ワサビが辛くてキレる拷問おじさん
「穴子寿司に醤油!?」
「いいだろよ」
「通じゃねぇなぁ」
「埼玉生まれのくせに」
「うるせっ」
強面で巨体の男。『よろずの梅木会』若頭補佐の織田は寿司を食う子分達を見て穏やかな気持ちになっていた。
(組長と一緒に飯が食える組なんて他にあるかね?)
流石に組長の梅木だけは特上寿司だが、梅木は自分の桶から高級なネタを箸で持ち上げ子分達の桶に入れ。うまいうまいと寿司を食う子分達を見て満足そうに笑う。
梅木は今どき珍しい任侠系の極道だった。
地域の市民の為に汚れ仕事を進んで受け、困ったことがあったら警察よりも早く駆けつける。
街を歩けば『梅木の親父さん』とみんなが声を掛ける。
よろずの梅木こと梅木組は5人しかいない小さな組だが本家からの寵愛も厚く敵対する組もない。
それは半分は組長の梅木が大物連中と五分、もしくは五分以上の杯を交わしているからであるが残り半分は若頭の金原の力によるものである。
「ただいまー。おや?お食事中でしたか?」
茶色のリュックを背負った金原が帰ってきた。
組長以外が席を立ち頭を下げた。
「あー。続けて続けて。お寿司ですか。いいですねー」
金原は気の弱そうな痩せ型の中年だ。
眉は八の字に垂れていて常に困っている様に見える。
しかし彼の補佐をしている織田は知っていた。
金原がとんでもなく短気なサディストだと言うことを。
金原は本気で梅木組の人間を家族だと思い愛しているが家族以外には容赦はしない。
舌打ち一つされたらスコップで足首を切り落とす男だ。
子分達はまだ金原がこの暴力の世界において『悪魔』と呼ばれる程恐ろしい男だとは気がついていない。
この男がいる限り日本では梅木組に手を出すヤクザはいない。
「……よくやった」
「ありがとうございます」
組長は金原のリュックの中身をチラリと見てそう言った。
(……腕か足か)
組長は織田の方を見て首周りを撫でた。
(うわっ。首かよ)
金原は今日は不法滞在している外国人の犯罪グループを抱え込む他の組との話し合いをしにいったはずだ。
殺すことないだろうと織田は怯えたが、金原が1人で行ってくれて助かったとも思った。
ひ弱な金原がどうやって彼らをねじ伏せたかなんて考えたくもなかった。
金原は不思議と勝つ。警察にも目をつけられない。
そしてえげつない拷問。
金原が拷問した『みせしめ』を一度でも見たら誰も金原と敵対しようなどと思わない。
関わりたくもないだろう。
「んんー!やりましたねー!晋平くん!」
(馬鹿野郎)
子分の晋平がいたずらで金原にワサビ寿司を食わせた様だ。
慌ててお茶を飲む金原を見て下っ端の守も笑っている。
(お前ら良かったな。梅木組で)
金原は家族には甘い。
怒っているどころか若い衆にかまってもらえて嬉しいと言うような笑顔を浮かべている。
天涯孤独だった織田も彼ら子分達を可愛く思っていたが金原の本性を伝えるつもりはなかった。
金原の沸点は驚く程低い。
織田を含めどう生きたって金原の拷問の対象になる。
ならば知らないまま1人前にしてやるのが織田の使命だと思っていた。
・
「誰だよぉっ!ぶっ殺してやる!」
「許せねぇ!」
自分のスケ(女)を拷問された晋平と守は暴走寸前だった。
金原は家族には甘い……ワサビ寿司の恨みはそのスケにぶつけられた。
「気の毒だったな。でも子供は産める身体なんだろ?良かったな」
織田は二人を慰めるつもりでそう言ったのだが、晋平と守は悪魔を見るような目で織田を見た。
「剃刀で丸坊主にされて子宮に三角コーンをぶっ刺されたんっすよ!?良かったなって何だよ!悪魔かあんた!?」
二人の助を拷問した犯人を織田は知っていた。
金原である。
女を拷問しているところも見た。
錆びたカミソリを使い、こびり付いたサビを削ぎ落とす様に髪を剃ったので頭皮はグチャグチャになったが生きている。
女としての機能も生きている。
金原にしては『かなりぬるい』拷問だと織田は思った。
「絶対。絶対に私が犯人を見つけてやりますよ」
金原の言葉には不思議な説得力がある。
晋平と守は金原に肩を叩かれそう言われただけでかなり落ち着いた様だ。
(俺が悪魔か)
織田はいつの間にか金原の拷問を見ることに慣れつつあった。
最後に金原の拷問を見て吐いたのは茨城をイバラギと読んで金原に殺された男以来だろうか?
(そうだよな。大怪我だよな。でも俺は子宮にサソリとヒルを何匹もぶち込むあの人を見ちまったから……三角コーンぐらいよぉ)
金原は不法滞在の外国人を犯人として二人に差し出した。
晋平と守が外国人を痛めつけて半殺しにするところも兄貴分として見届けたが驚いた事に退屈過ぎてアクビが出た。
同じくアクビをしていた金原と目があった。
「私。織田君の事本当に好きです」
悪魔の告白だ。
織田は顔の左側半分だけ使って笑ってみせた。