第2話 はじめての出会いがボクっ娘って、ありかしら
『我は撃つ、「黒のアニス」よ。仇敵を凍える一撃を与えよ!』
呪文のような声が発せられるのと同時に、池の周囲の暗がりが増した。
——な……なに?
黒い稲妻が生じ、まっすぐ池に落ちた。
水面に当たった部分を中心にして、黒い波が生じていく。
「よかった……氷凍蓮と遭遇しちゃったのは、想定外だったけど、まぁ、何とかなったみたいだしねー」
のんびりとした口調で、声をかけられる。
夕里菜に話しかけてきたのは、ハイウエストのネイビーブルーとクリムゾンレッドのチェックの入ったスカートに、ワイシャツの胸もとに臙脂色の大きなリボン、という姿の女性だった。
黒いボレロの上に、紫色の左肩から背中をすっぽりと覆い隠す、腰までしかないマントと肩当て、それに赤い穂先を持つ長槍を背負っていた。
蜂蜜色の髪を肩口で切り揃え、首筋がしっかりと覗いている。
化粧はしていないのに、とても大人っぽく見える。
その制服の女性は、池へと視線を向けている。
黒い波が、スライムたちに被さると、炎の色が一気に広がっていった。
池ごと、燃え上がったように、炎はスライムを飲み込んでいく。
そして、火が消えると、スライムはどこにもいなくなっていた。
夕里菜は、瞬きをした。
炎の色と入れ替わるように、もうひとり、女性が現われ、池へ数歩、近づいてから、夕里菜の隣にいる女性を、振り返った。
「お気楽過ぎますわね、アリサ。もし、間に合わなかったら、ロストするところでしたわよ」
「ごめ~ん」
あんまり反省をしていない態度で、アリサが両手を合わせた。
ぺろっと、舌を出してみせる。
その態度に、女性はじろっと睨みつけるが、それ以上は何も言わなかった。
腰までかかる炎色の髪をかきあげ、夕里菜へと視線を向けた。
「怪我は、ありませんわね」
「は、はい……」
アリサも美人だが、彼女もそれに負けないぐらい、顔立ちが整っていた。
同じ制服姿だが、こちらは肩当てと胸当て、右腕と両脚に銀色の防具を身につけ、腰と背中に鉄の棒を挿している。
眼差しは鋭いものの、夕里菜と目が合うと、にっこりと笑いかけてくれた。
「彼女は、郁歌。そして、ぼくはアリサ。キミと同じ日本人だよ。どうか、お見知りおきを」
蜂蜜色の髪の少女が、そう言った。
「え——アリサなのに、日本人?」
思わず、夕里菜は口に出して言ってしまっていた。
あっ……と思ったが、もう遅い。
「あー、うん……本当、どうして、こんな名前なのか、ぼくも疑問なんだけどさぁ。生粋の日本人だよ。ハーフでもクォーターでもないからね」
——わー、ボクっ娘だぁ……。
妙な感動を覚えながら、夕里菜はアリサの横顔を見た。
しっかりと抱きしめていたはずの犬が、夕里菜の腕からするりと、抜け出した。
アリサの正面に座り込み、尻尾を振っている。
わんちゃんの頭をアリサが撫でてやると、目を細めて、甘えるような声で鳴いた。
「近くに敵性反応はありませんから、しばらくは安全ですが……」
スマートフォンのようなデバイスの画面を覗き込んでいた郁歌が、夕里菜を見た。
「その前にまだ、お名前を聞いておりませんでしたわね」
そう言えば、まだ名乗っていなかった……。
こほん、と咳払いをしてから、「霧島夕里菜、です」と答えた。
「……と言うか、それしか、答えられないんですけど」
「えぇ。それは、理解していますわ。とにかく、夕里菜さんと呼ばせて頂きますわね」
突然、現われたアリサと郁歌ではあるが、ふたりは夕里菜の夢の人物……なのだろうか。
記憶がないので、友人なのかどうか、それすらもわからない。
これがもし、夢ならば本当に、さっさと目が覚めて欲しい、と願うしかなかった。
「夕里菜ちゃん……これから、移動することになるんだけど、まずは、受け取って欲しいものがあるんだけど、いい?」
「は、はぁ……」
「大丈夫です。夕里菜さんの安全のために、必要なものですので」
わんちゃんが、夕里菜の側まで寄ってくると、わん! と吠えた。
「えっと……まずは、これから」
先程、郁歌が使っていたような、赤いカラーリングのスマートフォンのようなものをアリサが片手で操作すると、小さい光が現われた。
アリサの手のひらの上で、その光は指輪になった。
「まずは、『ガードリング』だね。これには、弱い魔力値だけど、防護と自動回復が呪工されているから。もちろん、夕里菜ちゃんの身は全力で、ぼくと郁歌が守るけどね。まぁ、保険みたいなもの、と考えてよ」
夕里菜は、指輪を受け取った。
——マジックアイテムみたいなもの、だろうか。
この場合、どっちの指に嵌めればいいのだろうか。
悩んでいると、郁歌が腕を伸ばして、指輪と夕里菜の右手を掴んできた。
「こっちの指で、いいですわね」
と、右手の小指に指輪を嵌める。
——サイズとかは、どうなんだろう……。
思っていたが、小指に指輪が入れられると、すぐにそれはきゅっと締まり、馴染んでしまった。
拳を握り、開いたりしてみても、抜け落ちることもなく、締めつけることもない。
と同時に、言いようのない、何かが体を覆っていくのを感じた。
これまで、感じたことのない感覚だ。
これが、防護の魔力というものなのだろうか。
肌がちょっと、ぴりぴりとするが、それもすぐに消えてしまった。
消えた——というか、体が慣れたのかもしれない。
「それで——こっちは、防具なんだけど」
「え……防具、ですか?」
アリサがスマートフォンを操作して、受け取ったものを、郁歌が差し出してきた。
それは、メダルだった。
金属製の、涙の形をしたもので、人物の横顔が彫られている。
一方の端から、チェーンが繋がっていて、首からさげられるようだ。
「そう思いますわよね……私の時はメダルではありませんでしたが。まぁ、実際に経験してみれば、わかると思いますわ」
郁歌が、夕里菜の首にメダルをかけた。
「それでは、唱えてもらえる? 『アクセス・アクチュエイション・アーマー、スプレッドアウト』って」
「え——呪文……ですか?」
「う~ん、呪文……ではないですわね。ロックを解除する合い言葉なんですけど……考えたのは、アリサですからね。装備している本人が唱えないと、発動しないように条件づけられておりますので、お願いします。『アクセス・アクチュエイション・アーマー、スプレッドアウト』です」
「は……はぁ」
よくわからないが、ここは黙って従ったほうがいいのだろう。
深呼吸をしてから、先程、アリサが口にした言葉を唱えてみた。
「あ……アクセス・アクチュエイション・アーマー、スプレッドアウト……」
アリサが頷くのが見えた。
と同時に、メダルが光った。
夕里菜の全身が、光に包まれる。
——え……えぇ?
驚いていると、胸や腕、背中などが蒼い光が包まれていった。
光は、ゆっくりと夕里菜の体の上を移動していき、そして、色が薄れていくと、その部分が革の鎧に包まれていた。
セーラー服の上から、レザーの防具を身につけたようになっている。
「見た目は、革の鎧ですけど、軽量と防御力強化の呪工がされております。半端な攻撃なら、寄せつけないはずです」
夕里菜は体を動かしてみたが、鎧の影響を受けることなく、邪魔には思わなかった。
「これも——魔法、なのかしら?」
「こちらの世界は、魔法が日常的に使える世界だからね。それと——短剣のほうが使いやすいのだろうけど、予備がこれしかなかったので、これを」
そう言うと、アリサが郁歌に剣を渡した。
郁歌が夕里菜によく見えるように、目の前でゆっくりと、鞘を払ってみせた。
剣といっても、そんなに長くはない。
夕里菜が、腕をいっぱい伸ばした長さより、少し短いくらいだ。
「銘なしだけど、ぼくがアリアンフロッドとして戦った時、はじめの頃に使っていた小剣なんだ。今でも充分、現役として使えるはずだよ。鞘にも防護の呪工がされているから、いざという時は鞘をしっかりと握っていればいいよ。……まぁ、そんなことには、ならないけどね」
鞘に収めてから、郁歌は小剣を夕里菜に渡した。
「アリアンフロッド?」
「……それについては、私たちからではなく、もっと別の方がそれはそれは、と~ってもくわしく説明してくださりますので」
『はじまりの讃美歌』の第2話は如何だったでしょうか。
こちらの作品ですが、書いているうちに、色々と設定を修正してしまい、2度ほど書き直しております。
3度目はない……と思います。
こんな小説をこれから書くよ〜というつもりで、【断章】として作品を公開しましたが、内容はかなり違ったものになりますね。
まぁ、別物として楽しんで頂けたら、と思います。
最初、夕里菜ちゃんが迷い込んだ場所はダンジョンのなかでした。その次は、草原で、3番目はアストラル界となりました。
ダンジョンから草原にしたのは、何だかダンジョンだと暗くて、あんまり物語的に映えないかなぁ、と思ったので。
草原からアストラル界へと移ったのは、設定の変更によるものです。
アストラル界の描写はゲームなどでよくある風景と思いますが、難しいですね。
きちんと伝えられているのか、心配ですけど、これからの夕里菜たちの行動を楽しんで頂けたら、嬉しいです。
文中に、アクチュエイションアーマーというアイテムが登場しておりますが、こちらはもとはSF用のネタでした。
金属鎧が折りたたまれていて、キーワードで展開する……というもので、ネタは「聖闘士星矢」の聖衣、またはマンガの「ダイソード」です。
ただ、魔法が普通に存在する世界なので、魔法で展開する、という形になりましたので、折り畳まれている、という設定はなくなりました。イラストにすると、映えると思いますが、小説なので、まぁ、これでいいのではないかと。
評価などはご随意に。
読者のあなたが、また私の小説を読みたい、と思っていただけるだけで、充分なご褒美と思います。
では、機会がありましたら、また。