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コインロッカー・スタディーズ

作者:


 甥がコインロッカーの使い方を知らないと言うので、駅まで歩いて行くことにする。

 俺が小学生にしてやれることは非常に限られている。こうして姉が忙しい日にうちで預かることはできても、甥が喜ぶようなことを何も思いつけない。毎回ネトフリも芸がないけど、しょうがない、一緒にアニメ映画とか見る。コインロッカーの鍵をこっそり受け渡すシーンで、これ何、と甥が聞くので、コインロッカーのシステムを簡単に説明する。この映画がかなりつまらなくて、甥も退屈そうだったので、じゃコインロッカーやりに行こうや、教えちゃる、と誘って立ち上がる。

 手を握ると、その小ささに毎回びっくりする。そろそろ手を繋いでくれなくなるだろうと思いながら、川を遡って駅に向かう。この小さい手の持ち主に、教えてあげられることはみんな教えてあげたいけれど、俺には川に足を浸しているあの鳥の名前もわからない。コインロッカーの使い方くらいしか教えてやれない。

 が、しかし、思い返せば、俺もコインロッカーなんてほとんど使ったことがないのだった。改札横のコインロッカーは思いの外ぴかぴかで、なんか画面とかついている。知らないな、このタイプ。平静を装って「まずこうな、空いてるとこを探すんだな」と言いつつ、この光ってるとこが空いてるのか埋まってるのか、目を凝らして説明を読む。ていうか、鍵がないけどどうなってるんだろう。

 甥にも背の届く低い棚を選んだところで、俺はほとんど手ぶらなことに気づく。「お前なんか持ってる? 入れる荷物」と尋ねると、甥はポケットを探って、どんぐりを二つ取り出す。か……かわいいことするじゃん。ロッカーの中にどんぐりをちんまり置いてドアを閉め、百円玉を渡してスリットに入れさせる。画面の横からミーッと音を立ててレシートのような紙が印刷されて、正直ビビる。ちぎり取ってまじまじと眺め、「あの、これが鍵ね。このQRコードを、読み取ると……扉が開いて、出せるようになるわけ」となんとか説明する。

 手渡して「ようし、お茶飲みに行くぞ。一時間後にもっかい来てどんぐり回収すっから、無くすなよ」と言うと、甥は生真面目に頷いて、レシートをきっちり折りたたみ、ポケットの奥に入れる。

 駅ビルに入っているドトールの、なるべく喫煙室から遠い席を選んで、甥とミルクレープを半分こする。甥はせっせとフォークを口に運んでいる。アイスコーヒーをすすりながら、「今度さー……銭湯とか行くか」と言うと、不思議そうに「なんで?」と尋ねてくる。

「あのー、あのコインロッカーね、上級者用だったなと」

「そう?」

「うん。あの、もうちょっと素朴なやつも見したげようかなと。ああでも銭湯のってコイン要るっけ? 返ってくるやつか? わかんないな……美術館とかのがいいのかな」

「銭湯行ったことある」

「あるの? すげえ」

「スーパー銭湯」

「スーパーのほうか。いいなあ」

「全部食べていい?」

「だめ」

 きっちり半分残したミルクレープの皿を寄越してもらって、甥がポケットの中の紙を何度も触っているのを眺める。この子にはどれくらい分かってるんだろう? さっき使い方が分かんなくて若干狼狽えたのとか、コインロッカーのお金が今更惜しくなって「本日五〇円引き」のポップのついたミルクレープを選んだのとか、全部わかってるんだろうか。何してるんだかよく分かんなくて格好いい叔父さんと思われたいけど、子供の感情表現は思いの外薄く、どこまで誤魔化し切れてるのかよく分からない。

「コーヒー」

「ん?」

「飲んでみたい」

「苦いよ」

「いい」

 ストローを咥えた甥が液体をほんの少し口に含んで、首を傾げ、それからケタケタ笑う。お、こうやって笑うと姉の夫に似てる。 

「苦い」

「だから苦いっつったじゃん」

「変!」

「変だよねえ、でもこれがないともうダメなんよ俺は」と、コーヒーを返してもらって俺も笑う。

 じゃあ帰ろっかってコインロッカーの前まで戻って、抱っこしてQRコードを読み取らせるが、折り畳まれた上何度も擦られた紙は傷んですりきれていて、コードはうまく読み取れない。後ろに待っている人が出始めたので「すみませーん」とかヘラヘラ笑って一度退却。これ、開けてもらえたとして、どんぐり二つ入ってるの見られるのはかなり恥ずかしいな。甥を抱き抱えたままうーんと唸ると、甥は不安そうな目でこちらを見ている。

 いかん、甥を不安にさせたらだめだ。俺は今いろんなことを教えてくれる格好いい叔父さん。人間は背伸びして装って成長するのだ。にこーっと笑ってみせる。甥はなぜかビクッとして身を引こうとする。傷つくなおい。

 俺はかなりキリッとした声を作ってコインロッカーの管理者に電話する。電話、本当に本当に嫌いだけど。コールセンターのお姉さんはQRコードの下に書いてある番号を入力しろと指示してくる。ああなるほどねそうだよねこういうことあるもんね、と思うが口に出さず、格好いい声のまま「ありがとうございます。恐れ入ります」と言って電話を切る。恐れ入りますって新卒の時ぶりに言ったな。無事扉は開いて、俺は内心かなりほっとする。取り出したどんぐりを、甥は特に大事そうでもなくポケットに放り込む。

 川を下りながら、「コインロッカーの使い方分かった?」と尋ねてみる。

「荷物入れて、お金入れて……紙もらう」

「そうそう」

「そんで、紙読み取って、電話して、開ける」

「いやまあ、電話はしなくていいんだけどね本当は」

「電話したことない」

「うっそ。じゃあ次は電話の仕方教えるよ」

「教えるの好き?」

 俺は一瞬言葉に詰まる。それから「うん。教えるの大好き」と答える。そうだ、好きだよ。君が大人になって困らないように、教えられること全部教えてあげたいよ。背伸びして、大人のふりして、君の道を歩きやすくできるような気になるのが好きなんだよ。

 甥は走り出す。木陰にしゃがみ込み、たくさん落ちているどんぐりを見せてくれる。この木がどんぐりの木だなんて知らなかった。綺麗なやつを厳選して拾って、甥に羨ましがられるのが、とても楽しくて腹から笑いが出る。大人の余裕を見せようと、一番大きなどんぐりは甥に拾わせてやった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 微笑ましいエピソードですね。 あたたかい気持ちになれました。 ありがとうございます。 [一言] 今のコインロッカーってすごいんですね。 たぶん、10年くらい使ってないです。 勉強になりまし…
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