第1章 読み取りエラー? それは冗談ですよね?
すべては――あくびから始まった。
しかも、あの長くて大げさな、眠気と学業昏睡状態の狭間でやるようなやつ。目は半分しか開かず、脳は一時間目で戦線離脱、魂に至っては……たぶん最初から登校してなかった。
「秋山」
先生がこちらを見ずにため息混じりに言った。
「口を開けるなら、せめて何か学んでるフリでもしなさい」
ははっ、学んでるってさ。ニュートンの法則を五回も繰り返してるこの授業が、どんな精神的覚醒を呼ぶっていうんだよ。腹は空いてるし、頭はゲームでいっぱい、プライドなんてとっくに休暇中だ。
――そして、それが見えた。
教室の隅。空中に浮かぶ、光のヒビのようなもの。まるで現実の裂け目。
寝不足かと思った。
……だがそのヒビは、俺に返事をした。
【異常検知。対象との互換性確認。転送開始。】
「……は? ちょっ、え、まってまって――!」
光が弾けた。
体が圧縮されるような感覚。誰かの許可も取らずに電子レンジに突っ込まれた気分だった。
世界が白と黒に分裂し、胃はあっさりと降参した。
――そして、暗闇。
その後、通知。
【ようこそ、イーサリオンへ】
目を開けると、俺は見知らぬ草原の真ん中に寝転がっていた。上空には、絶対に東京じゃない紫色の空。
「……異世界、ってこと?」
口に出して言ってしまった。だってさ、
中世っぽい服を着てて、顔の前にはHUD、そして足を舐めてるのは六つ目のヒツジだぞ?
【名前:秋山海人】
【レベル:1】
【クラス:??】
【ステータス:読み込み中…】
【固有スキル検出:俊敏の半神】
【状態:生存中(今のところ)】
「“今のところ”って!全然安心できねぇ!」
慌ててステータスメニューを開こうとする。
【読み込みエラー。ステータス表示不可】
「……として?」
もう一度。
【読み込みエラー。ステータス表示不可】
「はあ!?おいおい、どうしてそんなことが!!」
空に向かって拳を振り上げた。何も起きない。ヒツジが「お前がバグかよ」って目で見てきた。
はぁ……この世界、RPGシステムあるのに、俺だけバグってるのか?
やったな俺。異世界のエラー404。
だが、すべてが終わったと思ったその時、何かが起きた。
適当に歩いていたとき(探検家レベル:方向音痴)、金属の音が聞こえた。HUDが点滅する。
【スキルの欠片を解放:ファントムステップ Lv.1】
【速度 +0.1】
【反応速度:やや改善】
「え?今度は動いた?」
――その瞬間、矢が顔の横を掠めた。体が、勝手に動いた。
世界がスローモーションになる。体がまるで忍者DLCをインストールしたみたいに反応する。
振り向いた。三人の山賊。 弓を構えた“新人いじめ顔”の奴ら。
「……あかん。」
ステータスなし。武器なし。謎スキルあり。そうして俺の物語が始まった。
カイトの物語。
超人的な反射神経があったって、目の前に槍を突きつけられたら怖いもんは怖い。
「ギルドバッジもねえ奴が通れると思ってんのか!」
革の鎧を着たやつが怒鳴った。
「ここは赤牙団の関所だ!払え、さもなくば死ね!」
体が凍った。
魔法のせいじゃない。純粋な恐怖だ。
「ま、ま、ま、待ってくれっ!今来たばっかりで……金もないんだ!」
「じゃあ、血で払え!」
払うって何を!?血で何を!?
槍が振り下ろされる。――また体が勝手に動いた。
避けて、ぎこちなく回転して、マントに足を取られて、叫ぶ。
「うわあああああ!!殺さないで!俺、メンタル弱いの!!」
走った。全力で。まるで税務署に追われてるかのように。
現実には、臭い玉ねぎ顔のオークだったけど。
五分後、俺は魚臭い樽の中に避難していた。リアルに。
「……これが俺の人生かよ」
HUDがまた表示された。
【速度 +0.01。回避成功】
【新たな状態獲得:「初心者の臆病者」】
「ふざけんな!!」
【説明:戦うより生き延びることを選ぶ冒険者。震えている間、回避率がわずかに上昇する。】
頼んでねえよこんな人生!
ポータルも、皮肉なHUDも、魚臭い樽も!
帰りたい――そう思ったとき、声がした。
「おーい。バカなの?それとも逃げ足だけは超一流?」
顔を出した。
女の子。
赤い髪。軽装の鎧。
「からかうのが趣味です」って顔で笑ってる。
足元には山賊の一人が気絶してた。
「武器なしで赤牙団のエリア入るとか。クラス“雑魚”?」
「空から落ちてきたばっかなんだよ!文字通り!」
「……あー、またそのパターンか」
彼女は槍をくるっと回して、二人目を一撃で沈めた。三人目は逃げた。GPS壊れたニワトリみたいに。
俺はまだ樽の中。
震えてた。
「出てこれる?それとも、お姫様みたいに助けてもらう?」
赤面しながら、安売りのプライドを手に立ち上がる。
「だ、だいじょうぶ……助けなんていらない……」
彼女は俺を上から下までじろじろ見て、
“この災害みたいなやつ何?”って顔をしてから、笑った。
「面白い。ついてってやるよ、臆病者さん」
【新キャラクター発見:リリエン・ファルニス – 銀の槍のギルドメンバー】
【初期親密度:低】
【警告:あなたの“純度100%のパニック”オーラが、近くのモンスターを引き寄せました。】
……として?
どのモンスター?
――森の奥から、咆哮が響いた。
その瞬間、俺は悟った。
この世界は俺を嫌っているわけじゃない。
俺に「走れ」って言ってるだけだ。