明月の聖剣アリアンロッド
巨大ロボット×タイムリープの短編を書きました。
好評であれば長編に、と考えています。
宜しければ最後まで読んで頂けると幸いです。
「失礼致します。式のお時間でございます」
控えめなノック音に返事をすると、今時珍しい木製ドアが開けられてエプロンドレス姿のメイド長が恭しくカーテシーをしてからそう告げた。
それを背中で聞いて僕は目の前の姿見で最後の身だしなみを整える。真紅の軍服が人工太陽の光を反射して眩しいほど輝いている。
すぐに行くと伝えるとメイド長は再び織り目正しく一礼すると部屋を後にした。
僕は母国である帝国の家紋が刻印されたカフスの具合を確かめながら思う、望まれないと思われたこの婚姻も両国の民にとってはきっと良い物になるはずだって。
……せめてそう思わないと心が押しつぶされそうだったから。
マリッジブルー? もしこの感情をそう呼ぶのなら、この苦難を乗り越えて来た先人たちには頭が上がらない。
今日、僕は生まれ育った【帝国】から【王国】へ婿に行く。いや正確に言えば僕は人質……ということになるのだけど。
帝国と王国は長年にわたって経済、政治、又は軍事的な衝突が絶えず、常に緊張状態が続いていた。
けれど、地球と月という絶妙な距離にある両国はお互いを意識しつつも大きな衝突も無く何とか切り抜けて来た。
しかし、その長年に渡る緊張状態を嫌がった王国側が帝国と対立する組織、国際連合への加入を申請した。それに憤慨した母……帝国が宣戦を布告。とうとう両国は戦争状態に突入した。
結局、王国は国連に加入する事は叶わず、近隣諸国からすずめの涙程の支援を受けながらも応戦。その戦争は十年間も続き、圧倒的物量と手段を選ばない戦法で推し進める帝国を王国が持ち前の科学力で何とか耐える。そんな戦争がつい半年程前に帝国の勝利を以て終結し、度重なる交渉の末に両国の間で正式に和平が結ばれた。
数々の条約が結ばれる中で、両国の和平の証、平和の架け橋となる為に帝国の第三王子である僕が王国に婿に行く事となった。
圧倒的に女性が多いこの世界に於いては男性である僕は政略の道具としては重宝されるだろう。
それが例え、母親である女帝と一騎士団員との間に産まれた不義の子であったとしても。
そう、僕の父親は世にも珍しい男性の騎士団員だった……らしい。平民の出で身分こそなかった父だったけど、剣の腕と近代戦争の主力兵器である巨大人型機動兵器【マギアモービル】のパイロットとしての資質は備わっていたようで、その才能と努力で騎士の身分を勝ち取った。
数少ない男性騎士で、容姿も良かったらしい父に目をつけたのが僕の母だった。
母は僕を身籠り出産するが、既に人工授精と代理出産により兄が2人いたし、何より身分の低い騎士の血が混ざった第三王子なんてものが大切にされるはずもなく、淘汰されて育ってきた。
だからまぁ、そういう意味で政略結婚で王国に行くというのも悪くはないかも知れない。
ただ王国も王国で僕なんかの事は歓迎してはいないだろうけど。
前大戦で帝国の手段を選ばない戦法は目に余る物があったし、それによりたくさんの人が死んだ。そんな卑劣な手段を行使した国の王子と結婚させられるのが王国の第一王女様なんだっていうのだから国民は納得しないだろう。
「……」
「殿下……?」
姿見に映る自分の顔を見つめて物思いに耽っていると後ろに控えていた僕の護衛官、リン・ユンファが無表情で静かに、しかし慈愛を帯びた声で話かけて来た。
180cmの長身の美女。短く切り揃えられた黒髪、強さと厳しさを湛えた切長の瞳。張りのある肌、一文字に結ばれた薄い唇。しなやかに鍛え上げられた四肢。
膝丈のエプロンドレス姿にガーターベルト。見るからにメイドの出たちであるが、カチューシャと一体になったヘッドセットを装着し、太もものホルスターには拳銃、腰には小太刀と武装している。
仮面でも被っているかの様に表情を変えない彼女だけど、小さい時から僕のことを一番近くで見守ってきてくれた姉の様な存在で、帝国内で淘汰されて来た僕に色眼鏡無しで接して来てくれた唯一の人物だ。
帝国で淘汰されて来た日々から抜け出せるという安心感。でもやっぱり自分には政治的価値しか無かったんだという虚無感。手段を選ばない戦法で勝利してきた敵国に婿に行かなければならないという不安感……その全てをこのユンファだけは理解してくれていた。
だから背後に立つユンファに鏡越しに笑いかける。
「大丈夫だよ。誓いの言葉はしっかり覚えてきたから」
「いえ、そういう事では……」
視線を落としたユンファは自身のカフスをキュッと握った。
少し強がりがすぎたか。そう思った僕は彼女に振り返る。僕より随分と背が高い彼女を見上げて今度こそ心から笑って見せる。
「はは、ごめんごめん。せっかくのお祝いの日なんだから湿っぽいのは無しにしよう。【アリアンロッド・キングダム】にはお前もついて来てくれるんだろ」
「はい、もちろんでございます。王国でも私は変わらず殿下のお世話をさせて頂きます」
「頼りにしてるよ」
「はっ、勿体無いお言葉、痛み入ります」
僕は彼女の肩に軽く触れると、脇を抜けて扉に向かう。ユンファはその僕の5歩後ろに続く。
今日は和平の記念すべき第一歩。帝国と王国、アリアンロッド・キングダムとを繋ぐ大事な結婚式典の日。
僕と月の姫、ルーシア・ジ・アリアンロッド姫とが結ばれる日なんだ。
◇
月の王国【アリアンロッド・キングダム】は月面の都市と、月の周辺宙域に多数あるコロニー郡からなる産業が盛んな国家だ。
特に兵器開発のノウハウは太陽系の中でも頭ひとつ抜き出ており、ジュピター級の大型戦艦から現代戦争の花形でもある人型巨大機動兵器【マギアモービル】の開発を行う【レイズ・エレクトニクス社】は国から多大な補助金を受けて急成長した業界トップの企業だ。
マギアモービルとは全高20m程の人型機動兵器で、中に人が入って操縦する兵器だ。前述した通り、近代戦争においてなくてはならない兵器。
王家に入って5年経ったある日、僕はその企業、レイズ・エレクトニクス社で開発された最新機種の視察に来ていた。
レイズ・エレクトニクス社の本社工場があるのは王都アリアンロッド。月面に建設された巨大都市で、工業や観光、農業が盛んな街でドーム型にのバリケードの内側に潤沢な大気が充満しており、自給自足が可能な緑豊かな都市だ。
「殿下、お手を」
「ああ。ありがとう」
王族専用車の後部ドアを開けたユンファが僕に手を差し出す。僕はその手を取り、降車した。
白い壁に見上げるほどのビル。今まで何度か訪れた事のある本社ビルの正面玄関の前で僕たちを待っているのは、多数の護衛を引き連れたこの王国の第一王女、ルーシア・ジ・アリアンロッド……そう、僕の妻だ。
艶やかなミルクティ色の長髪。端の上がったアクアマリンの瞳、清らかな水の様に澄んだ血色の良い肌。桃色のふっくらとした唇。翡翠色の色鮮やかなドレスに身を包んだ、母性を孕んだ豊満な双丘、引き締まったウエスト、スラリと伸びた長い手足……そして何より、全てを惹きつける絶対的なオーラ。
絶世の美女と名高く、〝明月の姫〟の異名を持つ彼女はその場にいるだけで周囲に花が咲いた様に華やかになり、引力の様に視線を惹きつけていた。
そんな女性が僕の妻……そんなに嬉しい事があるだろうか。そう、これが政略結婚なんてものじゃなかったら。
「殿下、お待ちしておりました。では参りましょう」
「はい」
僕の到着を待っていたルーシア姫が道を開けて先行を促す。それに従い僕はルーシア姫をエスコートする。けれど2人の距離は決して近くない……そう、まるで2人の心の距離を表しているかの様に。
結婚して5年。確かにそれだけの時間が過ぎた。でも、ただそれだけ。時間が経っただけに過ぎない。両国の親交の証、平和のアピールの為に結婚した僕たちの関係はそれ以上に発展する事は一切なかった。
それは……そうだと思う。だって僕はあの帝国の第三王子だ。前大戦の戦法は帝国の王族であった僕ですら目に余るものがあった。そう、それは王国からして見たら巨悪そのもの。
そしてなにより、前大戦でルーシア姫の母君、王妃ユウナ様が崩御なさった。優秀なパイロットだった王妃は自ら操縦桿を握り、軍を牽引なさったが、結果、帝国軍のエースにより討ち取られた。そんな国の王子なんて好きになれるはずが無い。
だから僕はこの5年間、公務こそ共に行なっていたけれど、彼女に指一本すら触れていないし、寝室どころか住居すら別……これからも恐らく彼女に触れることなんてないだろう。だから僕は意図的に彼女から距離を取った。恐らくルーシア姫はそう望んでいる……そう感じて。彼女からそういう提案が無いのが何よりの証拠だ。
ルーシア姫は僕のひとつ年下の、現在22歳。このままいけばいずれ後取りの話にもなるだろうけど、その時は多分人工授精なり間接的な手段を取るだろう。僕には指一本触れられたくはないだろうから。憎き皇帝の血が流れた僕なんかに。
だから僕は彼女から距離を取った。彼女の秘められた想いに気付かぬまま。
◇
「殿下……! 早くコクピットに!!」
「ル、ルーシア様!?」
僕を新型機“アリアンロッド”のコクピットに押し込んだルーシア姫が叫んだ。
排気音を伴って二重ハッチが閉まる。不恰好にもパイロットシートに倒れ込んだ僕はすぐさまハッチ解放に努めるがハッチだった場所は全方位モニターと化して外観を写すに留まる。
ハッチが閉まったのを確認したルーシア姫が一瞬ほっそりと微笑み、直ぐに視線を敵に向ける。鋭い、敵を刺すように睨みつける。
敵。新型マギアモービルの視察に訪れていた僕たちは謎の武装集団による攻撃を受けていた。
いや、謎の武装集団なんていうあやふやな表現はやめよう。だってあれは……そう、あの兵たちが身につけている特別な武装は帝国軍の中でも特別に設けられた部隊にのみ配給されている装備……あれは、
「フブキ様の親衛隊か!! 貴様ら、何をしているかわかっているのか!!」
アサルトライフルを取り出し構えたユンファが鋭く叫んだ声を“アリアンロッド”の外部マイクが拾った。
フブキ……それは女帝の長男で第一皇子、僕の兄上だ。つまり襲ってきたこの武装集団は兄上直轄の親衛隊――。
ユンファにそう問われたが、頭からつま先まで完全に武装した兵たちは一言も返事をする事もなくライフルの引き金を引く。
目が眩むほどのマズルフラッシュが瞬き、コンクリートの壁面を暴力的に照らす。そしてそれに伴っていくつもの血飛沫が舞う。
ルーシア姫を守る様にしていた数人のSPが銃弾に倒れる。それでも勇猛果敢に拳銃で応射しようと試みるルーシア姫を庇う様にユンファが姫の前に出る。
体勢を低くして敵に疾走、アサルトライフルを発砲する。ひとり、ふたりに銃弾を浴びせるが応射され肩に被弾した。
「ユンファ!」
「……っ!!」
鮮血が舞い、痛みに顔を歪めるが歯を食いしばり耐える。突進からの渾身の回し蹴りで首の骨を砕いた。敵兵の首が有らぬ方向を向き、膝から崩れ落ちる。
更に素早く逆手で小太刀を引き抜き一閃。別の兵の頸動脈を断ち切る。
強い。でも、人数で圧倒されればどれだけ腕が立っても対応には限界がある。
5人を屠ったが、とうとう胸に数発の銃弾を受けてユンファが倒れた。
「……ユ、ユンファ!!」
僕の声はコクピットに吸い込まれ、彼女に届く事はない。うつ伏せに倒れたユンファの周りにはみるみる血溜まりが広がっていき、やがて指一本動かなくなってしまった。
「……あ、ああ……」
絶望感と怒りが心を支配し、情け無いほどに手が震える。今すぐにコクピットから出て助けなければ……でもどうしたらハッチが開くんだ。
刹那。
再び銃声が響いたかと思うと、今度はルーシア姫が銃弾に倒れた。
自らを守ったユンファの隣にうつ伏せに倒れたルーシア姫の顔からはみるみるうちに血の気が引いていく。でも、その優しい藍玉色の瞳で僕の方を見て、小指を立て……それに優しくキスをした。
「――」
それを見て僕は全てを思い出した。
ハンマーで頭を殴られた様な衝撃、全てを理解し、そしてすぐに僕を絶望感が支配した。
あの日、あの時のあの女性が、ルーシア姫が……。
◇
「ルーシア・ジ・アリアンロッドです。お目にかかれてこーえいです、デンカ」
ミルクティー色の長髪と宝石のように美しい少女が丁寧にカーテシーをした。
帝国にはない挨拶の方法だったので、当時の僕はどう返せば良いか分からずただ名を名乗った。
「メルトさまですか」
「そう、ただのメルト」
「タダノ・メルトさま?」
「はははっ、違うよ。メルト」
「ふふふっ、まちがえてしまいました」
あれは僕が5歳くらいの頃だったか。まだ帝国と王国が今ほど仲が悪く無かった時、外交のために地球に来たアリアンロッド王に連れられてルーシア姫が来訪していた。
僕たちは性別こそ違ったけれど、幼かった僕たちにそんな違いは些細な事だった。年が近かった僕とルーシア姫はすぐに打ち解けて一緒に食事をしたり、宮殿の中庭で遊んだりした。
「お父様がちきゅうのあの青いものは全て水だとおっしゃっていたのですが本当ですか?」
「月にはうさぎが居るって聞いたんだけど本当?」
「ちきゅうは一日に一回必ず夜になるって本当ですか?」
「月で跳ねると二度とかえってこれないって本当?」
地球の王子と月の姫はそれは仲良く語り合った。
その頃、帝国と王国の緊張状態は極限を極め、戦争を避ける最終談合の為にアリアンロッド王は地球を訪れていた。
その子供達もまた小さいながらもその状況を危惧していた。
「ねぇ、メルトさま。ちきゅうと月はせんそうになるかも知れないそうです。わたし、せんそうは嫌です」
「僕も嫌だよ。せんそうは人が死ぬ」
その後、僕と幼いルーシア姫はどうすれば戦争を回避できるか考えたが、子供がどう頭を捻ろうと良策など浮かぶはずもない。でもルーシア姫が何かを思いついたようにパチンと手を叩いた。
「そうだ、わたしとメルトさまが仲がよければせんそうはおこらないんじゃないでしょうか」
「えー、そうなのかなぁ。友達同士だってケンカはするだろ」
僕がそう答えるとルーシア姫は人差し指を頬に当てて、うーんと考える。
「それでは、ふーふならどうですか?」
「え?」
「わたしのお父さまとお母さまはケンカなんてしません。いつもラブラブですよ」
「らぶ?」
僕の父は物心ついた時にはもう他界していたので想像は付かないが、あの厳しい母上でも夫婦なら仲がよかったのかなと、当時の僕はそう思ったんだろう。
「大きくなったらふーふになりましょう。そうすればせんそうはおきません」
「でも夫婦ならお互い好きじゃないとダメだよ」
「わたしはメルトさまが好きですよ。メルトさまはわたしがお嫌いですか?」
「い、いや、好きかな」
多分、僕はその時の感情のままにそう言ったんだろうが、それでもルーシア姫はパッと花が咲いたように笑い、可愛らしい小指を立てて、それにキスをして僕に差し出した。
「約束ですよ、メルトさま。大きくなったら」
「うん。約束だ」
そう言って僕と幼いルーシア姫は小指を絡ませた。
幼い日の約束。遠い記憶。大切な、尊い時間を僕は確かにルーシア姫と過ごした。
全てがリフレインして僕の頭に流れ込んでくる。
そう、こんな時に。なぜもっと早く思い出さなかったんだ。
コクピットのモニターに縋り付くようにして泣き崩れる。助けたい。何もできない。なんて無力なんだろうか。
僕の姿など見えているはずがないのに、彼女はそれでも優しく微笑み、小さく何かを囁いた。マイクはその囁きを拾う事は無かったけど、確かに僕の耳に、心に響いた。
『……愛しております、メルト様』
そして彼女に追い打ちをかける様に放たれた無数の銃弾を受けて、とうとうルーシア姫は息を引き取った。
「……あ、ああ、ああ……ああぁ……」
手足が震え、頭から血の気が引いていき、僕はコクピットの中で膝をついた。何もかもを失った絶望感で身動きひとつとれず、情けなくも立ち上がることすら出来なくなってしまった。
「くくく……ははははっ! 見ろよ、出来損ないの弟の情け無い姿を!」
「ふふふ、コイツは昔からそういうヤツだったよね、兄上」
「……あ、兄上……」
気がつくと、外部から無理矢理開けたのだろう。コクピットハッチが開いており、そこには親衛隊に守られるように佇む兄、フブキとヒビキが下品な高笑いをして立っていた。笑うたびに顎の贅肉が揺れるのを見るのが大嫌いだったはずなのに、絶望に支配されたからなのか今の僕は不思議と何も感じなかった。
何故こんな事を。なんとか絞り出した僕のその言葉に兄2人は嬉々として答える。
この最新機動兵器“アリアンロッド”は帝国反逆に利用される凶悪な兵器だと。だから条約に則って差し押さえたにすぎないと。
「じょ、条約は間違いなく守られていました……なのにこんな事をしたら戦争が起こります、そんな正義のない戦い、帝国の民が黙っているはずが――」
「ふふふ、やはりバカだな、お前は。全てはお前がしでかした事。俺たちはこの事件に関わっていない、ただ、お前が全てしでかした事にすればそれで良い」
な、なんだって……?
今、兄上はなんと言ったんだ?
理解し難い……いや、僕の脳が理解などしたくないと全力で拒むせいで理解出来なかったのかもしれない。僕はもう一度聞き返した。
「これは全てお前がしでかした事にすると、そう言ったんだ。お前の汚れた血を持ってしてこの件に落とし前をつける」
そう言って第二王子のヒビキが僕に拳銃を向ける。
「し、しかしそんな事で王国は……アリアンロッド・キングダムの民は納得しません! 僕の血なんかで!!」
そう、このテロじみた事件の首謀者を僕に仕立て上げたとして、ルーシア姫をこの様な目に遭わせたからには国際問題への発展は避けられない。それはつまり……そう、大戦がまた起きる。何より、こんな事をしたコイツらが許せなかった。怒りが編み上げてきて思わず拳を握る。爪が手のひらに食い込んで血が滲む。
しかし、それがどうしたと言わんばかりに兄2人は口の端を持ち上げ、下卑た笑みを浮かべた。
「構わない。元々、和平など結びたくは無かったんだ。今度こそ武力をもって宇宙人共をすり潰す」
「……下衆がっ!」
「口を慎め、テロリストが。これから俺たちはテロリストの兄として過ごさなければならなくなるんだぞ。正義は常に宇宙最強国である我が国にある、そうだろ?」
前大戦でユウナ王妃を失い、さらにルーシア姫まで失った王国は今度こそ、兵の1人になるまで戦う徹底抗戦の姿勢を見せるだろう。
何故こんな事になってしまったのか、僕を守って死んでいったユンファ、そして、ルーシア姫。
彼女が死に際にしたあの仕草、あれは間違いなく……。
「くくく……帝国に下民の汚れた血を混ぜた罪だ。恨むなら汚い血を持って生まれた父親を恨むんだな」
そう言ってから兄上は……いや、フブキは不気味に笑ってから、ゆっくりと引き金を引いた。
それは、そう……とてもゆっくりで、今までの人生の全てが蘇るかのように走馬灯が頭を駆け巡る。
ゆっくりと、しかし確実に迫る銃弾を見つめて僕は思った。
次の人生があるとしたら、この下劣な兄に、皇帝に必ず復讐してやるんだと。
……そして、何よりあの日の約束を、今度こそ果たすんだと。僕は心からそう願った。
自分の首が落ちるその瞬間まで心の底からコイツらを憎み、約束を果たせなかった僕自身を恨んだ。
幼い頃の約束を忘れて、政策に自らの命を使われたと失望し、ルーシア姫の優しさに甘えて、彼女に何一つ返す事が出来ずに死んでいく情け無い自分を許せなかった。そう、絶対に。
「……」
「失礼します。式のお時間でございます」
控えめなノック音がして、今時珍しい木製ドアが開けられると入室してきたエプロンドレス姿のメイド長が恭しくカーテシーをしながら告げた。
それを背中で聞いて僕は目の前にある姿見に映る自分自身の姿を見て驚愕する。
「……っ!? え、ぼ、僕は……」
鏡に映っているのは間違いなく自分自身だ。
おかしい。僕はフブキが放った銃弾を受けて殺されたはず。これは夢か、いや、こんな現実感のある夢なんてあるか。
混乱した頭のまま改めて自分の姿を鏡で確認する。
整髪料で整えられた頭髪、真紅の軍服は帝国軍の正装だ。アンティーク調の家具で統一された室内。大きな窓から見えるのはレゴリスの砂丘と宇宙空間のコントラスト。それに人工太陽の光を反射して眩しいほど輝いている。
「……ここは月、か?」
なぜ僕は生きている?
全く整理が付かないまま呆然としていると、背後からおずおずと声をかけられた。
「あの、どうかなさいましたか、殿下?」
「!? ユ、ユンファ!?」
ユンファだった。僕が振り返ったそこにユンファが立っていた。
僕があまりにも目を丸くしたからなのか、普段から表情を変えないユンファも流石に驚きの色を見せる。
僕は思わず彼女に駆け寄り、肩を掴む。
「は、はい、ユンファはここに……って!? 殿下!?」
「お前、身体は大丈夫なのか!? 傷は!?」
彼女の顔や肩を両手で触り怪我が無いか確認する。しかし傷ひとつ無く、きめの細かい素肌がそこにあるだけだった。
「き、傷でございますか? ここのところ思い当たる怪我は致しておりませ……で、殿下、その、こ、困ります、今からご結婚なされるのですから、そのような事は……!」
顔など身体を触られて赤面するユンファ。でもそれより今なんて言った!?
混乱した頭のまま、それでも状況を整理していく。
着飾った、無傷の自分自身。月の景色。無傷で、少しだけ若くなったユンファ。そして、結婚というワード。
「ま、まさか……ユンファ、今日は何年何月だ」
「は、はい、本日は新暦0208年の10月10日。メルト殿下とルーシア殿下のご結婚の日で御座います。その、僭越ながらお身体は大丈夫ですか……殿下!?」
それを聞いた僕は思わず駆け出した。
僕の中の仮説を確かめるために。
馬鹿げてる。夢物語だ、こんなものは。でも、確かにある現実感。僕以外の全てが正常で、辻褄が合っている。まるで世界の中で僕だけがおかしいような。
そう、僕以外の全てが巻き戻ったかのような。
それを確かめるために僕は走った。
幼い頃に約束した彼女の元へ。
幼稚で、儚くて、けれど大切な約束をした彼女の元へ。
大切な約束を忘れる事なく、ずっと心に閉まっていた彼女の元へ。大切な人の元に。
なぜこうなった。まさかあのマギアモービル“アリアンロッド”の機能のせい……?
聞けば、あの“アリアンロッド”には特別な機能が搭載されていたという話だ。それを紐解けばこの状況、タイムリープとでもいうのか、その秘密がわかるかも知れない。それに。
フブキからの襲撃を防ぐ事が出来るのでは?
時の流れが同じならばヤツの陰謀を阻止して、ヤツの後ろにいるであろう黒幕を討てるかもしれない。
黒幕? そんな者、1人に決まっている。
強大な帝国を統べる女帝に手が届くかは分からない。僕には何の力もない。
けれど、ルーシア姫との約束を僕は必ず果たす。何もせずに時を過ごしていただけの前世のようにはしない。今度は彼女を守るのは僕だ。フブキや女帝の手から彼女を守る。
僕の力だけでは難しいかも知れない。でも、あの“アリアンロッド”ならもしかしたら。
これは時間を遡った僕が明月の聖剣“アリアンロッド”を駆り、大切な人を守り抜き、今度こそ幸せになるまでの物語。
最後まで読んで頂き誠に有難うございました。
もしお気に召しましたら、ブックマーク登録と下の広告下部にございます☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと、お一人12ptを入れて頂く事が出来ます。
評価ptは私のモチベーション向上に繋がりますので、是非ともよろしくお願いします。
また、ロボ物の長編も執筆開始しております。
書き溜めが出来次第投稿致しますので、作者のお気に入り登録も是非。
長々とお願いばかり申し上げましたが、最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。