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第9話 縛っている縄

「やめろ、今すぐ縄を解け」


 多分、これがとってもかわいい女の子か、あるいは綺麗なお姉さんだったら需要があっただろう。しかし、椅子に縛り付けられているのは、不潔かつ髭面のおじさんである。


 いや、これで何故か居候しているメイドがムチでも持っていればそこそこの需要はあるのかもしれないが……と、何を考えているんだ俺は。


「わるい爺さん。多分、俺が今からやろうとしていることを知ったら、爺さん逃げ出しちまうと思うからさ。本当にごめん」

「……私はいったい何をされるんだ」


 俺の話を聞いて、ハドリオの爺さんの顔は青ざめる。力なくでた声は、まるでこの世の終わりを嘆くような声だった。




「いいんですか、あのままで」


 俺は街頭を歩いていた。メイドは勝手に俺の隣を歩いている。

 魔人だが魔力は隠している……というよりは体内に全くのこっていない為、バレることもないだろうということで黙認した。


「ちょっとな……花が届くのを待たないといけないから」

「コスモスの花、早いうちに届くといいですね」


 確かに、できるだけ早く届くといいな。

 俺はビル群の隙間から見える山脈――魔人の国との国境を見ながら、願った。


「そういえば、魔人の国の方は今どうなってるんだ?」

「レオ様はご存じないのですか?」

「まあな」


 知っているわけがない。俺が魔人の国に行ったのはもう、三年前が最後だ。それ以降は前線で戦うことはあっても、魔人の国に行ったことはない。それに、魔人の国のことを知る手段もなかったのだ。


 ――気になってはいたが。


「そうですね」


 思い出すように、空を仰ぎ微笑を浮かべるメイド。


「魔人の国は平和でしたよ、そりゃもう。魔法があるんで、全部解決しちゃうんですよ。それに前線で戦っているのは召喚された傀儡人形マリオネットがほとんどですし」

「傀儡人形か」


 知らない、はずがない。


 傀儡人形――高位の魔人のみ召喚することができるいわば操り人形のようなもの。血は愚か、肉さえその身に宿しておらず……役目を終える時は、黒い羽となって消えてゆく。俺は、その姿を幾度となく見てきたのだ。


「んまあ、平和なら何よりだ……って、だったらなんで魔人の国は戦争してるんだ?」

「……さあ、何故でしょうか」


 その答えに少し驚いた。

 てっきり何か目的があって戦争をしているものとばかり思っていたが、どうやらそうでもないらしい。


「道理で、魔人の国は本気を出さないわけだ」

「本気ですか……そうですね。確かに、私達は誰一人として前線で戦ってませんし、毎回の戦闘でも死傷者はゼロです」

「そうだな、そっちの死傷者はゼロだ……ほとんど」

「どういう意味?」

「さあな」


 こっちは死んでいるんだ、なんて安っぽいことを言うつもりはない。

 ただゼロではない――魔人側だって。


「ごめんなさい、いらないことを言いましたね」

「いや、いいんだ。戦争が起こっているのは誰のせいでもない、世界が悪いんだから」


 そう言うと、メイドも何かを懐かしむように小さく頷いた。


「確かに、世界は残酷ですよ」




 陶器のティーカップに注がれた紅茶を静かにすすった。部屋は一面ガラス張りで、眼下にはビル群が広がっている。


 周りにはいかにもなセレブが優雅にコース料理を楽しんでいる。


「何か食べたいもんあるか?」

「いいんですか?」

「構わねえよ。金ならたんまりとあるんでな」


 勇者ってのは、案外もうけのいい仕事なんだ。というよりは、お偉いさんから金の借りやすい仕事と、言った方が良いかもしれない。


「それじゃあ遠慮なく……」


 メイドは緋色のメニュー表を手に取り開くと、本当に遠慮なく、まじまじと眺めだした。


「読めるのか?」

「はい、読めますけど」

「すごいな」


 こっちの国と魔人の国とじゃ、言語がまるで違う。

 さらに言えば、互いの国を出入りする者もいるはずがなく……両方の言葉を読める者というのは滅多にいないのだが。


「私は結構こっちでの生活が長いので。最初のころは大変でしたが、今じゃもう普通の人くらいの読み書きはできますよ」


 すごいでしょ、とまでは言わなかったが……代わりに自慢げに口角が上がっていた。まるで俺に同意を求めるように。

 それがあまりに露骨で、反応に困ったが結局。


「すごいな」

「……別に、褒められるようなことじゃあ、ありません」


 照れくさそうに、けど、めちゃくちゃ嬉しそうに否定してきた。案外わかりやすい奴である。


「それで、決まったか?」

「……じゃあ、これで」


 何故か彼女の指はまっすぐ俺のことを指していた。

 俺はどういうことだ、と呆気にとられる。


「あなたと同じものにします」

「おいおい、これは……いや、まあいいか」


 ――デートかよ。


 そう思った。けれど、もしこの国で孤独に生きてきたのだとしたら――魔人だとバレてはいけない、そんな縄に縛られていたとしたら。

 彼女にとって大切なのはきっとこういう何気のない会話なのかもしれない。


 仕方ないから、付き合うか。


「だったら俺は…………どれにしようかな」

「早く決めてください、私はお腹減ったんです」

「おい、あんなこと言った後で急かすなよ」

次回『首都、陥落。』

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