救う者、救われる者、壊れる者
馬車での移動中は特に問題なく進んだ。
ついた場所はアクリスの家、というよりも城や宮殿に近い建物だった。
彼女はその苗字の通りイアリス王国の王女だ。
三女という事もありその権力は限りなく弱いが。
厳重な警備を顔パスで通り抜けその王城の中に入っていく。
「本来、護衛は寮に住んでもらっているのですが、お二人ともお疲れの様なので今日は私の部屋で休んでください」
アクリスは護衛を引き連れながら二人を部屋まで案内する。
豪華絢爛な壺や花、絵画などの装飾品は彼女の部屋に近づくほど少なくなっていく。
だがそれでもこちらの光景の方が美しく見えるのは埃一つない程掃除が行き届いているからか、無駄に着飾らないのが彼女の心を映しているように見えるからか。
護衛は部屋の中までは入らずドアの前で待機する。
「好きにしていいからね」
さっきまでの堅苦しい言い方ではなくまるで友達と話すような口調になる。
雰囲気も柔らかくなり、どこにでもいる女子の様に見える。その美貌を除けば。
「じゃあ遠慮なく」
ソフィアはアクリスの対面に座る。
アクリスからしてみればさっきまでの様子は何処に行ったんだという感じだ。
対してレインはその場から動かない。動く気力すらも持ち合わせていなかった。
「それで、私たちをこれからどうするんですか?」
ソフィアは率直に聞く。だがアクリスは首を傾げるばかりだ。
「どう、と言われても……お好きにどうぞというのが答えですけど」
そこで間を開けて憶測で話を進める。
「お金や、衣食住、確保できるんですか?」
憶測ではあっても間違いではなかった。
それはソフィアが一番気にしていたことでもあった。
家は燃えた。お金も無ければ稼ぐすべもない。
二人の腕前なら冒険者という選択肢もあったが町に出たことのない二人は知らなかった。
「いい仕事がありますよ。ここに」
「ここに?」
「はい、私の護衛です」
ソフィアは彼女の正気を疑った。
見ず知らずの人間を自分の護衛にしようという考えに。
「私たちがあなたの敵だったらどうするのよ」
「敵ではないのでしょう?」
「いや、まあそうだけど」
語尾に連れて段々言葉が小さくなる。
もう遂に正気を疑うソフィアの考えは顔にまで出ていた。
「護衛のやり方なんて微塵も知らないけど」
「ええもちろん。人材は作り出すものというでしょう?」
ソフィアは立ったままのレインに目を向ける。
本当にこれでいいのかと。
レインは動かない。肯定の意。
(だって他にやることないし)
「まあ答えはゆっくり考えてという事で。今日はもう体を休めては?疲れたでしょう」
案内されたのは大浴場。
王城に何個もあるうちの一つだ。
地球にあるものによく似ているが違うところは煌びやかでおおよそ落ち着けないという所か。
それはアクリスも思っていることだった。
「やっぱりこれが疲れを取る一番の方法なんですよね。落ち着きはしませんが」
「あはは、やっぱりそうですよね」
そんな会話をしながら二人は衣服を脱ぎ始める。
レインの目の前であたかも普通かの様に。
「え、ちょ、ちょっと……」
「はい?どうかしましたか」
「どうかしましたかって……え?」
(これ、俺がおかしいのか?)
二人の反応を見たらそう疑わざるを得なかった。
少し前までは一人ずつ入っていたし、何よりそれが普通だ。
ソフィアは弟の前で裸になるなんて造作もないことだった
だがそれは肉親であるからでアクリスは違う。
今日会ったばかりの男の目で裸になるなど他の人から痴女だと言われても仕方がない光景だ。
「まあ、あんまり気にしないでください。私も気にしないので」
(えぇ、何この敗北感)
それは男として眼中に無いと言われているのと同義だ。
レインとてこんな気分の時に劣情を抱いたりしない。
だがモラルという理性のせいでその行動に戸惑うばかりだった。
「はあ~、やっぱりあそこは落ち着かないなぁ」
(そりゃあ落ち着かないだろうよ)
まだ髪が濡れたままのアクリアの呟きにレインは心の中でツッコむ。
意味は多少異なるが。
ソフィアは魔法を使って自分と、レインの髪を乾かす。
文明の発達していないこの星ではこれが普通だったがアクリアの顔は驚きに変わった。
炎と風の二つの魔法の同時発動。
「!!い、今、二つの魔法を使いませんでしたか!?」
興奮を隠しきれない様子でアクリスは言う。
「うん、そうだけど。なんでそんなに興奮してるの?」
「興奮しないわけがないでしょう。二つの魔法を同時に発動できるなんてこの世に一人しかいないんですよ」
二人は顔を見合わせる。
誰の事を言っているのか分かってしまったから。
人間が二つ以上魔法を同時に発動できないのは脳の問題なのだ。
二つも同時に具体的な形をイメージするなど不可能。
だがエマとソフィアは(一時的にだが)それを可能とする。
「まあ、一人しかいないだろうね」
レインはそう言ってソフィアの方を見る。
少し前までは二人いたがそれも、一人に減ってしまった。
「え、はい、だから……ッ!」
少ししてアクリスは察する。
彼が何を言いたいのか。何があったのか。すべてが線でつながる。
「なるほど、そうでしたか」
無言の時間が続く。
王城は丈夫に造られていて外の音も完全に聞こえない。
そんな無言の時間を壊したのはレインだった。
「なあ、護衛の話。俺やるよ」
「ッ!?」
「本当ですか?」
「ああ、他にやることだってないし。それに、あんたの言った夢を見てみたいからな」
「それは嬉しい限りです」
彼女は手を合わせてパァっと笑顔になる。
かつて見たあの光景がもう二度と現実にならないように。
彼女の夢はレインも望んだものだったから。