綺麗、汚い(フィデナト)
心緒より、フィデーリタース×ナハト・ジェニングス
ナハトはフィデーリタースの髪に櫛を通した。
「綺麗だ。本当に」
「……光栄です、ナハト」
フィデーリタースは静かに呟く。ナハトのては慈愛がこもり、絹に触れるかのように髪に触れてくれる。
この髪を褒め、認めてくれたのはナハトや、ごく限られた人間だけだ。他の大多数の人間は気味が悪いと言って、髪を切ろうとしたり、燃やそうとしてきた。
最初、ナハトにも言われるかと思った。だが、ナハトが求めて来たのは断髪ではなく髪の手入れ。なぜ、それは聞かなかった。自分はナハトの所有物だ。髪を切ることや聞くこと、反抗は許されないのだ。
「お前の髪に合う着物があればな……」
そういえばナハトは東の国との混血だ、と思い出す。東の国の人間は最も汚れの少ない人種、とあの方が言っていた。それを汚しているのか、とフィデーリタースは自責を感じた。
「……ナハト、立ち上がっても?」
「え、ああ。いいけど……」
立ち上がり、ナハトに向き合う。
「……触れても、よろしいですか?」
「え、あ……その、構わないけど……」
触る許しはいただけた、とフィデーリタースはナハトの頬に触れた。ナハトは顔を赤くして、どこか嬉しそうだ。嬉しい、それがフィデーリタースにはわからない。恐怖や不快感はわかる。今までの人生で、それらがずっと自分を支配していたから。
「……ナハトは、とても綺麗です。俺が今こうして触れていることも、本来なら許してはならないほど」
触れたいと思った。そして、同時に触れてはいけないとも思った。相反する思考だ。なぜこう思ってしまったのだろう。
ナハトはフィデーリタースの手に自分の手を重ねた。
「……俺は、今すごく嬉しい。お前が触ってくれたという事実が、すごく」
目を閉じて、手に頬擦りするナハト。フィデーリタースは内に蠢く感情を理解できずにいた。心臓が早鐘を打つ。ナハトを綺麗だと思う。ずっとこれからも隣においてほしいと思う。
これがなんというのか、フィデーリタースにはわからない。
「……しばらく、こうしててくれないか?」
「……ええ、ナハトが許してくださるのなら」
指で目尻を撫でてみる。すると、ナハトは嬉しそうに笑うのだ。
その顔は本当に綺麗だった。