた。
取り残されたヒデは、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
やがて、思い出したようにみののウチへと向かった。
去り行くヒデを、のりは2階の窓から見送っていた。その口元は”ごめんね”の形に動いた。
ピンポーン
みののウチでは、彼の父親が出てきた。なぜみのは出てきてくれないのか、ヒデは早くも不安になった。
「あの、みの君は・・・?」
「いるけど、君とはもう遊ばせないよ」
「なぜですか?」
「分からないか? 君と遊び始めてから、ウチの子の成績は落ちる一方だ。それもこれも君が変なガラクタ作りにみのを無理やり手伝わせて、勉強する時間が減ったからだ」
そんな風に思われていたなんて。いや、みのも本当にそう思っていたのだろうか。無理強いしてるつもりはなかったのに。あんなに楽しそうに夢を語り合ったのに。あれも嘘だったのだろうか。
「すいませんでした。もうみの君を無理やり誘ったりしません」
ヒデは逃げるように駆け出した。
泣き顔を見られたくなかった。見られたら自分の負けだと思った。本当に自分が悪者になってしまうような気がした。
涙で霞む視界のまま、ヒデは自宅の倉庫まで走った。気づいたら膝も肘も、擦り傷だらけだった。途中で転んだせいらしい。気にも留めていなかった。
「のりちゃんがいれば、すぐに手当てしてくれるのかな」
いない少女を思うと、余計に胸が締め付けられた。
「俺は一人でもこいつを完成させてみせる。友達なんていらない」
ヒデは一心不乱に作業を進めた。今は頭の中をタイムマシンのことだけで一杯にしたかった。じゃないと、次から次へと、考えたくないことばかり浮かんできてしまう。
「ここの配線・・・分からないな。どうすればいいんだろう」
みのなら一発なのに。
ヒデは、ちっぽけな自分を知った。
夏休みも終わる頃、ヒデの倉庫からは作業の音が止んだ。
「できた・・・」
見てくれは相変わらずガラクタ然としているが、ヒデの計算によれば、タイムスリップは十分可能と判断している。
「よし、テストも兼ねて、少し先の未来へ飛んでみよう」
ヒデは緊張した様子で機械を起動させた。ダイヤルは一年後だ。
倉庫の中は眩い光に包まれた。
目を覚ましたとき、ヒデは自分の居場所が先ほどと変わっていることに気づいた。
倉庫じゃない。白い天井しか見えない。自分はベッドの上にいるようだ。
おかしい、一年後ならあの倉庫が取り壊されてるはずはない。座標がズレたのか?
体を動かして周りを確認しようにも、なぜか体が思うように動かせない。
もぞもぞともがいていると、看護士のような格好をした女が部屋へ入ってきた。
「こ・・こ・・こ」
ここは?と言おうと思ったのに、言葉も上手く話せない。口の筋肉が上手く動かせていないようだ。
「まぁ! 目を覚ましたのですね! すぐに先生を呼んできますね! それにご家族にも連絡を!」
看護士は一方的に告げて、すぐに飛び出して行った。どうやらここは病院らしい。
動かない頭をなんとかゴロリと横に倒し、壁にあるカレンダーを視界に収めた。
西暦2055年
目を疑った。55年! 10年後だ! ダイヤルの一の桁と十の桁を間違えたのか。
しかしなぜ体が動かない。タイムマシンはどこへいった? 分からないことだらけだった。
やがて、看護士が呼んだ女医がやってきた。
「随分長い間眠ってたわね」
「?」
「あなたは、西暦2045年の夏、自作の機械の爆発によって生死の境を彷徨う大怪我を負ったの。なんとか一命は取り留めたものの、その後意識が回復することはなく、10年間ずっと眠り続けていたのよ」
ああ・・・あああ・・・・! なんということだ。
自分は、10年後にタイムスリップしたのではない。計器の調整ミスなんかではない。ただ単にタイムマシンの製作に失敗したのだ。その上、事故で怪我をして10年間眠りっぱなし。無謀な挑戦をして、10年という貴重な時間を無駄にしたのだ。
「お・・おぉ・・・おおおお・・!」
言葉にならない嗚咽が漏れた。低い声で、以前の自分とはまるで違う声だった。
涙が止め処なく溢れ出る。その涙を拭うことすらできない。
「泣かないで」
そういって女医が頬にハンカチを当ててくれた。
「ヒデ」
彼女は、笑うと八重歯がのぞいた。
「の・・・り・・ちゃ」
「そうよ」
面影があった。素敵な女性に成長したのりだった。
「いつ、あなたが目覚めてもいいようにと、あなたの担当にしてもらったの。あなたが事故にあってから、私はずっと自分を責め続けたの。私があの時あなたから離れなければ、あんな事故にはならなかったかもしれない」
のりの瞳からも涙がこぼれ落ちる。
「必死に勉強したの。あなたの体を治すために。私の青春を全て捧げたわ。そのおかげで、この年で医者になれた」
ヒデは必死に口を動かした。
”ありがと”
「ヒデ!」
勢いよく青年が部屋に飛び込んでくる。ヒデにはすぐ分かった。
「み・・・・の」
連絡を受けたみのが駆けつけてくれたのだろう。
「ごめんよ!ごめんよ! 全部ボクが悪いんだ! ボクのせいで君がこんな目に!」
「みの、あなたのせいなんかじゃないわ」
泣きじゃくるみのを、のりが優しくなだめる。
「ボクがあの時一緒にいれば、君とずっと一緒に作業を続けていればこんな事故にはならなかったんだ」
ヒデは意味が分からず、目の動きだけで言葉を促す。みのは頷き、
「君のタイムマシンが爆発したのは、配線ミスが原因なんだ。だから、ボクがきちんと確認してさえいれば事故は防げたんだ」
そうだったのか。配線ミスか。単純なミスだ。だが原因はなんであれ、
「た・・いむ・・・すりぷは・・・・し・・ぱい・・だった」
空飛ぶ車に乗せてあげられなくてごめん。そう続けて言おうとした矢先、
「いや失敗なんかじゃない!」
みのが語気を荒げた。
「成功していたんだよ。君は一日先の未来へ飛んだんだ。ちょうど事故が起きる前日、心配になった僕らは君の家に行って、そこで君がタイムスリップするのを目撃したんだ。そして翌日、君の家の倉庫で爆発があって、そこにバラバラになったタイムマシンと共に君が倒れていたのさ」
一年先へ飛ぼうと思ったら、気づいたら十年後で、その実、一日先へのタイムスリップには成功していたという、なんだか頭がこんがらがってきてしまった。10年間眠りっぱなしだった脳みそで理解するには、荷が重かった。
でも確かなことが一つある。
自分のタイムマシン理論は、間違ってはいなかった。
「さーてぐずぐずしてないで! これからは忙しくなるわよ!」
のりが急に明るい声を出す。
「そうさ、君には早くリハビリを済ましてもらって、タイムマシンの作成に取り掛かってもらわないとね!」
な、な、何を言ってるんだこいつらは。ヒデはうろたえた。
「決まってるでしょ? タイムマシンで過去に戻るの。そんでもって昔の私のケツを引っぱたいてやるの。親の言いなりになってないで、自分の意思で行動しなさいってね!」
「ボクも、勉強と友達、どっちが大事なんだってね! あ、あとついでにもう少しダイエットしろって伝えておかないと」
病室には、二つの笑い声と引きつった笑い声が響いた。
あぁ。良かった。10年の時が過ぎても、本当に大切なものは変わらずにそこにいてくれた。
トモダチ
かなり勢いで書いた作品なので、設定はいい加減なところがありますが、児童文学的なニュアンスで読んで頂ければ幸いです。