かつて見た光景を、もう1度
レインが転生して既に12年の月日が経過した。
だがその12年も生きてきて出来ていないことがあった。
彼らは町に行ったことが無いのだ。
町に行かなくても生活必需品が整っているというもの原因だがそれ以上にエマに禁止されていたからだ。
理由を聞いたことは何度もあったが「私のせいでうんぬんかんぬん」とはぐらかされ続けた。
それが今日、2人はとある王国に行くことになった。
「わぁ~、ねえ見て見ていっぱい人いるよ!!」
大きな門の前に出来た長蛇の列を指さしながら言う。
初めての光景に2人そろって興奮している。
日本で生きていては実際に見ることのない高く分厚い壁。
(おおお、ザ、異世界って感じだ)
レインは再度文化、文明の発達の違いを感じる。
見慣れた車はいくら探しても見つからずその代わり馬車がある。
長蛇の列にしてはかなり早い時間でレインたちの順番になる。
これは体感時間が早くなっただけで実際はかなりの時間が経った。
それを感じさせないほど2人は興奮し話が弾んだ。
「身分証明書はありますか?」
物腰が柔らかい警備員の男が問う。
ソフィアはポケットから2人分の身分証明書を取り出す。
それは必要最低限の事が書かれたものに血と魔力を流しただけの簡易的なもの。
だがそれはその星で最も身分を特定できるものだ。
まあそれはエマが不正に作ったという事を2人は知るはずもなかった。
「では少々お預かりしますね」
両手で身分証明書を受け取った警備員は1枚ずつレインの見たことが無い機械に差し込む。
(何だろう、あの機械)
不思議に思ってじっと眺める。
レインの記憶にある似たものと言えばクレジットカードを差し込むクレジットカードリーダーという機械だろう。
レインからはよく見えていないが隣の紙に字が浮き上がる。
「時間取らせて悪いね、それではイアリス王国を楽しんでください」
その男は明るく2人を送り出してくれる。
そして2人は初めての王国に足を踏み入れた。
何かのスポーツ観戦に来たのではと疑いたくなるその賑わいにレインは目を細める。
「鍛冶屋だっけ?」
「うん」
今日2人が王国に来た理由はエマにお使いを頼まれたからである。
とある鍛冶屋に行って剣を2つ受け取ってきてほしいと。
ソフィアは母親からもらった地図を広げる。
鍛冶屋の場所が書かれてるという手書きの地図だ。
それを2人は顔を並べて見る。
「これほんとに地図?」
「子供の落書きの間違いじゃないか?」
それよりももっとひどい。
一筆書きで書いたような情報量の少ない地図とは言えないもの。
こういうのが苦手なのは2人も知っていたがまさかここまでとは思ってもみなかった。
「ま、まあ取り合えず探して見よっか」
こうして当てもない鍛冶屋を探す旅が始まる。
「はぁはぁはぁ。ママに地図を頼んだ私がバカだった」
「いや、俺もあそこまでだとは思ってなかったから」
探し始めて約5時間が経過していた。
2人は裏路地の壁に背中を預けてぐったりと座りこむ。
5時間歩き回ったところで疲れるほど体力は少なくない。
だが初めてこんなに多くの人がいる所に来て正体不明の物を探すという事で精神的に疲弊してしまったのだ。
「ちょっと休憩しよ、私もう動けない」
そう言ってソフィアが壁に頭を付けたとき吸い込まれるように壁の中に入っていく。
「「!?」」
レインが何とか手を掴むがその甲斐もなく2人そろって壁の中に入ってしまう。
突如として感じる浮遊感。
2人はすぐに落ちていることに気が付く。
「きゃあああああああああ」
レインが落ち着いて魔力制御を行ったおかげで2人そろって無傷で着地できた。
「おや、珍しいお客もいたものだねえ」
落ち着いた女性の声が2人の耳に入る。
その声の持ち主は店の奥で優雅に葉巻を吸っていた。
2人はあたりを見回す。剣や盾、その他、装備が色々。
着飾ってないがその装備1つ1つが輝いて豪華に見える内装。
ハッとして顔を見合わせる。
「「鍛冶屋!!」」
そう、ここがエマの言っていた鍛冶屋だった。
玄人向けの、一般人には到底見つけることができない場所。
「迷子ならさっさと帰りな」
その女性は無関心にシッシ、と手を動かす。
「あ、えっと、ママに頼まれて……」
「ママ?私はそんなの知らな……もしかしてあんたエマの子供かい?」
「ッ!はい、そうです!!」
本当にここがエマの言っていた鍛冶屋という事が分かって2人は安堵する。
鍛冶屋の女性は何かを思い出したように店の奥に消えていく。
「ねえ、こんなところ分かるわけなくない?」
ソフィアは店主に聞こえないように耳元で本音を漏らす。
それについてはレインも同感だった。
「でも、わざとこういう風にやってるんだよ」
「どういう事?」
「うーん、一般人にバレたくない、とか?」
「え、違法なもの使ってないよね……」
彼女はわざと怯えたふりをする。
「いや母さんが紹介したところだぞ、そんなこと……多分ない」
「ほら!レイも疑ってるんじゃん!」
そんな会話をしていると店の奥から白い布で包まれたものを2つ持った店主が出てくる。
「違法なものを使っている訳がないだろう?」
「「!?」」
「き、聞こえてた……んですか?」
「ああ、私は耳がいいからね」
その女性は自慢するように耳を指でちょんちょんと触れる。
「はいこれ、エマに言われるまで開いたらいけないからね」
1つずつ持ってきたものを渡す。
それはずっしりと重くそれでいて妙に馴染んだ。
「用件は終わったかい?ならさっさと帰んな」
ぶっきらぼうびそう言われ2人は店から出ようとするが……
「えっとこれどうやって帰るんですか?」
「ん?ああ、そうか。はぁ面倒臭いなあ」
店主はゆっくりと2人に近づいて背中に触れる。
そして反対側の壁に思いっきり押し込む。
「「!?」」
何とか手をつこうとするがその手から壁に吸い込まれてしまった。
今度は浮遊感などは感じず転移したようにさっきいた裏路地に戻ってきた。
「びっっっくりしたぁ」
ソフィアはペタンと床に座り込んでしまう。
腰を抜かした、とも言うが。
「大丈夫?立てる?」
レインの差し出した手を彼女は掴んで立ち上がる。
「ありがと」
「もう帰ろう、さすがに疲れた」
「そうだね。今までのどの稽古よりも疲れた気がする」
「まったくもって同感だ」
2人は行きよりもスローペースで来た道を戻る。
家に帰る山道。人ひとり見当たらない。
今日、イアリス王国まで来てレインは思ったことがある。
それは家の周りに人がいなさすぎるという事だ。
まるで誰かから隠れているようだと。
「ねえ、この中身なにかな」
「さあ?」
「見ちゃダメって言われたよね」
「うん」
「ちょっとだけなら……」
「ダメ」
ソフィアは悲しそうな顔をするがその目はまだ諦めていなかった。
そしてレインもこんな言葉でソフィアの好奇心が収まるとは思っていない。
立ち止まって爪でテープの切り端を探すように厳重に梱包されたそれを剝がそうとする。
「怒られても知らないからな」
「大丈夫だって」
(その根拠は一体どこからきているんだ……)
こういうところが似てるんだよなとレインは心の中で思いにふける。
試行錯誤して数分が経過した頃、事件は起こった。
ドガーーーン
帰る場所から聞こえる爆発音。それはかつてレインが幾度となく聞いた音に酷似していた。
「ねえ……あっちってさ……」
「ああ」
それ以上の会話は無く2人は走り出す。
これだけの会話で分かってしまうし、何よりその先を言いたくはなかった。
身体強化を使っての全力疾走、ものの数分で赤く燃え上がる家に着いた。
2人の間に会話は無い。
漠然と今にも崩れそうな家を見てふと我に返る。
自分たちの両親は何処にいるんだと。
ソフィアが走り出したのを見てレインも後を付いて行く。
それはかつて玄関と呼ばれていたところから入る。
ベチャ、といういつもは聞かない擬音を立てて。
靴の底に付いた、家に散らばったその液体は炎と同じ色をしていた。
レインの嫌な予感はこれでほぼ確信に変わった。
だが信じたくはない。また、大切な人が死ぬのを見るのは。
「ママ!」
それはすぐに見つかった。
力なく横たわり顔だけをこちらに向けたそれを。
そしてもう1つ足音が鳴る。
(父さん……じゃないな)
「ガキが2匹……子供を産むと人間というのはこうも弱くなるのか?」
それに問いが返ってくると思ってはいない。ただの独り言、そして嫌味だった。
その男を見てレインは一目で理解した。人間ではないと。
長身で大柄、多重に魔力障壁を貼っている。極め付きには頭から生えた2本の角。
「お前か?……お前が……」
その質問の答えはもう分かっていた。
(ああ、あの貴族のゴミもこの魔人も変わらないな)
レインはかつて自分の家族を殺した貴族の事を思い出す。
人も魔人も姿かたちが違うだけでその中身は大して変わらない。
レインはゆっくり歩いてその魔人に近づく。
ゆっくりゆっくり、その1発に警戒されないように。
そして魔人の腹を手のひらで触れる。
多重に展開された魔力障壁をすり抜けて。
「ッ!?」
魔人は焦った顔を見せた。が、それも一瞬。
その魔人は跡形もなく消えた。
前世、死ぬ間際に無意識で使ったレインの固有魔法。
固有魔法:秩序、悪と判断したものを制限、または消す魔法。
それはかつて天国に生まれた神が持っていた魔法だった。
「ママ!ママァ!!」
ソフィアは母親の体に顔を埋めて涙を流す。
エマの体は上半身と下半身が別れ今も尚ドバドバと血を垂れ流している。
魔人を殺したレインも母親のもとに駆け寄る。
かつてレインを優しく抱きしめたその腕は何処か遠くに飛んでしまった。
エマは「それ――」とレインとソフィアが持ってきた2つの物に目を向ける。
「実は私からのプレゼントなんだ。真剣、ずっと木剣だったからさ」
エマは嬉しそうに語る。
「なあ母さん。真剣じゃ、死にそうな人間は救えないよ」
「そうだね。ずっと先でいい。何年かかったっていい。この世界に救うっていう選択肢があることを証明してくれよ。そして――否定してほしいんだ」
そこまで言うと目を開けたり閉じたりする。
「ああ、ダメだ。視界がぼやけてきた」
「いやだ!いやだよぉ」
「2人とも私の走馬灯を楽しい思い出に染めてくれてありがとうね」
「やだやだやだ、死んじゃやだよ」
「私は先に行くけど2人はあんまり早く私の所に来たらダメだからね」
「やだ……」
ソフィアの声はどんどん震えて次第に小さくなっていった。
炎が燃え盛る音とソフィアの泣き声。
そんな音はレインに届かない。何億にも重なって聞こえる耳鳴りにかき消されて。