第22話 仲の良い人
俺はアナスタシア様が冒険者ギルドにいるという手紙を受け取り、急ぎ冒険者ギルドを訪れていた。
建物に足を踏み入れると、そこにはクエスト帰りと思しき冒険者たちの姿があった。彼らの賑やかな声とともに、なぜか受付嬢がやけに慌ただしく動き回っており、いつもより明らかに様子が違う。俺はそのまま迷わずギルドカウンターへと向かい、声をかけようとすると、先に受付嬢の方から声をかけられた。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
俺は懐からベルファルス帝国皇家の紋章が刻まれた短剣を取り出し受付嬢に見せた。
「ギルド長に会わせて欲しい」
「どうぞこちらへ」
受付嬢はベルファルス帝国皇家の紋章が刻まれた短剣を見せても驚く様子もなく、俺をギルド長の部屋へ案内した。
「ギルド長、お客様が到着しました」
受付嬢が扉をノックしながら声をかけると、室内から年老いた男の落ち着いた声が返ってきた。
「入ってくれ」
受付嬢が扉を開け、俺はそのまま部屋の中へ足を踏み入れた。
そこには、長椅子に腰かける水色のローブを着たアナスタシア様と、その向かいの長椅子に座る侍風の少女の姿があった。少女は赤いリボンで束ねたロングポニーテールを揺らしながら、俺の方を見ている。和装の彼女は袴姿で、どこか凛とした気品と静かな雰囲気を漂わせていた。
そのとき、部屋の奥から一人の老人がゆっくりと俺に近づいてきて、俺に話しかけてきた。
「私が、この冒険者ギルドのギルド長じゃ」
俺は丁寧に頭を下げ、静かにお礼の言葉を口にした。
「ご協力ありがとうございます」「それと……」
ギルド長に礼を述べた後、俺は視線を和服の彼女へと向けた。
「こちらの方は?」
俺がギルド長に尋ねると、ギルド長は今までの経緯を教えてくれた。和服の彼女とアナスタシア様が冒険者ギルドに来てきて、アナスタシア様が冒険者登録を行ったこと。和服の彼女に護衛を依頼したこと、突如現れたテントレクルスライムを討伐した事などを聞いた。
幸いにもアナスタシア様に怪我はなく、その言葉を聞いて俺はほっと胸を撫で下ろした。俺は和服の彼女にアナスタシア様を守ってくれたことにお礼をし、深く頭を下げた。
「ご主人様をお守りいただき、誠にありがとうございます」「差し支えなければ、お名前をうかがってもよろしいでしょうか」
「申し遅れた」「私の名は、近衛 響と申します」「近衛が家名で響が名前です」
響が穏やかに名乗りを上げると、アナスタシア様はゆっくりとローブのフードを外し、優雅な動作で名乗った。
「大和公国、種族五家の近衛様でありましたか」「名乗りが遅れ、失礼いたしました」「私は、ベルファルス帝国第三皇女、アナスタシア・エルメス・ベルファルスと申します」
アナスタシア様は立ち上がり華麗なお辞儀をした。そして、アナスタシア様の話に出た種族五家とは大和公国の君主である天巫女家を除く華族階級のトップの五つある家の一つだ。本来、近衛家の娘が一人でいることは考えられず、護衛を伴っている立場の人だ。
「そんなに堅苦しくしないでほしい」「私も護衛に内緒で来たからな」
響は小さく苦笑しながら言った。
(あなたもかよ~~)
俺は顔には出さず、心の中で静かにツッコミを入れつつ、ふたりのやり取りを黙って見守っていた。
「アナスタシア様はなぜ学園都市に?」「トウリス学園に通うためか?」
響がそう尋ねると、アナスタシア様はぱっと顔を輝かせ、嬉しそうに響へ聞き返した。
「もしかして響様もですか」
「ああ」「私もだ」「それと、私にことは響と呼んでくれ」
響が少し照れたように答えると、アナスタシア様も微笑みながらうなずいた。
「では、私のこともアナと呼んでください」
そうしてふたりの会話はしばらく弾み、その空気も和やかなものになっていた。一段落ついたところで、俺はアナスタシア様にそっと耳打ちする。
「姫様、そろそろ報酬の話を……」
アナスタシア様は忘れていたようにハッと思い出したようだ。
「そういえば報酬の話がまだでしたね」
そしてアナスタシア様が話を切り出すと、響はふっと微笑んで首を横に振った。
「報酬はいらない」「そもそも護衛に内緒で来たからな」「お互い、内緒ってことで」
響はそう言いながら静かに席を立ち上がった。
「私は、そろそろ宿に戻る」「護衛も心配するだろうしな」「アナ、今度は学園で会おう」
その言葉に、アナスタシア様はぱっと笑顔を咲かせて頷いた。
「はい」「響、次は学園で会いましょう」
響はその言葉を聞いて嬉しそうにギルド長の部屋を後にした。
俺はそのやりとりを見届けながら、自然と心が温かくなるのを感じていた。アナスタシア様に、初めて仲の良い人ができたからだ。俺と出会う前のアナスタシア様は、体が弱く、数日前まで魔法も使えなかった。そのせいで、周りから避けられていて嫌な思いも数多くした。
けれど今、アナスタシア様は嬉しそうにしていた。名で呼び合い、仲良くする姿に、俺は胸の奥から、静かな喜びが湧き上がるのを感じていた。
そして俺は、ギルド長にあらためて礼を述べた後、アナスタシア様とともに部屋を後にした。
冒険者ギルドを出て屋敷へと向かう帰り道、日が沈み始めたというのに、大通りは人通りも多く、活気に満ちていた。だが、そんな喧騒の中で、アナスタシア様はずっと黙ったまま、俯きがちに俺の隣を歩いていた。申し訳なさを感じているのだろう。その肩越しに、かすかに沈んだ気配がにじんでいた。
そんな雰囲気のまま、大通りをしばらく歩いていると、アナスタシア様がぽつりと小さな声で呟いた。
「……心配かけて、ごめんなさい」
俺は空を見上げ、静かに息を吐き、優しく語りかけるように口を開いた。
「姫様」「私は、姫様のご要望に応えるため、しっかりとしたプランを考えています」「ですから、今日のようなことは、本当にどうしてもという時だけにしてください」
アナスタシア様は静かに頷いた。その表情は少しだけ申し訳なさを含んでいるようにも見えた。
俺は少しでも気まずさを和らげようと、あえて話題を切り替える。
「姫様、今日は楽しかったですか」
「はい、とても楽しかったです」
その言葉とともに、アナスタシア様の顔がぱっと明るくなった。屋台を見て回ったことや、響と出会った時のこと。そして、冒険者ギルドのクエストでスライムを倒したときのことを、楽しそうに語るその姿を見て俺は少し、嬉しくなった。
やはり、可愛い子には旅をさせよという言葉の通り、俺は(少々過保護すぎたのかもしれないな)と、そんなふうに思い、少し反省した。
屋敷に戻ると、案の定、心配そうな表情を浮かべたエルザが玄関で出迎えてくれた。
その後は何事もなく、一日が静かに終わろうとしていた。
「姫様、お話があるのですが」
俺は、アナスタシア様がお休みになる前、そっと彼女の部屋の扉をノックした。
「入ってください」
俺はアナスタシア様の声で部屋に入ると、ベッドに腰掛けるアナスタシア様の姿があった。
「今、お時間よろしいでしょうか?」
「ええ、大丈夫よ」「夜風にあたりたいから、話すなら外でしましょう」
そう言って、アナスタシア様はバルコニーのガラス扉を開け、外へと出ていった。
手すりにそっと手をかけ、遠くの景色を静かに見つめている。
俺もその隣に立ち、同じ景色に目を向けると、大通りの屋台がまだ明かりを灯しているのが見えた。
「きれいですね、シン」
「はい、姫様」
俺がキレイな景色に見とれていると、隣からアナスタシア様の穏やかな声が届いた。
「それで、話というのは?」
景色に見とれていた俺はハッと我に返り、トウリス第二学園のクラス分け当日について話し始めた。
「クラス分け当日の件です」「当日は、ステラとレイが護衛として朝から同行する予定です」
俺がそう告げると、アナスタシア様は俺の他人事のような言い回しに、ふふっと小さく笑い、俺の方を振り向いてやわらかく言った。
「わかったわ」「よろしくねシン」
そんな話をしていると、部屋の扉が急に開き俺とアナスタシア様は思わず振り向いた。扉の先に立っていたのはフェリスで、どうやら何か話があって、部屋を訪ねてきたらしい。
「少し話があってな、少しいいか?」
「ええ」「構いませんよ」
アナスタシア様がそう応じると、フェリスはそのまま静かに歩を進め、バルコニーへとやって来た。そして、夜の風に髪をなびかせながら言った。
「明日この屋敷を経とうと思ってな」
アナスタシア様は少し驚きつつ答えた。
「随分と急ですね」
俺は疑問に思っている事を訪ねた。
「宿とかは確保しているのか?」
「いい宿を見つけたから大丈夫だ」「それより、名前の方はどうなった?」
その一言で、俺は一瞬フリーズした。
(やべ……)
フェリスにそう言われるまで、すっかり忘れていたのだ。
「名前とは何のことですか?」
事情を知らないアナスタシア様が、首をかしげながらフェリスに尋ねた。
「赤子の名前の話しだ」
「なるほど」
そんなふたりの会話の横で、赤子の名前などすっかり抜け落ちていた俺は、焦りながら脳内をフル回転させた。
俺の頭の中では(何かいい名前はないか)と思考が駆け巡った。すると、ふと頭に一つの名前が頭に浮かんだ。
「フィオナなんてのはどう?」「意味は白いとか明るいなんて意味なんだけど」
俺がそう提案すると、アナスタシア様は柔らかく微笑みながら言った。
「よい名前ですね」
フェリスも少し考えた後、俺の提案した名前に納得したように頷いた。
「よし、あの子の名前はフィオナとしよう」
そんなふうにして、赤子の名はすんなりと決まった。
こうして、いくつもの出来事に満ちた今日一日。俺の、慌ただしくも長かった一日が静かに終わった。
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