夢の跡
台所から、良い香りが漂ってくる。
自分の住んでる場所からは一切しなかった匂いだ。
温かい食事、久しぶりに口にするような気がする。
メニューは、ハンバーグにロールキャベツ。
「頂きます」
ハンバーグを一口、口に含む。
「……」
「あれ?美味しくなかった?」
静かに首を横に振る。
美味しい。とても美味しい。
「とても……美味しいです」
ようやっと絞り出せた声は、嗚咽混じりだった。
「そうか、泣く程美味しかったのか。作って良かった」
忘れかけていた感覚が甦ってくる。
そうか、食事って……こんなに温かいものだったな……。
「何から何まで、ありがとうございました」
玄関口まで見送って貰うことになった。
「お腹空いたらまたおいで。ご飯、作ってあげるから」
「……ありがとうございます」
半ば泣きながらお礼を述べた。
流れる涙は温かった。
家に帰ってふと、部屋を見渡す。
誰も居ない、静寂に包まれたいつもの光景は、いつもより寂しそうに見えた。
いつものようにお風呂に入っても、歯を磨いても、布団に入っても、一人になったという心細さは消えなかった。
今の今まで、忘れ果てていた気持ちが帰ってきたようだった。
寂しさを覆い被せるようにして、布団に潜り込んだ。
夢を見た。
深く覚えては居ないが、温かい夢だったように思える。
顔を洗うために、洗面台に立てば、頬の辺りが僅かに湿っているのが分かった。
私は……、泣いていたのだろうか。
シン、と音もないこの場所が、私を孤独だと責め立てているような気さえしてくる。
その時だった。
軽快な音をしたインターホンが鳴った。
「はい、どちら様ですか?」
「昨日会った、戸張です」
「あっ、今開けます」
慌てて玄関を開けて、戸張さんを迎え入れる。
「ちゃんと食べてるか心配になって……」
「えっ、もしかしてそれで……」
「そう、用事というよりは安否確認って感じ」
安否確認……。
「今朝は何か食べた?」
「いえ、まだ何も」
「あの……昨日は聞けなかったんだけど、いつもは朝昼晩のどれを抜いてるの?」
「夜です」
「……。あなたが痩せてる理由が分かった気がする」
「そうですかね?そんなに痩せてるようには思えませんけど……」
「痩せてる、というよりは……やつれてる、に近いかも」
「えぇ……」
痩せてる、ならばまだ分かるが、やつれてるはあまり嬉しくない。
「ほんとだよ?頬の辺りに肉が全然ないを越えて、若干やつれてる」
……。
「よし、なら私の家で食べない?」
「えぇ!?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「あっ、もちろんお金は要らないよ」
「えっ、でもそれだと戸張さんにはなんのメリットも……」
「あるよ、誰かと食べるの夢だったから。私は夢が叶うし、あなたもご飯が食べる。Win―Winの関係でしょ?」
「ほ、ほんとに良いんですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます。その代わりと言ってはなんですけど、洗い物とかはちゃんと手伝いますから」
「洗い物の腕前、期待してるよ」
「はい、任せて下さい!」
こうして、隣人との不思議な関係が始まったのだった。




