日本の信仰と海外
大体解けたのでエッセイにするほどじゃないか?と思って書いてる。ここからは余談になる。日本人はユダヤは置いておいてもシュメールは意識したほうが良い。隼人族のルーツが文化的には西方にあるからになる。マレーが出発点であるのは分かっている。ただマレー人による人種的置換がされたが、その起源はインドにある。そしてインドの起源は中東の巨石文明にある。
ベトナムの鉄文明はインド起源だといわれてる。根拠はどうだったかな?ただマレー系の別民族が居るのは確か。日本はこれがフィリピン系に変わって台湾に立ち寄ってると思う。日本の焼畑農業は、長江起源が台湾に来て、それがフィリピンに移って次にさらに台湾でまた合流した可能性がある。
隼人はフィリピンにマレー系が多いので父系だけ台湾系の民族に入れ替わってしまったがおそらく母系はベタのポリネシアBだと見ている。彼らが東夷族として斉にたどり着いたか?がキーになる。越はそもそも台湾の先祖が越人っぽいので、子孫じゃないと思う。ガチ子孫はベトナム人になる。だって中華系キン族以外のマレー系民族が居るから。
おそらく海南島もこのグループ。ここ言語が長江人と違うのは過去記録されている。ハプロで失敗するのはO1B2みたいな珍しい系統は1つの民族だと思いがちになるから。父系がどうでも良い民族なので、父系がころころBポリネシア系は変わる。
根本的に母系も父系も変わったのがマレーになる。何故それが起きたのか?は分からない。マレー系は母系は基本統一されてる。おそらく海洋民族がマレーインドネシアのたどりついた巨石文明をうけついだんだと思う。だからスキタイの石による墓もその前に伝わってきた積み石文化も北方ルートの中東発の巨石文明だと見てる。
そしてモアイに繋がる。モアイと巨石文明はオリジナルが加わる。インドネシアで巨石文明が巨像文明に変化するのがわかる。ひょっとしたら、この文明全く繋がりがない可能性もある。だが多分同じ系統だと見てる。欧州に行ったのがストーンヘンジになる。
そういえば何故西方起源の積み石文化が遼河文明に伝わったか?は謎がある。コーカソイドの影が見えないからになる。
そうなると、遼河の積石文化はオリジナルの気もしてしまう。コーカソイドとモンゴロイドの混血の分かってる歴史は浅い。せいぜい50000年前程度。1万年クラス遡る遼河文明の積石文化とは接点が無い。
明らかな西方起源の羊と小麦は歴史がもっと浅い。しかもこれルートが多分違う。ステップロードじゃなくて、チベット経由のシルクロードになる。
北方の積石はオリジナルのか?この辺り実にややこしい。この痕跡は朝鮮で唐突に見つかった滅茶苦茶古いmtDNA、Hのハプログループを持つ集団ぐらい。
後は神代文字とヒエログラフと隼人=ポリネシア系になる。そしてシュメール起源になる。何故これを書くか?と言うとシュメールは嵐(雷)、月、太陽の順の神の格付けになる。
隼人の文化に月を頂点する全く違う思想があってもおかしくはない。伊勢と言えば太平洋で、太平洋岸に広がった隼人の血があるからになる。そして出雲のスサノオが来る前の殷、インド起源が関わってくる。殷の甲骨文字とO1B2と隼人とヒエログラフ、シュメールは繋がってる部分がある。
そうなると大野教授のタミル語説と関わってくる。元々大野教授はマレーから来た言語が日本に残った説なんだ。ただそれが偶然。長江を起源に東西に広がった稲作民の歴史だったわけで。
父系が地元の父親と交わってころころかわるB系海洋民族の特徴からO1B2が隼人だった可能性はある。
安曇氏と宗像氏が実は同じインドネシア系でO1B2だった可能性は高い。それと言うのも台湾まで行ったらベトナムは同グループなのだから住み分けすると思うか?となる。呉人は案外越人と変わらない可能性がある。特にベトナムはその混血が置きやすい。両者が居た事がもう分かってるからそこからキン族のO1B2がチャム族だったかな?マレー系住民に移った可能性はある。
中国の研究者で、一度ベトナムに南下して日本に来た研究を出してる人が居る。
明確にこれは隼人じゃないというのは山東省で稲作を営んでいたグループしか無理。O1B2のすべてが隼人だというのは無いが、O1B2=稲作民族だとするのは短絡的だ。海人はチャイニーズ系とインドネシア系に別れるが、隼人はその両方である可能性がある。その根拠が宝貝は台湾で取れたものを沖縄で加工して、山東省に運んでいたからだ。そこから殷に流れていた。これをO1B2と絡めて、すべて一括してやれるのは隼人=ポリネシアのグループしかいない。
そして殷の甲骨文字とシュメールの楔形文字、ポリネシアにも広がる日本のヒエログラフ(神代文字)になる。
実は伊勢神宮は星もあるらしい。そうなると見えてくるのは、これは航海の信仰だとわかる。彼らが何故高い海洋技術を持ったか?の1つに空の星や月太陽を使っていたと予想されてるからになる。それゆえシュメールの月が格上の信仰とは結びつかないし、シュメールに眼だった星信仰は私は知らない。(ただシュメールが海洋民族だったとの話は聞いてる。フェニキア人はこの流れを受け継ぐ「人種的な民族じゃない複合人種国家だったので」と聞いている。黒人系の海の民が地元のアルメニア人と混血して出来たのがシュメール人じゃないか?といわれてて、実際黒人系はシュメール人の故郷のイランでわんさか出る。そこにアナトリアのG系の民族が絡んで巨石文明をインドネシアに運んだ可能性はある)
伊勢の特別視は尾張氏も関係している。尾張氏は伊勢を拠点に海を使って中部方面に進出したからになる。その日本海側が海部氏になる。どこを見てもポリネシアはO1Aしか見えない。だが、私はO1B2とインドネシア系は絡み合ってると見ている。稲作民とは別、チャイニーズ系半農半漁の渤海集団とも違うインドネシア系O1B2が居たと予想している。
それはシュメールの月神信仰の影があると見ている。
直接ルートは隼人だけだとしても、中国人に同化したマレー系海洋民が居た場合、ハプロや言語では彼らの起源はもう分からない。宗教というのはそこまでカラムからやっかいなんだ。
そもそも元々は中国の地元のO1B2と混血したため生じたものなので中国初なのは変わらないが、文化的背景はB母系が担うことになるので、これは全く別人種別文化なんだ。それが中国人として同化するからもうわけがわからなくなる。だがシュメール由来の月神信仰は残る可能性がある。
ただ根本的にはエンリル嵐、雷信仰になる。ここが根本的に西洋や中東と違う。ただしシュメールや中東は月信仰になって、ユダヤ人だけが頑なに遊牧民独特の雷信仰になってる。元々は嵐、雷がベースになってるが、これはシヴァと同じ、ブラフマンが創造神だが、人気が高いのはシヴァと同じで中東では月神がベースになってしまった。
だが東方に来たコーカソイド共通とも言えるこの雷、嵐を頂点とするものが天思想のベースになってて、太陽や月と合体する流れじゃない。根本的に山岳信仰とは違うんだ。古いコーカソイドによる山岳信仰が予想されていたが、私はこれ疑ってる。彼らは多分山岳信仰からの天信仰じゃない。
東洋人が太陽にいきやすいのに対して、月そして基本嵐雷になる。スサノオこそが最高神ならコーカソイド的になる。空を感じるものとして太陽じゃなくて雷になったのは独特の価値観だと思う。それがおそらく山岳信仰とは違うからと見てる。(シュメールは雷と嵐は違う神らしい、イシュクル、スサノオは海人の信仰と海の支配を任せれた事でゼウスではなく、ポセイドンだとの指摘がありそれが私もふさわしいと思います)
道教は山と密接に関係があるので、中国人の系統と混じりやすかったのは分かる。高天原を見ればそういった部分問題が無い。後藤原氏が始皇帝が好きだったというのが関係してそうだ。明らかに分かる天武天皇の始皇帝化。藤原氏は後の歴史からいろいろ言われるが、当時はシンプルに中央集権を進めただけで、元々衰退確実のどんぞこからのし上がったので、あんまり家に拘った陰謀論は無いと見ている。
藤原氏が明確に陰謀的になるのは、この後の遷都で、物部石上大臣を置き去りにした点。これは確実に別氏族の排除だと思う。べったり物部派だった藤原が元のボスをばっさり切った印象的な出来事、政治はこれまでの因縁や関係なんてどうでも良くて即物的なパワーバランスでしか無いなって点。
印欧語族も調べてみると、ギリシャ神話がオリンポスの山が高天原にあたるもので山岳信仰です。やっぱりコーカサス地方にすむ古い種族はその名残を持ってるのかもしれません。雷信仰はちと分かりませんけど。
月が長い間主神であったためこれは民族の贔屓の神の偏りでしょう。この信仰の後継者となります。ただヒッタイトと言えば印欧語族の特徴的な馬戦闘民族です。エアがこの起源になったようです。アルタイ山岳信仰は鉄と深い結びつきがあります。何故騎馬戦闘と縁遠い日本に騎馬民族征服説があるのか?それは江上氏の妄想とは言えないです。
何度も指摘していますが、騎馬戦闘じゃなくて金属加工だと書いています。
印欧語族の雷信仰はヒッタイト前からあるのでゼウスが生まれます。と言うか、歴史的順序がタイムパラドックスになっています。でも良いんです。私が知りたいのは、日本の天信仰とコーカソイドの関係です。これで接点が出来ました。
エアは実際雷の神じゃ無いです。これは当時の宗教が難解だと感じます。地方ごとの民族宗教があって、それとメソポタミア神話が融合したためで、エアだけで解けるわけが無いです。でもこれが山岳宗教じゃないのは間違い無いです。天候神が転じて天になったと見ています。
これはおそらく雨が少ない中東だけの事情で、嵐がリスクに直結する海人だけがリンクしてるだけで日本で発達するわけが無いです。しかも人格神としての王の性質が強くて、これが騎馬民族の祖先神と王の神聖化のルーツになってる気がします。分かりやすく言えば現人神信仰。天皇です。神聖皇帝ってやつっす。
長くなったのでエッセイにします。やっぱコーカソイドから来た流れは異質だと言うのは当たっていると思います。ヒッタイトは納得だな。山岳信仰はより天に近い場所に近づくって意味があって、天候として空全体を現す宗教観とはちと違います。巨大物信仰にやや近い素朴さがあります。
何が違うか?と言うと、王権の神聖化と中央集権と力への渇望と人間の力をベースにしたものだという点。これらは明らかに鉄を媒介として伝わったものでしょう。時期的に微妙にずれるから、初期縄文混血集団の首長である天皇家に後から結合したとは見ています。
これを弁韓系D縄文とすればちょー簡単なんですけどね。それは私はやりたくないです。意固地になってるわけじゃないです。これ天皇=帰化人としたい勢力のいやな思想だからでう。彼らは知的な結果を重んじる思考をそういった感情的な思考より重視するからです。だから圧倒的にD系の割合が違う日本と韓国を平気で繋げるような愚考をします。
そんな事言い始めたら可能性ではなんでもありだって雑な思考なんですよ。直接弁韓からやってきた集団が天皇家なら楽ですけどね。国粋的擁護じゃないです。思考として不自然だからです。
後ユダヤですね。これは基本ユダヤがシュメールからぱくりまくったので日本文化の根底にユダヤの価値観があるように見えるだけで、確実な証拠としては、ユダヤがメソポタミアとは全く独自に作った文化だけに限って欲しいです。
海ルートと陸ルートがあるのですが、今まで陸ルートで語られていたので、秦氏=西方ユダヤ系ってなってましたが、実際秦氏じゃなくて、秦系渡来人の大半は東方の遼河人なので秦=ユダヤなんてあほくさいと思っています。そっちより海ルートの方が何倍も臭いです。こっちはトンデモとは言えないです。ベトナムまではヒッタイトの影が海を伝って来てるんです。
ただ一点だけ問題がある。実はG系ってR1Aの拡散に同行した部分が合って、インドでGが多いのは当たり前じゃないか?となる。
だがこれを反論する良い方法が、R1Aが多い北部より南部の方がGが出やすい。これは海ルートで来てるからになる。後鉄が陸ルートじゃなくて海のドラヴィダ系に先に伝わってる点。アナトリア人といえばG系。巨石栽培民の移住で広がったのですが、この場合は鉄=アナトリアで拡散した可能性の方が高いかもしれません。