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第80話









急遽城で会議が開かれた為、約束の時間を少し過ぎてしまったルイスは駆け足で【まんぷく亭】へと向かっていた。

目と鼻の先に建物が見えたルイスは足の速度を緩め、風で乱れた髪と服装を整えていた。


「よし!」


緊張した面持ちでソフィアの両親へ挨拶する言葉を頭の中で反芻していると、急に【まんぷく亭】の扉が勢いよく開かれた。

するとポロポロと目から涙を流したレティシアが出てきて走り去る、そしてその直ぐ後に焦った顔で追いかけるロベルトが続いて走っていくのが目に入った。


何があったのかと慌ててルイスは開かれた扉から店の中を覗くと、ソフィアが割れたコップを片付けようとしていた。


「ソフィア…」


ルイスの名を呼ぶ声でソフィアはルイスが来たことに気づく。


「…ルイス、いらっしゃい」


「ソフィア、ロベルトと妹君が店から飛び出して行ったのが見えたのだが、何があった?」


「それが…」


ソフィアがルイスに先程起きた出来事を話してる間、二人の後ろでは修羅場となっていた。


「アルセニオォ゙!!!!貴方って人は!!」


バチーンと音が店の中に鳴り響き、ヴァレンティナの手型がアルセニオの頬にくっきりと赤い跡をつけた。

そしてヴァレンティナの細い指がアルセニオの胸ぐらを掴み、体を持ち上げ足が地面から離れている。

さすが英雄の一人、見た目は華奢な美女だが力はとてつもなく強い、Sランクの魔物を簡単に倒せる彼女が片腕で男一人持ち上げることなど容易い。

壮絶な夫婦喧嘩を目の当たりにしているソフィアとルイスは驚きのあまり声が出ない。


「ご…ごめんなさい…」


「はぁ?私に謝ってどうするのよ!

レティちゃんの初恋を祝福しないで、邪魔をするとはどういう了見なのかしら?

レティちゃんの泣き顔も、ロベルトさんの傷付いた顔も見てないとは言わせないわよ?

それに「君に娘はやらん」ですって?いつの時代の頑固爺だか…時代遅れもいいとこだわ、このまま化石として地の底に埋めてやろうかしら」


「だって…まだレティちゃん未成年で…」


「あと半年もしないうちに誕生日が来て成人でしょうが」


「でも…ソフィアちゃんがお嫁に行くのにレティちゃんまでお嫁に行ったら寂しいじゃないか」


「はぁ…」


呆れた顔をしてヴァレンティナがアルセニオを床に下ろすと、「アルセニオ、そこに正座!」そう言って硬く冷たい床に正座させた。


「アルセニオ、私と結婚した歳を覚えてるわよね?」


「あっうっ……………18歳です」


「そうよね、18歳で結婚した私達が娘に早過ぎるなんて言えないわよね。

それに貴方、(前世も今世も)私の父に同じように娘とは結婚させないと言われて大変だったし辛い思いをしたわよね?

それを貴方が同じことをしてどうするの?」


「…はい。申し訳ありません」


「しかも(今世は)結局認めてもらえなかったから駆け落ちしたのよね。もしレティちゃんが駆け落ちしたらどうするの?」


「えっ」


アルセニオの顔がみるみるうちに青ざめてくる。アルセニオは慌てて探しに行こうと立ち上がろうとするがヴァレンティナがそれを止めた。


「とりあえずアルセニオはレティちゃんとロベルトさんが帰って来るまで正座して反省してなさい」


「でも、探しに行かないと!」


「今の貴方に探しに来られてもレティちゃんは素直に帰って来ないわよ」


「…はい」


しゅんとしたアルセニオは正座したまま頭を下げて項垂れている。


ヴァレンティナはアルセニオに説教が終わりひと息つくと、ソフィアの隣にルイスが居る事に気がついた。


「あらやだ!グラシア伯爵、来ていらしたのね。いらっしゃいませ、気が付かなくてすみません。

酷いとこ見せちゃったわ、バタバタしててごめんなさいね…。さあさあ二人とも座って、お茶を入れてくるわ。ああ、そこにいるのは気にしないでいいからね」


ヴァレンティナはアルセニオを横目で見るが、説教は終わってもまだ怒りはおさまっていないようで、アルセニオを睨んでいる。

母が本気で怒るとめちゃくちゃ怖い。

ヴァレンティナを怒らしてはいけないことを家族は勿論、親友の王妃や怒られたことのある王は知っている。

故にソフィアは正座している父を助けることも出来ず見て見ない振りをした。


アルセニオから目を背けていると直ぐにヴァレンティナが3人分の紅茶を入れて戻ってきた。


「お待たせしました」


「ありがとうございます」


「すみませんグラシア伯爵、せっかく来て下さったのにアレのせいで楽しくなるはずの時間が台無しになってしまって」


「い…いえ…」


「もう、お母さんたら。ごめんなさいルイス、忙しい仕事の間に来てくれたのに」


「いや大丈夫だ。早くソフィアと結婚するためにも早くご両親に挨拶したかったからな。だが今日は無理そうだな」


「そうね…」


ソフィアがしゅんとしていると、ヴァレンティナが二人に明るく声をかける。


「グラシア伯爵、ソフィアちゃんから聞いたわ。ソフィアちゃんにプロポーズしてくれたって」


「はっ、はい。ですがこんな時なので後日また改めてご挨拶に伺います」


「あら、いいのよ。ロベルトさんがレティちゃんを追いかけていったから大丈夫でしょ、レティちゃんとロベルトさんはそのうち帰ってくるわ。レティちゃんの事も大事だけど、ソフィアちゃんの事も大事なの。私は今、ソフィアちゃんとグラシア伯爵の話が聞きたいわ」


「お母さん…」


ルイスは改めて姿勢を正し、真剣な顔つきでヴァレンティナに向かい口を開く。


「アルセニオ様、ヴァレンティナ様、私ルイス・グラシアはご息女ソフィア嬢を愛してます。

今後生涯変わらず愛し大切にすると誓います。ソフィア嬢をどんなことがあっても守り、悲しませるような事はしません。ソフィア嬢と結婚することを許して頂けますか」


隣でルイスの話を聞いているソフィアはルイスの言葉が嬉しくて瞳が潤んでいる。


「もちろんだわグラシア伯爵、ソフィアちゃんの事よろしくね。ソフィアちゃんは幸せね、こんなにも愛してくれる人のお嫁さんになれるのだもの」


「お母さん!」


ソフィアは席を立ち、嬉しさいっぱいにヴァレンティナに勢いよくぎゅっと抱きついた。


「お母さん、ありがとう」


「ソフィアちゃん、幸せにね」


「はいっ」


ヴァレンティナとソフィアが抱き締めあっている後ろでは、正座をしながら口をパクパクして二人に話したいが声が出せずにいるアルセニオがルイスの目に入った。


「アルセニオ様…」


自業自得とはいえアルセニオが少し可哀想に思えたルイスだった。

だがもし、将来自分にソフィアとの子が娘だったら…と想像してしまうルイスだった。



無事に挨拶することが出来たルイスは自分が口を出して良いのか躊躇いながらも、昔自分の背中を押してくれたロベルトの為に何か出来ることはないだろうかと、口下手ながらもアルセニオとヴァレンティナにロベルトがどんな男か伝えることにした。


「あの、アルセニオ様、ヴァレンティナ様、レティシアさんの恋人であるロベルトなんですが、少し聞いていただけますか。

…ロベルトは自分から見てもとても誠実で真面目な男で、上司としても贔屓目なしで仕事の出来るやつです。

剣も魔法も副団長として十分に腕が立っていたロベルトですが、今年の武闘大会を境に騎士団から頭一つ抜きん出た程に強くなっておりました。

今では団長である自分よりも強いでしょう。

ですがロベルトは自分の実力に奢ること無く、副団長として変わらず自分の事を支えてくれています。

それに、面倒見が良いロベルトは部下達にも慕われています」


容姿も相まって黙っていると冷たく淡々として見えるロベルトだが、実は世話好きで面倒見も良く、いざ困っていると、すかさず助けてくれるのは副団長だと部下達に慕われている。


「ロベルトはあの様に整った容姿のせいで、しつこく言い寄ってくる女性をよく目にしましたが仕事一筋で浮いた話はいっさい無く、いくつもの貴族から婿養子にと願われても首を縦に振りませんでした。

余りにも毎回バッサリ断るので女性に興味がないのではと言われていたのですが、そんな男が初めて惚れた女性がレティシアさんでした。

ソフィアが自分と領地に共に行ってくれた時、ロベルトは毎日レティシアさんが一人にならないように仕事の合間を縫っては会いに行っていたと部下達の噂の的になる程だったそうです」


ロベルトが睡眠時間を削って、目の下に隈を作ってまで恋人に会いに行っていたのが第三騎士団の中で噂になっていた。

それを後日、耳にしたルイスはロベルトがレティシアにそうとう惚れ込んでいるのだと実感したのであった。


「ですので…その」


項垂れていた頭を上げて、懸命にロベルトの良い所を語るルイスを見たアルセニオは、その真っ直ぐな眼差しに今の言葉に嘘は無いと思うのだった。 


「今すぐ認めるのは無理だとしても…どうか、見守っていて下さいませんか。

ロベルトは決してレティシアさんを悲しませるような事をする男ではありません」


頭を深々と下げるルイスにアルセニオは慌てて頭を上げるように言う。


「すまなかったグラシア伯爵…私の我儘のせいでレティちゃんを泣かせるしロベルト君を傷付けたし、君に頭を下げさせてしまった。

本当はレティちゃんが選んだ人なんだからちゃんとした人だと分かっていていたんだけどね」


「本当にしょうがない人。ありがとうねグラシア伯爵」


「いえ、自分の拙い言葉を聞いてくださりありがとうございます。あとその…良ければこれからはグラシア伯爵ではなくルイスとお呼び下さい」


「あら、そうよね。これから家族になるんですものね!ルイス君も私達の事はお父さんお母さんって呼んでね」


「はい、ありがとうございます」


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