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第4話 紫のコスモス

 とある高原。そこで君が楽しそうに笑っている。

 僕はその姿を見て、時を止めてしまいたいと思わずにはいられなかった――




 リリリリリ――――バチン!


「ったく、朝からうるさいんだよ。ゆっくり夢くらい見させてくれよ」


 俺は目覚まし時計を止めると、ベッドから起き上がった。


 カーテンが閉まっているからか、部屋の中は暗く、そして一人暮らしの俺にとっては広すぎた。勇者だからと与えられたものの、俺のような非勇者・・・的な俺には分相応の部屋だし、なによりいつ死ぬかも分からない身である。部屋に置いておくものなんて持っていない。


「食いに行くか」


 着替えてから、財布をポケットに突っ込む。

 もちろん、家にキッチンもあるし調理器具だってここに来る前から揃っていた。しかし、あいにく。俺は家事全般ができないのである。それに朝からいろいろと勇者というのは忙しい生き物だ。


 よって、朝は外で済ますに限る。


 そう思い意気揚々と家を飛び出して、そして玄関の前に一本の紫のコスモスを見つけ、拾った。俺の家は一等地にある大きな一件屋だ。間違えておいたということもないだろう。それなら――


 俺は家に戻り、黒電話のダイヤルを回した。宛先は、ポンペイウス将軍だ。


「もしもし、将軍。悪いが今日の勇者としての予定は全てキャンセルしといてくれ」

「おいレオ、それはどういう――――」


 そこで俺は電話を切った。


「俺には勇者よりもやらなくちゃいけないことがあるんでな」


 俺はクローゼットから昔買った少ししゃれたロングコートを取り出し、羽織った。そうして鏡の前で多少髪型を整え、いつもよりいくらか身支度をして家を出る。

 家の前には車が止めてあって、俺はその車に乗り込んだ。


 ネズミに例えられるくらい小さなフィアット500という車で、これも家と同じく、勇者になった時に国からもらったものだ。とはいえ、滅多に自分で運転することなんてないから、こうしてハンドルを握るのも半年ぶりだった。


 都市を抜け、舗装されていない高原の道に入った。その頃には退屈していて、俺はラジオを掛けた。


『世界最大の建造物――アルタ電波塔が完成がまじかに迫っています。さらにアルタ電波塔前公園には勇者世紀の到来を記念して、我が国の勇者の銅像が建設されました』


 勇者の銅像、か。


 できることならイケメンに作ってもらいたいが……というか、俺が新聞に載ったのは確か三年前だったはずだ。今じゃ俺の顔を知ってる奴なんて、政府の偉い人くらいなもんだし……三年前の俺の銅像を作るつもりか?


 なんて考えながらドライブを続けること小一時間。

 ようやく目的地にたどり着いた。俺はフィアットをひらけた場所に停めて、外に出た。




 王都の近くの高原。そこには見渡す限りのコスモスが咲いていて。

 雪のかかった山脈と合わさり、幻想のような風景を作り出していた。


「悪い、待たせた」


 俺はそのコスモスの群生地に佇む一人の少女に声を掛けた。


「紫のコスモス、覚えてたんだ」

「約束したから。あの公園で、紫のコスモスが玄関先に置かれていたら、ここで会おうって」


 そう、俺はフィリーのあの公園で約束していた。

 フィリーが転移魔法で紫のコスモスを俺の玄関先に送ってくれたら、またここで会おうと。


「服、この前よりも恰好良くなってる」

「いつもと同じだよ。フィリーも……いつもと変わらない」

「……ひどい!」


 フィリーはむすっと頬を膨らませる。

 その表情はどこか可愛げがあって、しかし、いつも通り綺麗で。紺色のワンピースがよく似合っていた。


「ここに来ると、昔を思い出すな」

「レオが、初めてそっちの世界を見た時?」


 俺は以前にもフィーネと一緒にここに来たことがあった。

 こっちの世界――つまり賢人の国を見る為だった。


「俺が一番よく覚えてるのは紫のコスモスかな、二つだけ咲いてた」

「今でも魔王城でこの季節になると綺麗に咲き誇ってるよ」

「良かった、ちゃんと咲いたんだ」

「今じゃ数も増えて、花畑って感じだよ。まあ、ここほどたくさんはないけど」


 俺とフィーネが一緒にいた最後の年、ここに来た時に見つけた紫のコスモス。珍しくて、フィーネと一緒にずっと眺めていた。やがてフィーネが持って帰ると言い出したのは、もう夕暮れに差し掛かっていた頃だ。結局、俺はあのコスモスを再び見ることはなかったけど、咲いていると聞いて、少し安心した。


「それで、受け取ってくれんのか。世界ダイヤ半分ゆびわ


 フィーネに世界の半分をやると、そうして平和な世界――勇者も魔王もいらない世界を作って、それで結婚しようと。俺はフィーネにそんな提案をした。

 そして、次あった時に、答えを聞かせてくれるという約束も。


「受け取る。レオが本気でそれを願っているなら。だけど、レオは本当にそれでいいの? この世界を壊すような真似をして」

「いいに決まってんだろ、こんな世界。また一から作り直したって」


 すくなくとも、俺は今の世界に未練はない。


「じゃあ、いっちょ世界征服、始めるか」

「魔王と勇者の協力戦線、敵は世界ってところだね」

「いいのか、俺のこんな企みに協力して」

「…………彼女なんで」

「なら、いっか」


 そうして、俺は世界征服を始めるので…………


「何してるんですか――?」

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