この映画は完成を待っている
「先輩、なんですか、このファイル? 『無題』って」
席に着いた彼女はパソコンを立ち上げるなり、俺に話しかけてきた。
「去年卒業していった先輩たちが、残していったファイルだよ。去年の文化祭に間に合わなかった自主映画」
「へぇ、そうなんですか」
彼女はファイルをクリックして再生した。典型的な青春キラキラ映画で、内容にめぼしいものはなかったが、それでも彼女は食い入るように、画面を見つめていた。
映像は男女がそれぞれ駆け出すシーンで終わる。
「これで終わりですか? この先のシーンは?」
「ああ、去年の大雨あっただろ。あの日がちょうどラストシーンの撮影で。監督がどうしても晴れた画を取りたいって言って、流れたんだよ」
彼女は小首をかしげる。この仕草も大分見慣れてきた。次に何を言い出すかは、およそ想像がつく。
「先輩、私たちでこの映画の続き撮りましょうよ」
「そんなこと言ったって、今は冬だぞ。夏の物語なんだから、わざわざ寒い中半袖で撮るのか?」
「それは暖かくなってからでいいじゃないですか。台本はまだ残ってるんですよね?」
「家にあるけど」
「だったら撮りましょうよ。このままじゃ映画が可哀想ですよ。望み通りの結末を用意してあげないと」
「監督はどうすんだよ。これを撮った先輩は今、留学してて海外だぞ」
「それは私がやりますよ。こう見えても小学生の時から、カメラいじってるんですよ。それに先輩、やる前から心配してどうするんですか。まずは走り出さないと」
「とはいえ現実問題はだな……」。そう俺は言おうとしたが、彼女に真剣な眼差しを向けられて、頭ごなしに否定もできない。
「まあ、それもそうだよな」
「でもって、できたら今年の文化祭で上映しましょうよ。私たちの映画と二本立てで!」
「実行委員が許してくれるかな」
「そこは私も説得しますよ。よく言うじゃないですか。映画に限らず創作物は、受け取る人がいて初めて完成するって。私たちの力で、この映画を完成に導いてあげましょうよ!」
「私たちって、俺も入ってんのかよ」
「当然じゃないですか。力を合わせていい映画にしましょう!」
まるで決定事項みたいに彼女が笑うから、俺も釣られて小さく笑みを浮かべてしまう。確かにこのまま放っておくのも作品に悪いだろう。
「さてと、編集編集」と言いながらマウスを動かす彼女を、俺はじっと見つめる。
「何ですか?」と聞かれたが、その質問には答えないでおいた。
(完)