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小噺詰め合わせ  作者: 宮田カヨ
6/21

代用(ウィルアル)

友の子(よその子)よりウィル・フリージス×心緒よりアールツト・ベレッタ。うちよそです。

 

 机に置かれた蝋燭が、部屋にある唯一の明かりだ。

 ウィル・フリージスはアールツトを押し倒し、白衣を握りしめ、離れまいと抱きついている。目は虚ろで、誰が見ても正気ではないことが窺える。

 兄さん、行かないで、僕を置いていかないで。僕のせいで、ごめんなさい。

 小さく呟いているそれは、アールツトに対して向けているものではない。亡き兄に向かってのものだ。アールツトは、そんなウィルの頭を撫でている。妹の頭を撫でる時の、慈愛や加護の手つきとは違い、依存や執着が現れていた。

 ウィルはグレッツェル家という、もう随分と前に没落した貴族の一族で、その家の唯一の生き残りだった。

「パーヴェル・アレイスタ=グレッツェル……それがフリージスの本名か」

「ああ」

 そのことを教えてくれたのはストリクトだった。情報ならどんなに手がかりがなくても集めてしまうことができるストリクトですら、ウィルの情報を集めるのには苦労したそうで、シュティレの協力があってなんとかウィルの素性を掴み、出生を特定することができたそうだ。

「グレッツェル卿の、今名乗っている名は使用人のものみたいだな」

「……その使用人ってのは?」

「……どこを調べても足取りがつかめない。そもそも、ウィル・フリージスという人間すら、存在していない」

「……無国籍ってことか?」

「……それがわかれば苦労しない」

 無国籍だったのか、存在していた人間なのか、存在なんて最初からしていなかったのか。ストリクトとシュティレでもわからないらしい。

「……ともかく、お前が倒れていたグレッツェル卿を連れてきてくれたこと、感謝する」

「……やめろ、らしくねえ」

 雪が降る中、息絶え絶えだったウィルを見つけたのは偶然だった。

 浮浪者でも、暖を取る場所を知っているだろうに。なぜ雪の降る外で寝転がっていたのか。倒れていたウィルを見つけたのがアールツトで、適切な処置を行える医者だからよかった。

「……だが、お前と、お前の妹以外とは口も聞いて下さらない……逐一、報告を頼む」

 ウィルはアールツトと、妹のフリューリング以外と口を聞こうとしなかった。無理に話をすれば泣き出し、暴れることも多かった。

 おそらく精神的なものが原因だろう。だが、全てアールツトの推測だ。精神的なものは、アールツトの専門外だった。

「アールツトさん!」

「よお、元気してっか」

 まだ回復していないウィルは、ベッドに座り本を読んでいた。

「聞いてください。今日はフリューリングが白猫を見せてくれたんです」

「あいつが? ……そういや最近野良猫に餌やってんな……ってあいつここに猫入れてんのか?」

 拙い言葉で返しているが、ウィルはそれを気にしていない。

 どうもこの国の発音には慣れることができない。

「『兄ちゃんは飼っちゃダメって言うから、外で飼ってるの』……って言っていました。内緒にしてねって言っていましたよ」

「飼ってんのかよ……てか俺に言っていいのかそれ」

 ウィルは慌てて口に手を当てる。アールツトはそれに思わず笑ってしまった。

 白猫を飼いたい、フリューリングはそう言った。

 フリューリングには迷惑をかけた。だから、わがままもある程度聞いてやりたかった。だが、白猫だけはダメだった。幼馴染が可愛がっていたあの猫に似ていたのだ。

 ウィルはよく喋る。窓から見えた人や風景のことだったり、本のことだったり。その時見せる笑顔が、幼馴染によく似ていた。

「……アールツトさん? どうしたんですか?」

「……ん?」

「いえ、上の空だったので……」

「……あー、お前がさっさと一人で寝れねえかなって考えてただけだよ」

 ウィルは一人で眠ることができなかった。

 一人で暗闇の中で眠っていると、我を忘れて叫び散らし、自らを傷つけた。様子を見に来た者全てに敵意を向けた。アールツト自身、その現場を見たことはない。見たことがある者は、ウィルがこう言ってたと教えてくれた。

「お前がみんなを、兄さんを奪ったんだ!」

 それがどういう意味なのかはわからない。過去に関係しているようだが、ウィル自身その時のことを覚えていないので聞いたところで意味はなかった。

 それから、ウィルが眠る時は誰かが部屋に立ち会うことになった。だがウィル本人は、それを嫌がった。

 知らない人間が部屋の中にいる。それが許せなかったらしい。

 そこで、ウィルが警戒心を向けず存在を受け入れているアールツトに白羽の矢が立った。ウィルが就寝中に暴れ出したらすぐに人を呼ぶこと、報告書に錯乱状態のウィルが話した内容をまとめること。その仕事内容に、アールツトはため息をついた。専門外だ、そう言っても聞き入れられた試しがない。

 ある時、ウィルが眠っているのを確認して自分の仮眠を取ろうとしたことがあった。

 目を閉じ、眠気に身をまかせようとした瞬間、ウィルが目を覚ました。

「……フリージス?」

 頭を振って、眠気を振り払う。

 ウィルがベッドから降り、こちらに寄ってくる。弱っている体を無理に動かしているせいで、足取りはおぼついていない。

「便所か?」

 ウィルは何も言わない。アールツトの腕を掴むと、ベッドに押し倒した。

「ちょ、お前、なんだ急に!」

 離しやがれこの野郎、母語でそう叫んだ。ウィルを引かせようと、強く押し返しても意味がない。ますます力を入れて体を密着させてくる。

 助けを呼ぼうと、アールツトが口を開いた瞬間、ウィルが小声で何かを言った。

「……フリージス?」

 アールツトは耳を澄ませる。

「……兄さん、僕を置いて行かないで」

 顔をあげたウィルの目を見て、アールツトは言葉を失った。

 悲痛に満ちていて、どこが儚げだったのだ。自分のせいでこんなことに、自分さえいなければ。そんな目をしていた。

 その目が、黒い髪を持つあの幼馴染に似ていた。

 守らなければいけなかった。それなのに、守れず傷つけ、最後は白銀の後を追って自分の前から消えてしまった。

 アールツトの手が震える。その手は、優しくウィルの癖っ毛を撫でた。

 もう一人で眠れます。朝はそう言っていたのに、ウィルはまたアールツトを求めていた。

 これでもう何度目になるか、五度目を超えてから数えるのをやめたっけな、アールツトはウィルの頭を撫でながら自嘲した。

「……兄さん」

 ウィルの虚な声が部屋に響く。

「……ナハト」

 アールツトの声も、ウィルと同じくらい虚だった。


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