縛られた心、とける鎖
ホアンいや、千雪はまた転生した。
目の前で死んだマリーナの手を掴んだ温もりを感じながら。
「―――――――――」
(何語だよ、それ)
前の星、ラムザでも思ったことを心の中でつぶやく。
そんな転生を繰り返す千雪だが今回はあることに気が付く。
(あれ?もしかしてこの人、俺の両親か?)
それは異世界に来て初めて見た血のつながった親だった。
これまでは気が付いたらどこかに捨てられているというのが大半、というか全部だった。
それが今回は違う。
ぽろぽろと自然に千雪の目から涙があふれてくる。
この家族がマリーナ達の代わりに創られた泥人形のように見えて。
もう2度と会えないのだと再確認させられるように思えて。
千雪が6歳にもなると言葉の意味も分かるようになれば流暢に話せるようになっていた。
家の前の階段で頬杖をつきながらその光景を眺めている。
「はい、また一本。踏み込みが浅いんだよ」
「む~~~、もっかい!もっかい!」
母親のエマ・ウリオスは尻もちをついたソフィア、千雪の姉の頭を軽く木刀で叩く。
周りが木で囲まれた家の庭で2人は木剣を持って稽古をしている。
余裕の笑みを浮かべるエマと頬を大きく膨らませて拗ねるソフィア。
千雪がこの光景を見るのは何度目か。
何度やってもエマが負けることは無かった。
大人と子供。25歳と7歳。基礎の能力が違い過ぎるのは勿論だが、千雪の目には母親がもっと恐ろしく映っていた。
ソフィアは尻もちをついた時に手から離れた身長には見合わない大きな剣を持って構える。
それを見てエマも構えるがふと思い立ち構えをやめて千雪に視線を向ける。
「レイもやってみる?」
レイというのは愛称でレインというのがこの星での千雪の名前だ。
エマの誘いをレインは声を出さず小さく左右に頭を振って拒否する。
それを見てエマは少し表情を曇らせる。
生まれてこの方ずっとこの調子なのだ。
エマも何となく答えの予想はできていた。だからこそ困っているのだが。
そんなレインに大股で近づくのがソフィア。
持っていた木剣を無理やりレインに持たせ手を掴んで階段から引きずり下ろす。
「ほら、やりなよ」
ソフィアはそう言って背中を押す。
レインも無理矢理拒否する力もなく引きずられてここまで来てしまった。
「いや、いいって。やらないから」
「なんでよ」
「なんでって……」
そう言われると返す言葉がない。理由は明確にある。
だがそれが新しい家族と距離を置く理由になるかと言われるとレインも疑問に思っているところだ。
「いいじゃん、ちょっとくらい……」
握っていた手が段々と震えてくる。
レインもそれは感じ取っていた。
泣きそうな女の子、ましてや姉を見ていられるほど自分の考えが正しいとは思っていない。
「わ、分かったから。やるから、だから……」
「ほんとに!?」
レインのセリフを聞いてソフィアはパァっと満面の笑みになる。
さっきの泣きそうな顔はどこに行ったんだという感じだ。
レインは前に持っていたものよりも大きな剣を持ってエマの前に立つ。
大きなというのは身長と比べてという話だ。
2人のやり取りを見ていたエマは困惑した表情を見せる。
これまでどんなことをしても心を開かなかったレインに変化があったからだ。
「じゃあ行くよー」
困惑から一変、真剣な顔になるエマ。
レインは前の星のおかげで剣の扱いには自信があった。
個人的には銃の方が自信があったがそれでも何とかなるだろうと思っていた。それが――
「いやーごめんごめん。つい本気でやっちゃった」
エマが笑みを零しながら謝罪をする。
夕食の時間、4人の家族で食卓を囲う。
「別にいいですよ……」
「本気でやったのかい!?」
少し不貞腐れるレインとエマの発言に驚くオーディ。彼が父親だ。
非力だがそれを補うだけの頭脳がある。
ウリオス家ではエマが剣術を教え、オーディが勉強を教えることになっている。
「というか、レインが生きていることに僕は驚きだよ」
(あれそんなにやばかったのかよ)
息子と初めての稽古、テンションが最高潮になったエマが手加減などできる訳もない。
「レイを飛ばした瞬間に魔力障壁で守ったから大丈夫だったけど……山の3分の1が消し炭になっちゃった、テヘッ」
「テヘッ、じゃないから」
「いやー、思ったよりも魔力のコントロールが難しくてさあ。慣れるまでに時間がかかりそうだ」
そんなことを話しながら食事をする。
ウリオス家では基本的に自給自足の生活をしている。この星ではあまり難しいことでは無い。
適当に魔物や動物を殺して食えばいいからだ。
それが容易なくらいこの星の人間は力を持っている。
人も動物も寝静まった頃、レインは1人廊下を歩く。
歩くたびにギシギシと木が軋む音を立てながら、目的もなくたださまよう。
彼はずっと考えていた。どうやって新しい家族と接するべきなのか、そして何故まだ生きているのかと。
月明りもないこの廊下に細い光の筋があるのを彼は見つけた。
その光は母親の部屋から続いている。
扉の隙間に顔を寄せてそっと中を覗くと中ではエマが魔法の練習をしていた。
右手には炎、左手には水を出している。この星、いやこの世界ではありえない光景。
刹那レインは雰囲気の変化を感じ、ドアの裏側に隠れる。
それは軍に入っていた時に習得した技術だった。
(あっぶねー。セーフセーフ)
深呼吸をして胸をなでおろす。
ふとさっきまで覗いていたドアの隙間に視線を移すとそこからはエマが顔を出していた。
(ッッッ!?)
「んふ、女の人の部屋を覗くなんてエッチなんだー」
エマはそう言ってニヤッとからかう様な笑みを浮かべる。
レインの背中に嫌な汗が流れる。
今日の稽古のあれと言い自分の母親への警戒度は上がりっぱなしだ。
(さて、どうしたものか)
それでも思考は冷静に考えている。
そして、出た答えが……超全力ダッシュで逃げる、だ。
もしこの相手が父親だとしたら言葉で丸め込めたのかもしれないがこの人には通じないとレインは直感でそう思った。
(だってこの人、ペラペラ喋っている間に殴ってきそうだし)
もし、この思考が言葉に出ていたのなら「そんなことないよー」と言いながら殴られていたであろう。
まあつまりはレインの考えていることは正解である。
逃げ切れるか、とは別問題だったようだが。
思いっきり足に力を入れて地を駆けようとしたが手首を軽く掴まれてその力は宙に消えた。
そしてレインはエマの自室に連れ去られてしまう。
彼女の息子に対する悩みは剣を交えたことで軽くなっていた。
だからこそ、いつもレインに見せていた姿とは違う素の自分でいられる。
「ダメでしょ~。こんな時間まで起きてたら」
「……ごめんなさい」
(ガキじゃないんだし……あ、俺ガキか)
レインはやっと今の自分の体を把握する。
それと同時にまた思い出してしまう。あのトラウマを。
「どうしたの?」
エマはそう言って指で涙を拭う。
「え?」
自分の意志とは関係なく流れた涙を無造作に袖にこすりつける。
そんな息子を見て彼女はギュッと力強く抱きしめる。
自分の中で小さく震えるそれを大事に思いながら。
「怖い夢でも見た?」
同じベットに入りながらエマはそう問う。
対してレインは無言。いつもならそれに不安感を覚えていたが今は違う。
愛らしい我が子の頭をそっと撫でる。レインも拒否はしなかった。
段々と、少しづつだが受け入れつつあるのだ。新しい家族を。
「もう夜更けだよ。今日はゆっくり寝てまた落ち着いたら話してよ。あ、別に無理に話さなくてもいいからね」
それにコクリと頷く。
いつもと同じような仕草だがエマには特別に見えた。
そして2人とも眠りに落ちる。
1人は体が疲れに耐えきれず、1人はゲームを強制終了するように無理やりと。