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「連星アカリ」

作者: 葵

『みんな、こんライー。...ってなんか恥ずいなー。あー、えっと、ちょっとまだ新しい姿出してないけど、こんばんは。綺羅星アカナだよー。あ、でもこれから出てくるVでの姿としての名前は連星(つらめき)アカリだから、これからは世界初のV配信者、連星アカリをよろしくねっ!』

そろそろ夜も長くなってきた秋の新月の日、とあるそこそこ栄えた街のマンション。そこの七階に住んでいる俺は、この日伝説的な配信を目撃した五十人ほどの一人となった。


俺の名前は桐生 凌助。家から数駅離れた、ここら辺では一番の規模を誇る都市のある企業に勤める平社員だ。週休完全2日制、月給手取り19万。賞与は年2回計三ヶ月分で、有給は年に一三日。一年での出勤日数は240日。今年3年目の新人といえば新人...と言うほどでもないか。ともかく、基本的には問題ない。そう、基本的には。

「だぁかぁらぁ〜、俺はやってないって言ってるじゃないっすか〜」

「はぁ!?こっちには写真があるんだぞ!それに複数見ている人もいた!なのになんでそんな言えんだよ!」

「...おい、そんなこと言ってて良いのか?俺が叔父貴に言やぁお前の首なんてすぐ飛ぶんだぞ?」

「っグゥ...次は起こさないように気を付けてください」

「はーい」

「っチッ...なんでこんなのが赦されてんだよ!」

今日も、俺は目の前にいるにやけ面の男...灯斑 快が壊したプリンターの修復を行うハメになった。しかも、どこから持ってきたか団扇のようなものをプリンターの中にいれて破壊しているのを撮られていたと言うのにのらりくらりと言い続ける。挙げ句の果てには彼に甘い部長である親族の名で脅す始末。それで首を切られたのがいるから下手に手を出せない現代の疫病神。それが、灯斑 快と言う人間だ。

時折同僚が申し訳なさそうな顔をして部屋から出ていく(忌々しき灯斑 快は定時に帰った)のを見ながら、俺は少しづつチェックを済ませていく。空を見れば、新月ということもあって真っ暗だった。外の街灯とまだいくつかある他のビルの灯りだけが、メインの通りから少し離れた一帯を灯していた。


結局、帰る時間は8時半と、俺以外からすれば異例という時間だった。タイムカードを押して、駅の4番線から出る帰りの電車に乗る。数駅乗って降りたのだが、スマホに着信があった。ツイーター...世界的に有名な青い鳥のアプリケーションである。開いてみると、毎年二回東京のトールサイトで開かれるコミカライズマーケット、通称コミマで結構な物を売るイラストレーターの一人であり個人的な一種の『推し』である綺羅星アカナが『ヴァーチャルリアリティというのを聞いて。3D画像を動かせられればヴァーチャル配信ができるのでは!?おっしゃ、試したるわ。今日9時なー』というツイートをしていた。慌ててスマホの時間を確認すると、すでに9時目前。俺は割と近い家まで小走りで向かった。


家に着いたのは9時になる目前。家のドアを開いた瞬間に、日本国内でも相当めずらしくなった午後9時の防災行政無線チャイムが鳴り響く。かあさんがーよなべーをしてーと言うやつだ。地元で流れていたからなのだが、ついつい家の中ではその気分に浸ろうと流しているその音に俺はがっくしと首を落とす。間に合わなかった。そう思ってスマホを開くと...一番上に、『世界初のヴァーチャル配信!Akari-tsurameki ch 21:00配信予定』の文字が。俺はライブ配信を見たことがなかったので分からなかったのだが、どうやら配信開始予定と実際の配信時刻には数分の誤差があるらしい。これ幸いと、俺はpcの電源を入れた。


『みんな、こんライー。...ってなんか恥ずいなー。あー、えっと、ちょっとまだ新しい姿出してないけど、こんばんは。綺羅星アカナだよー。あ、でもこれから出てくるVでの姿としての名前は連星アカリだから、これからは世界初のV配信者、連星アカリをよろしくねっ!』

そして最初に至る。ラグがあったり時折ノイズが走っていたりもしたが、それでもヴァーチャル配信というのが成功したのは世界初(そもそもヴァーチャル配信という試み自体初なのだが...)。配信が終わる直前、『これ、実は案件配信みたいなものなんだよねー。一番最初から案件入れるV界初の配信者、これからよろしくねー!』と言う彼女の声に、思わず苦笑してしまったのはここだけの話だ。

どこまでも深い暗闇に、飛行機のものかもしれない光が一つ瞬いた。



『みんなー、こんライー!前世は絵師で今世も絵師!アイドル路線で売れるんじゃないかって言うのは「一応」後輩の澪ちゃんに言われるけど、んなこた気にしちゃ負け!V配信者の連星アカリでーす!』

...あの初配信から3年が経った。最近では企業のV配信者も増えてきており、アカリは今ではすっかり個人勢と呼ばれる存在になっている。ただ、企業勢と言うのはごく最近生まれただけなのでまだまだ個人勢一強時代ではあるのだが。アカリは企業勢が強くなってからのことを考えているのだろうか?

かく言う俺は、最古参と呼ばれるリスナーの一人だ。登録者五百人以内までに見ていた者を最古参、5000人以内までに見ていた者を古参などと言ったりしていて、今ではアカリは大体7万人程度の登録者がいる。まあ、最初の配信を見ている者は殆どが綺羅星アカナ時代から彼女を知っているし、知らないで見ている人も大抵は連星アカリ=綺羅星アカナを理解しているのだが。

『最近はアンチ君もあんまり見ないなー。それはそうと、今日も〈Cardinal〉プレイしていきまーす』

彼女が言うアンチ君と言うのは、文字通りアカリのアンチである。何故かちょくちょく燃やされるアカリのアンチというのは意外とおり、そのせいかたまにどこかのチャンネルから推しへの愛情を裏切られたと思っている反転アンチが流れてくる。ということで毎回荒れるのだが...ここ三週間ほどは、アンチと呼べるのはアンチを騙っているアンチ(笑)ぐらいしかコメントを荒らす人がいない。何故だろうか?


「だぁかぁらぁ...俺はやってないって言って「はいはいそう言うのは良いですから。部長も辞職されましたし、新しい人事課辺りにでもお話ししますか?」...分かりました、もう2度と致しません」

あの憎い灯斑 快は、自らの叔父である慶三が歳で会社を去った途端、言う言葉は同じだが立場が急速に弱くなった。勿論慶三元部長がいなくなったことが最大の要因なのだが、それに伴って虎の威を借る狐...もとい無能であった快への責任が非常に大きくなったのだ。当然、物を壊せば器物損壊。彼のことを訴えていないのがおかしいレベルなのだ。

結果、会社では快は孤立。新人よりも無能、しかも物を意図的に破壊すると言うことで最後通告を叩きつけた。噂によると今月末で退職させるのだとか。ただ、某機動戦士のアニメで見たように逆ギレして凸られるのもあり得る。恐ろしいところだが、まあ角が立たないように上の人がどうにかしてくれるだろう。細かいところは、主任になろうと気にしなくても良いのだ。そもそも人事じゃねえし、俺。


そんな昼のことを思い浮かべて苦笑しつつも、俺がみる画面は荒野になっている。ヴァーチャルリアリティは実現していないが、いわゆるFPSゲームではそれに近しいレベルの風景が描写される。FPSゲームの中でも特に予算と技術が消費されている〈Cardinal〉では、本当に中東あたりでありそうなイメージの荒野が広がる。...そもそも中東って草生えてるのか?分からない。

『おりゃぁぁー!』

ドドッドドッドドッと、画面上で数発撃たれる行為がなんかいかおこなわれる。程なくして、〈School Rooms〉と言うプレイヤーを397m先でキルしたと言う旨のアナウンスが流れる。...ハンドガンで良くキルとるなあ。ハンドガンの射程なんて数十m程度だろうに。

『これねー、相手の場所を予測すれば当てることなど容易いんだよ。あと、空気抵抗を考えて撃つと当たればダメージ増加もあるから、ワンマガジン使えば余裕でキルできるんだよね。これセミオートだし、適当に使えば良いんだよ。まあ、当たるほどのPSがあればだけど。』

などと抜かしてはいるが、ハンドガンであの形状はそうとう威力が弱い...それどころか、ビギナーでも初期防具を売り払えば買えるレベルのハンドガンだろう。それをワンマガジン(この物の場合は8発)で、しかも相当空気抵抗で威力が減衰されて豆鉄砲ほどの威力しかない距離でキルするのはハッキリ言って異常だ。それで調子に乗っているのは少し腹立たしくも恨めない。

...まあ、理由はアカリだからと言われれば納得するんだが。


人によれば地獄、アカリのようにPSが高い人からすればチーターにも勝てる〈Cardinal〉配信は、その後公式に認められている半チート武器である光刃にハンドガンを切り裂かれたもののステゴロで相手を撲殺してチャンプを取って終了した。『...別の武器種、試してみようかな』などと、恐ろしい言葉を発していたのを止める気はないが、射程がさらに短距離の武器(銃では、超小型でしか当たらない暗殺用ぐらいしかないので基本的には剣やナイフ)に流れるのか、それとも長射程(ハンドガンからすれば、の話だが)の銃を扱って死神と呼ばれるような神PSのプレイヤーになるのか。...どちらにせよ、あのゲームをしているプレイヤーには末恐ろしいものがあるんじゃ無いだろうか。正直、俺は怖い。やっていないからこその感想なのかもしれないが。

夏になって星は多く見えるが、だからこそ飛行機の存在を知らせる光はくすんで見えなくなりそうだった。



『みんな、こんライー。最近は個人で簡単に始められるようになったからか、V界隈にいろんな人が来てるよね。まあ、私としては面白くて良いんだけどさ?って事でね、今日は〈城下町作り〉最終回!最後には結構重大なお知らせもあるから、ぜひ最後まで見てね!』


あの、もはや伝説と化した初配信から8年半ほど経った。V界隈では、最近は幻想議会というのが最も勢いのあるグループだ。永久ゼロという配信者は、最近はオワコンと化しているものの以前は強かった合同事務所である【Bahamut】のうちの一つ、〈Jizz〉にいた頃は人気が出なかったが幻想議会に入って大きく人気を伸ばしたことを覚えている。というかそちらにも登録&メンシに入っている。結構面白いのだ。ただ、何かを隠している気がしないでも無いが。

他のVの配信者の話はここまでにするが、アカリが重大なお知らせというのだから何かしら重大なのだろう。今まで重大なお知らせと言われてあったことは、一回目が1stライブ、二回目が2ndライブ、三回目が3Dでは初めての3rdライブ...今回もライブだろうか?それなら、倍率数十倍から二百倍まで推移したアカリのライブの抽選を3連続ツモしている俺なら見られるだろう。...枠が極端に狭ければ分からないが。


一応会社の話もしておくと、あの害悪は危険を察知するのが上手くしばらくはのらりくらりとしていたが、俺がいたところの主任だった人が人事課に掛け合ったらしく、覆面人事課が大量に隠した小型カメラが撮影する中の現行犯。最後の言葉は、「おかしいだろっ!なんでこの俺様が...!」だった。最後まで、小物感たっぷりの男だったという事だ。

最近は、以前よりストレスフリーで動けるようになった。のびのびーと働ける、アットホームな会社です。あの害獣...灯斑 快が消えた今、本当に胸を張ってそう言えるようになった。男だし運動不足なのでその胸は猫背が影響しているのだろうが。


『今日はね、城下町計画も最終章!最後に、超巨大な街の中心...美術館を作るよ!』

サンドボックス系ソフト、〈chateau noir〉内連星アカリのほぼ個人鯖(サーバー)の、いくつかあった計画のうちの最終計画、城下町計画。

それも最終段階まで来ているとなると、感慨深いものがある。始まった頃はグールやスケールアーミーなんかに囲まれてリンチされていたから、視聴者である俺たちに救援を送ってきたのがサーバーの初期段階だった。サーバーが弱いので、裏作業の視聴者兼どこかの配信者、『旻』とアカリ本人を含めた十人程度しか同時に入れない鯖だったが、去年の夏の『連星大運動会』後夜祭のノリで巨大な城が生み出されたのは懐かしい思い出だ。あれからもう一年が経つと思うと、時間の経過は恐ろしい。


そんな年寄りじみたことを考える俺、32歳独身。従兄妹の顔が見たいものだ。最近はめっきり実家にも顔を出していないのだ。ちょっと寂しい。

物思いに耽っている間に、アカリの建築は進んでいき...そして遂に、完成の時を迎えた。

『完成ー!』

砂をクラフトして作ることのできる砂岩ブロックを多用して、全体的に白っぽく作られている。もっと白いブロックは燃えやすいウール、砕くと雪玉になる雪、そして地下世界に潜ってからでしか行けない別世界にしか存在しない水晶ぐらいなのだから仕方ない。むしろ、水晶よりもこちらの方が自然、まである。

『...じゃ、一旦エンディング流すねー。こっからは雑談だから』

なんだかその声が悟りを開いた人の言葉のように聞こえたのは気のせいではなかろう。

エンディングも、いつもとは調が違うように感じた。

そして、なんだかいつもと違うエンディングが明け。

『ただいまー。...いやあ、遂に計画も全部が終了。長かったし、今度は別世界やら終極なんかにも行ってみたいなー。そん時は、君たちを頼るからそれまでPCの修理をしておくことだ!』

そうしてしばらく雑談した後、時刻は22時30分を指している中。不意に、アカリは言った。

『重大な発表、だけど。...私、引退するんだ』


一瞬にしてコメント欄が凍てついた。そりゃもう、見事なぐらいにピタッと。それでも、アカリは続けた。

『引退するって言っても、個人Vとしての活動を終わらせるだけだから。これからも配信はするけど...でもまあ、今までのアットホームなゆるーい感じで配信っていうのは難しい、かな』

『正直いうと、3年前ぐらいから辞めようかなっていうのは思ってたんだ。だって、まあ綺羅星アカナ時代から私を知っている人は除くけど基本的に今の私を推したり配信を見たりしているのは連星アカリとしての私しか知らない人だからさ。でも、まあ...親戚のお兄さんがさ、どうやら私を推しているらしくて。それで辞められないな、って。...でも、流石に、ね?一人でやるぐらいなら、みんなでやる方がいいなって。これからは、大々的に鯖開いたりしてみんなでわちゃわちゃする系の配信者を目指したいな、って思って』


コメント欄は、やはり動きがない。しかし、ほんの少しだけ流れるコメントには寂しそうなものも多かった。

『...あ、流石にすぐのすぐで消えるわけじゃないから安心してね?今日が七月の二十四で、十月の十三日に最後のライブを開催するから。

...でも、今までのように大きく開くんじゃなくて、どっかの市民会館を貸切にしてもらって二百人ぐらいの観客の中で、最期を迎えることにしたんだ。そんな終わり方が良いな、って思ってさ。ライブ名は...そうだな、〈輝き果てる恒星〉かな?』

『予約は、明日の18時から。17時に歌枠始めるから、みんな見にきてね?じゃー、また明日!終わりが見えても走り続ける、そんな連星アカリでしたー!またねー!』

今日だけは、アカリのその無邪気な声に翳りがさしていた。



そして、やってきたXデー。最早表にも大きく取り沙汰されてきたVの祖、連星アカリがその引退ライブを開くということで抽選枠は大量のオt...もとい同志たちが集い、定員200名のところを467万人にも及ぶ超大量の申し込みが送られた。勿論俺もそのうちの一人だった。

が、今回は落選。最後の最後で運が回ってこなかった、と思っていたのだが。

思わぬところから、その手は差し伸べられた。

『お義兄ちゃん、これどーぞ』

最近ご無沙汰だった従兄妹の妹の方、西川友紀がどうやら当選したようで。そのチケットを俺にくれたのだ。転売なりすれば良いと思ったのだが、氏曰く『転売はダメってチケットに書いてるから...』との事だった。

今回ばかりは、友紀を崇め讃えようと思ったが...『恥ずかしいから辞めて!』と突っぱねられた。解せぬ。というかイラストレーターしているらしいが、友紀の絵など見たことがない。案外知っているが元は知らない的な感じなのだろうか?


そんな感じで、チケットを握り締めいざ市民会館へ。地元の市民会館で、本当は1000人弱なら入りそうだが二百人限りの限定ステージという訳だ。従兄妹のおかげで入れたというのに、周りの人たちは自力で当てたのだろうから申し訳なさがすごい。まあ、悔いてはいないのだが。


「...みんな、初めましてー!最後にやけになって出てきたとかじゃないけど、みんなの前に顔を出すのはVの配信者失格だとか罵らないでね!連星アカリだよーっ!今日は、あの数万倍の倍率を勝ち抜いたみんなに、今までのオリ曲を歌っていこうと思うよー!最後には、ちょっと特殊なゲストもいるからお楽しみにねーっ!じゃあ、第一幕!〈Stellar Shooting star〉、いっちょやったりますかー!」

その、アカリ本人の顔を見て驚いた。その姿は、さすがに衣装は着ているものの、いつものアカリだったからだ。偽りはなく、ただリアルに見ているので動きのずれなどはない。ゲームの中での好きな人物が目の前に現れる感覚というのは、なるほどこういう感じなのか。一切現実味がないというか、だが自分によってそれを否応もなく分からされるというか。


そんな感じで曲はどんどん終わっていく。今までのアカリがいなくなっていく。だが、それを止めることは俺たちにはできない。彼女が『アカリ』を捨て去る、その立会人でしかないのだからーーー。

「...さて、と。今から呼び出す人は、まあちょっと特殊っていうか...人じゃない部分もあるけど、そういうコスプレだって思ってみてください。じゃ、出てきてもらおっか。出でよ!」

そう言って呼び出された人物は、舞台袖から現れたその人影は...。


「...あー、こんゼロー?あれ?アカリのリスナーってそもそもボクのこと知ってるかな?まあ、いっか。えっと、フブキによって勝手に愛称が『握力三桁ロングトーンネキ』にされた、幻想議会二期生、永久ゼロだよー」

...俺は今、夢でも見ているのだろうか?

舞台に立っているのは、否、背に生えた翼でもって空を翔るのは、見間違えようもなくどうしようもないほどに、永久ゼロだった。

え?ゼロって人外だったのか?すごい驚きだ。でも、なんだろうか。アカリと同様、姿がいつも見ているのと違いがないせいで逆にリアルだ。


「じゃ、最後にこの歌を歌って終わりにしよっか。せーのっ!」

「え、曲名合わせんの!?え、えっと、〈輝き果てーーー「〈Read-Wrote-Forgot〉!」ってそっちかいっ!?」

そして、おそらくはライブと同じ名前の歌が始まった。


(アカリ・ゼロ)秋の夜空に光る ただ一つの紅星



(アカリ)焦がれた ただ強い光を

(ゼロ)望んだ ただ一つの星を

(アカリ)叶わない それはわかりきっている

(ゼロ)でも!それでも 諦め切れないから!


(ゼロ)光溢して 光放って! それでも届かない果ての先に

(アカリ)輝くナニカ 望んだ世界 その先に なにがあるかな...?


(アカリ・ゼロ)

祈った果てに 果ててDesire

気取ったふりして 泣いてThirsty

明かりはない それでも歩き続ける その〈果て〉に


(アカリ)

気取ったふりして祈って泣いた 暗闇の中 なにもなく それでも いつかきっと 光がさすから 


(アカリ・ゼロ)

ずっと 歩き続けられるから



(ゼロ)

...本当は 光なんて無いよ ただ 何かに縋りたかっただけ

輝き 偽り 切望 涙...全部全部全部!ボクが望んだナニカ


(ゼロ)闇の中 泣いていた その先に 一つの家

(アカリ)

手を伸ばし ただ届かなくて 私は動けなくなって

闇に縋った 光に縋った でも...なにも掴めない


(ゼロ・アカリ)

暗闇で手を伸ばす 先にDespair

ただひたすらに 望んだThirsty

望んで泣いて まだ手を伸ばす ヒカリを掴め連星!


(アカリ・ゼロ)

そして掴んだ Shootin’ Star

赤く輝く Stellar Rain

掴んだ一つのヒカリ もう離さない


(ゼロ)

全てを読んで 全てを書いて 全ては忘れ去られる

(アカリ)

それでもまだ ヒカリはまだ 輝き続けるから

(アカリ・ゼロ)

アカリが絶えることはない 果て散る恒星へ願いを 込めて!


(アカリ)

「Thank you Stars!」


俺たちが喋ることができない中、歌い終わった二人は荒い呼吸をくり返しつつ喋り始める。

「...いやあ、疲れた。長い歌って、カロリー使うんだね」

「ったりめえだろうがよぉ!逆に、疲れないっていうのは普段鍛えてたり運動してたり、あとボクみたいなネジぶっ飛んでるやつだけだよ!」

「あー、確かに。ゼロってネジ飛んでるっていうか種族からして違うような...」

「あぁ!?アカリまでボクをゴリラ呼ばわりすんのかぁ!?」

「いや、天使でしょ。羽生えてるし。あと、某三角形の形がアイコンの事務所の天使と酷似してるし」

「シンクロニシティじゃねーか!それと、ボクはダンジョン潜ってるからこうなったんだよ!」

言い争いをする、二人の推し。なにこれ、感涙で泣ける。

「はぁ、はぁ、はぁ...。ともかく、これでライブは終了!帰れ帰れ!」

「その言い方はひどくないかな?...みんな、今日はライブを見にきてくれてありがとう。じゃあ、またね。バイバーイ!」

アカリはそう言って、口論で息も絶え絶えのゼロを幕の裏へと引き込む。それに釣られるように、俺たち二百人は口々に感想を漏らしあった。


「...なんだ、友紀。結局来てたのか」

「...うん、まあ。いっぱい大きなお友達がいたね?お義兄ちゃんがその一人なんて、悲しいけど」

喪失感などなく市民会館を出ると、そこにはまだ20度程度の気温があるのにも関わらずすでにパーカーを着てフードまで被っている従兄妹の姿が。ちなみに決め手は声。

「まあ、な。...ところで、後ろにいるそっちの人は?」

なんだか不気味な人だ。友紀と同じような格好をしている。


「ボクはーーー「ああ、えっと、友達。イラストレーターさん繋がりで知り合ったんだ」

「へえー。世の中そんなもんか」

「うん。あ、お義兄ちゃん、ライブはどうだった?」

直球で聞いてくる友紀に、俺は唸った。

「...も、もしかして面白くなかった!?」

「ああいや、むしろ凄かったと思っているんだ。...ただ、なーんかアカリは隠してそうだなって思っただけでな?」

「へ、へぇー...。あ、それはそうと、明日赤星ヒカリっていう人が幻想議会からデビューするんだよ!」

自慢げにいう妹(従兄妹)、かわいい。

「その子ね、私が『ママ』なの!」

「へえ。じゃ、可愛い従兄妹の『娘』、見てみるか!」

「うん!明日を楽しみに待っててね!」

「おう。じゃ、またなー」

「うん!じゃーねー!」

謎の女性と一緒に帰って行く友紀を見送って、俺は家に帰った。


赤星ヒカリのことを調べてみたが、友紀が絵師...『ママ』であるはずの絵師表示の部分はUNKNOWNとしか書いていない。明日発表ということなのだろうか。一日も早く知っている俺が憎いね。

楽しみに胸を膨らませつつ、日曜である明日を楽しみに待つ。



そして、日が明けて次の日。

『こんライー!言った通りに個人勢を引退して企業勢になった連星アカリ、改めて赤星ヒカリだよーっ!勿論、絵師は自分!ってことでぜろ、うたおっか!』

『呼び出して早々それかよ!ま、良いけどさ?』


俺は、大きく口を開けて驚愕していた。...そりゃあ、友紀=綺羅星アカナ=連星アカリなんてわかるわけないよなー...。

昨日の謎の女性も、今思い出してみるとゼロの声だからゼロだったのだろう。それなら、二人があの場にいたのも納得がいく。ゼロのことを紹介する言葉、「絵師知り合いの友人」という部分の絵師は、ゼロの嫁で「ママ」でもあるドラゲリオン=エミリアのことだろうか。...にしても、やっぱりつながりすぎなんだよなあ。なんですぐに議会に入れたのだろうか?


『貴子お姉ちゃんにはこれから足を向けて寝られない!』

『貴子お姉ちゃん...って、議長のことだよね?ずいぶん自分の身元を明かしたなあ。特定されても知らないよ?』

『いいもん、どうせゼロだってJizzより前の前世バレしてるし!』

一日に数回も驚愕するのはもうやめだ。ちなみに、貴子姉ちゃんというのは西川貴子...西川従兄妹の姉の方だ。友紀の9つ上。まさか、最近OLを辞めて配信する、とか昔言っていたのが議長...幻想議会一期生、大恋マキになっているとは。世界は狭いと、痛感させられた日だった。


そんな感じで、あれから20年ほどが立ったいまでも現在進行形で大量のライバーを抱えている幻想議会だが、二十三期生が出たところで十三期生までが一斉に引退して新体制になった。だが、なぜかヒカリ...友紀は、いまだによく遊びにくる。おれ、ジジイなのになあ...。歳をとる様子がない蒼月澪が羨ましくなるのは、歳をとってから非常に顕著になった気がした。

まあ、一つ言えることは。

「また、会ってみたいな...。」

十三期生までの二十九人のライバー達と、ただ赤星ヒカリと永久ゼロを推しているだけだった俺が集まって撮影した写真に、恐らくはもう二度と揃わないだろうその配信者達に。俺は、今宵も『幻想議会』の叙事詩を書き記し始める。

星ばかりが無数にある夏の夜空、秋になることはなさそうな高温多湿の風が頬を撫でた。

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