最後の魂
女勇者にとってもはや日常のように、幾度となく挑戦と敗北と喪失が繰り返された。武器もスキルも全て奪われた。名前すら、奪われた。勇者の称号も魔王の手に渡り、歴戦の勇者ミラルダは、今は名も無きただのスライムである。もはや元の体の形を保つ魔力もなく、見た目もただのスライムとなり果てていた。最弱の魔物の名の通り、一撃どころが、魔王の吐息一つで塵になるだろう。あるのは勇者であった誇りのみ。魔王も、これが最後の戦いになると理解していた。
そして初めて、ミラルダの方から魔王に話しかけた。
「魔王よ、これが最後だ。私は、この魂、誇りの全てをかけて戦う。私が負けたら、お前の配下となり永遠の忠誠を誓おう。」
「ついにこの時がきたか。待ちわびたぞ勇者よ。世界の半分を受け取っておけば良かったものを。風にたなびき輝いた髪も麗しき瞳も鍛え上げられた肉体も世界を救うべきスキルの数々も全て失ってしもうたぞ。ほれ、お陰でわしの部下が立派になったわ。」
魔王の横には、瞳に生気がないだけで姿形から装備まで女勇者そのものといえる存在が佇んでいた。元の、スライムである。
「魔王よ、一つだけ頼みがある。今までの戦いは全て最初におまえが決めたルールのままでやってきた。最後くらいは私に決めさせてほしい。」
「なんのつもりか知らんが、長い時間貴様の自己満足につきあってやったのだ。これで最後じゃ。満足行くまでやれ。」
魔王はもはや、勝ちを疑う余地もなく喜んでいた。念願の女勇者が手に入る。心から屈服させるために、面倒な手間と時間をかけてきたのだ。
そして、元女勇者ミラルダであったスライムは、言った。
「私が勝てば魔王に完全なる死を。私が負ければ永遠の忠誠を魔王に捧ぐ。」
魔王が微笑みながら頷いている。さらにミラルダであった者が続ける。
「勝負のルールは、先に殺された方が、勝ちだ。」
「なにっ!?」
勢いで頷き、言葉の意味を理解して魔王が顔を上げる。
【契約は成立しました】
世界の言葉が鳴り響いた。
元女勇者ミラルダであったスライムは、魔王に向かって全力で突っ込んでいった。最早なんのスキルも武器もない。最弱の体をもってすれば、膨大な魔力を纏う魔王に近寄るだけで灰も残らず燃え尽くすだろう。
チッ
意図を読みとった魔王は舌打ちをすると、即座に空間転移を発動させ王座の後ろへ移動した。時間を稼いで策を練るつもりだった。魔王は命がいくつもある。殺されればよいのなら、一つ命を犠牲にして勝ちを得る手があるはずだ。
だが、魔王の舌打ちの余波を受けて、元女勇者ミラルダであったスライムは吹き飛んだ。水色のゼリーのような身体が乾き崩壊して塵となってゆく。消えゆく直前、
「魔王よ、先に行って待っているぞ。」
そう呟き微笑んだ。すぐに燃え尽き、あとには欠片すら残らなかった。
「くそ、謀ったな。勇者ともあろうものが、、、」
そこまで口にして、魔王は言葉に詰まった。胸の奥が焼けつくように熱く、頭の中が真っ白になっていく。
【契約が遂行されます】
世界の理が動き出した。
女勇者ミラルダとの契約の元、魔王は滅んだ。完全なる死は魔王の数ある命全てを消し去り魔力の残滓すら存在させなかった。魔王が滅び去った後の王座にはただ、魔王が常に付けていた王冠が落ちているのみだった。
細くなめらかな指が、その王冠を摘まみ拾い上げた。魔力を込めると王冠は指輪に形を変え、左手の中指にはめられた。腰に携えられた聖剣の柄に手を添え、数ヶ月前まで最弱の存在であったその者は、そっと呟いた。
「私はミラルダ。魔王を破りし勇者ミラルダ。」
新たな勇者の英雄譚の始まりだった。