表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小噺詰め合わせ  作者: 宮田カヨ
2/21

芳香(フィデナト)

心緒より、フィデーリタース×ナハト・ジェニングス。コピー本で書いた話、頒布はしてません。

コピー本の件ですが、boothを始めたので頒布するかもしれないですしたらTwitterで言います(2021/01/08)

 風呂から上がったフィデーリタースが、部屋に戻ってきた。

「フィデーリタース……髪の毛、どうしたんだ?」

 艶がある髪からはほのかに柑橘系の匂いがして、嗅いだことのない匂いに、ナハトは思わず本から目を離してしまった。

 ナハトは髪の手入れをするように言い、フィデーリタースに櫛などの髪の手入れに必要な道具や髪油を与えている。軍人という立場にある以上、長い髪は邪魔となる。だが、フィデーリタースは戦場へ行かせず、執務を行うよう命じている。ナハトのことを快く思わない人間はそれに対して嫌味を言うが、それは今に始まったことではないので気にもしていなかった。

 それに、ナハトはフィデーリタースの髪の毛が好きだった。黒い自分の髪とは違って、日の光を浴びると光を発する銀髪が、綺麗に思えてしょうがなかった。恥ずかしくて、本人には言えていないが。

「……なにが、でしょうか?」

 フィデーリタースはその場に立ち尽くしている。

「いや、匂いが……普段のものと違うからな。新しい髪油、買ったのか?」

 フィデーリタースが与えた物以外を使うなんて珍しいことだった。ナハトはそれ以上のことを考えていなかったのだが、フィデーリタースは言葉を探していた。

「……いえ。ヴォルガニック中尉が、新しい物をくださり、使ってみろと……」

「シュティレが? ……珍しいな」

 シュティレは幅広い人脈を持っている。滅多に輸入されない、されても高価な異国のもの(主に酒や煙草などの嗜好品)を安易に手に入れ、賄賂や自分が使用する以外に、それらを通常価格の倍で売り、荒稼ぎをすることがあった。

 どんな小さなことでも金銭を要求するシュティレが、なんの気紛れなのだろう。後々元値の倍以上の金銭でも要求するつもりのだろうか。

 黙ってそんなことを考えていると、おずおずとフィデーリタースが口を開く。

「……気分を害してしまって、申し訳ありません」

 顔はいつも通り無表情だったが、声はどこか怯えているような印象を受ける。

 忠誠心と命令を守るという意識が人一倍強いフィデーリタースにとって、主人以外から譲り受けたものを使用するということはあまり気が進むことではない。使用した結果、ナハトの機嫌を損ねてしまったと思っているのだろう。

「い、いやそうじゃないんだ。謝らないでくれ」

 ナハトは慌てた。要らぬ誤解を与えたいわけではない。

「その、いい香りだと思って……そういう匂い、好きなんだ」

 売られている髪油は、どれも匂いが強いものが多かった。体臭に気を遣う者が多いから仕方がないことなのだが、ナハトとしては匂いが強い物は受け付けることができなかった。比較的匂いが強くないものを選んではいるが、それでも気にはなった(命じている手前、口に出すことはないが)。

「……そう、ですか」

 顔は無表情だったが、声から安堵が伺えた。目は口程にものをいうとよく言われるが、フィデーリタースの場合は声の方がものをいう場合がある。

「しばらく、それを使ってくれないか?」

「……わかりました」

「ありがとう」

 髪油の瓶を見せてもらう。ラベルには縦書きで文字が印字されている。どこで作られたものか、ナハトには理解できた。

「柚の匂いか」

「……読めるのですか?」

 フィデーリタースから見たら、複数の文字が並んでいるのは奇妙に思えるだろう。けれど、ナハトにしてみれば懐かしい文字だった。

「ああ」

 今度はこの言葉を教えよう、そんなことを考えながらラベルを見つめる。ナハトはふと昔のことを思い出した。

 手入れを命じてからしばらく経ったある日、髪の毛が邪魔じゃないか、と一度だけ聞いたことがある。手入れを望んでいるのは自分のわがままだ。内心は面倒に、陰口を言われていることに苛立っているのでは思っているのではないか。そう考えた。

「……俺は、髪の一本から全て、あなたのものです。邪魔と思うことは、許されないことです」

 さも当たり前のように返された時は、それは違う、と否定した。ナハトはフィデーリタースを所有物と思ったことはなく、そのような扱いをしたこともなかった。

 何度言っても、フィデーリタースは所有物という感覚を改めようとしなかった。どうして、ここまで思えるのか。ナハトにはわからなかった。

「フィデーリタース」

「……なんでしょうか?」

「シュティレのやつ、何か言ってたか?」

 なんの考えもなしにものを与えるなんて、考えられない。何か意図があるはずだ。

「……その」

 また言葉を選んでいる。どのようにして言うべきか、考えているようだ。

「……ナハトは、こういう匂いが好きだと、言っていました」

 考えた末、フィデーリタースは口を開く。

 なぜシュティレがこの髪油を渡したのか、理解できた気がした。明日にでも、きっとからかわれるはずだ。

「……そうか」

 お節介なのか、からかっているのか。おそらく後者だろう。お節介を焼くのはアールツトの仕事だ。

 フィデーリタースの長い髪から柚の匂いが漂う。艶がある髪が、とても愛おしかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ