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第九十一話

「やらかしたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」


 頭を抱えてしゃがみ込むゲレル。

 そして、大きなため息を吐く。


「なにやってんだ、おれは……

 調子に乗って一人で突っ走っちまった」


 しばらくその場にしゃがみこんだ後、ゲレルは頭を大きく横に振って気持ちを切り替える。


「とりあえず、セイン達、探しにいかねぇとな!

 ……ん? 『立ち直るの早くないか?』。

 あぁ~……なんつーかさ、立ち止まってると、圧し潰されそうになるからな。

 だから、前に進むことしか出来ねぇんだよ。おれは」


 精霊は、その言葉に心が揺れた。


 ……彼女は、自分の弱さとちゃんと向き合っている。言い訳にしたりしない。

 それに比べて、自分はどうだ……?

 弱いから、情けないから、合わせる顔がない、と「なにもしない」言い訳ばかり並べているばかりじゃないか……と。


「さて……と。

 どこではぐれちまったかなぁ?

 遠くねえといいんだけど」


 ゲレルがセイン達を探しに行こうとした、その時。


「探しに行く必要はありません。

 あなたはそのまま、霊脈へ案内なさい」


 女の声……

 背後に忍び寄る殺気を、ゲレルは感じ取る。

 咄嗟に弓を手に取って振り返り、矢に手を伸ばすが……


「ダメですよ。気をつけなければ……

 あなたの得物、隙が出来るんだから」


 背後を、取られていた。

 首筋に短刀の先が突きつけられ、僅かにでも動こうものなら、喉が裂かれる。


「てめぇ、誰だ」

「知る必要はありませんよ。

 役目が終われば、あなたは用済みですから」

「そう言われて、案内してやるアホが居ると思うか?」

「あなたが案内する必要はないわ。

 だってあなた、人質だもの」


 人質? ゲレルは疑問に思った。

 わざわざ一人になったところを狙ってきて、いったい誰に対して?


 ……いや、この場にはもう一匹。居る。


 冷や汗が一筋、ゲレルの頬を伝う。


「精霊さんは、薄情でないといいわね?」


 背後の女は、薄ら笑いを浮かべていそうな声音で、耳元に囁いてくる。

 この体の中に居る、精霊に届かせるように。


 それに対して、ゲレルは目を瞑って、精霊に語りかける。


『逃げろ』


 ……と。


「おまえ、一つだけ間違えてるぜ」

「あら、何をかしら?」

「人質にする、相手をな!」


 ゲレルは、まず踵で敵の足を踏みつける。

 僅かに怯んだ背後の女。

 そこにすかさず、脇腹を目掛けて、思いっきり肘打ちをかます。


 防具を身に着けているようだったが、関係ない。

 どれだけ身を固めようが『衝撃』は受け流せないのだから。


 女はひるみ、拘束の手は緩む。

 そこでゲレルは女の手から抜け出た。


 これは、アスカの一族の『格闘術』。

 日頃から魔力を自身の体内に流し、身体能力を向上させている彼女たち。

 魔法として体外に魔力を形作るのではなく、自らの内側で魔力の『流れ』を操ることに長けている。


 そんな彼女たちは、打撃の際、体の先に魔力を集中させて、相手に触れる部分から魔力の衝撃波を放ち、内側に流し込む。という格闘術を編み出す。


 この魔力の衝撃によって、『体の内部』に直接ダメージを与える。

 どんなに硬い防具を身に着けようが、どれだけ肉体を鍛えようと……

 『内側』を強化することは出来ない。

 女性しか生まれない一族である彼女たちが、自らで集落を維持し、力や体格で劣る相手と対等以上に戦うために身に着けた技能である。


「無理に動くと、内臓が破裂しちまうぞ」

「ええ……どうやら……そのよう……ね」


 女は嗚咽交じりに咳込みながらも、まだ言葉を話せるようだ。

 ゲレルは彼女を警戒し、構えを続ける。


「確かに……あなたは、人質に……相応しく、なかった。

 始末、しておくべき……ね」


 ゲレルは、その女から、ただならぬ雰囲気を感じた。

 あまりにも喋りすぎている。

 正直、気絶していてもおかしくない魔力を叩き込んだつもりだった。


 その割に、ダメージが薄すぎる。


「一撃で……仕留めるべきだったわね。

 私、は……ちょっと特殊なのよ。

 でも、あなたのその力は厄介……でしたわ。

 魔力を拡散させても、これだけのダメージを受けるとは……ね」

「なんだと……?」


 魔力を拡散させた。

 それならば確かに、この格闘術を防がれてしまう。


 ……とはいえ、それは日頃から魔力が体内で流れ、相手の魔力の性質を理解して適切な防ぎ方をしないと出来ない方法だ。


「てめぇ、ナニモンだ?」

「あら、セインから聞いていないかしら?」


 うずくまっていた彼女は、立ち上がってその顔を見せる。


 ブロンドの髪、色素の抜けたような色白の肌……

 そして、鼻筋に横一直線に出来た傷。


 ゲレルは思い出す。

 セインから話だけは聞いていた、その人物のことを。


「……アリシア、だな」

「ええ、その通りよ。

 初めまして。

 そして、今日でさようなら、ね」


 アリシアは、人間ではない。

 その身は魔力によって組成されたもの。

 人と同じように思考することのできる、生きた人形。


 その命は、ある者の命を護るために生み出された。

 王の血を引く者、その影武者となるために。


 だが彼女は、その守るべき相手の命を、幾度となく奪おうとした。


 と、ゲレルは聞いている。


「で、影武者に嫌気がさした奴が、霊脈に何の用だよ」

「あなたには、関係ないわ」


 必要以上に答えず、短刀を構えるアリシア。


──どーせここで死ぬから、言う必要ねぇ……ってか──


 とはいえ、彼女の目的が霊脈であるのは確か。


 ゲレルは覚悟を決め、自分の体から精霊を追い出す。


「お前はセイン達のところへ行け!

 奴は、おれが引き受ける!」


 驚いている様子の精霊を背にかばい、ゲレルは告げる。


 精霊は戸惑って動かない。

 そんな精霊に喝を入れるように、ゲレルは叫ぶ。


「お前のやるべきことはなんだ!

 そこでうずくまってることか?

 違うだろッ! やるべきことをやれ!」


 その言葉を受けて、精霊は駆けだす。


「行かせるか……ッ!」


 この場を去る精霊を、追いかけようとするアリシア。


「隙、できてるぞ」


 火炎の弓から、火を纏った矢をアリシアに向けて放つ。

 アリシアは咄嗟に回避するが、矢は肩を掠め、抉っていく。


 痛みに耐えるように、下唇を噛むアリシア。

 その後、立ち上がり、ゲレルの方へと振り返る。

「貴様……よくも、よくも私の体にッ……!」


 その視線に怒りを滲ませるアリシア。


 彼女は、傷口に手を触れる。

 すると、どういう訳か縫い合わされるように傷が塞がっていく。


「どこまでも邪魔な奴……

 いいわ、そんなに死にたいなら、ここで殺してあげる」


 ゲレルは、気を静めて、弓を構えた──

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