くだらない理由
「お母さんたち元気かなぁ」
「心配ならメールの1本くらい送れば?」
「え~~、気まずいよ~~」
今日は2人が16才になる日だった。
千雪、いや、このカフナという星ではホアン・クエスタという。
そして隣を歩く女性がマリーナ・クエスタ。
ホアンを拾ってくれたモニカの実子である。
2人は同じ家で育ち、血は違えど弟姉のようだった。
「ねえ、ホア」
「ん?なに、リーナ」
ホアンの返しから一呼吸おいてからマリーナは話す。
「ちょっとさ、話があるんだけど……この後、空いてる?」
「空いてるけど、今じゃダメなのか?」
「い、今は……無理かも」
「ふーん、まあいいけど」
そんな会話をしながら2人は軍の基地を歩く。
マリーナはホアンに悟られないようにそっと自分の胸に手を当てるとバクバクと踊り狂っていた。
一方ホアンは、いつもははっきり物事を言うマリーナが珍しく言葉に詰まっているのを不思議に思っていた。
(あ、もしかして誕生日か。プレゼントは引き出しの中に入れてたな。後で持ってくるか)
ホアンの考えは半分正解で半分間違いだった。
これまで15年間、14回の誕生日を一緒に祝い合ってきた。
それは今年も……この星ではいつ死ぬのか分からないのに。
2人が軍の基地を歩いているのは上司に呼び出されたためである。
カフナという星は魔法はあれど、その技術は全くと言って良いほど発達していなかった。
何故なら明らかに銃や戦車と言った物の方が強く、より簡単に人を殺せるからだ。
そんな異世界の中では1番地球に近い文明の星で2人は弱冠15才で軍に入隊していた。
本来ならこれから高校に入学するはずだったが高いスキルを買われてスカウトされた。
勿論、母親には反対された。
今の情勢を考えれば戦争に連れていかれるのは目に見えている。
そんな反対をマリーナは押し切って無理やり軍に入隊した。
そんな2人の気まずい関係は今もなお続いている。
「これからお前達には私たちと一緒に棘谷おどろこくの調査に行くことになった」
2人の前に横柄な態度で座る、赤い髪を刈り上げたその男がホアンの上司だ。
こういう急な任務はホアンにとってはもう慣れたものだったが今回は少し思うところがあった。
「1つ質問してもよろしいでしょうか」
「……なんだ」
ホアンのそれに上司はめんどくさそうな態度をとる。
「その任務、何故自分たちに来たのでしょうか」
「と、言うと?」
「調査、という事ならもっと適した人がいると思いますが」
事実、この軍にも情報収集、潜伏に長けた集団はいる。
そういう人たちではなく何故自分たちに来たのかと。
何よりもこれまでのマリーナは後方支援が主な任務だ。
今回の任務は明らかに異質だった。
「ふん、まあ新人研修というやつだ。そのうち必要になるときが来るかもしれんしな」
そうぶっきらぼうに言うと「それと……」と付け加える。
「お前たちに拒否権は無いからな。以上だ、出ていけ」
(拒否権なんていつもないだろ)
ホアンは腰からぶら下がる鉛玉の入ったそれに意識を向ける。
そして考える。ここに居る豚1匹くらいなら狩れるな、と。
(でもまあその後が面倒か。すぐに誰かしら来るだろうからな。……全員殺せば問題ないか?)
そんな思考に更けているとチョンと袖をつままれる。
ホアンがその方向に顔を向けると心配そうな顔をしたマリーナがいた。
「行こ」
そう言ってマリーナは無理矢理ホアンを外に連れ出す。
バタンッとわざと大きな音を出してその豪勢な扉を閉める。
「下民の蛆うじどもが……」
そんなつぶやきは高級な装飾品で着飾った部屋に消えた。
「も~~~~、感じワル。何なの?あの人」
部屋から少し離れるとマリーナの口から文句がボロボロと零れてくる。
彼女は「うげー」と苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「いつもあんな感じだよ。もう慣れた」
「いや、慣れるもんじゃないでしょ。あんなの」
そんな会話をしながら集合場所に向かう。
ゆっくり歩いているとよくわかるが今日は軍内が慌ただしい。
「騒がしいね。国家転覆でもするのかな?」
「なんかそんな噂あったし起こるかもね」
「いや、冗談だから。否定してよ」
「あながち冗談じゃないかもよ?」
「……もし本当にそうなったら2人でどこか遠くに逃げよ。それでさ、残りの人生ゆっくり過ごすの」
「残りの人生って、まだまだ若いだろ。俺ら」
「まあそうだけどさ。この国じゃいつ死ぬかわかんないんだし」
マリーナは少し俯いてそう嘆く。
彼女のその言葉は現実になりつつあるのを2人は知る由もなかった。
ホアンとマリーナを含めた5人は装甲車に乗って棘谷に向かう。
車内に会話は無く凹凸の激しい道とは言えない道を走る音だけが響く。
隣に座ったマリーナがギュッと手を握る。ホアンは不思議に思って彼女の顔を覗き込むがその顔からは何も読み取れなかった。
数時間かけて国境近くにある棘谷に到着する。
地割れの様な形をしたその穴の中には大きな棘を模した岩が連なっている。
「うわ~~~こわっ!落ちたらひとたまりもないでしょ」
「あの岩、顔に刺さったらどうなるんだろう」
「ちょっと!怖いこと言わないでよ」
マリーナが引きつった顔をする。
落ちたら間違いなく即死だろう。
運よく生き残れたとしても正規ルートでいかないと出口を見つけるのは難しい。
「これどこから入るんだろう?流石にこっから落ちろとは言わないよね」
「それ死刑宣告と同じだから」
「あはっ、確かに。でも他に入口は見当たらないし……」
「敵国の人間が入ってるって言う情報はあるんだ。どこかしらに入口はあるんだろう。まあそれも俺達で見つけろと言われればめんどくさいことこの上ないけどな」
「さっさと終わらせて帰ろ。い、言ったでしょ……話があるっt――え?」
その瞬間、マリーナは装甲車に乗っていた男に背中を蹴られ悲鳴を上げる間もなくその穴に落ちる。
四肢は体から離れ顔からは岩の先端が生えている。
さっきまで踊り狂う様に鼓動していた彼女の心臓は動かなくなってしまった。
そんな人間だったものをホアンもまた浮遊感を感じながら眺めていた。
腹と喉からダラダラと血を流す死体が並ぶ。だがホアンの意識はまだあった。
岩の先端によって千切れたマリーナの拳銃が入ったガンホルスターを無意識でキャッチする。
「はぁ~。下民の癖にでしゃばるからこうなるんだ」
ホアンを突き落としたその男は煙草に火を付けながらそう呟く。
「やっと始まったか」
「長かったなー。俺もう何個町を燃やしたか覚えてないよ」
「ちゃんと全員殺したか?」
「そりゃあ勿論。まあ殺す前に少し遊んだけどね」
「ふん、相変わらずだな」
「こいつらの母親も燃やしたんだ。豚の丸焼きになったよ。ああ、壊れちゃった廃人の丸焼きか」
「ハッ、ウケるな」
(やっぱりあの時殺すべきだったんだ。貴族のゴミどもを)
ホアンは残る意識の中でそう呟く。
声に出していないというのもあるが正確には声に出せないのだ。喉が貫かれているから。
「やっと叶うな。呪いの子に殺された我らが姫の望みが」
(そんなモノの為に殺されたのか?)
その望みというのはホアンは知らなかったがそれでも憤りを感じられずにはいられなかった。
吸いかけの煙草を投げ捨て男たちは装甲車に戻る。
偵察に出ていた男も合流し、耳障りな音を立てながらその車は来た道を走る。
(家族はもういない。思い残すこともない。なら殺すか、全員)
そこでホアンの意識は途切れた。今回も例外は無く転生する。
その人類には到底不可能な莫大な魔素を使った魔法を残して。
意識して魔法を使ったのではない。ホアン自身もそんなもの使えるとは思っていなかったのだ。
それでも、魔法は発動した。その信念によって。
2人の誕生日そして命日、彼女の決心がついた日、とある者の計画が実行された日、その日カフナという星の生物は全滅した。
神の如き魔法によって。