ふわりと落ちた滴は
愛しいと鳴く声がすればその声に答えかえしてはいけないよ。そう偲は母に言い聞かされていた。
この名波町の子供たちはそう言い聞かされて育っていたから偲は何時も頷き返していた。
そして2年後に母は死んだ。偲が九歳のころだった。そのころから冬になると偲には声が聞こえていた。
愛しい愛しいとそう鳴く声が。その声に応えてはいけない。そう信じてすごし気づけば時は移ろい偲は十八歳になっていた。
そして気づけば冬が恋しくなっていた。愛しい愛しいと鳴くその声が母の声に似ていたのだ。
母を思い出しながら愛しい愛しいと鳴く声を聞く。ごめんなさい。答えることができなくて。
そして二月四日。母の命日だった。愛しいと鳴く声に偲は応えてしまった。愛しいとそう囁きかえして。
だけれどそれいらい愛しいと鳴く声はすることはなかった。偲は気づいてしまった。
愛しいと鳴く声に答えてはいけない。その意味は二度と応えてもらえなくなるということなのだと。
だけれどそれに偲は泣き笑いで微笑んだ。ふわりと微笑むその笑みは久しぶりに偲が見せた笑みだった。
お母さんのことずっと私は覚えているよ。忘れない。
忘れなければずっとお母さんは私のなかで生き続けるからもう寂しくないよ。
ぽとりと頬を伝う滴に偲は気づかないふりをした。
もう笑うことができる。貴女を想って。そううっすらと偲は微笑んだ。