右腕
次に魔王が指定してきたのは、右腕だった。
「細く白魚のような指、良いな。勇者よ、次は貴様の右腕をもらおうか。」
「好きにしろ。私がお前を倒す。」
【契約が成立しました】
女勇者ミラルダが聖剣に炎を纏わせて魔王を袈裟斬りにした。しかしそれは残像で、背後に回った魔王がミラルダの背中に暗黒の霧を浴びせかけた。避けきれず右肩の鎧が溶け落ちた。おそらく皮膚もただれているだろう。痛みをおくびにも出さず、ミラルダは左手から光魔法の矢を放った。同時に三本出せるのは、世界中を探してもミラルダだけだ。次点の二本出せた大賢者も、もういない。魔王四天王の一人魔狼ワッツと刺し違えて
死んだ。
光の矢は全て弾き返された。魔王の周りに展開されている魔力のバリアーは、勇者の力をもってしても打ち砕けない。
唯一の可能性である聖剣を握り直し、ミラルダは突きを放った。狙うは魔王の心臓。
魔力バリアーを突き破った感触があった。魔王の胸の中央に刃を突き立てる直前、ミラルダの全身に電気が走った。
「うむ、良い狙いじゃ。だが足りぬ。聖剣の力をもってバリアーを突破できても、我が持つ物理攻撃無効のスキルが阻むぞ。常時発動で自動的に電撃を返す。これを攻略せねば、聖剣とて宝の持ち腐れよ。」
電撃で体がしびれるミラルダに、魔王が目を光らせて失神のスキルを浴びせた。ミラルダの意識が刈り取られる。
【契約が遂行されます】
ミラルダが眠りから覚めたとき、すでに右腕はなかった。肩の根本からすっかり失われている。出血や痛みもなく当然のように欠損しているのは、世界の理の力だろう。
あたりを見渡すと、前回と同じ場所だった。魔王城に続く道の入り口にある小さな橋のほとりの河原。初めて魔王に敗れた時も、ここで目が覚めた。前回は近くに誰もいなかったが、今回は視界の遠い端の方にスライムが見えた。ミラルダに向かい親しげに手を振っている。それは、奪われたミラルダの右腕だった。目をそらすミラルダ。胸の奥が痛む。失われたものは大きい。次の戦いで、勝てば右腕を取り返すという条件にするべきだろうか?頭をよぎる。しかし自分の目的は魔王の殲滅である。腕が戻らなくとも魔王を倒せればそれでよいのだ。やはり、条件などつけず魔王を殺すことに専念するべきだ。
幻肢の感覚に神経がささくれ立つ。よく見ると、失われた右腕の付け根に何かついている。透けた水色の、ゼリーのような。
凝視すると、文字が浮かんできた。何かの術式だろう。
『勇者よ。魔王だ。我が勝利したので貴様の右腕は貰い我が配下のスライムへと下賜した。本来ならばそれで終わりだが、右腕が無くては不便だろう。代わりに不要になったスライムの一部をつけておいてやろう。形を変えられるので便利だぞ。元の腕のようにしておけば、誰にも気付かれまい。我が温情よ。感謝感激いたみいって我が配下となれ。』
ミラルダは悔しさと怒りに右腕のスライムを切り落としかけて、寸前で留まった。魔力を流すと、確かに形を変え元の右腕の形になる。剣を握ることもできる。魔王の戯れにのるのは癪だが、使えるものは使おうという気になっていた。何より右腕がなくなっては食事をするにも不便である。少しの間、ミラルダは右腕を色々な形に変えて遊んでいた。