婚約破棄?ああ、どうぞご自由に。
冒頭、婚約破棄宣言から始まる話を書きたくて書いたら、なんか思ったのと違う方向でした。
ざまぁを期待している方には物足りないかもしれませんが、(一応大事な事なので2回書いておきました。)楽しんで頂ければ幸いです!
*ご指摘で、イライザをイザベラと記載している所がありましたので、修正しました。
イライザ・ローゼンハインが正しい名前です。
誤字・脱字・誤用等々指摘いただき、修正しています。皆さん、ありがとうございます。
「イライザ・ローゼンハイン侯爵令嬢!この度の悪行、もう我慢ならん!貴様との婚約を破棄し、マリー・クレム男爵令嬢と婚約を結ぶ!!」
色鮮やかなドレスを身に纏った令嬢や着飾った子息が参加する、王家主催の茶会。その場所に不相応な大声を出す者がいた。彼の名は、アーリンゲ公爵の子息、フンベルト。
フンベルトの隣には、青褪めた顔をした茶髪の女性がいる。彼女が男爵令嬢なのであろう。ビビッドピンクのドレスを身に纏い、所々に布で作られているバラの花が散らされている。どう見ても彼女の家庭の財力では買うことのできないドレスだ。見ていた者は、フンベルトが贈った物だろうと当たりをつける。
そんな彼女は彼の服の裾を持って震えている。その様子はまるで小動物の様に見える。彼が庇護欲を感じて庇い立てるのも、無理はない。
対してイライザと呼ばれた女性は、金色の髪は緩く結われ桜色のドレスを着ていた。シンプルではあるが、装飾として所々に真珠がアクセントとして縫い付けられている品のあるドレス。
そんな彼女は甘味を堪能しようとしていたのか、お皿の上に小さめのシュークリームとタルトが置かれている。いきなり呼ばれたからなのか、彼女は固まったまま何も発言することができないでいた。
「イライザ!お前はマリーに厭がらせ、物を壊すなどし、挙げ句の果てには階段から突き落とすという事をした!」
「イライザ様、謝って下さればそれで許しますわ‥‥!!」
フンベルトとマリーが彼女に向かって謝罪を求めている頃、周囲は異様な雰囲気を醸し出していた。普通、婚約破棄を、しかも王族主催の茶会で大々的に行えば、スキャンダルとして興味を引く事柄であるはずだ。だが実際はどうだろうか。周りの者たちは、皆が一様に眉を寄せて困惑の表情を取っているでは無いか。
だが、残念なことに彼らの思いは届く事はない。フンベルトは公爵家の子息であり、この茶会では王族の次に地位が高い。しかも今は王族が1人もいない為、一番高い地位にいるのである。第三者からは「なあ、あれって‥‥」「あの方って‥‥」と参加する子息も令嬢も、近くにいる者とヒソヒソと話をするだけだ。
そんな周囲の当惑に気づかない2人は、ひたすら彼女に謝罪を要求した。その時―――
「あら、フンベルト様。私の侍女に何をお話しされていて?」
目の前にいるフンベルトが目を見開き、彼はここでやっと気づく。本物のイライザ・ローゼンハイン侯爵令嬢が優雅に会場に入ってきた事に。
**
時は遡る。
イライザの侍女であるアリアは、子爵令嬢としてこの場に参加していた。
(イライザ様もいきなり仰るから驚いたわ。まさか私を茶会に出すとはね‥‥)
イライザの侍女として5年ほど付いていた彼女だが、この様な事は初めてだった。イライザ曰く
「アリアも私の侍女を続けるにしろ、誰かに嫁ぐにしろ、経験は大事だと思うの。今回の茶会は子爵令嬢として出なさい」
そう聞いて驚いたのは言うまでもない。しかもドレスは侯爵家で用意するとまで言っているのだ。理由は、侯爵家に勤めている侍女として恥ずかしく無い様にとのこと。だからアリアは参加せざるを得なくなったのだ。
だが、彼女は彼女で楽しみにしていた。何故なら、王家主催の茶会は甘味が極上の味なのだ、と幼馴染で友人の侯爵令嬢に話をされたことがあるからだ。その友人は高位令嬢としては変わっていて、位の低いアリアにも仲良く接してくれる女性なのだ。
そんな話もあり心躍らせたアリアは、当日イライザの指示で侯爵家の侍女の手を借り、桜色のドレスを身に着ける事になった。真珠がついている為、最初はその価値に恐怖したアリアだが、茶会が近づくに連れてその思いも薄れていく。そして用事のあるイライザよりも先に会場入りし、今に至る。
会場入りすれば目の前に並んだ甘味に目を取られていたアリア。友人の侯爵令嬢とも話は終わり、シュークリームとタルトを食べようと思った瞬間に、冒頭の声が聞こえたのだ。
目を見開いて声のする方に顔を向けるアリア。勿論その手にはお皿がある。そして声の先には、イライザの婚約者のフンベルトが男爵令嬢を伴って此方を見ていたのだ。
イライザと間違えられて婚約破棄されている、その事実に彼女は声を出すことが出来なかった。だが、一つだけその時彼女が思った事があった。
(イライザ様‥‥謀ったわね‥‥)
そう、これはイライザが計画した茶番の一部だと、そうアリアは気づく。だから彼女の主、イライザがフンベルトに声をかけた時、アリアは直ぐに彼女へ体を向ける。少しだけ恨みを込めた目線を送りながら。
会場に入場した彼女は、綺麗な金髪の髪を一つに纏め、右側に流していた。そしてドレスはアリアと同じ型で、所々に真珠を使用している。相違点は色だ。イライザはワインレッド色であった。
自身よりドレスを着こなしているイライザに一瞬感動を覚えるアリアだが、彼女の顔を見た瞬間に真顔になる。何故ならイライザは、必要も無いのに開いた扇を口元に当てており、その行為こそ彼女が今にも笑い出すのを抑えている証拠なのである。
彼女が笑う、つまり計画が順調であることを示しているのだ。
フンベルトは声を出せずにいた。それもそうだろう。今婚約破棄をけしかけた相手が、まさか婚約者では無く、婚約者の侍女だとは。現在の彼の評価は婚約者の顔も分からない、無能な男のレッテルを貼られたにも等しい。
冷静に見ればどれだけアリアとイライザが似ていても、立ち振る舞いや顔の作りで別人だという事は分かるはずだ。だが、フンベルトは婚約破棄を!という想いが強すぎて、彼女を後ろ姿だけで判断したのである。それは一種の決めつけに違いない。
イライザは婚約破棄の事も、茶会で起こるであろう茶番も見抜いた上でアリアを送り込んだのである。もし勝敗があるとするならば、イライザの圧勝である。
「イライザ!お前と婚約破棄を‥‥」
馬鹿にされた、と思ったのだろうか。フンベルトはイライザの言葉を無視して声を荒げる。その姿を見た人々は、彼の評価を1段階以上下げる事になった。
そんな周りの様子も知らない彼が言い切る前に、イライザは彼女の前に佇むアリアに声をかける。
「アリア、貴女は後ろに下がりなさい」
もう貴女の仕事はここで終わったのよ、と暗に伝えているのがアリアにも把握できたようだ。彼女は綺麗なカーテシーを2人の前で披露したあと、友人の侯爵令嬢の元へ向かった。最初1人で見届ける予定だった彼女が友人の元に去ったのは、友人の彼女が小さく手招きしていたからに他ならない。
「で、何事ですか?フンベルト様」
アリアが友人の元へたどり着くと同時に、彼女はフンベルトに向き直る。その瞳には軽蔑の眼差しが浮かんでいた。
(まあ、そうよね。イライザ様が計画を仕組んだとはいえ、婚約者でもない女性に婚約破棄をするなんて、正気の沙汰とは思えないもの)
周囲もアリアと同じように見ているはずだ、と思い辺りを見回してみると、やはり侮蔑の視線がフンベルトに送られていた。ただ先程と違うのはイライザがどの様にこの茶番を収めるのか、という期待の目線もあるという事。
「お前はマリーを貶めた!だから俺はお前と婚約破棄をし、マリーと新たに婚約を結ぶ!分かったな?」
「ええ、どうぞご自由に」
一瞬の時間を置く事もなく即答したイライザに、えええ?いいの?と言わんばかりの空気が辺りを支配する。当のフンベルトとマリーもあっさりと許可を出したイライザに驚いたのか、目を見開いている。
「フンベルト様との婚約破棄は承りましたわ。それでは、このイベントはお終いで宜しいですわね?」
「いや、まだだ!お前が貶めたマリーに謝罪を!」
「イライザ様、謝って下さるなら‥‥!!」
2人は気づいていない。周囲は彼らを見限り、茶番にウンザリしている事を。会場の様子を見て、これでは収拾が付かないのでは‥‥と焦っているが何もできないアリアが、キョロキョロと見回していたその時。
「イライザ嬢、何をしている?」
そこに登場したのはこの茶会の主催者であり、この国の第3王子であるオットマー・アメルハウザー。彼の入場でほぼ全てのものは礼をとっていた。だが例外もいる。それがフンベルトとマリーだ。王族の前だと言うのに、礼を取ろうともしない。この行為により、彼らの評判は地に堕ちることとなる。
「殿下、お聞きくださいませ!イライザはマリーに厭がらせ、物を壊すなどし、挙げ句の果てには階段から突き落とす悪女でございます!どうか‥‥」
フンベルトはイライザの所業を訴えようとするが、最後まで言う事は出来なかった。オットマーが厳しい眼差しを彼に向けたからである。
「アーリンゲ公爵の子息、フンベルトだったか?今私が話すのを許可しているのは、お前ではない。イライザ嬢だけだ。それを遮り話し出すお前は何様か」
「それは‥‥」
「なら黙れ。分かったな」
オットマーの言葉は命令である上、目でフンベルトに威圧していた。彼の威圧に耐えきれなかったフンベルトは、黙って下を向く事しか出来ない。
対してオットマーは威圧を緩め、イライザに話しかけていた。イライザは、事の次第を簡潔に伝えた。侍女のアリアがイライザに間違えられて婚約破棄を言い渡された事、そしてイライザが入場した後もこの様な事を続けていた事についてだ。
「全く。自分の婚約者の顔も忘れるとは、情けないを通り越して呆れるな」
周りの空気がオットマーの言葉に同調した、そう感じる。だからだろうか、オットマーの登場によって冷静さを取り戻したフンベルトは、自分たちが針のむしろとなっている事にようやく気が付いたようだ。
「まあ、いい。この件については先刻から報告が上がっている。私が此処に来たのは、国王陛下とアーリンゲ公爵、ローゼンハイン侯爵の取り決めを伝えるためだ。まさか本当に大衆の中で婚約破棄宣言をするとは思わなかったがな‥‥」
オットマーの言葉を聞き、フンベルトの顔は青褪める。一方、イライザの口元は扇で見えない。が、扇の下では口がにやけているに違いない、とアリアは見抜いていた。
「まず、イライザ嬢とフンベルト子息の婚約だが、これは破棄とする。国王陛下からの印も頂いているので、あとは提出するだけだ。この書類に関しては、乗りかかった船だ。イライザ嬢、私が手配しておこう」
「恐れ入ります、殿下」
「君の報告書は素晴らしかった。その頭脳と腕をこれから存分に振るってもらう事になるのだ。これ位お安い御用だ」
入場してから絶対零度の目線であったオットマーの顔に笑みが浮かぶ。その微笑みは百戦錬磨の貴婦人でも頬を赤らめるような、そんな美しさがあった。カーテシーを取っているイライザ以外は、彼の笑顔に釘付けである。
「そしてフンベルト子息。君とマリー嬢の婚約も決定した」
その言葉に一斉に騒々しくなる会場内。婚約を許されたフンベルトとマリーは手を取って笑い合う‥‥が、それも長くは続かない。
「従って、フンベルト子息はクレム男爵の元へ婿として入り、アーリンゲ公爵家の後継は次男のヴィクトールとなる。事実上の廃嫡だな。ちなみにアーリンゲ公爵からの言伝だ。今後一切クレム領とは関わり合うことはない、とのことだ。」
つまり、勘当とも言う。
先程手を取り合って喜んでいた2人は、続くオットマーの言葉に真っ青を通り越して真っ白だ。その姿を見たアリアは、自業自得と思う他にも、喜怒哀楽が激しいから見てて飽きないな、と呑気な事を思っていた。
「まあ、爵位を失わなかっただけ幸運だな‥‥この様な騒動が起きれば、茶会を続けるのも困難だろう。今日は此処で御開きとする」
振り向いたオットマーの眼に映るのは、最上の礼を取る貴族たち。フンベルトの事は残念であるが、彼以外の子息も多い。これからが楽しみになりそうだ、と思ったのだろうか、彼らの頭を見回したオットマーは少し笑みを漏らした。そしてその笑みがある一点でより深くなった事に気づいたのは誰もいない。
**
それから数年後ーー
婚約破棄事件を起こしたフンベルトとマリーは、婿入りと同時に前クレム男爵から爵位を受け継ぎ、領主の仕事をこなしているそうだ。前クレム男爵は娘のマリーについて王都でアーリンゲ公爵家とローゼンハイン侯爵家へ謝罪し、彼らがその謝罪を受けた事でこの件は和解となる。
ただ、この事を領民は知っているため、フンベルトとマリーへの当たりは強いらしい。元々前クレム男爵は、領民の事を第一に考えて領地を治めていたと言う。前男爵と比較される日々を送っているようだ。
そして婚約破棄されたイライザはと言うと。
「殿下。本日の予定はこちらでございます」
オットマーの執務室で予定が記載されている紙を手渡す女性。そうイライザである。学園の生徒会の運営手腕を見ていたオットマーが、彼女を内密にスカウトしていたのだ。最初は固辞していたが、茶会での茶番を起こすと決めたフンベルトの事を内々に放っていた影から知った彼女は、フンベルトに最後の機会を与える事を条件に、オットマーの側近になる旨を飲んだのである。
現在は未だ国王陛下の治世ではあるが、第一王子である王太子を筆頭に第二王子が軍部を担当し、第三王子であるオットマーが政治部を担当するという分担が暗黙の了解となっている。この治世はこれからも続くのでろう。
「そう言えば、イライザは結婚はしないのか?」
令嬢としては、すでに婚期を逃す部類に入っていると言っても良い。そんな事を気にする彼女ではないはずだが、オットマーに送る目線は冷たいものだ。
「誰か様がこき使うからですわ」
ちなみにそんなイライザも後々結婚するのだが、それは別の話。
「それだけでなく、私の侍女まで貴方は攫ってしまいましたからね」
「はは、私は欲しいモノがあれば、とことん手に入れなければ気の済まない男だ」
「存じ上げておりますわ。だから私とアリアを手に入れたのでしょう?本当に抜け目のないお方です事」
そう、彼は茶会後にはイライザを側近として採用していたが、それには2つの理由があった。一つは勿論、彼女の手腕に惚れ、側近として内政を取り仕切る事。二つ目は彼女に仕えるアリア嬢との接点を増やし、彼女を将来嫁として迎える事だった。
「あそこまで上手くいくとは思わなかったがな」
「ご謙遜を」
その目論見通り、アリアはオットマーと恋仲になる。正確に言うと、オットマーがアリアの外堀を埋めていったため彼女が逃げ出せなくなったのだが。アリアはその後ローゼンハイン侯爵家の養子となり、現在婚約者として王妃より礼儀作法や政治学等の勉強を行なっている。
王妃になるよりは苦労しないだろうが、内容が内容なので難しいのには変わりがない。だが、彼女はひたむきに課題に取り組むため評判は良い。
「ま、君のお陰で女性の登用も増えたし、これから良くなっていくと思うけど」
「それは同意しますわ」
イライザも婚約破棄の件を聞いた時には、激昂した。だが、怒りで支離滅裂な話を聞き、側近の道を提案してくれたのが彼、オットマーである。あの時に道を示して貰えなければ、今彼女は此処にはいない。その道を王太子や国王陛下、果ては彼女の父親を説得した上で彼女に提示していたのだ。その行動力には舌を巻く。
「貴方に扱き使われても、この道に来て良かったと今は思いますわ」
「お?珍しいね。君がそう言う事を言うなんて」
「そうでしょうか?」
オットマーが肯定しようとした瞬間、ドアのノックの音が聞こえた。勉強を終えたアリアが執務室を訪れているようだ。侍女に頼んで休憩を、と気を利かせて軽食や紅茶を用意してくれた様だ。イライザは扉を開け、彼女を迎え入れる。アリアはイライザが迎えたことに気づき、満面の笑みを零していた。
それはオットマーがイライザに嫉妬するくらい綺麗な笑みだ。イライザは少しだけオットマーの機嫌が悪くなった事に気づきほくそ笑む。
形は違うけれども、大好きな侍女だったアリアと笑って過ごせるなら、こんな毎日も悪くない、と。
入れどころが無かったので、此処で補足を。
オットマーが何処でアリアを見初めたか、簡単に言うと一目惚れです。
最初にスカウトに向かった時に対応したのが彼女で、調べさせたら子爵の娘。彼女を嫁にしようと決めてからは策を練っていた様子。
ちなみに茶会にアリアが参加した理由の大部分は、オットマーがドレス姿の彼女を見たいから。
イライザが悪ノリして流石に婚約者を間違えることはないだろう、と思いアリアを似た格好にさせたら、フンベルトがまんまと引っかかってしまったと言うのが事実。
イライザが登場した際、アリアは計画通りに進んでいて笑ってる、と勘違いしてますが、あの時の彼女は矜持を傷つけられ内心ブチ切れ状態でした。
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なんて裏も考えながら、作品を執筆するのは楽しかったです。
王道になった気もしなくもないですし、恋愛要素も少なかったとは思いますが、また思いついたら書いていこうと思います。
読んで頂き、ありがとうございます。
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誤字脱字等、気になる部分もありましたら教えてください。