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あした、そこに君が立っていたら

あした、そこに君が立っていたら 4

作者: 電柱ユウキ

ちょっとだけ続いてみます。

ミサキ・・・主人公「僕」、女性で幽霊

カナエ・・・自殺しようとしていた少女、僕と話すことも触ることもできる。友達。

タケル・・・僕が友人と勝手に思っている少年

サトシ・・・同上

「おはようミサキ、今日も元気そうでよかったわ。」

僕に挨拶をしながら近づいてくるカナエはえらく上機嫌だった。

「元気そうも何もすでに死んでるんだけど。」

僕は昨日の夜からずっと考えていたと言うのに呑気なカナエを見て馬鹿らしくなった。

カナエは今日はキャミソール?と言うんだっけか、それにすごく短い短パンを履いて夏らしい格好をしている。

「今日はえらくはしたない格好をしてるんだな。目の毒だよ。」

何それ、おっさんみたい。と軽く受け流される。

僕の感性が古いのか?

昨今はこう言う格好が普通なのか、確かに少し離れたところにあるショッピングモールでも似たような格好をした女性を見かけるがもうちょっとギャルっぽい女性が来ているイメージがあった。

「僕はこう見えて君よりずっと長く生きて・・・はいないのだけど君が言うおっさんくらいの年代なんだよ。」

僕とカナエは背格好や見てくれの歳は同じくらいに見えるが僕が死んだのはもう何年も昔のことだ。

それでも今の時代に全く持って疎いわけじゃない。

スマートフォン?やなんちゃらパッドなんかも現物は見ているし触っているところを見たことだってある。

時代についていけない生者よりも時代について行っている自信はあるのだ。

「ショッピングモールでもカナエみたいな格好の女性はそんなに多く見かけないよ。」

「あそこは私みたいな普通の女子高生には縁遠い場所よ。お金持ちの娘ならまだしもね。」

そうか。

もはや貧富の概念も意味をなさない僕にとってその場所がどういった層が利用している場所なのかなど興味がなかったので考えてもいなかった。

「私が行くのは逆方向にある一般人向けの大型スーパーよ。」

どかっ、と橋の入り口付近に腰を下ろしながら吐き捨てるようにカナエは言った。


「ところでミサキは生きてる時のこと本当に何も覚えていないの?」

突然話題を変えてくるカナエ。

「カナエは小さな子供の頃のことそんなにはっきり覚えているか?僕にとって生きていた頃はその何倍も昔のことなのさ。だからと言って何も覚えていないわけじゃないさ。そうだな、生きていた頃はスマートフォンどころか携帯電話もポケベルもピッチもなかったね。でもバブル?はよく覚えていないな。死んだ後だった気がする。」

それを聞いたカナエはしばらく考えた後ゆっくりと口を開いた。

「・・・私が思っていたよりもミサキって昔の人間だったのね。これは失礼したわ。これからはミサキおばあちゃんって呼んだ方がいいかしら。」

口に手を当てて薄めでこちらを見ながらそう言うカナエはえらく腹の立つ表情だった。

冗談じゃない。

確かに生きていればおばあちゃんだったかもしれないが僕はピッチピチ(死語)の女子高生だ。

いや、高校にはもう通っていないからただの女子か。

「じゃあさ、死ぬってどんな感じだったか覚えてる?」

急に声のトーンを落とし少し聞きづらそうに質問してくるカナエ。

まぁ死人に死ぬのはどうだったと聞くのはえらく聴きづらいだろう。

じゃあ聞かなければいいのにとも思ったが僕は少し昔を思い出しつつ言葉を考えた。

「そうだね。はっきりとは覚えていないけどあの頃は橋にこんな柵は無かったから落ちるのは簡単だったな。そのころはこの橋はまだ出来て間もなかった気がする。もしかしたら僕がここで死んだ人間1号だったかもしれない。きっかけもそんなにはっきり覚えていないけど落ちる感覚は少し覚えてるよ。ブランコに乗ったことあるだろ、あのフワッとした感じがすごく長い間続いた。あんまりにも長くあの感覚が続いたからそのうちに意識が途絶えて・・・気がついたら橋の上に居たんだっけな。」

出来るだけ軽い感じで話した。

つもりだったがカナエは少し青くなり肩を抱いて居た。

「ごめん。嫌なこと思い出させたわね。落ちる感覚を想像したら私も気絶しそうだわ。」

こっちこそごめん。そんなに脅かすつもりはなかったのだが死ぬことが生きている人間にとってどれほど恐ろしい事か忘れていた。

自分の迂闊さに少し後悔しながらも僕はカナエの頭を優しく撫でてやった。

「だからってわけじゃないけど、ここから身を投げようとしている人を見ると放って置けないんだよ。」

投身自殺は自殺の中では比較的成功しやすいと聞く。

痛いのは一瞬だから、とか高いところから飛べば確実に死ねる、とか。

でも僕はそうは思わない。

あんな恐ろしい思い。2度としたいとは思わない。

きっと今僕がこの橋から飛び降りても傷一つ負う事はない。

しかしあれ以来一度もここから飛んだ事はない。

欄干から下を覗くことすら今でも恐ろしいと思ってしまう。

「でもあの時死んだから今こうしてカナエと話すことができる。そんなこと言ったら死んでよかったみたいな言い方で嫌だけど。それだけはちょっとだけ・・・救われた気がするよ。」

いつまでこの世界でこうしてさまよっていなければいけないのか、そもそもこの世界から抜け出す事はできるのか。

話すことすらできない男の子を友達と言って時間を潰したり、僕のことなんて誰も見えていないのに、これ以上死ぬこともできないのに、一体僕はどうなるのだろうか。

そんなことをはじめの頃はずっと考えていた。

答えはわかっていた。


もう僕は止まってしまっている。


何者にも成る事は出来ない。


ここには何もない。


そう結論づけた時点で全て諦めて時間を潰すことをずっと、長い間行ってきた。


それでもカナエに出会えた。

不思議なものだ。

この世界に取り残されたのは僕への罰なんだと考えていた。

許されることがあるのかもわからない、永遠に続くかもしれない罰。

でもこうやって人と話したり触ったり、まるで生きていた頃を思い出すような暖かい気持ち。

しかし、ふと不安がよぎる。

何十年ぶりに出会えた話し相手、しかしこの時間はいつまでも続かない。

考えると胸の奥がモヤモヤとして気持ち悪くなる。

「この時間が続けばいいのに・・・。」

気づくと口をついて出た言葉にハッと我に帰る。

カナエは不思議そうな顔でこちらを見ていた。

とり繕おうにもすでに発した言葉は元には戻らない。

吐いた唾は飲めぬ、というやつか。

僕は観念してカナエに吐露した。

「本当にさ、僕はカナエと出会えたことが心から嬉しいんだ。ずっと、何十年も一人だったから。だから、カナエと別れる事が心底恐ろしいのさ。」

出会ってから立ったの2日くらいだが、死んでからの何十年の思い出をこのたった2日が上回った気がする。

孤独には慣れているつもりだったのに、この2日で孤独に耐えられないかもしれないと思うほどに。

「私もミサキと出会えてよかったと思ってるわ。私が死ぬまであなたのそばにいるという保証は出来ないけど。それでもあなたと友達になれて私の人生は生きる意味ができた気がするわ。」

少し涙を浮かべて微笑むカナエ。

僕が男だったらきっと一目惚れしてしまいそうなほど美しいと思った。


しばらくの間二人とも無言で過ごした。

静かで、それでも寂しくない。

そして夕方になるとカナエは立ち上がり「そろそろ帰るね。」と言って歩き出した。

僕はその後ろ姿を黙って眺めていた。


明日も来てくれるだろうか。

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