懺悔
彼は俯きながら話し出した。
「初めは、本当に入れ替わって、ただただ日々を過ごす目的にするはずだったんだ。だけど、君の家庭環境を聞いていく内に、少しずつ羨ましくなった。比較的望みを叶えやすい環境。満足な食事。兄妹がいること。多少、価値観が固まっている以外は、俺にとっては最善に近いような環境だった。気付けば、入れ替わるときにはどうやって自分の望みを叶えようか、とばかり考えていたんだ。」
時計の針の微かな音が、静寂を切り裂く。
「最初の内は、本当に楽しかった。望めばグローブも買って貰えた。誰から譲り受けたものじゃなくて、やっと自分の物を手に入れたんだ。その実感が湧き上がってきた時、かつて無いほどにはしゃぎまくったよ。女なのに野球なんて……ってことも言われなくなった。そう、これこそが望んでいたことの全てで、全部手に入った。……そう思ってたんだ。」
沈黙の伴奏が、二人を包んでいた。
「中学二年生になって、しばらくした時だ。君の顔を見た時に……初めて後悔した。他の人は痩せてるって言っていたが、俺から見ればやつれているように見えて仕方がなかった。その時に、初めて……自分の行った『罪』を理解した。俺は、自分の欲望のために……純粋だった君を利用しただけなんじゃないかと思う。自分の境遇を他人に押し付けて置いて、自分はのうのうと人生を謳歌している。俺は……、君を救う振りをして、その実、自分のためだけに君を利用しつくしているのではないかと思ったんだ」
「今も、そう思ってるの」
「あぁ。本当に済まない。でも、謝った所で、この『罪』は消えないことは分かっている。これで、君の失ったものを取り返せるとも……思ってはいない」
「……」
「時間も、本来君が受けるはずだったものも、全て奪ってしまった……。どう言い逃れしても、この事実には変わり無い。本当に、申し訳なかった」
「……。確かに、そういう意味では……全てを失った訳だけど、でも私は何もかも失ったつもりはないよ」
「……!それは、どういう……」
「私にも、新しい友達が出来たし、保護者ではないけれど、頼れる人もいない訳じゃないから」
「……そう、か」
「それに……後悔は何度もしたけど、それでも、もう……過ぎた過去は、どうにも出来ないから。だからさ……私の失ったものは、私の手で取り返すことにするよ。『遥』、その名前はあなたにあげる。代わりに『夏樹』の名前は貰うね。私は変わり続けるから。だからね、過去の私にいつまでも嘆かなくても良いんだよ。これで、『おあいこ』ね?」
「……。ありがとう……。本当に、ありがとう」
いつの間にか、無鉄砲で勝ち気な彼を涙脆くさせるには、充分過ぎる程に時は通りすぎていったのだろう。




