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声をかけただけなのに

作者: 川輝

 高校からの帰り道、俺は電車とバスを乗り換えて帰宅する。けれどこの街は田舎なもので、電車とバスの連携がとても悪く、時間を間違えれば30分待たなければならなくなってしまう。

 今はちょうどそのバスの待ち時間だった。


「ひまだ……」


 呟き、空を見る。広い空が俺を見下ろしていた。と、そんな事を考えていると、不意にとても甘い香りが漂ってきた。

 気になり、左右をキョロキョロすると、右に座っている女の子がちょうどワッフルを食べているところだった。

 ん? どこかで見たような顔だな。


「それ、美味しい?」


 バスを待つ時間、俺は暇だったとはいえ、何を誤ったのか一つ間を開けて座っている女の子に話しかけていた。


「──っ!」

「あっ」


 女の子は突然話しかけられたことにびっくりして、手に持っていたワッフルを落としてしまった。

 や、やばい。これは完全に俺のせいじゃないか!

 すぐに女の子は落ちてしまったワッフルを取ろうと立ち上がったその時、


「おーい! 拓真(たくま)──どわっ!」


 俺の名前を呼んだ友達の大雅(たいが)がまるでギャグ漫画かと疑いたくなるほど華麗に落ちたワッフルを踏み、スケートリンクで転んだかのようにズザーっと背中から滑り転んでいた。

 そんな壮大な光景が、落とした本人の目の前で繰り広げられていた。


「ぁ──っ。………」

「あ、あの……」


 流石にいたたまれないぞこの状況……。

 ワッフルを落としてしまった女の子はゆっくりと首を動かし、ワッフルの残骸を見ていた。


「……え、えーっと……」


 やばい。気まず過ぎる……。なんとか言ってくれよ……怒るなら怒ってくれ……。じゃないと俺が耐えられねぇよ。

 背中から冷や汗がブワッと出てくるのを感じながら、俺は一つ手を打った。


「いやー、ここまで綺麗に不安が連続すると、逆に清々しいなー……」

「……」


 どうしてずっと黙ったままなんだよこの人……て大雅はいつまでぐったりしているつもりだよ……。

 ギロッと大雅を睨みつけてやると、少しだけ目を開けてこっちを見てきた。

 こいつもしかして修羅場だからってこのまま逃げようとしているのか?

 そうはさせねぇぞ。


「なあ大雅。お前やってくれたなぁ」


 そう言いながら大雅の胸ぐらを掴み上体を少し上げる。

 まあ俺もやったけどさ!


「な、なんのことだか分からないなぁ」

「横を見たって現実は変わらねぇよ」


 そう言って胸ぐらを掴んでいるものの、ここからどうしようかと迷っていたその時、


「──ぅ、ぅゔぅぅっ」

「お、おい拓真! なんでこの子泣いてるんだよ」

「そんなのお前が華麗な姿でワッフルをプレスしたからに決まってるだろ!」

「えぇ!? だって僕拓真がいたから走って近寄っただけだよ?」

「と、とにかく謝るしかない!」

「そ、そうだな!」


 何故か最後に意気投合して俺と大雅とで女の子の前に跪き、そのまま潰れたワッフルを大雅は献上するかのように両手で差し出しながら二人で土下座した。


「すみませんでした」

「これ、残骸です」


 しばらくの沈黙。けれどその沈黙の間に何もないわけではなかった。周りの人たちが俺たちをドン引きした目で見ながらも、素通りして行く。

 この状況、流石に耐え難いものがあるぞ……。


 駅前のバス停。そこでは今ひ弱そうな女の子の前に、馬鹿二人が土下座をしていた。

 とても奇妙な光景だ。俺だったら恥ずかしくて死ぬな。……まあ俺らだけどさ。


「──も、もういい……」

「へ?」


 何か聞こえた気がするが、声が小さくよく聞こえなかったので聞き返す。すると、今度は女の子はもう少し息を吸って、


「もうやめてっ」

「燃やして?」

「もうやめてって、言った!」

「はいっ」

「はいっ」


 女の子は怒鳴り声を上げて俺たちに命令した。

 流石に恥ずかしかったのだろう。

 それからなんとお詫びすればいいか考えていると、ちょうどバスが俺たちのすぐ近くに停まった。時間だ。


「さ、さて。話は後にするか」


 女の子はとても迷惑そうな顔をしながら俺たちに続いてバスに乗った。

 三人は一番後ろの席に座り、話し合いが始まった。

 取り仕切るのは何故か俺だった。


「えーっと、まずは改めて──すみませんでした」

「すみませんでした」


 俺と大雅は息を合わせて静かに頭を下げながら謝った。


「──も、もういいです」

「はい」


 心なしか女の子の眉間にシワがやっている気がする。こう何度も謝られれば人は逆に鬱陶しいと思うのだろうし、ここらでやめておこう。


「ま、今回の件に関しては適当なワッフルを近くのコンビニで買えばいいでしょ?」

「おい大雅、お前絶対反省してないだろ。なあ、あんたもそんなの嫌だよな」

「コンビニのじゃ駄目」


 即答。どうやら相当コンビニに恨みがあるようだ。


「だって……あれは限定品だったんだよ?」

「え」

「今日しか買えない……限定品だったのに……」

「よし大雅今すぐ降りろ」

「死ぬわ!」


 当然バスは走行中。当然今降りればそれはジョークではなくなる。


「いや、普通に次で降りろと言う意味で言ったつもりだったんだが」

「そんなの嫌だよ。だって定期外だもん」

「じゃあ女の子の限定ワッフルはどうするんだよ」

「そーんなの今の時代ならネット通販で売ってるでしょー?」

「それが無いから言ってるのっ」


 どうやらそのワッフルとやらは女の子をここまで必死にさせるほどに大きな存在らしい。

 どうでもいいがこの女の子、ワッフルの話しになった途端気が強くなった気がするな。


「どうせ転売ヤーがたくさん買い占めてるよ」

「いや、そんなことしたら買ったワッフル全部腐るわ」

「ちぇっ。ならこの限定プレスワッフルを食べるしか無いね」


 そう言ってぐちゃっと潰れ、土なんかがついたワッフルを大雅は女の子に差し出してきた。


「へっ」

「お前が食べろ!」


 叫び、俺はプレスワッフルを持つ腕を掴んで大雅の口に押し込んでやった。


「ごくん。ゔ、ヴェッ。何するんだよ! いきなり押し込んできたから思わず飲み込んじゃったじゃないか!」

「お前が変なもん出すからだ」

「仮にも限定ワッフルなんだぞ!? もっと大事にしろよ!」


 確かにこいつは限定ワッフルだな。世界中探したって他に数えるほどしかない限定品だ。

 うん? そう考えるとあのワッフル、案外悪くなかった──訳がないな。ただの潰れたワッフルだ。ん? 待てよ?

 ここまで結論をつけたところで、俺は雷に打たれたかのように突然一つの閃きが訪れた。


「そういえばワッフルって……もともとプレスして作ってるじゃねぇか……」

「──っ!! そ、そうだった……っ!!」


 お互い顔を見合いながら、驚きの事実を発見した。

 そんな馬鹿二人の会話を聞きながら、一人の女の子がそろそろ付き合いきれなくなってキレる寸前、


「そうだよ! ワッフルはもともとプレスされて作られてるんだからもう一度プレイされたところで大丈夫だよ! これで解決だね」


 ここで大雅が火に油を注いだ。


「なにも解決してないっ。そもそも私のワッフルはもうあなたの胃の中!」


 そ、そういえばワッフルは大雅が食べたんだったな……。こいつ、やってくれたなぁ。


「いや、あんたが僕の口にぶっ込んできたんでしょ」

「仕方ない。吐き出せ」

「やってみるよ。ゔ、ヴェッ! ヴェッゴホッゴホッ」


 何故か素直に従った大雅は、喉に指を突っ込んで何度か嗚咽させていた。


「いや、やめて……」


 そんな何度も嗚咽する大雅を見て、女の子は怯えた目でそう言った。

 あ、これはガチの拒絶だ。


「え? じゃあワッフルはどうするのさ。もう僕が吐き出すしかないって結論ついたんじゃないの?」


 誰がそんな結論をつけた……。本当に呆れたやつだ。

 俺は大雅を無視して話をすることに。


「まあとりあえず……バスを降りてその限定ワッフルとやらを買いに行くか」


 女の子はとても呆れた面持ちで頷いた。軽くため息もついていた気がする。

 何故始めからこの結論に至らなかったのか本当に意味不明だ。人のワッフルを食べられなくしてしまったのならまた買えば良いだけの話だったのに……。話がややこしくなったのは確実に大雅のせいだろうな。


 それから次のバス停で降りた。


「んで、ここから駅まで歩くのか?」

「うん」

「え〜? どうして僕までついていかなくちゃいけないのさ。元々の原因は拓真だろ?」


 完全に否定できないところが苦しい──が、お前が言えることではないことは確かだ。


「踏んだのはお前だろ」

「チッ」


 大雅も否定できないところが苦しいようだ。


 それから駅前まで歩いてきた。


「肝心なワッフルはどこで売ってるんだ?」

「あそこ」


 そう言いながら女の子が指を指す先には、確かに店が。

 普段俺は利用しないのでこんなところにワッフルを売っている店があるなんて意外だなぁ。という感想しか出てこなかった。

 早速俺たちは店に入り、女の子は限定ワッフルを注文。


「すみません。こちらのワッフルは今日売り切れなんですよー」

「ぇ?」


 店員さんの言葉を聞いた瞬間、女の子はまるで突然足から力が抜けたようにガクッと膝を落とした。


「お、おい。大丈夫か?」


 突然のことで俺は驚きすぐに女の子に近寄り安否を確認。

 けれどすぐに女の子は立ち上がった。

 なんだ、大丈夫か……。と安心したのも束の間。女の子の顔を見るやすぐに大丈夫ではないと確信できた。

 何故なら女の子の顔は全てに絶望して顔だったからだ。

 例えるなら──そう。虫が大の苦手な人が家に帰ってきたら玄関の前で蝉が仰向けで倒れているのを見つけた時のような……そんな顔だ。

 あいつ、たまに動くのも混ざってるからな……。本当厄介だ。


「なあ拓真。蝉の話はいいからもう帰ろうぜ。遅くなっちまうよ」


 女の子が絶望に浸っていると言うのに、全く無神経に話しかけてくるやつだ。


「お前早く帰ったところで特にすることないだろ」

「いやいやあるよ! へへっ。最近いい本が見つかったんだ。ここ最近はネットで調べてたからね。やっぱり実物には実物の良さがあるよね。お前も一緒に見ようぜっ」

「いや、男二人で見ても気まずいだけだろ……」

「そこは片方が気を使って出ていけばいいだろ?」


 そんな気は使いたくない……。というかよくこいつの話がいわゆるエロ本の話だってわかったな俺。

 そんな事を考えていると、いつのまにか女の子の絶望の顔が俺たちに向けられていた。


「す、すまん……」


 女の子の前でする話ではなかった。

 あれ、てかこの話通じたのかよ。


「と、とりあえずないって言うのならこの店出ようぜ」


 俺の提案を断る意味は二人になく、女の子は沈んだ面持ちのまま、大雅は何か興奮した面持ちのまま店を出た。

 この二人の表情違いすぎる。


「それでは……」


 それだけ言って女の子はトボトボと歩いてバス停に向かって行った。

 俺たちもバスに乗って帰るんだよな……。

 帰りのバスはちょっとだけ気まずい空間だった。


 そして翌日。いつものように学校に始業時間ギリギリに来ると、隣の席に昨日の女の子が座っていた。


「あれ、隣だっけ?」


 そう問いかけると、女の子は黒板の方に指だけを指した。


「黒板が──なんだって? まさか昨日の件について謝罪会見をしろと……?」


 なかなか鬼畜な事を考える女の子だ。

 だが女の子は首を振った。どうやら違うらしい。


「な、ならあの黒板に俺たちが昨日したことが書かれている紙が貼られてて、晒し者にされてるのか?」


 なかなか陰湿な事をする女の子だ。

 だがそれでも女の子は首を振った。これも違うと言うのか?


「だったらどんな悪行をしたんだよ」

「ど、どうして悪行したことが前提なの……。席替えしたのっ」

「あ、そういうことか」


 どうやら先走りすぎたようだ。まだ女の子が昨日のことを言いふらしたわけでは無いんだな。

 まあしかし、昨日彼女のワッフルをだめにしてしまったのは事実だし、昨日はなんだか曖昧になってしまったが今日はちゃんと何か代わりに買ってあげなければな。

 この子の話ではもう昨日ダメにしてしまったワッフルは売っていない。ならばその代わりになる何かを買えばいいということだ。


「よし。今日もう一度あの店に行こう。だめにしてしまったワッフルの代わりに何か買うよ」

「……うん」


 そんなわけで時間は経ち放課後。俺たちは再び駅近くの店に来ていた。


「え、本当に何か買わなきゃいけないの?」

「当たり前だろ。俺たちがやっちまったことなんだからな」

「でもこの子の不注意でなったとも言えるだろ?」

「お前絶対反省してないだろ」


 こんな奴のことは無視して俺たちはワッフルの店に入った。


「さ、なにがいい?」


 女の子は慎重に目を動かして厳選していく。そんな中、一つの商品の前で目が留まった。

 その商品は──どことなく、昨日踏んでしまったワッフルに似ていた。というか殆ど同じ──というか完全に一致していた。


「………あれ? あ、あの。すみません」


 女の子は疑問に思ったのか、店員さんに話しかけた。


「はい。なんですか?」

「このワッフルって……昨日だけの限定品では……」

「いえ。昨日だけのものは練乳蜂蜜抹茶粒餡大福ワッフルバーガーです」

「え?」

「え?」


 女の子は昨日だけだと思っていた商品が違ったことに、俺は長すぎる名前に驚いた。

 正直言って不味そうだ。てか練乳と大福って合うのか? 超甘そうだ。そこに蜂蜜と抹茶も入るとか味同士が暴動を起こしそうだぞ。


「あ、じゃあこのワッフルを一つ」

「いや、二つ」

「え?」


 女の子が注文するところに割り込んで俺は付け加えた。


「いや、俺もちょっと気になってたんだよ」

「そ、そうですか」


 まあ俺が二つ分払うんだからいいだろ。

 それから金を払いワッフルを受け取った。


「お、それうまそうだね」

「大雅。お前踏むんじゃないぞ」

「そんなこと言われなくてもわかってるよ!」

「あ、あの。ありがとうございます」

「いや、元々の原因は俺らだし。別にいいよ」


 そう。俺があの時突然話しかけようなどと思わなければこんなことにはならなかったのだ。

 けどまあ、悪いことばかりでもなかったのかな?

なんだこれ

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