第88話
「ふぅ……」
大きなため息を吐き、がっくりと肩を落としたソフィアの表情は暗い。
ソフィアは朝食の席でライムンドにルイスの所へ話に行きたいと
相談をしたのだがその願いは叶わなかった。
「ソフィア姉様、レティ、グラシア団長とディアス副団長は明日出撃する主力メンバーに入っているから会えないと思う」
「主力メンバーって…」
「今回の戦争は、かの国が空飛ぶ船という戦ったことが無い疎か、見たこともない新型の魔導具で攻め込んで来る。
今回の戦争は主に空中戦になると予想されているのだけど、竜騎士団が出来たのはごく最近で、勿論人間相手の実戦は初。
従来の戦争とは違う事が多すぎて、打ち合わせが長引いているんだ。
開戦前に彼らに会わせてあげたいが、そうもいかない。
ただ明日の朝なら出立する前に少しは会わせてあげられるかもしれないのだけど」
「そう…ありがとうライ君」
「ライ兄様ありがとう」
「すまない」
朝食後。
自室に戻ったソフィアはお気に入りの毛布で体を包み込むと、大きな窓から見える澄み渡る青い空を見上げルイスの事を考えて過ごしていた。
「明日にはルイスもロベルトさんもリカ兄様も戦争へ行ってしまうのね…」
ソフィアは昔から寂しい時や不安な時は毛布に包まってまるまる癖があった。
幼い頃から両親が討伐に行くときソフィアは城に預けられていた。部屋に一人きりになるときは寂しさを紛らわせるように毛布で体を包み込んですごしていた。
そして絨毯に座りながらいつ両親が帰ってきても直ぐに会いに行けるように窓の外を見つめて過ごしていたのだった。
どれくらい時間が経っただろうか。
ソフィアに会いにやって来たレイナルドがコンコンと部屋の扉を叩くが一向に返事がなく、扉を開けると部屋は暗く灯りもついていなかった。
「ソフィア?」
レイナルドが部屋の灯りを着けるとベッドの上で毛布に包まって座ったまま眠っているソフィアの姿があった。
レイナルドはふっと微笑んだ。
「ソフィアは幼い頃から変わらないな。ソフィア、ソフィア起きて」
「えっ?あっ、あれ?何でレイお兄様がいるの?やだ、私また寝ちゃったのね」
目が覚めたソフィアは窓の外を見て驚く。
青色だった空は日が沈み黒く染まっていたからだ。
「ははっ、ノックしても返事がないから心配になって入ってきたんだ。ソフィアは相変わらずだね」
「もうっ、なんか毛布に包まっているといつの間にか寝てしまうのよ。そしていつもレイお兄様に起こされるのよね」
「眠り姫を起こすのは王子だって昔から決まってるだろ?」
レイナルドは昔からソフィアが寂しい時にいつも毛布に包まって寝ていることを知っていた。
少しでもソフィアが寂しくない様にレイナルドは話し相手になっていたが、王太子教育などが忙しくていつも一緒に居てあげれるわけではない。
レイナルドが会えない時はセラフィナがソフィアが寂しくないように実の妹の様に可愛がり、今の様な関係が出来上がっている。
レティシアが産まれてから、妹が出来たソフィアはしっかりとしたお姉さんになってしまい、毛布に包まってまるまる癖は無くなってしまったと思っていたが、そうでも無かったようだ。
「ふふっ、レイお兄様いつもありがとう。ところでレイお兄様は何故ここに?」
「ソフィアにプレゼントを渡そうと思ってね」
「プレゼント?」
「ああ、今頃レティシアにもライムンドが届けているだろう」
レイナルドが少し開いた扉に向かって廊下に居る人物に入って来るように声をかける。
「失礼します」
ソフィアは入ってきた人物を見て驚き目を丸くした。
「えっ?ルイス?」
「こんばんはソフィア」
「どうしてここに?今日は会えないってライ君が…」
「会議が思いの外早く終り、明日の準備も終わった所で王太子殿下に呼ばれてな。ソフィアに会わせて下さると、ここまで連れてきてくださったんだ」
「そうだったんですね、会えて嬉しいです!ありがとうございますレイお兄様」
「いや、ソフィアとレティシアが寂しがってると思ってね。他の人には内緒だよ、私が叱られてしまうからね」
レイナルドはソフィアにウインクし微笑むと人差し指を唇に当てた。その端正な顔立ちのレイナルドの仕草はすべての女性が卒倒してしまいそうな位に美しかった。
「では、私は先に帰るが…グラシア伯、明日は早朝出立だからほどほどにな」
「はっ、王太子殿下。ありがとうございました」
「良いって、私はソフィアの喜ぶ顔が見たかっただけだからね」
「レイお兄様、ありがとうございました」
花が綻ぶ様に笑うソフィアの頭をポンポンと叩いたレイナルドは部屋を後にした。
扉が閉まる音がするやルイスはソフィアに駆け寄って強く抱きしめた。
ソフィアはルイスに会えた喜びで抱きしめられた腕の中で何度もルイスの名前を呼んでいる。
「ソフィア、会いたかった。君が昨夜城へ行ってしまって、もう戦争から帰ってくるまで会えないと思っていた」
「私も会いたかった。城に着いて、レイお兄様に戦争が終わるまでは城に滞在するように言われて、ルイスにタウンハウスへは行けなくなったことを伝えたくてもライ君には会えないと言われてたので今日は諦めていたの」
「王太子殿下には感謝しかないな」
「ええ」
ルイスの大きな手がソフィアの頬に触れると、ソフィアは嬉しそうに微笑み、顔を上にあげ目を閉じる。
最初は優しく啄むバードキスを繰り返し、次第に深く貪るように激しい口付けへと変わっていく。
ソフィアは背中に腕をまわし、ルイスから離れないよう強くシャツを握りしめた。
「んっ…ふ、ぁ」
「ソフィア…」
ソフィアは激しい口付けに応えるように薄く柔らかな唇を開き、ルイスの熱い舌を受け入れた。
ルイスから与えられる舌を絡めとられる深いキスに、上手く息が出来ないソフィアの目には涙が溜まり、一筋の雫が零れ落ちる。
「愛してる」
「ル、ルイス…もう…む…り…」
ルイスの激しく情熱的な口付けに限界に達したソフィアは身体の力が抜け、膝から崩れ落ちてしまう。
ソフィアの崩れ落ちる身体を軽々と抱き上げたルイスはお姫様抱っこをし、ソファーへ腰を下ろした。
ソフィアを膝に乗せたままソファーに座るルイスは、自分の腕の中で息を荒くし、涙目で見上げてくる彼女の色気に当てられ顔を赤く染める。
ルイスは本能のままにソフィアをベッドへ押し倒してしまいそうになる自分の中の欲を押さえ込むと、無理をさせてしまったソフィアを労るように頬を撫でた。
「すまない、大丈夫か?久しぶりにソフィアに触れられることが出来て、歯止めが効かなくなってしまった」
「大丈夫。なかなかルイスと二人きりになれなくて寂しかったから、ルイスと触れ合えて嬉しかった」
ソフィアは撫でてくれるルイスの手を自分の頬に摺り寄せて幸せを噛みしめる。
「戦争が早く終わり、ルイスが怪我をせずに帰ってこれるように祈っています」
「ああ、早く終わらせてソフィアの元へと帰ってくることを約束しよう」
「はい」
指切りの代わりに二人は軽く唇を重ねた。
それがまるで誓いの口付けのようで、ルイスは早くソフィアと結婚したいと染み染みと思った。
「帰ってきたら結婚式の準備を進めないとな」
「はい。早くルイスのお嫁さんになりたい」
「俺も早くソフィアを嫁にしたい、さぞソフィアの花嫁姿は美しいだろうな。ソフィアは何色のドレスにするんだ?」
この国の結婚式で着る花嫁のドレスには特に色などの指定はないので、ソフィアはいったいどんなドレスを選ぶのだろうかと気になったルイスは問いかけた。
「私は白いドレスが良いの」
「白か、少し寂しくないか?ソフィアなら…」
ソフィアならもっと華やかな色のドレスが似合うだろうと思ったルイスが言葉を発しようとしたが、ソフィアは首を左右に振ったのを見て止めた。
「子供の頃からの夢なの。
お母さんが結婚式の時に白いドレスを着たと聞いてから、私も結婚式を挙げるならウエディングドレスは白にしようって決めていたの。
それには理由があってね…」
「理由?」
「ええ、白は貴方の色に染まりますって意味なんですって」
「貴方の色に染まる…」
ソフィアの情熱的な言葉のせいで、色んな妄想が脳裏を過ぎったルイスは顔を赤く染めた。
「そ、そうなのか…。で、ではルナ・ルースにとびきり美しいドレスを作ってもらおう」
「えぇ、今から楽しみだわ」
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一方その頃レティシアの部屋では。
「レティ!レティの為にとっておきのプレゼントを持ってきてやったぞ」
レティシアの部屋に突然やって来た訪問者は、レティシア大好き人間のライムンドだった。
「あら、ライお兄様」
「シャロもレティの部屋に来ていたんだな」
レティシアの部屋にやって来た兄を呆れた顔で見るのは、レティシアの部屋に入り浸っているシャルロットだ。
「あれ?ライ兄様どうしたのー?」
遅れてライムンドの存在に気がついたレティシアは嬉しそうに笑う。
シャルロットと遊んでいたのだろう、テーブルの上にはチェス盤が置かれていた。
チェスはレティシアがほぼ負けの状態だったので、レティシアがライムンドの存在に気が付くのが遅れた理由が容易に想像できた。
きっと、そこからの勝機はないぞとライムンドは心の中で思いながら、この部屋にやって来た目的を告げる。
「レティが喜ぶと思ってプレゼントを連れてきたんだ」
レティシアはプレゼントを連れてくるとは?と疑問に思ったが、直ぐにその疑問は解消された。
「レティ、お邪魔します」
ライムンドの後ろから続けて入ってきた人物にレティシアの目が丸くなった。
「ロベルトさん!!!」
突然会えた恋人に嬉しそうに飛びつくレティシアをロベルトは抱きとめ、腕の中におさめる。
「野暮だから俺達は退出するぞ」
「…そうですわね」
イチャつく二人を邪魔しないようにライムンドとシャルロットは部屋を後にする。
その時、ロベルトの耳元でライムンドが発した言葉にシャルロットは苦笑いする。
「手を出すのは許さないのでしたら連れてこなければ宜しかったのでは?」
「なんだ、聞こえていたのか」
「口元を見れば分かりますわ」
廊下で兄と二人になったシャルロットは呆れた顔で兄を見つめた。
「わざわざ自分の心に塩を塗り込まなくても」
好きな人が自分以外の相手に抱き締められているのを目の当たりにするのは、想像以上にキツイのではないだろうかと、シャルロットは兄の事を心配する。
「例え、俺自身が傷ついたとしてもレティさえ幸せだったらそれで良いんだ。
傷ついた心もレティの笑顔を見たら癒えるしな」
「本当にライお兄様は凄いですわ」
私だったら絶対に出来ないだろうとシャルロットは思う。
リカルドの隣に自分ではない女性がいる、そう想像するだけで胸が締め付けられて息が出来なくなる。
「シャロは頑張れよ…」
「えぇ、そうですわね」




